イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説『出楽園』

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   ★

 ぼくらは庭園から谷へ降りる斜面に秘密の洞窟を持っていた。ほかのやつらも知ってい
たのかもしれないが、とにかくそこにはぼくらしかやってこなかった。洞窟はとても深か
った。曲がりくねって上ったり下ったり、広くなったり狭くなったりしながらどこまでも
続いていた。途中、広場みたいになってるところがあった。そこはひどく寒くて天井から
氷柱が何十本も下がっていた。息を吐くと白い煙がそのまま細かい雪の結晶になってパラ
パラと地面に落ちた。奥のほうに鹿が一頭蹲っていた。最初見たときぼくらは生きてるの
かと思った。鹿が首を真っすぐに上げ、目を光らせてこっちを見ていたからだ。角の立派
な牡鹿だった。冷凍庫みたいに寒い洞窟の奥の地下広場で、その鹿はカチカチに凍ってい
た。どうしてこんなところで凍ってしまったのかよくわからない。迷い込んで出られなく
なったにしては泰然としてるように見えた。病気で動けなくなったのかもしれないが、そ
れにしては丸々と太っていた。もしかしたら生きていくのがいやになって自殺したのかも
しれないとぼくらは話し合った。鹿は首を吊ることもピストルでこめかみを撃つこともで
きない。飢え死にするのは鹿だってつらいだろう。この天然の冷凍庫の中で凍死するとい
うのは、自殺の方法としてはなかなか優れているような気がした。
 その頃の六甲山にはまだ鹿がたくさんいた。ぼくと八重山にも庭園のあたりに馴染みの
鹿がいた。ぼくらは弁当の残りを山の斜面に置いて、鹿に食べさせたりしていた。鹿はい
つもすぐに現れた。まるでぼくらが弁当を置くのを見張ってたみたいに。たいていは一頭
だけでやってきたが、ときには牝鹿と仔鹿を連れてくることもあった。牡鹿はぼくらのほ
うを見上げて少しのあいだぼんやりたたずみ、それからゆっくりと食べ始めた。
「悪いね。腹ぺこなんだ」と言ってるように見えた。
「どうぞ、遠慮なく」とぼくらは鹿に言った。
「きみらもあんまりいいものを食ってないね」と鹿が言った。
「ごめんね」とぼくらは言った。
 鹿はいつもまずそうにぼくらの弁当を食べていた。舌のおごった鹿だったのかもしれな
い。あるいは単に人間の食い物が口に合わなかっただけなのかもしれない。あるいは人間
に食い物を恵んでもらってプライドを傷つけられたので、わざとそんな素振りを見せたの
かもしれない。鹿はいつも気位が高そうな様子をしていたからだ。

 凍った鹿のいる広場からは何本か細い通路が続いていた。ぼくはそこから奥に進む気に
なれなかった。鹿がそこを塞いで守ってるような気がしたからだ。しかし八重山は全然気
にしていなかった。彼は冷凍鹿の背中に乗って遊んだりしてから、さっさと奥に入ってい
った。どの地下道もひどく寒かったが、大した危険はなかった。地下道は蟻の巣みたいに
複雑に分岐しながらいたるところに通じていた。神父館の地下貯蔵庫にも行けたし、ノイ
マン屋敷にも行けた。庭園の下に広がる住宅街にも出ることができた。その出口のあたり
は壁がコンクリートになっていて、錆びた鉄の柵で塞がれていた。

「防空壕だ」とぼくらは言った。
 第二次世界大戦のとき、六甲山系の麓のいたるところにこうした防空壕が掘られたのだ。
アメリカの爆撃機がやってきて神戸を火の海にしたとき、多くの人がそこに逃げ込んだ。
一九六七年にはまだ第二次世界大戦はそんなに遠い昔のことじゃなかった。
 一番びっくりしたのは地下道の一つがずっと長く伸びて神戸の繁華街まで通じていたこ
とだ。通路の終点は鉄のドアになっていて、その外はもう三ノ宮の古ぼけたビルの地下倉
庫だった。
「やった」と八重山は言った。
「うわあ」とぼくは言った。
「こりゃすごい」と八重山が言った。「ぼくらはまた一つ自由を手に入れたんだ」

 ぼくらは地下道を通っていろんなところへ行った。まず神父館の貯蔵庫でビールを飲み、
チーズや肉の薫製で腹ごしらえしてからノイマン屋敷に行って昼寝をするのが一番お気
に入りのコースだった。
 ノイマン屋敷は真ん中の部分があらかた焼け落ちていて、焼け残った西翼と東翼も一階
の大部分は雨が吹き込んで絨毯が土みたいに腐っていた。壁や家具にも苔が生えていた。
部屋中に黴の臭いが立ちこめていた。しかし二階は意外と原形が保たれていて、特にドー
ム型をした玄武岩のうろこ屋根が残っている東翼は、瓦がところどころ剥がれてはいたけ
れど、すぐにでも人が住めそうな感じだった。
 床から天井までガラス張りの大きなサンルームからぼくらは神戸の街と海を眺めた。東
側の谷とそのむこうの総愛学院も、ノイマン屋敷から眺めるとすごくきれいに見えた。校
庭ではコッホ神父がゆっくり歩きながら、クラブ活動をしている少年たちを見回っていた。
神父が一人の少年に近付き、何か話しかけ、やがて肩を抱いて保健室に消えてしまうま
でぼくらはじっとこのカーネル・サンダースに似た老人を見つめていた。ノイマン屋敷か
ら眺めるとこうしたことも美しい別世界のことみたいに思えた。
 ぼくは神父館で飲んだビールで酔っ払ったときは、ノイマン屋敷のサンルームの大きな
長椅子でよく昼寝をした。薔薇の模様の布を張った寝心地のいい椅子だった。八重山は部
屋の隅に置いてあるアップライト・ピアノで静かな曲を弾いた。ショパンやシューベルト
の子守歌、あるいはバッハのパルティータなんかを⋯⋯。八重山のピアノを聴きながら眠
るといい夢を見ることができた。一番よく覚えているのは一人で地下道を通り、別世界に
出てしまうという夢だ。

 長い夢だった。
 ぼくは一人で地下道を歩いていた。壁にはビルの地下通路みたいにドアが並んでいた。
ぼくは一つ一つドアを開けた。中ではディズニーのアニメーション映画をやっていた。『
ピーターパン』、『白雪姫』、『ダンボ』、『眠れる森の美女』⋯⋯。しかしぼくはどの
ドアの中にも入らなかった。早く外に出たかったのだ。廊下の天井に梯子のついた抜け穴
があったので、ぼくはそこから地上に出た。そこはぼくの家の裏庭だった。家の中には母
がいた。しかし何となく様子が変だった。母がいやに優しいのだ。そのうち、そこがほん
とのぼくの家じゃないということがわかってきた。母に似たその女はぼくにそっくりの息
子がいて、ずいぶん前に裏庭の穴に潜ったきり出てこないのだとぼくに打ち明けた。ぼく
は慌てて出ていくことにした。もう何か月もそのニセの我が家でニセの母と暮らしていた
からだ。ほんとの家ではほんとの母が心配しているに違いない。ニセの母はぼくを見送り
ながらめそめそ泣いた。
「泣かないでくださいよ」とぼくは他人行儀な口をきいた。相手はニセの母親なのだから
それでいいのだが、ちょっと妙な気がした。彼女があんまり本物の母にそっくりだったか
らだ。「あなたの息子に会ったら早く帰るように言いますよ」
 ぼくはまた同じ地下道を通って自分の家に戻った。やっぱり同じような地下道の天井に
あいた梯子付きの縦穴を通って。母がいた。今度はそれほど優しくなかったので本物だと
いう気がした。
「ねえ、ぼくのこと可愛い?」とぼくは母にきいた。
「何言ってるの」と母はそっけなく言った。それは母らしい台詞だった。
 それからまた何か月もたった。ぼくはときどき考え込むようになった。ぼくがいなかっ
た何か月かの間、母は寂しくなかったんだろうか? 何か月も行方不明だったぼくが戻っ
てきたのに、彼女はなんで平気な顔をしていられたんだろう? 

