イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

神戸散歩2010春

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冷たい雨のせいか、南京町の広場周辺は観光客の姿もまばらだ。
傘をさしてせかせかと通り過ぎていくのは、地元の勤め人たちがほとんど。

それでも角の中国風屋台カフェみたいな店からは、何かを蒸しているらしい湯気があがっている。
透明なビニールをかけたベンチ席には観光客らしき女性がふたり。

広場周辺の人やモノを茫然とながめながら中国という国についてあらためて考えた。

この中国風の派手な色彩・デザインは何なんだろう?

日本文化のほとんどは直接あるいは朝鮮半島などを経由して中国からもたらされたものだし、日本の寺や神社にも極彩色のデザインはあるのだが、何か決定的なものがちがっている。
それはデザインそのもの以上に、中国という国や人からあふれ出てくるエネルギーのようなもの、そこに我々が感じる違和感や恐怖心のようなものから来るのかもしれない。

ぼくが生まれた1953年には、すでに中華人民共和国が建国されていて、中国は赤く巨大な化け物のような国だというイメージを抱かされた。
そこには「西側諸国」の反共的な感情が作用していたのだろう。

中国が一頭の巨大な象というより、周辺に多様な民族が住む地域を抱えた帝国的な連合国家らしいということが見えるようになったのは、そんなに古いことではない。

1956年にチベット動乱と武力による鎮圧、59年にダライ・ラマ14世が亡命するという事件があり、その緊張感は今に至るまで続いているのだが、社会主義国家というのは少数民族地域を武力で支配し、一枚岩の体制を確立しているものだと、なんとなく信じ込んでいたような気がする。

それが、どうやらそんなに堅固な一枚岩の体制ではなく、民族的・政治的・経済的な融合もそれほど進んでおらず、根底に武力がある支配が続いていて、少数民族はそれぞれの土地でアイデンティティーを維持し、中央との格差に苦しみながら生き続けているらしいことがわかってきたのは、皮肉にも中国の開放政策のおかげだ。

最近のチベットやウイグル自治区の暴動などからわかるのは、中国が多様な民族国家のパッチワークから構成されている帝国だということだ。日本や韓国のような小規模な国を「国」と呼ぶとしたら、中国はひとつの「国」ではなく、中央の支配的な国家が周辺の小国を束ねている帝国なのだ。

ソビエト連邦が崩壊して、ロシアの社会主義的な帝国は崩壊したと思ったら、残ったロシアの中にもチェチェンなどの小国があり、紛争のタネになっていることがわかって、「そうか、ロシアもまだ帝国なんだ」と納得したのだが、独立したキルギスタン、ウズベキスタン、カザフスタンなども、以前から独立しているモンゴルと同様、大国ロシアと中国のあいだで緩衝地域のような役割を負わされている。

大国というのはこのように隣の大国とのあいだに小国の緩衝地帯を持ちながら、緊張をはらんだ平和を維持する。大国側としてもこういう小国を帝国的に直接支配できればしたいのかもしれないが、少数民族をあんまり無理矢理屈服させると、帝国内に危険な火種を抱えることになるし、緩衝地帯がなくなって、隣の大国と直接国境を接すると、もっと危険な衝突の可能性がうまれてしまう。だから小国・少数民族側にとっても、大国側にとっても、この大国と小国の不安定な隣り合わせは、それなりにメリットのあることなのだ。

まあ、だからといって火種がなくなるわけではないのだが。

こんなことをあれこれ考えるのは、日本もそういう小国のひとつだからだ。

古来、日本は陸続きではないおかげで、朝鮮が受けたような中国からの侵略・支配をなんとか免れてきたし、大国間にはさまれた緊張地帯でもなく、また緩衝地帯の役割を負わされることもなかったのだが、第二次大戦後はそうでもなくなった。韓国とならんで東アジアにおけるアメリカの軍事拠点として機能している今、日本・韓国は中国・ロシアとアメリカが武力衝突した場合の戦場となる危険にさらされている。

「日本はアメリカに守ってもらっている」という日米安全保障条約を支えている考え方は、アメリカが圧倒的に優勢な場合には正当化されるかもしれないが、あくまでアメリカの立場に立った虚構にすぎない。

中国やロシアとくらべて新しい大国であるアメリカは、本土と直接国境を接する地域に紛争の火種になるような小国も、対立する大国も持っていないが、第二次大戦後は西欧や東アジアに軍事拠点を置き、仮想敵国であるソ連・中国という二大社会主義国をけん制してきた。「東側」を経済的に封じ込め、「西側」地域を守るというのが東西冷戦時代の戦略だった。

この戦略が勝利をおさめた1990年代以降も、アメリカはこの基本戦略を放棄していない。

中東という戦略地域に新たな火種を抱えてしまったこともあるが、中国とロシアが社会主義国家であろうとなかろうと、潜在的に最も危険なライバルであり、グローバル経済にこの2国を取り込むと同時に、武力的に優位に立つ状態を維持したいと考えているのだろう。

しかし、ソ連が崩壊して、世界で突出したスーパーパワーとなったかに見えたアメリカも、グローバル経済のゲームの中で中国が急成長してくると、その帝国的な支配は一気に危ういものになってきた。

