イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

しまなみ海道2010春

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感動したような空振りしたような、変な気分で国宝館を出た。

同じ入場券で海事博物館というのにも入れるようなので、どんなものかのぞいてみたら、船の模型やら海洋生物や鉱物の標本やらが並んでいる奇妙な博物館だった。三島水軍の歴史とか、造船の歴史とかがわかるようになっているのかと期待したのだが、どちらかというと小学生の理科に属する展示内容だ。

何も写真に撮るものがないので、この海事博物館の外に立っている巨大な金色スクリューを撮る。巨大な船に使われていたものなのか、それともただのモニュメントなのか、土台の石版に説明書きがあったのを見落としてしまったので、よくわからないままだが、モニュメントとしても、そのでかさと金属の質感はなかなか見応えありだ。

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一遍上人の石塔の横を通って、神社の南側にある国宝館へ。
前にも書いたが、まだ学生だった三十数年前に、この大山祇神社を訪ねたいと考えるようになった最大の理由が、ここに納められている鎧兜・刀剣などの宝物だ。

斉明天皇の銅鏡、源頼朝・義経の鎧・兜など、国宝・重要文化財のオンパレード。全国の国宝・重要文化財指定を受けた武具類の実に8割がここに集中している。多くの武具が持ち主の子孫の没落や滅亡によって焼失してしまったのに対して、ここにある武具は大山祇神社によって代々保管されてきたために、抜群の保存状態で生き延びてきたのだ。

日本総鎮守として広く崇拝されてきた聖域であるために、散逸や焼失の危険もなかったのかもしれないが、戦国時代には三島水軍の拠点として毛利などの戦国大名に攻められ、社殿などが焼失したというから、危機がまったくなかったわけではないだろう。それでも宝物を守り通してきたところに、この神社の値打ちがある。

とはいえ、武具の鑑定家でもなければ、古美術愛好家でもないので、実際のところこうした本物の武具類を見るのはほとんど初めてだ。戦国時代の小説を書こうと思い立って、名古屋を訪ねたときに清洲城で信長ゆかりの武具類を見たし、岐阜城でも似たようなものを見たが、それほど強烈な感動もなかった。

ここにある武具はそれよりさらに古い平安・鎌倉期のものだというし、何十年もこの機会を待っているうちに、鎧兜や刀剣類の美しさが自分の頭の中で勝手にふくらんでいたのか、官能的なくらいに美しいものを期待していたのだが、まあ、そこそこの感銘は受けたというのが正直なところだ。丹誠込めて作られているのはわかるが、源平合戦などの戦いの場面とこれらの武具をイメージの中で融合しながら、その美しさを増幅させるみたいなことはできなかった。たぶんぼくの感性が絵画・彫刻に対するそれのように磨かれていないからなのだろう。

たとえば西洋美術については、子供の頃から画集で無数の名作に接し、美術展にも出かけ、大人になってからは海外に出かけて、そうした美術を生み出した都市や、それが飾られた建築の中を歩きまわり、歴史の知識とシャッフルしながら、いろんな角度から作品を味わってきた。感動とはそうした能動的な行動から生まれるものであって、ただ受け身の状態でモノを眺めただけではだめなのだ。

それでもここに並んでいる宝物の中で、刀剣類にはちょっとしびれるような美を感じた。刃物は自分のあるいは人の肉や骨が切られるところを想像してしまうからなのだろう。死や恐怖と隣り合わせの美しさが、モノそれ自体から感じられるのだ。

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あいにくこれらの国宝・重文が展示してある紫陽殿・国宝館は撮影禁止なので、写真は撮っていない。
リーフレットの部分写真で雰囲気だけどうぞ。

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河野通有兜掛けの楠から小さな石の橋を渡ると、石塔が三基立っていた。一遍上人が奉納した宝篋印塔とのこと。宝篋印心咒経(ほうきょういんしんじゅきょう)という教典をおさめた仏塔だ。
ちょっと鎌倉時代のお墓みたいにも見えるが、お墓は屋根の下の部分が丸い石になっているのに対して、仏塔は四角い。

しかし、見たところ教典をおさめてあるようにも見えないから、宝篋印塔のかたちをした石の仏塔ということなのだろう。

一遍上人といえば時宗の開祖で、鎌倉時代に念仏を広めながら全国を流浪したこと、寺を建てなかったので、ほかの宗派のように発展しなかったが、信徒には下人や非人などもいたこと、一遍上人の生涯を描いた絵巻には、いろんな場面で彼らが一辺のそばに付き従う様子が描かれていることくらいしか知らない。三島水軍の河野家に生まれたことは今回初めて知った。