 可能性その一⋯⋯実はその母は例のニセの母親で、ぼくはまた同じところに戻ってきて
しまったのだ。ニセの母はまたぼくに逃げられちゃいけないと思って、本物の母親らしく
わざと素っ気ない態度をとった云々⋯⋯。

 可能性その二⋯⋯ニセの母のぼくにそっくりの息子が、ぼくの留守中にやってきてぼく
の家でぼくになりすましていた。うっかり者の母はニセのぼくに気がつかなかった。ぼく
が戻ってきたのでニセのぼくは慌てて姿を隠した。うっかりものの母は本物のぼくを何か
月ぶりかで見たのに、ぼくがニセ者と入れ替わったことに気づかなかった云々⋯⋯。

 可能性その三⋯⋯うっかり者の母は何か月もぼくがいないのに気づかなかった。

 ピアノの音が途切れて、
「きれいだね」という声がしたのでぼくは目を覚ました。
 サンルームはすっかり暗くなっていた。ぼくは長椅子に横たわったまま、
「そうだね」と囁き返したが、八重山はぼくのそばにいなかった。
 長椅子の端には男の子と女の子が並んで腰掛けていた。二人ともぼくよりちょっと年上
に見えた。ぼくは起き上がってピアノのほうを見たが、八重山はそこにもいなかった。
「八重山」とぼくは叫んだが、自分の声が水の底から聞こえてくるような気がした。
「誰かがぼくを呼んでる」とぼくの横で男の子が言った。「ぼくはもうすぐ死ぬんだ」
「この国の人全部がもうすぐ死ぬのよ」と彼のむこうで女の子が言った。
 男の子は白いワイシャツに黒いズボンというシンプルな服装で、頭は丸坊主だった。な
んだか八重山に似ているような気がしたが、頭にイモ虫みたいな傷跡はなかった。女の子
は紫と白の着物を着ていた。髪をきつく結って、耳の上に木蓮だか梔子だか、白い大きな
花を插していた。どこかからビリー・ホリデイの歌が聞こえてきた。『時の過ぎ行くまま
に(アズ・タイム・ゴーズ・バイ)』だったか、『水べにたたずみ(アイ・カヴァー・ザ
・ウォーターフロント)』だったか、『アイル・ビー・シーイング・ユー』だったか、そ
の頃はまだ知らなかったが、たしかそんなスローテンポの曲だった。
 ぼくは怖くなってもう一度「八重山」と叫んだ。
「ほら、また呼んでる」と男の子が言った。
「あなたは夢を見てるのよ」と女の子が言った。
「姉さんは怖くない?」と男の子が言った。
「怖くないわ」と女の子が言った。「あなたが一緒だもの」
 窓ガラスがビリビリと震えた。すぐ目の前をプロペラ式の大きな爆撃機がたくさん飛ん
でいた。外は完全な闇だった。外灯も家の光も全く見えなかった。B29が目の前で次々
と爆弾を落とし始めた。まるで鹿がウンコをしているみたいだった。ウンコは一秒ちょっ
とで次々と地上に落ち、オレンジ色の炎が花みたいに咲いていった。
「うわあ」とぼくは言った。
「うわあ」と八重山が言った。

 目を開けるとぼくは八重山の膝に頭を乗せて長椅子の上に寝ていた。彼の右手がぼくの
胸を撫でさすっていた。
「平気?」と八重山がきいた。
「夢を見ていたんだ」とぼく。「きみはずっとここにいた?」
「ずっといたよ。ピアノを弾いてた」
 ぼくは夢に出てきた男の子と女の子の話をしてやった。
「それはきっとおふくろとおやじだよ、一九四五年の三月の」と八重山が言った。
「またまた」とぼくは笑いながら言った。八重山はよくそんな嘘をつくことがあったから
だ。
「ほんとだよ」と八重山が真顔で言った。「ここはぼくのじいさんが建てた家なんだ」
「ノイマンが住んでたというのは?」
「母屋のほとんどをノイマンに貸してたんだ。生活に困ってたからね」
 八重山のおじいさんは大正時代に貿易で儲け、鉄工業と造船業にも手を出したが、昭和
の初めに破産した。一九三〇年代、世界恐慌の頃だ。息子が二人いた。おじいさんが死ん
だとき、一人は高校生だったが、結核で寝込んでいた。もう一人はまだ子供だった。それ
が八重山の父親だ。結核の伯父さんは聖書女学院出のお嫁さんをもらったが、子供ができ
ないまま死んでしまった。戦争が終わりかけの頃だ。残された兄嫁と弟は戦争が終わって
から結婚した。
「それで男の子は女の子のことを姉さんて呼んでたんだ」とぼくは言った。八重山はそれ
について何も言わなかった。
 八重山の家は神戸でネジと車のホイールを作る工場を経営していた。両親は去年、つま
り一九六六年に交通事故で死んでいた。一九六七年には、横浜の聖書女子大に行っていた
八重山のお姉さんのミチコが神戸に戻ってきて、工場と家の両方を見ていた。
「行こう」と八重山が言った。「夢を見てちゃいけないよ」
「そうだね」とぼくは言った。「でも、あれは夢だったのかな?」



              ★

「ミチコ?」とマリコが言った。
 ぼくは目を覚ました。ぼくらはベッドの上にいた。
「ミチコって言ったわ」とマリコが言った。
「言わないよ」とぼくは言った。「きっと気のせいだよ」
「そう?」


             ★

 ぼくらは地下道を通ってよく三の宮にも出かけた。
 当時の三の宮は今みたいにきれいな街じゃなかった。賑やかなアーケードのある商店街
から少し裏に入ると、汚い店がごちゃごちゃとひしめきあっていて、娼婦がそこら中に立
っていた。
「まず女を買おう」と八重山が言った。
 ぼくはすっかり怖じ気づいてしまった。まだ子供だったから、売春はすごく悪いことだ
と思っていたのだ。
「それよりおなかがすいたよ」とぼくは言った。
「じゃあ、飯を食ってから女を買おう」と八重山は言った。
「お金がもうないじゃないか」とぼくが言うと、
八重山は通り掛かった小さな鞄屋に入っていって、たちまち金をポケットに詰め込んで出
てきた。彼のやり方はごく簡単だった。店に入っていき、店番の老人(年寄りが一人で店
番をしている店を狙うのがコツだと八重山は教えてくれた)に、一番高いところに下がっ
ている鞄を見せてくれと言う。じいさんが脚立を出して鞄を下ろしている隙に、さっさと
金を取ってしまう(レジスターを置いていないようなボロい店を狙うのがコツだと八重山
は教えてくれた)。そして下ろしてもらった鞄にあれこれ難癖をつけ、じいさんが鞄を戻
している隙に逃げ出す。
 簡単でしょう?
 ぼくらは古ぼけた小さなレストランで食事をした。年寄りが一人でやってる店だった。
生ビールをジョッキに何杯も飲み、ビーフステーキを食べた。すっかり酔っ払って、腹も
ふくれたところで、八重山がぼくに耳打ちした。
「ちょっと先に出てくれないか?」
「どうして?」
「いいから」
 ぼくはいやな予感がした。
 言われた通り一ブロック先の角で待っていると、札を鷲掴みにした八重山が笑いながら
走ってきた。彼は鞄屋で盗んだ金も併せて二等分し、ぼくに半分渡そうとした。ぼくは受
け取らなかった。何だかとてもいけないことをしているような気がしたからだ。
「なくすといけないから、きみがまとめて持っていてよ」とぼくは言った。
 ほんとは「こんなことをしちゃいけない」と言いたかったのだが、できなかった。そん
なことをしたら八重山がすごく悲しむだろうと思ったのだ。
「かなりの儲けだろ?」彼は金をポケットにしまいながらうれしそうに言った。