このまま中国経済が膨張すると、多くの「西側」の企業が中国資本に買われるだろう。日本のように財政赤字が危険水域に達しようとしている国は、国債の買い手が不足あるいはなくなった時点で財政破綻し、利用価値のある企業は軒並み中国資本に買われてしまう可能性がある。すると、軍事的にはアメリカの領土でありながら、経済的には中国の領土であるような、不安定な状態が生まれる。こういう危険を避けるためにアメリカは財政援助で日本を支えるだろうか? 余裕があれば支えるだろうが、あと数年でこういう危機が訪れるとしたら、アメリカにそんな余裕はないかもしれない。

アメリカという20世紀型の帝国と、中国という古くて新しい帝国のあいだで、北朝鮮・韓国・日本・台湾という小国は、不安にさらされながら生きていくしかない。もっともそれは今に始まったことではなく、この150年くらいずっと続いている不安定さなのだが。

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アーケード街を歩いていれば傘をささずにすむのに、なぜか路地に迷い込んでしまいたくなる。

元町のアーケード街から南へ折れて、南京町を歩いてみた。

冬のような寒さと雨で、観光客はまばらだ。

広場に並ぶ石像の動物たちだけが、雨に濡れて生き生きしていた。

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ガード下のブティックでグレゴリーの小さなポーチを買った。
カメラや財布をいれて、デイパックの胸のあたりにつけられるやつ。

5,000円ちょっとだが、店のスタッフにものすごく感謝された。
以前の景気がいいときは、わりと冷淡というか、クールな感じのスタッフが多いという印象だったのだが。
この変化にも不況の深刻さがあらわれている。

山手あたりを散歩しようと思って神戸に来たのだが、心配になって、大通りを渡り、センター街に行ってみた。
三宮のメインストリートもシャッター通りになっているんじゃないかと思ったのだ。

しかし、さすがにこちらは以前と変わらず、シャッターを下ろしている店もなく、人通りもにぎやかだった。

ほっとして、雨の路地をうろつく。

もともとへそ曲がりだから、にぎやかな通りは苦手で、うらさびしい路地を歩くのが好きなのだ。
ただ、メインストリートはにぎわってくれていないと、路地のいい感じの風情がなくなって、ただ殺伐とした廃墟のような街になってしまう。

元町のアーケード街に脚をのばしてみたが、こちらも閉めている店はなく、そこそこのにぎわいだった。

震災から復興してようやく活気が出てきたところなのだから、欧米の金融業界の暴走なんかでつぶされてしまうのは許せない。

街のためにできることといったら、もっと買い物をすることなのだろうが、あいにくこちらも大不況で隠居生活に追い込まれている身だから、そんなに余裕はない。

暗澹とした気分のままひたすら街をうろつく。

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阪急神戸線で三宮に移動。

ひさしぶりにガード下の商店街を歩いてみたら、シャッターを下ろした店が多いのに驚いた。
この商店街は昔から面白いカジュアルファッションやバッグ、靴を売る店が並んでいて、神戸以外の地域から買いに来る若者もたくさんいた。

特に80年代以降は、神戸の街全体がきれいに整備されたこともあって、観光名所のようになっていると思っていたのだが、まるでさびれた地方の商店街だ。

平日の昼間だから人通りが少ないのは不思議ではないのかもしれないが、季節的には春休みだから(註:この神戸散歩は3月23日)、もっと学生や観光客でにぎわっていてもよさそうなものだ。

「この不況で閉めた店が多いですね」と、あるブティックのスタッフ。

グローバルな金融危機から始まった不況がこうして地方都市を衰弱させている。

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松以外にも夙川べりには美しいものがたくさんある。

ひとり水の中で凍えている鷺、寒さの中で固まっている桜のつぼみ、荒々しい生命力で地面を這う桜の根っこ、雨に濡れた滑り台、あざやかな雪柳等々。

美しいものを見つけるたびに、長谷川等伯や戦国時代にまつわる雑多な想いを忘れてシャッターを切る。

レンズに雨のしずくがついたので、四阿に入ってレンズを拭いた。

高校生らしい制服姿の男の子と女の子がベンチでじゃれあいながらしゃべっている。
「で、なんで別れたん?」と女の子。
あれこれ答えにならない言葉を並べてごまかす男の子。

彼はそれまで付き合っていた彼女と別れたばかりらしい。この女の子を呼び出して、悩み相談をしているようにも見えるが、同時にこの子を口説こうとしているようにも見える。

女の子も相談に乗ってやるという態度を取りつつ、違うことを期待してここにやってきたように見える。

男の子はしきりに「寒い、寒い」と女の子に体を近づけるが、彼女はスカートの中に脚を入れて、膝を抱え、固まっている。

「おれ、寒がりやねん」と男の子はニヤニヤ笑いながらなおも女の子にすり寄ろうとする。

ぼくがいるのを気にしている様子もない。
女の子の方は少し気にしているようだ。
ぼくを見ないようにしながら、ますます膝を固く抱きしめる。

こちらは若い生命/性の営みを見ているようなまぶしさに頭がくらくらするのを感じながらそこを立ち去る。

四阿のそばに美しい松の巨木があった。

きれいな亀甲型に割れた赤っぽい樹皮、それをふちどる黒ずんだ溝とかすかに生えかけた地衣類の緑。
狩野派が描く松のようなたくましさ。

歳をとってますます生命の力をみなぎらせているように見える。

樹木にくらべて動物、人はなんと早く老い、衰えるんだろう。

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