イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

しまなみ海道2010春

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坂を下ったところに道の駅のレストランがあったが、
どうせならもっと伝統的な料理が食べたいので、大山祇神社の参道へ。

参道には古い商店や今日泊まることになっている旅館などが並んでいるが、
ほとんどの店は閉まっているし、飲食店らしい店はない。

しかたなく神社の入り口へ戻り、近くにあった和食屋に入る。

大きな店だが、中はお昼時なのにがらんとしている。

本日のランチとしてメニューに載っている白身魚の天ぷら定食1000円を注文。

鯛や平目、ハマチを薄切りにして揚げた天ぷらの盛り合わせ。
白身魚だけの天ぷら盛り合わせというのが、いかにも瀬戸内らしい。
野菜の天ぷらは分厚い自家製シイタケとナス。
水菜やキュウリなどのサラダが添えてある。
下に敷いてあるのは春雨の唐揚げ。
ほかにボリュームたっぷりの煮物。

いろんな食感の食材が組み合わさっているので、食べていて飽きない。

注文したときは、1000円はちょっと高いかとも思ったが、
どうしてどうして、なかなかお得な定食だった。

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ちょうど昼頃、多々羅大橋を渡って大三島に入る。
行政区域的には広島県から愛媛県に入ったことになるらしい。

橋から島の道路へ下る坂から桃の花が見えた。

ここでこのまま次の伯方島へ渡り、しまなみ海道ツーリングを続けるべきかどうか迷う。
まだ走行距離は40kmくらいだが、久しぶりのサイクリングなのでけっこう疲れている。
橋を渡るたびに何十メートルか坂を登るのがこたえた。
荷物を背負っているせいもあるし、ゆうべ尾道で飲みつけない酒を飲んだせいもあるのだろう。

愛媛の今治まではあと30kmくらいだが、今日は大三島に宿を予約しているので、
そこからまた30km戻ってくるとなると、体力的に自信がない。
初日はこれくらいにしておいて、明日この先を行けるとこまで行けばいいんじゃないか……。

ということで、今日はこのまま大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)にお参りして、島を散策することにする。
もともと、多くの国宝・重要文化財があるこの神社を訪ねるのが若い頃からの夢だったので、
それくらい時間をかける価値はある。

おそろしく腹が減っているのだが、
こうなると、多々羅大橋下の道の駅みたいなところで昼飯を食うより、
大山祗神社まで行って、何か地元の名物料理でも探そうという気になり、
6kmほどの道のりを走る。

多々羅大橋は島の東側、大山祇神社は西側にあるので、
島の反対側まで軽い山越えをしなければならない。

しまなみ海道の本ルートからははずれるのだが、
この道も支線みたいなコースになっているらしく、
「しまなみ海道」の自転車コースとルート表示が案内してくれる。

山の中にもどっしりした瓦屋根の家々が集まる集落があり、
この島の豊かさ、のどかさを感じさせる。

峠越えをして軽快に坂を下ると、またまた桃の花が出迎えてくれた。
見上げると山々には木々の緑に混じって山桜の淡いピンクが見える。

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レモン畑をすぎると、多々羅大橋が見えてきた。

かたちは生口橋と同じ、支柱から斜めにワイヤーを張って橋を吊るタイプだが、そのフォルムが美しい。
支柱が高いせいだろうか、張られたワイヤーが、下から見上げる人間を圧倒する。

7〜8年前、三菱重工広島製作所を取材したときのことを思い出した。
そこでインタビューした構造物専門の技術者が、自分の携わった多々羅大橋の写真を何枚も出してきて、その美しさをうれしそうに語っていた。

日本には今、こういう大きな橋をかける仕事が少なくなっているのだとも言っていた。
橋をかける仕事でも、山を通る高速道路などのためにかける小さな橋が多いのだとか。
公共工事が制限される時代だから、そういう道路の橋案件も減っているだろう。

海外で携わった仕事として、トルコ・イスタンブールのボスボラス海峡にかけた大橋の写真も見せてくれたが、日本の仕事が減った分、海外の仕事は増えているんだろうか?

その技術者は今どこで何を造っているんだろう?

取材したときはいまひとつピンと来なかったのだが、こうして美しい多々羅大橋を自転車で渡っていると、技術者が伝えようとしていたものづくりの喜びが、今になってようやく伝わってきたような気がする。

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生口島はシルクロードや薬師寺の巨大壁画で有名な日本画家・平山郁夫が生まれた島だ。
サイクリングコースの途中には真新しい平山郁夫美術館があったが、先を急ぐのでパス。

代わりにといってはなんだけど、途中で見つけた面白いものをあれこれ写真に撮る。
古い学校や捨てられた車、レモン畑など、それぞれ趣があって見飽きない。

特に廃棄されたバスは60年代のヒッピーたちが乗っていた車みたいに、サイケデリック模様がペイントされていた。

この島にもかつてヒッピーがいたんだろうか? こんなのどかな島で何をしていたんだろう?
まあ、のどかな島だから居心地がよかったんだろうけど。

ヒッピーたちは都会のゆがんだ生活を捨てて自然の中で暮らすことをめざした人たちだからだ。

因島で何度か抜きつ抜かれつした女子高生たちと、生口島でも会った。

「どこまで行くの?」と声をかけたら、
「行けるとこまで」と言って笑った。

彼女たちも彼女たちなりに自由を求めているのだ。

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因島から次の生口島に渡る生口橋は支柱からワイヤーが斜めに張られて橋を支えるタイプの吊り橋だった。
橋の構造によるのかどうかはわからないが、この橋は車道と並行して歩道/自転車道が走っているので、海がよく見える。

橋から眺める海と島々の美しさについつい何度も自転車を停めて景色を眺める。


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