 それからぼくらは裏通りに立っている女たちを物色してまわった。ひどく寒い晩だった
が、どの女もかなり薄着だった。八重山が選んだ女は黒いスリップにハイヒールという格
好だった。ぼくには白くて大きなセーターをワンピースみたいに着ている女を選んでくれ
た。そこは長屋みたいな建物で、一階には酒場が並んでいて、その間にある入り口には通
りから直接二階に上がる、狭くて急な階段が続いていた。ぼくらは別々の部屋に通された。
部屋といってもベニヤ板で仕切っただけの、細長い隙間のような空間だった。
 女と二人きりになると、ぼくはすっかり怯えてしまった。相手がぼくの母よりも年上と
しか思えないようなおばさんだったからだ。おまけに彼女はすごく無愛想だった。黙って
セーターをまくり上げるとたるんだおなかが現れた。セーターの下には下着一枚着けてな
かった。彼女はそばにあった丸い椅子に片足を乗せ、足を大きく開いて、
「早くしてよ」と言った。
「いや、結構です」とぼくは愛想笑いを浮かべながら言った。
「そう」女は不機嫌そうな顔でセーターを下ろし、椅子に腰掛けた。
 ぼくは彼女に向き合って、ぼんやり立っていた。なんだか変な夢を見ているみたいな気
がした。ひどく場違いなところにいるような⋯⋯。娼婦の部屋といえばベッドがあるもの
と思っていたからかもしれない。
「あんたまだ子供でしょ」と女が言った。
「ええ、まあ」とぼくは答えた。
「ねえ、わたしと自由について話をしない?」と彼女は言った。
「いいですね」とぼく。
 ぼくはできればすぐにそこから出ていきたかったが、なんとなく言い出せなかった。も
しかしたら、そんなに早く女の部屋から出ていくのは恥ずかしいことなんじゃないかと考
えたのかもしれない。
 ぼくは落ち着かなかった。たぶん座る椅子がなかったからだろう。ぼくは狭く薄汚い部
屋に突っ立っていて、目の前では母親より年上の娼婦が丸椅子に座って煙草を吸っていた。
どこかから八重山と女の笑い声が聞こえてきた。楽しそうな笑いだった。
 女は売春をする自由について話した。政府に売春を取り締まる権利はないと彼女は言っ
た。
「政府⋯⋯」とぼくは呟いた。
 一九六七年の政府について、誰かが正面切って非難するのを聞いたのはそれが初めてだ
った。総愛学院では誰も一九六七年の政府や国家と自由の関係について語らなかったから
だ。彼女は政府の犯しているいろんな過ちについて長々と一人で喋った。ぼくはその間、
「ふうん」とか「へえ」とか合いの手を入れることくらいしかできなかった。ぼくはまだ
大人の議論に加わるにはあまりにも子供すぎたのだ。
「あんたいくつ?」と女がきいた。
「十四」とぼくは正直に答えた。
「あきれた」と言って彼女は笑った。「でも、そろそろ女が必要になる年頃かもしれない
わね」
「そうかなあ」とぼくはとぼけた。もちろんぼくはそのころ毎晩女の必要を感じていた。
ただ、母親みたいな年齢の女は対象から外れていたというだけのことだ。
「もっと大人になれば、わたしみたいな年の女でも平気になるわよ」
「そうかもしれないですね」
「ねえ、試しにズボンを降ろしてみない?」女がちょっと笑いながら言った。
「結構です」
「そう」彼女は笑いながら軽いため息をついた。「お金は返さないわよ」
「結構です」とぼくはまた馬鹿みたいに繰り返した。「ぼくのお金じゃないから」

 八重山は元気一杯で、ぼくの手を取って通りをスキップした。ぼくは重い足取りでつい
ていった。
「どうしたの?」と彼はぼくの顔をのぞき込んで言った。
「もうあんなとこには行きたくないよ」とぼくは言った。
 彼は立ち止まった。ぼくが泣いているのに気づいたのだ。
「どうしたの?」と彼はまたきいた。
「ああいうのはいやなんだ」とぼくは言った。「二度とあんなとこには行かないよ」
 ぼくは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。通りがかりの人がみんなぼくらをじろじろ
見ていた。恥ずかしかったが、どうしても泣くのを止められなかった。
「わかった」と八重山が言った。「悪かったよ。二度とあんなとこには行かない」
「ぼくのこと意気地なしだと思ってるだろ?」
「そんなことないよ。きみは潔癖なだけなんだ」
 彼はハンカチを出してぼくの頬っぺたを拭いてくれた。母親が怯えた息子を宥めるみた
いにぼくの髪を掻き上げながら、母親みたいに優しい顔で笑った。八重山はそういうやつ
だった。


             ★

 ぼくが神崎神父に怯えるようになったのは便所掃除のせいだった。一九六六年の秋のこ
とだ。ぼくはまだ十三歳で中学一年生だった。その日の放課後、ぼくは裸で便所掃除をし
ていた。多分宿題を忘れたとか、何かつまらないことで罰を食らったのだと思う。そうい
うことはしょっちゅうあった。宿題を忘れたり、授業中に無駄話をしていて叱られたりす
ると、総愛学院では裸で便所掃除をすることになっていたのだ。
 一九六六年の秋の便所は冷凍庫みたいに寒かった。白いタイルの壁や便器は水をかけて
洗っているあいだに分厚い氷で覆われてしまい、何度もモップの柄で氷を割らなければな
らなかった。御影石の床に水をまくと、あっというまにスケートリンクができた。
 ぼくが掃除を始めると、窓やドアから覗き込んでいたクラスの仲間がはやしたてた。
「やあい、ざまあみろ」やつらは笑いながら手を振った。
「覚えてろ」ぼくも笑いながら手を振った。
 クラスの仲間たちの冷やかしは、罰当番をやるときの励ましになった。便所掃除は一人
でやるにはあまりにつらかったし、ぼくらはみんな明日は我が身という気持ちでいたから、
クラスから罰当番が出ると、そうやって応援に行ったのだ。

「おまえは恥ずかしいやつだな」神崎神父が入ってきてそう言った。後ろには大勢坊主頭
の訓育生を従えていた。「裸で便所掃除なんかして恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいです」とぼくは言った。声が震えた。神崎神父が恐かったというより寒くて
死にそうだったからだ。「服を着ていいですか?」
「だめだ」神崎神父はきっぱりと言った。後ろで訓育生たちが笑った。
「せめて靴を履かせてもらえませんか?」とぼくはピョンピョン跳び跳ねながら言った。
裸足で立ってると足が凍って床に貼りついてしまうからだ。飛び上がるたびにぼくのお尻
がプルプル震えたが、おちんちんはピクリともしなかった。寒さのせいであまりにも小さ
く縮こまってしまったのだ。そのせいか、鏡に映ったぼくは胸の平べったい女の子みたい
だった。
「だめだ」ぼくをじろじろ眺めながら神崎神父が言った。
 それから彼はいろいろ質問を始めた。ぼくがもっとほかに何かもっと重い罰に値するこ
とをやらかしてるだろうといったことだった。もちろんぼくはいろんなことを隠していた。
一九六六年の総愛学院の生徒は誰でも隠し事をしていた。神崎神父が生徒からそれを聞
き出そうとするのも別に珍しいことじゃなかった。彼は現行犯を罰するだけでは満足しな
い訓育主任だった。彼の威光を恐れてあらゆる生徒が自分から進んで罪を告白しに来るこ
と、あるいはほかの生徒の罪を密告しに来ることを望んでいた。現実には誰も告白や密告
に来なかったので、彼は訓育生を使って罪を見つけだし、無差別の尋問によって自白を引
き出さなければならなかった。ぼくはそれまでわりと罰を食らうことが少ない生徒だった
ので、神崎神父から尋問されるのはそれが初めてだった。
「どうした? 白状するか?」
 彼はそう言いながらぼくの股間に手を潜り込ませた。ぼくのおちんちんは凍えてどんど
ん縮んでいき、彼の手はそれを追ってどんどん奥に入り込んできた。
「ああ⋯⋯」とぼくは言った。「ああ⋯⋯」
 ぼくは隠していたことをすっかり白状した。
「まだなんにもしてないじゃないか」と神崎神父は言った。「そんなにあっさり白状され
たんじや張り合いがないなあ」
「そんな⋯⋯」とぼくは言った。
「でも肝心のことは言わなかったな」と彼は言った。「結城とやっただろう?」
「何を?」
「とぼけちゃって」
 彼は笑いながらぼくを石の床に正座させた。訓育生が頭から水をかけた。
「ゴボゴボゴボゴボ」とぼくは言った。
 もちろんぼくは彼が何をききたいのか知っていた。結城というのはその頃ぼくが好きだ
った男の子のことだ。ぼくはいつでも結城とやることばかり考えていた。しかし現実には
まだほとんど口もきいたことはなかった。
「ああ⋯⋯」とぼくは言った。「ゴボゴボゴボゴボ⋯⋯ああ⋯⋯」
「なかなかいいぞ」神崎神父はうれしそうだった。
「本当にやってないんです」
「その調子だ」
「赦してください」
「だめだ」
「ゴボゴボゴボゴボ⋯⋯」
 彼は訓育生にもっと水をかけさせた。ぼくはだんだん凍りついていった。洞窟の鹿みた
いに。全身の感覚がなくなってしまっても、彼はまだぼくのからだのあちこちをぶったり
撫で回したりした。そのあいだ、ぼくは何度となく気を失った。
「もういいよ」と神崎神父が言った。「そろそろ『やりました』って言えよ」
「赦して」とぼくは言った。「ああ⋯⋯赦して⋯⋯」
「おまえはわかってないなあ」彼は笑った。「おまえが本当にやったかどうかなんてどう
でもいいんだよ」
「ああ⋯⋯」
「結城とやっただろう?」彼はぼくの顎をつまんでぼくの目をのぞき込んだ。「『はい』
って言え」
「はい」
「それでいいんだ」彼は満足そうに言った。「本当のことを言うと、質問だってなんでも
いいんだよ。おれはおまえをちょっといじめて楽しみたかっただけなんだ」
「そうだったのか」とぼくは言った。