仏教の宗派の開祖が神社にこういうものを奉納しているのは、ちょっと不思議な感じがするかもしれないが、それは明治の神仏分離令で仏教が神社と切り離されてしまったからで、それ以前は平安時代から長く神仏習合があたりまえだった。

ただ、一遍上人は同じ浄土宗から出た親鸞同様、非常にピュアな思想家・修行僧のイメージがあるので、この大山祇神社みたいに権力と結びついたメジャーな神社に願掛けするというのは意外な気がするのだが、河野家一族の人だからあたりまえなのかもしれない。

もしかしたら、清貧を貫いて諸国を放浪したというイメージとは別に、河野家・三島水軍のバックアップはそれなりに受けていたのかもしれない。

戦国時代、堺の大商人たちの多くは日蓮宗や浄土真宗だったが、もともとは時宗信徒から宗旨替えしたのだという話をどこかで読んだことがある。当時の経済を支配した彼らも、財力を蓄える前は、身分の卑しい者として一遍上人の踊り念仏運動に加わっていたのかもしれない。

大寺院を造らず、念仏運動の衰退と共に収束していった時宗には、室町時代に堕落して大寺院・大手商社へと発展していった浄土真宗本願寺派や日蓮宗などにはない、美しいイメージがつきまとう。だからこの宝篋印塔も美しい墓石のように見えるのだろう。

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大山祇神社の境内の外側を一週して、回廊の入り口に戻る手前に、苔むした倒木があった。
小銭がたくさん置かれている。鎌倉時代の三島水軍の総帥・河野通有が蒙古襲来のとき、出陣の前に勝利を祈願して兜をかけた楠だという。

大山積大神の霊験はあらたかで、戦いの祭に神の使いである白鷺が現れて通有を導き、戦いに勝利したと、案内板には書かれている。

蒙古襲来は鎌倉時代の日本にとって、国家存亡につながりかねない危機だった。蒙古軍は恐ろしく強く、水際の戦いでは日本の武士団が敗戦を重ねたという。それでも蒙古軍を撃退できたのは神風が吹いて、蒙古の船団を壊滅させたからだと伝えられている。

そういう奇跡が、戦いの神である大山積大神とこの神社の評判を高めたのだろう。

この苔むした倒木にお金がたくさん供えられているところを見ると、今でもそういう信仰が生きているのだろう。賽銭泥棒もおらず、むきだしのお金がそのまま無事だというところに、人々の信心のパワーを感じる。まあ、1万円がお供えされていたら盗られてしまうのかもしれないが。

それにしても、樹齢2600年とか3000年の楠が生きているのに、この楠はどうして枯れてしまったんだろう?鎌倉時代にはすでに数千年の古木だったとか? それとも雷か何か災害で折れてしまったか……? 霊験あらたかな木なら折れないだろうという気もするが、自らの命を犠牲にして国を救ってくれたありがたい木だったのかもしれない。

信仰というのは考え方の問題だ。

パワースポットのパワーは信仰する人たちの本気度から生まれる。

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黒と白の聖域を出て、本殿の裏側を歩く。

この裏手にも神々しい楠の大木たちがマッチョな幹を誇示しながら立っている。裏山につづく神社の敷地内には200本もの楠の古木が生えているのだという。

この古木たちに見守られるように、黒々とした塀の中に大山積大神を祀る本殿が鎮座している。部外者が立ち入れないこの聖域の中の聖域だけが、朱色の柱に白壁という明るい色彩に輝いている。

姿の見えない神はこうしたデザインによって部外者に存在の気配を感じさせるのだ。聖域を取り囲む楠の巨木群はマッチョな衛兵であり、その威厳と神々しさがまた見えない神の感触を部外者にほのめかす。

聖域の外側を半周すると、回廊の外側に白いおみくじを結んだひもがあった。この神社の運営者と参拝者の奥ゆかしさが感じられるような演出。

神社の中には絵馬やおみくじが境内の一角を岸壁のフジツボやムール貝みたいに埋め尽くしているところがあるが、こうした祈念の洪水には参拝者の欲深さ、さもしさ、神社側のビジネス戦略等々が感じられてうんざりしてしまう。

その点、この大山祇神社のシンプルな白いおみくじが連なる一角には、信仰の品格みたいなものが感じられる。欲望の渦巻く都会から適度に離れた島にあるのが幸いしているのだろうか? それとも古代から個人の金儲けや健康ではなく、政治権力と戦争などスケールの大きな問題に関わる神を祀っているからだろうか?


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