イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

京都2010冬

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

「ねねの道」という名前は昔からあったんだろうか?

1963年/昭和38年、
1年間だけ京都に住んでいた小学生時代に、
たしか東京から来た祖母と大叔母2人のお供をして、
高台寺を訪れたのが、この道を歩いた最初だ。

それから何度となくこの道を歩いてきたが、
「ねねの道」という名前を聞いたのはごく最近だ。

ぼくがうかつだっただけだろうか?

「ねね」とは言うまでもなく豊臣秀吉の正室で、
秀吉の没後、夫を弔うため、
この道の東側の斜面に高台寺を建てて、
老後は尼僧として暮らした。

手紙の末尾に「ね」とだけ署名していることなどから、
実は「ねね」というのは間違いで、
本当の名前は「おね(於祢)」だったという説もある。

ただ、これに対する反論もあって、
「ねね(寧々)」という女性の名前は鎌倉時代からたくさん例があるが、
「おね」という名前の例は見あたらないというのをどこかで読んだことがある。

ぼくの戦国時代小説で、「ねね」はまだ登場していないが、
「ねね」という名前を採用する予定だ。

「ねね」は秀吉の留守に安土城を訪ねて、
信長に秀吉の浮気をなんとかしてくれと談判したりするような、
強くて活動的な女性だったらしい。

信長が彼女をなぐさめる手紙が残っているが、
暴君のイメージが強い信長には、
主立った家臣の妻と気さくに接する一面もあったらしい。

本能寺の変のあと、
「ねね」は危険が迫る安土から、羽柴家の留守役の家臣団やその家族を率いて、
秀吉の城だった長浜まで退去させている。

武将のように馬に乗って号令したのかどうかはわからないが、
彼女が組織を動かす能力を持っていたことがうかがわれる。

のちに彼女は秀吉の暗殺にも関わったという説がある。

晩年の秀吉が朝鮮出兵や、
甥の関白・秀次とその家臣団抹殺など、
国政を危うくするのを見て、
反対勢力の暗殺計画を支持したというのだ。

さらに、秀吉の死後は豊臣家を見限り、
家康の支持に動いたという説もある。

そこに秀吉への愛憎と淀君への嫉妬など、
女の情念を読み取る人もいるようだ。

ぼくが思い描いている「ねね」はもっと頭のいい人で、
当時の日本のあるべき姿を考えて、
豊臣の危うい絶対王政ではなく、
徳川家康の封建制回帰を支持したのではないかと思っているのだが、

まあそのあたりは面倒な議論になるので、
またあらためてどこかで……。

イメージ 1

二年坂・三年坂から突然、広々した参道に出た。

でかい石の鳥居が立っている。

地図によると霊山護国神社の入り口らしい。
護国神社というのはたしか、軍人を祀るため全国に設置された神社だ。
つまり靖国神社の地方版。

千年の都としては比較的新しい神社だから、
特に参拝する気にもなれない。

鳥居の横に漫画風の坂本龍馬の立て看板。
龍馬の墓がこの先にあるらしい。

ずっと人気がある龍馬だが、
NHKの大河ドラマにもなったことだし、
今年はまた久々にブーム到来?

まあ、幕末史もおもしろいけど、
去年から戦国時代の小説を書いているので、
ここはパスしてちょっと参道を下り、
高台寺下のいわゆる「ねねの道」にむかう。

イメージ 1

これは土産物屋の裏を入ったところにある庭園。

奥に茶室みたいな建物が点在している。

たぶん土産物屋が造ったのではなく、
もともとここに屋敷みたいなのがあって、
その庭を残したのだろう。

どこといって特徴があるわけではないのだが、
東山を背景にしているせいか、

透き通るような美しさと、
ちょっと神秘的なワクワク感がある。

古い街並みが魅力の観光地はあちこちにあるが、
土産物屋の裏にこういうぜいたくな庭があったりするところが、
さすが千年の都という気がする。

イメージ 1

二年坂・三年坂には観光客相手の土産物屋が並んでいるが、
そのうちの焼き物の店にこんなものを見つけた。

ショーウインドーのむこうにびっしり置かれた小さな焼き物。
箸置きだろうか?

別に骨董品でもないし、
ひとつひとつはおもちゃみたいで、
特に魅力的なわけでもないのだが、

こうして群れをなしていると、
まるで丘の上から見下ろした桃源郷のように美しい。

ひとつひとつに興味がないから、
当然買うわけでもなく、

ただ美しい小宇宙の全体を茫然と眺める。

たちの悪い客だ。

イメージ 1

イメージ 2

坂道の上り下りは楽じゃないが、
景色が色々変化するので飽きない。

ふだんは目につかない町屋の屋根を上から眺めることもできる。

ふと屋根瓦の上に、小さな鬼のようなかたちをした、
瓦焼きの人形が乗っているのを発見。

たぶん、このあいだテレビの京都町歩きで紹介していた鍾馗(しょうき)様だろう。

鍾馗はもともと中国の道教の神様だが、
日本でも守り神として古くから信仰されている。

そういえば昔、日本の戦闘機にも鍾馗というのがあったっけ。
中国と戦ってるときに中国系の神様を戦闘機の名前にするのはどうかと思うが、
まあ、それだけ日本人にも親しまれてきたということか。

近畿地方では昔から、魔除けとして鍾馗の瓦焼き人形を屋根に置く風習があるとのこと。

つまり鬼瓦のようなものか。
沖縄でいえばシーサーだ。

鍾馗様はなかなか可愛らしいが、
どうやって固定しているんだろう?

地震とか台風で落ちたりしないんだろうか?

関西は地震が起きないと信じている人が、
阪神淡路大震災まではずいぶんいたが、

室町時代の末期に京都で大地震が起きて、
豊臣秀吉の聚楽第が崩壊し、
秀吉も命からがら逃げ出したという話だから、

昔から地震はあったのだ。

まあ、家が倒れるくらいの地震なら、
鍾馗様をいくら固定しても無駄だろうけど。


.
shu*i*ha*a
shu*i*ha*a
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事