 それから一週間、神崎神父はぼくに便所掃除をやらせた。ぼくは自分が悪いことをして、
当然の罰を受けているのだと思っていた。
なぜだろう?
 神崎神父は毎日やってきて、「なんならあと一年間、便所掃除をやらせてやろうか?」
といったいやがらせを言いながら、ぼくをぶったり、訓育生たちに水をかけさせたりした。
ぼくは便所掃除を一週間で終わらせるために、彼の機嫌をとろうとした。ぼくが苦しむ
ほど彼は喜んだ。それでぼくは彼を喜ばせるために、わざと大げさな声を上げたりした。
「ああ⋯⋯ゴボゴボゴボ⋯⋯」
 あれは一体なんだったんだろう?
 ぼくはこのことを親にも言わなかったし、学校の仲間にも打ち明けなかった。
 なぜだろう?
 ぼくはすっかりどうかしていたのだ。

 何日目かに、カークパトリック神父ほかの教師たちが便所に駆けつけたとき、ぼくは凍
死寸前だった。誰か生徒が見かねて職員室に通報したのだ。このときの神崎神父がぼくに
したことは、スパルタ教育が売り物の総愛学院でも常軌を逸していたからだ。
「放せ」と神崎神父は叫んだ。「ぶっ殺すぞ」
 彼は大男のカークパトリック神父に後ろから羽交い締めにされていた。彼は激しく暴れ
たが、さらに何人かの教師に押さえ付けられてしまった。彼のズボンは股間のあたりが大
きく膨らんでいた。
 あれは一体なんだったんだろう?
 訓育生たちはそのそばでうな垂れていたが、彼らのズボンもやっぱり膨らんでいた。

 神崎神父はしばらく学校から姿を消していた。精神病院に閉じ込められてるという噂だ
った。いや、神父館の地下にある秘密の牢屋に押し込められてるんだと言うやつもいた。
戻ってきたとき、彼は右手をなくしていた。理由はよくわからない。謹慎中に近くの修道
院にある木工場で作業をしていて、回転鋸でうっかり切り落としてしまったのだという噂
もあったし、自分で切り落としたのだと言うやつもいた。

 彼はすっかり陰気になっていたが、驚いたことに自分のしたことを全然恥じていなかっ
た。
「見ろ、おれは自由を獲得したぞ」鉄製の大きな義手を生徒たちに見せびらかしながら彼
は勝ち誇ったように言った。その義手はよくできていた。ロボットみたいに強かったし、
生徒の首を片手で掴んで絞め上げられるほど大きかった。「これがおれの自由だ」と彼は
生徒たちに向かって叫んだ。「おれは自分の意志通りのことができるんだ」
 もっと驚いたことに、彼はそのまま訓育主任の座に留まってしまった。校長が強くそれ
を望んだのだ。ほかにも賛成する教師は多かった。総愛学院は彼みたいに鉄の意志と鉄の
腕を持つ男を必要としていたのだ。

「坊主、あんまり神崎を怒らせるなよ」とカークパトリック神父がぼくに言った。
「あの人は別に怒ってなかったよ」とぼくは言った。「楽しそうだったもん」
 カークパトリック神父は赤毛の大男だった。顔は恐そうだったが、総愛学院では唯一ぼ
くが友達みたいな口をきける先生だった。彼はぼくらの学年の主任で、英作文の教師だっ
た。一度もぼくらを怒鳴ったことはなかったが、みんな彼の言うことをよくきいていた。
「あいつは異常なところがあるからなあ」と彼は言った。神崎神父のことを言ったのだ。
「根が真面目すぎるんだ」
「そうかなあ」とぼくは言った。
「ちょっと神経質だけど、本当はいいやつなんだよ」
 カークパトリック神父にそう言われると、ほんとにそんな気がした。彼はどんな人間に
も必ずいいところを見つけることができた。たぶん彼が誰からも好かれていたのはそのせ
いだったのだろう。そして、ぼくはまだ子供だったから、彼が指差して美しいと言ったも
のは何でも美しく見えた。

「夢から覚めなきゃいけないよ」と八重山が言った。一九六七年の秋のことだ。便所掃除
の事件からほとんどまる一年たっていた。ぼくはその間に何度か便所掃除をやらされたが、
神崎神父はもうそれほどひどいことはしなかった。
「どんな夢から?」とぼくはきいた。
「いろんな夢からさ」と彼は言った。「夢がきみをがんじがらめにしてるんだ」
「そうかなあ」

 夕方だった。薄い紅色に染まった空でカラスが「ああ⋯⋯」と鳴いた。一九六七年のカ
ラスはいつも「ああ⋯⋯」と嘆くように鳴いた。
「まず結城をやっちゃうんだ」と八重山が言った。
「馬鹿」とぼくは言った。

 一九六七年の秋、ぼくは結城という同期生のことが好きだった。男の子どうしで愛し合
うことは総愛学院の中等部ではそんなに珍しいことじゃなかったが、ぼくはまだ結城とキ
スをしたことがなかった。一九六七年の秋には多くの中等部の生徒が庭園でキスしていた
が、ぼくは結城とほとんど口をきいたこともなかった。
「きみは根が真面目すぎるんだよ」と八重山が言った。
「カークパトリックは神崎のことを根が真面目すぎるって言ってたぜ」とぼく。
「つまり病的だってことだよ」
 一九六七年の総愛学院では男の子どうし愛し合うことが禁じられていたが、実際にはか
なりの生徒が決まりを破っていた。それは中等部の生徒が一度はかかる麻疹だった。ある
いは女の子とキスする前の練習期間だった。そして、高校生になるとみんなそんなことは
すっかり忘れて女の子に夢中になるのだ。
 もちろん総愛学院と聖書女学院では、男の子と女の子がセックスすることも禁じていた。
そして、そのタブーはわりと守られていた。聖書女学院の女の子はセックスすることに
怯えていたし、総愛学院の男の子は男の子どうしの気軽なキスやペッティングにあまりに
も慣れてしまっていたので、女の子をうまくリードすることができなかったのだ。

「男どうしってやつは不毛だよ」とカークパトリック神父がぼくに言った。
「そうだろうね」とぼく。
 一九六七年の秋のことだ。彼は何か感づいていたんだろうか? ぼくが結城のことで悩
んでるといったことを? ぼくがまだ結城とまともに口をきいたことさえなかったという
のに? カークパトリック神父は勘のいい男だった。いや、神父たちは全般的に勘が鋭か
った。たとえば神崎神父はすでに一九六六年の段階から、ぼくが結城に気があることを見
抜いていたのだ。
「やるなら女に限るぜ」とカークパトリック神父は言った。「まだ坊主にゃちょっと早い
けどな」


「いいのかなあ、そんなこと言って」とぼく。
 カークパトリック神父は総愛学院には珍しく、セックスのことを開けっ広げに話す先生
だった。
「おれもハイスクールのころはやりまくったもんさ」
 彼は大らかに笑った。〈やりまくる〉といった表現も、彼が言うとけっこう陽気に聞こ
えた。彼は学生時代に「やりまくった」話をしょっちゅうぼくに聞かせた。彼は何百人も
の女の子に関して、実に細かいところまで覚えていた。どの街のどんな店でデートしたと
か、そのとき彼女がきていた服はどんなだったか、どこで車を停めて、どこでやったかと
いったことを⋯⋯。少なくとも三人の女の子がはっきり彼の子供とわかる赤ん坊を中絶し
ていた。
「どうして神父になったの?」とぼくは彼にきいた。つまり、そんなに女好きだったのに
という意味だ。
「そりゃもちろん全てを愛するためさ」と彼は自信ありげに言った。「おれは全ての女を
愛したくなったんだ。そのときにセックスは卒業したのさ。おれは全ての人間を愛したか
ったからね。それで俗世間の生活ってやつもついでに卒業したんだ」
「全ての人間を愛する⋯⋯」とぼくは言った。
「人間だけじゃない。この世の全てを愛したかったんだ」
「全てを愛する⋯⋯」とまたぼくは言った。
「それが神を見つけるってことなんだ」
「そんなもんかな」
 総愛学院には一九六七年の生き方についていろんな意見を持つ大人たちがいたが、カー
クパトリック神父はその中でもユニークな存在だった。

             ★

 一九六七年の秋、ぼくは結城という同期生のことが好きだったが、総愛学院のほとんど
の連中もまた彼のことが好きだった。男どうしの恋愛ごっこを卒業したはずの高等部の生
徒でさえ、結城から目を離さなかった。ちゃんとガールフレンドがいるやつでさえ、一度
は彼をものにしようと狙っていた。
 結城は成績も悪かったし、スポーツも苦手だったし、ほかにこれといった取り柄もなか
った。それでいてこれほど人気があったのは、ひたすら彼がギリシャ神話に出てくる美少
年みたいに可愛かったからだ。ちょっと茶色っぽい巻き毛、大きな目、尖った鼻、小さな
口、小柄で引き締まったからだ、そして愛くるしい笑い方……彼は十代の男の子が抱き締
めたくなるような全ての要素を持っていた。
 彼はスポーツが苦手だったにもかかわらず、バスケットボール部とテニス部とサッカー
部とバレーボール部と体操部に入っていた。どのクラブのやつらもただ彼を休みの合宿に
連れていくためにスカウトしたのだ。結城と同じ部屋で雑魚寝がしたくて⋯⋯。
 彼は一九六七年の秋には毎日違ったクラブの練習に出ていた。何をやらせても下手糞だ
ったが、上級生たちは彼を飽きさせないように気を使っていた。
「きみはなかなか素質があるよ」どのクラブのやつらも見え透いたお世辞を言った。
「そうかなあ」と結城は照れ笑いしながら言った。
 美術部は彼をヌードのモデルにしようとしきりに口説いていた。
「きみなら絶対きれいに描けるよ」と美術部員たちは彼に言った。
「そうかなあ」と結城は笑いながら言った。

 ぼくは結城に近づくチャンスがなかった。彼とは同じクラスになったことがなかったし、
共通の友達もいなかった。休み時間にも彼は絶えずいろんなやつらに取り巻かれていて、
一人でぼんやりしていることがなかったから、近づいて話しかけることができなかった。
放課後はクラブ活動が待っていた。月曜日は美術室でポーズをとり、火曜日は第一運動
場でバレーボールをやり、水曜日は第二運動場でバスケットボールをやり、木曜日は第三
運動場でサッカーをやり、金曜日はテニスコートでテニスをやり、土曜日は体育館で器械
体操をやっていた。
 練習の最中にやってきて結城を連れ出すことができるのはコッホ神父だけだった。この
カーネル・サンダースに似た白髪のドイツ人は放課後にゆっくりと運動場や体育館を回り、
音もなく結城に近づいて何か二言三言囁きかけると、肩を抱いて音もなく連れていって
しまうのだ。上級生は何とかそれを阻止しようとした。
「結城はどこも悪くありませんよ」と彼らはコッホ神父に言った。
「ソレハキミタチノ決メルコトデハナイ」というのがコッホ神父の返事だった。
「そうですか」と上級生たちは言った。
 それでおしまいだった。誰も総愛学院の保健室主任ジークムント・コッホ神父を止める
ことはできなかった。
「ぼく、ちょっと具合が悪いんです」と結城のほうから言うこともあった。
 きっと練習に飽き飽きしていて、何か気晴らしがしたかったんだろう。彼はどんなこと
でも三十分もやると飽きてしまうようなところがあった。
「ヨシヨシ」とコッホ神父は上機嫌で言った。孫にお菓子をねだられたじいさんみたいに
「保健室ニオイシイくりーむ・ぱいガアルカラネ。ちょこれーとト胡桃ノヤツダ」
「わあい、うれしいな」と結城は言った。彼は甘いものに目がなかった。

 あるときぼくは彼と廊下で擦れ違ったときに、思い切って話しかけてみた。彼は何人か
の友達と話しながら歩いてきた。
「やあ、こんにちは」とぼくは言った。
 彼は立ち止まってこっちを見た。それだけで心臓が止まりそうだった。
「いい天気だね」とぼくは精一杯笑いながら言った。
「きみは誰?」と結城は言った。「ぼくはきみのことなんか知らないよ」
「そうかもしれないね」とぼく。
「ねえ、こいつ誰?」彼はぼくを指差しながらまわりの連中に聞いた。
「つまらないやつだよ」と取り巻きの一人が言った。
「口をきいてやるだけの値打ちはないよ」と別のやつが言った。
「やっぱりそうか」と結城は言った。「そうだと思った」

 一九六七年の秋にはいやな噂が流れていた。体操部とバレーボール部とバスケットボー
ル部とサッカー部とテニス部と美術部のやつらが、夏の合宿で結城を〈まわした〉とか結
城と〈やりまくった〉といった噂だ。ぼくには信じられなかった。結城が相変わらず天使
みたいにあどけない顔をしていたからだ。一九六七年のぼくはまだほんの子供だったのだ。
庭園ではほかの連中がやりまくってるのを平気で見物していたくせに、結城だけはそん
なことをするわけがないと考えていたのだ。しかし、ぼくはその噂でとても傷ついていた。
信じていないのに傷つくというのは変な話だが、やっぱり心のどこかでぼくもその噂を
事実として受け止めていたのかもしれない。それはテレビで見る可愛らしいアイドル歌手
が実は一晩百万円で代議士と寝ているとか、男の歌手と楽屋でやってるところを目撃され
たというような噂に似ていた。つまりありそうもないようでいて、実際はごく当たり前の
ことになってしまってるのかもしれないという気がしたのだ。

「どうしてきみは結城なんかが好きなんだろう」と八重山が言った。「つまんないやつじ
ゃないか」
「そうかなあ」とぼく。
「きみはあいつなんかとは人間のレベルが違うんだ」
「ぼくはスポーツもできないし、ピアノも弾けないよ」
「きみは小説を書くんだよ」
「書けるといいね」
「きっと書けるよ。ぼくらは同類なんだ。最初きみを見たときにわかったよ」
「同類?」
「ぼくらには自由になれる素質があるんだ」
「自由⋯⋯」とぼくは馬鹿みたいに繰り返した。
「ぼくらはやつらと違うんだ。やつらはぼくらが楽しむのを眺めることしかできないけど、
ぼくらは自分が楽しむことでやつらを楽しませることができるんだよ」
「そうかなあ」
「夢から覚めなきゃいけないよ」
 夕暮れどきの庭園でぼくらは山葡萄を食べていた。黄金色の空でカラスの群れが「ああ
⋯⋯」と鳴いていた。ぼくが神崎神父に首を絞められたときにもらした呻きみたいな声で。
谷のむこうでノイマン屋敷が赤く輝いていた。太陽はもう摩耶山の陰に隠れてしまって、
赤みを増していく西の空を背に、山の稜線は影絵みたいに黒く透明に澄み切っていた。
山の麓はもう夜だった。神戸の街には宝石みたいに色とりどりの明かりが灯り始めていた。
「結城なんてさっさとやっちゃえばいいんだ」と八重山が言った。「そしたらすっきりす
るよ」
「やっちゃうって?」
「やっちゃうのさ」
 椎の木の葉むらの陰で八重山の顔が笑った。

 文化祭が近づいていた。生徒たちは遅くまで学校に残って展示や模擬店の準備をしてい
た。校舎のいたるところから楽器の音が聞こえてきた。管楽器でスタンダードナンバーを
演奏する音楽部、フォークソングを練習するたくさんのバンドの連中⋯⋯。文化祭の準備
期間中、生徒は夜遅くまで学校に残ることができたし、届けさえ出せば泊り込むこともで
きた。校庭や校舎の陰や裏山ではあちこちで焚き火が焚かれ、木の枝に刺したマシュマロ
やアルミフォイルに包んだりんごを焼く匂いが庭園まで漂ってきた。ぼくと八重山は庭園
の入り口近くにある小さな樫の木に登って草笛を吹いていた。普通の笹で作った笹笛はソ
プラノサックスに似た音が出たが、もっと葉っぱの大きい熊笹の葉で作った笹笛を吹くと
、テナーサックスに似た音を出すことができた。八重山はコルトレーンのテナーサックス
そっくりに熊笹の笹笛を吹いた。ぼくはとても八重山のようには吹けなかったが、簡単な
メロディならついていくことはできた。ぼくは『コートにすみれを(ヴァイオレッツ・フ
ォー・ユア・ファーズ)』、『アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー』、『ト
ゥ・ヤング・トゥ・ゴー・ステディ』といったスローテンポのバラードを八重山に教わっ
た。ぼくらは同じ曲を何度となく繰り返して吹いた。つまりぼくはいちどもコルトレーン
のレコードを聴かないうちに彼の曲を覚えたわけだ。それは庭園の草叢で愛し合っている
カップルたちにとっていいバックグラウンド・ミュージックになった。スローバラードは
思春期の少年たちの性欲を刺激する。ぼくと八重山は彼らの悩ましげなため息やうめき声
を聞くたびに目と目で笑い合った。

 ぼくらが笹笛を吹くと、どこからともなく鹿たちが集まってきた。鹿は笹笛が好きだっ
た。あるいは八重山がコルトレーンそっくりに吹くスローバラードが。
 空ではカラスが「ああ⋯⋯」と鳴いていた。鹿と違ってぼくらの笹笛に耳を傾けてる様
子はなかったが、とにかく夕方になるとどこからともなく夥しいカラスが現れて、鮭の肉
みたいにバラ色に染まった空を埋めつくそうとするのだ。
 ときどきカラスがバサバサと音を立てて空から落ちてきた。ノスリに襲われたのだ。一
九六七年のノスリはよくカラスを襲った。空を舞っているカラスに鋭い爪で襲いかかり、
尖った嘴で素早く心臓を抉り出して食べてしまうのだ。
 カラスが落ちてくると神経質な鹿たちは素早く木立の中に身を隠した。落ちてきたのが
完全に死んだカラスで、何の危険もないことがわかると、鹿たちはまた用心深い足取りで
静かに戻ってきた。

 ぼくらは鹿たちと一緒に校舎のほうへ行った。マシュマロとりんごを焼く甘い匂いが鼻
をくすぐった。鹿たちは焚き火を見ると音もなく寄っていき、そこで火に当たってるやつ
らから焼きりんごと焼きマシュマロをもらって食べた。
「みろよ」とやつらが言った。「鹿が焼きマシュマロと焼きりんごを食べてるぜ」
「悪いか?」と鹿が言った。
 全体に鹿たちは尊大な態度をとっていた。きっと知らない人間から焼きりんごと焼きマ
シュマロを恵んでもらうことで、かなりプライドを傷つけられていたのだろう。
「腹ぺこなんだ」と別の鹿がぼくに囁いた。「最近の山はろくな食い物がないからね」

 神父館の前でミナミさんに会った。
「ミナミさん、今晩は」とぼくらは言った。
「兄ちゃん、おはよう」とミナミさんは言った。
 ミナミさんは両手に三羽ずつカラスを下げていた。足を掴まれて逆さに吊されたカラス
はどれも大きな嘴を固く閉じ、無念そうに目を半分開いたまま死んでいた。
「さっき空を飛んでたでしょう」と八重山がミナミさんに言った。「カラスをたたき落と
してるのを見ましたよ」
「あれはノスリだよ」とぼくは言った。
「こいつら悪さしよるさかいな」ミナミさんはカラスをちょっと持ち上げて笑った。
「ぼくの相棒はミナミさんが空を飛べるってことをまだ信じようとしないんですよ」
「まあ、しゃあないわな」ミナミさんはもう一度笑った。
「お陰でぼくは文化祭でピアノの逆さ弾きをやらなきゃいけないんです」
「そんなこと言ってないだろ」とぼくは言った。「賭けは引き分けだよ」
「だからぼくがピアノの逆さ弾きをやって、きみは英語で小説を書くのさ」
「そうだったのか」
 ぼくは賭けのやり方をよく知らなかったから、世間ではみんな賭けが引き分けになった
ときはそうやるのだと素直に信じ込んでしまった。世間にそういう決まりがあるわけじゃ
ないということを知ったのはごく最近のことだ。つまり八重山は二十年間ぼくをだまし続
けたわけだ。

 校舎の前には大きなステージができかかっていた。その前で高等部の文化祭委員たちが
客席の椅子を並べていた。客席のまわりでは各クラブやクラスの連中が模擬店の屋台を造
っていた。蒼白いライトを浴びて、下手糞なハワイアン・バンドが練習していた。冬みた
いに寒い一九六七年の秋の夕暮れどきに、ぼくらは鹿たちに囲まれてハワイアンを聴いて
いた。ぼくは自分がもう死んでるような気がした。冷たい一九六七年の闇の中で鹿たちと
聴く下手糞なハワイアン⋯⋯。

「小僧、さんざん探たしぞ」とカークパトリック神父が言った。
「なんだっけ」と八重山が笑いながら言った。
「ふざけるな」
 カークパトリック神父は八重山をつまみ上げてステージの隅に放り投げた。
「リハーサルをやる予定だったんだよ」と彼はぼくに言った。

 ステージの左手にグランドピアノが置いてあった。八重山はハワイアン・バンドの横で
椅子やマイクの調節を始めた。グランドピアノの中に突っ込まれたマイクはすでに音が入
っていて、彼が触るだけでゴボッゴボッと大きな音を立てた。椅子を並べたり屋台を組み
立てていた連中が八重山のほうを見た。ハワイアン・バンドの連中も不安そうに彼のほう
を見ていた。よそ見をしているのでよけいに演奏がひどくなった。彼らはこの寒い夜にお
そろいのアロハシャツを着て、オレンジ色の花の輪を首にかけていた。彼らは弱々しく笑
っていた。かわいそうに、彼らは自分たちが下手糞なハワイアン・バンドだということを
知っていたのだ。

 後ろの校舎の窓という窓からたくさんの生徒が顔を出していた。その晩八重山が野外ス
テージでリハーサルをやることは全校に知れ渡っていた。みんなが彼のピアノを聴きたが
っていたのだ。彼は学校中にファンを持っていた。東翼の一階にある保健室にも明かりが
灯り、窓からコッホ神父が顔を出した。鹿たちが一斉に保健室のほうを見た。
「あの部屋にはパイがあるぜ」と鹿が言った。
「まさか」とぼくは言った。
「おれたちは鼻がいいんだよ」と別の鹿が言った。
「保健室を見るな」とカークパトリック神父がぼくに言った。
「見てないよ」とぼくは言った。

 それは嘘だった。ぼくは保健室をじっと見つめていたのだ。中に結城がいることはわか
っていた。まだ明るいうちに校庭でコッホ神父が彼の肩を抱いて連れていくのを見たのだ。
カラスが一羽ぼくらのすぐそばに落ちた。カークパトリック神父はそいつをつまみ上げ
た。さっきミナミさんが下げていた死骸と同じように悔しそうな顔をしていた。ただ死ん
だだけじゃなく、完全に負けましたという表情だった。
「かわいそうに」とぼくは言った。
「放っておくと人間を襲うようになるからな」とカークパトリック神父は言った。
 空はもう深い藍色に沈んでいて、星がたくさん見えた。細かい点みたいなカラスの群が
空を舞いながら「ああ⋯⋯ああ⋯⋯」と鳴いていた。彼らを襲うノスリの姿は見えなかっ
た。
「ミナミさんが空を飛んでカラスを叩き落としてるんだ」とぼくは口からでまかせを言っ
た。
「知ってるよ」とカークパトリック神父が言った。「おれとミナミさんは友達なんだ。知
らなかったろ?」
「知らなかった」とぼく。

 下手糞なハワイアン・バンドは曲の途中で演奏をやめてしまった。誰かがひどい間違え
方をして、みんながつまずいてしまったのだ。彼らはすっかりやる気をなくし、八重山の
ほうを振り返りながらのそのそ楽器を片付けた。
 彼らがまだステージから降りないうちに八重山がピアノを弾きだした。谷の澄んだ水の
流れみたいな音がステージからゆっくり溢れだした。曲はビル・エヴァンスの『ワルツ・
フォー・デビー』だった。クラシックの曲が聴けると思っていたカークパトリック神父は
びっくりしてステージを見上げた。
「なんだあの曲は?」と彼は言った。
「知らない」とぼくは答えた。ビル・エヴァンスなんて名前さえ知らなかったのだ。

 ぼくらがびっくりしたのは曲がジャズだったせいばかりじゃない。八重山の姿が椅子の
上に見当たらなかったからだ。いや、彼はちゃんとそこにいた。しかし頭があるべきとこ
ろには足があった。彼は膝を背もたれに引っ掛けて、椅子の上に仰向けになっていたのだ。
頭は完全にピアノの下に隠れ、両手は全く逆向きにねじれて鍵盤の上を跳び跳ねていた。
つまりそれが八重山の逆さ弾きだった。

 生徒たちは二人ずつ組みになってワルツを踊っていた。なかなかきれいなステップだっ
た。総愛学院ではみんなワルツを踊るのが好きだったし、特に一九六七年には八重山のピ
アノに合わせてよく踊ったものだ。パートナーが見つからなかったやつが一人ぼくのほう
にやってきたが、ぼくが踊ろうとしないのでもじもじしていた。
「踊ってやれよ」とカークパトリック神父が言った。
「あんまり気が進まないなあ」
「いいから踊れよ」
 神父はすごい力でぼくを押した。ぼくは保健室のほうを見た。ぼくが一緒に踊りたかっ
た結城はその中にいて、神父はそれを知っていたのだ。ぼくはしかたなく踊りだした。
「きれいな曲だね」とぼくはダンスのパートナーに言った。
「奇跡みたいだね」と彼は恥ずかしそうに言った。

 ぼくらは踊りながら校庭中を回った。曲は途中で『マイ・フェイヴァリット・シングズ
』や『美しく青きドナウ』に変わったりしたが、ぼくらはいい気持ちでワルツを踊ってい
た。神戸の街はルビーやトパーズやサファイアやエメラルドを無数にちりばめたみたいに
キラキラ光っていた。あるいはスリランカの夜の川みたいに⋯⋯。
 鹿たちがいつのまにか保健室のまわりに集まっていた。開いてる窓から首を突っ込んで
くんくん匂いを嗅いでるやつもいた。前脚で校庭に面した木のドアをドンドン叩いてるや
つもいた。

「ソコデ何ヲシテイル?」とコッホ神父が窓から首を出して言った。
「パイをおくれよ」と鹿が言った。
「ソンナモノハナイ」とコッホ神父は言った。
「隠してもだめだよ」と鹿が言った。
「おれたちは鼻がいいんだ」と別の鹿が言った。
 ドアを蹴っていた鹿が鍵を壊して中に飛び込んでいった。コッホ神父がドイツ語で何か
叫んだ。
「やめろ、このバカ」といったようなことを言ったのだと思う。

 それからしばらく保健室の中でドカンドカンという音がしていた。鹿たちは次々と中へ
飛び込んでいった。先に中に入った鹿が大きなフランス窓を全部開けてしまったのだ。ぼ
くはパートナーと踊りながら保健室の前まで行った。鹿たちで溢れ返っている部屋の中が
すっかり見えた。白いシーツをからだに巻き付けた結城がベッドの上で泣いていた。『プ
レイボーイ』のグラビアの撮影が終わったばかりのヌードモデルといった感じだった。つ
まり裸の肩と腕がとてもセクシーだった。

 ベッドの上には食べかけのパイが散らばっていた。チェリーパイ、チョコレートパイ、
レモンパイ⋯⋯。結城は泣きながら指についた生クリームをなめていた。腹を減らした鹿
たちがパイを片っ端から食べていた。床も診察台や机の上もパイが山盛りになっていた。
マロンクリームパイ、マシュマロパイ、アップルパイ⋯⋯。鹿たちは興奮しながら次々と
パイを平らげていた。

「ぼくのパイだよ」と結城が泣きながら言った。
「どうせ一人じゃ食べきれないだろ」と鹿が言った。
「でもぼくのパイなんだ」と結城が言った。
「もうみんなのパイだよ」と別の鹿が言った。

 コッホ神父はもうそこにいなかった。上気した顔に怒りの表情をたたえてステージのそ
ばに立っていた。ときどき鹿だらけの保健室のほうをちらちらと見ていた。カークパトリ
ック神父が愉快そうに笑いながら近寄っていった。
「どうしてあんなにパイがあるんでしょう?」といった意味のことを彼は英語で一言った。
「わしゃ知らんよ」といった意味のことをコッホ神父がドイツ訛りの英語で言った。「
しかしこいつらずいぶんけしからん鹿じゃないか」
 彼は白衣のポケットに手を突っ込んで、真剣に腹を立てていた。
「で、ベッドの上に寝ている少年の病名は?」
「コッホコッホコッホコッホ」とコッホ神父は言った。ほんとはドイツ語で何か病名を言
ったのかも知れないが、ぼくの耳にはそんな風に聞こえた。

 結城は裸で保健室の前に突っ立っていた。からだを覆うものはもう何もなかった。彼の
服もベッドのシーツや毛布も、みんな鹿たちが食べてしまったからだ。それほど腹を減ら
していたのだ。結城は両手でおちんちんを隠しながら泣いていた。みんなが踊りながら彼
のことを笑っていた。
「誰か着るものを貸してよ」結城は苛々しながら叫んだ。
「かわいそうに」とぼくは言った。
「ぼくのことが好きならきみの着てるものを貸してよ」と彼はぼくに言った。
「どうしてぼくがきみのことを好きだってわかる?」とぼくはきいた。
「この学校じゃみんなぼくのことが好きだからさ」と彼は言った。

 ぼくはパートナーと踊り続けた。何となく着てるものを脱いで結城に着せてやるといっ
たことはできにくい雰囲気だった。みんなが結城のことを嘲笑っていたからだ。
「くたばれ、屑野郎」と誰かが叫んだ。
「ドイツ人のケツでも舐めろ」と別のやつが叫んだ。
 それは意外な反応だった。同情してるやつは一人もいなかった。もしかしたらみんな結
城とやりたかっただけで、ほんとに彼のことが好きだったわけじゃないのかもしれない。
あるいはみんなほんとに結城が好きだった分だけ、彼に心を傷つけられたことがあって、
内心彼のことを憎んでいたのかもしれない。ぼくみたいに……。

「今だよ」と八重山が言った。「やっちゃえよ」
 ぼくはいつのまにか八重山と踊っていた。ステージのほうを振り返ると、別の生徒が『
フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』をワルツのテンポで弾いていた。セルジオ・メンデス
とブラジル66がこの曲をヒットさせたときは、ボサノヴァにアレンジされていたが、一
九六七年の総愛学院ではまだボサノヴァは流行っていなかった。もともと『フライ・ミー
・トゥ・ザ・ムーン』はワルツの曲だったのだ。
 八重山はノスリみたいに鋭い顔つきをしていた。ピアノに神経を集中した後、彼はいつ
でも猛禽類みたいな顔になった。坊主頭のイモ虫みたいな傷がピンク色に光っていた。頭
に全身の血が上ってしまった感じだった。
「ほら、今ならこんなに簡単だよ」
 八重山は結城に近付き、腕をねじ上げると、小さく縮こまったおちんちんを鷲掴みにし
た。
「ああ⋯⋯」と結城が言った。「ああ⋯⋯」
「ほら、誰だってこいつとやろうと思えば簡単にできるんだ」
 八重山はそう言うと、結城にキスした。
「モゴモゴモゴモゴ」と結城は言った。彼は両手を八重山の背中に回し、指先に力を込め
て、全身で相手を抱き締めていた。
「ひどいなあ」とぼくは言った。

 八重山は結城をぼくに押し付けてきてた。結城はぼくにも気持ちを込めてキスした。ま
るでイタリア映画で見たソフィア・ローレンみたいな激しいキスだった。八重山は右手で
リズムを取りながらステージに戻っていき、もう一人のピアニストと並んでまたピアノを
弾き始めた。曲はいつのまにかまた『マイ・フェイヴァリット・シングズ』になっていた。
ぼくはそのときこうしたことがすべて八重山のピアノのせいで起きた異変だということ
に気づいた。

「赦して」と結城がぼくに言った。「ああ⋯⋯赦して⋯⋯」
 それはぼくが神崎神父に言った言葉だった。数年後、ぼくは女たちの口から同じ言葉を
聞いた。ぼくのことを好きになった女はみんなぼくに赦しを乞うのが好きだった。それは
ぼくが彼女たちを苦しめるのが好きだったからだ。ぼくは神崎神父がぼくにしたことを女
たちにするようになった。それは強迫観念みたいなものだった。西洋文明に強姦された一
八六〇年代から一九四〇年代にかけての日本が、台湾や朝鮮半島や満州や中国や東南アジ
アを強姦することで何かを埋め合わせしようとしたように、ぼくも自分の受けた心の傷を
誰かに転化する必要を感じていたのだ。

 目を覚ますとぼくはステージ前の客席に寝ていた。カークパトリック神父が目の前に立
っていた。ぼくの顔のすぐ上に結城の顔があった。
「うわあ」と言ってぼくは起き上がった。
「きゃあ」と結城が言った。
「夢を見てたんだ」とぼくは言った。
「夢からは覚めなきゃいけないよ」とカークパトリック神父が言った。

 ステージの上で八重山が『クライスレリアーナ』を弾いていた。二番目だか三番目だか
の、とても静かな小曲で、シューマン独特の液化した黄金のような音が校庭全体を浸して
いた。彼はもう逆さ弾きをしていなかった。客席や模擬店の準備をしていたまわりの連中
も、仕事の手を止めて静かに聴き入っていた。『クライスレリアーナ』は八重山の十八番
で、一九六七年の文化祭でもこの曲を弾いたのだった。
「ほんとに夢だったのかな?」ぼくはまわりの連中を眺めながら言った。
「夢じゃないよ」と結城が言った。「ぼくは人間の屑みたいなやつなんだ」
「夢を見てたのさ」とカークパトリック神父が言い、結城の膝を軽く蹴とばした。
「でもやっぱりぼくは人間の屑なんだ」と結城が言った。
「黙れ、人間の屑野郎」とカークパトリック神父が優しく笑いながら英語で言った。結城
は何を言われたのかわからなかったらしく、愛くるしい顔で笑った。彼は英語が苦手だっ
たのだ。

 ぼくは立ち上がり、ステージに寄り掛かって神父と一緒に神戸の街の灯と空の星を眺め
た。空は濃い藍色に澄んでいて、高いところにカラスがたくさん群れていた。ノスリが活
躍しているらしく、ときどきカラスが校庭に落ちてきた。
「ミナミさんが空を飛んでる」とぼくは冗談を言った。
「人間の屑をたたき落とすのが天使の仕事だからな」とおどけた顔でカークパトリック神
父が言った。
「ミナミさんは天使なの?」とぼく。
「人間の屑をたたき落とせる人さ」
「ぼくは人間の屑みたいなやつなんだ」と結城が言った。
「じゃあ、空でも飛んだらどうだ?」とカークパトリック神父が英語で言い、笑いながら
彼にウインクした。結城もつられて笑った。
 神父は地面から石を一つ拾って、空に向かって投げた。ガサガサと音がして、カラスが
一羽落ちてきた。
「うまい」とぼくは言った。
「痛い」と結城が言った。
「先生も天使なの?」とぼく。
「まあ、修業中ってとこかな」
「ぼくにもできる?」
「まあむりだね。子供はまず自分が人間の屑にならないように努力しなくちゃな」
「どうすれば人間の屑にならずにすむの?」
「まわりの全てを好きになることだな」
「ぼくは嫌いなものが何もないんだ」
「順調だね」カークパトリック神父はまた笑った。
 そう。ぼくはまだ子供で、大人たちに比べれば元気一杯だった。世の中の全てのものが
生き生きと美しく見えた。まわりには好きなものが溢れていた。山や谷や山葡萄や木苺、
地下の抜け穴と冷凍された鹿、黒いうろこ屋根のノイマン屋敷やスペイン風の神父館、チ
ャールズ・ディケンズやヘンリー・フィールディングの小説、八重山のピアノや笹笛、焼
きりんごや焼きマシュマロ、ミナミさんの飛行とカラス退治、カークパトリック神父と英
語の授業、結城のきれいな巻き毛や褐色のからだ⋯⋯。
 ぼくを不安にしたり苦しめたりしたもの、たとえば三の宮の裏通りのものすごく年を食
った娼婦や、カーネル・サンダースそっくりのコッホ神父、ジョゼフ・フーシェみたいな
神崎神父でさえ、十四歳のぼくには自分の大好きな世界を構成している賑やかしの飾りみ
たいに感じられたのだ。
                                                                           
 十四歳のぼくはまだ天使の予備軍だった。
 一九六七年にはまだそんな子供がたくさん残っていた。

 

2   菜 の 花





 一九六八年の春には何だって起こり得た。
 このことは案外忘れられている。このあいだも友人に一九六八年のことを話したら、
「へえ、そうだったかな」と言われた。
 一九六八年の春にぼくは十四歳で、七月に十五歳になった。まだほんの子供だったが、自分も含めてこの世のすべてのものが好きだった。ぼくの神戸時代の友人はほとんどが一九六八年に十四歳か十五歳だった。彼らもまだその頃はこの世のすべてのものを愛していた。

 春先になるとぼくらの学校のまわりは、背後の山から深い谷を隔てて摩耶山まで、見渡す限り菜の花が咲いた。三月上旬のある日を境に、冬の間六甲山から吹き下ろしていた冷たい北風が止み、神戸の街にまぶしい春の光が降り注ぐようになる。するといつのまにか茶色い枯れ草と冬枯れの木立に覆われていたはずの山に菜の花が芽を出し、あっと言う間に黄色と緑の絨毯が山々を覆ってしまうのだ。そして今ではすっかり市街地になってしまった平地、山の麓から海へなだらかに広がる傾斜地にも、一九六八年の春にはまだ所々パッチワークみたいに菜の花畑が残っていた。
 昔から神戸のこの一帯は菜の花の名所だった。蕪村の句に摩耶山と菜の花を詠んだものがあるという話を、ぼくはリッキーから聞かされたことがある。彼はアメリカの詩人兼小説家だったが、一九六八年には日本に住み着いて、俳句の英語訳を試みたりしていた。あいにくぼくは蕪村のオリジナルを知らなかったが、リッキーの英訳によれば、それは次のような句だった。

  菜の花や
  摩耶山を下ってきたら
  日が暮れちまったぜ

 リッキーは俳句を短い行からなる三行詩のかたちに訳すのが好きだった。いや、もしかしたら白人はみんな俳句を三行詩に訳すのかな? よくわからない。俳句集の英語訳なんて読んだことがないからだ。とにかく彼はこの句を非常に気に入っていた。
「こんなに短いのに、実にビジュアルじゃないか」と彼は言った。
 ぼくはこの句のどこがいいのかよくわからなかった。ビジュアルにしたければ、ビジュアルになるまでいくらでも長くすればいいんじゃないかという気がしたのだ。でも、あえて反論することは控えた。ぼくはまだ子供で、相手はすでに詩集を二冊も出しているプロフェッショナルだったからだ。一九六八年のぼくはまだ言葉でイメージを切り取るテクニックを知らなかった。
 とにかく神戸は昔から良い水と良い酒と菜の花の産地だった。昔から港があり、中国や朝鮮半島の貿易で栄えた。良い港には良い遊女たちがいた。平安時代の終わりに平清盛は神戸に都を移したが、福原と呼ばれるそのあたりは後に大きな遊廓ができ、一九六八年にはトルコ風呂がたくさんあった。

 一九六八年の春はとても暖かくて、早くから菜の花が咲いた。そしてまだ春休みが始まらないうちからヒッピーたちが山のあちこちに入り込んでテントを張り始めた。一九六八年には日本中いたるところにヒッピーがいたのだ。彼らは総愛学院の敷地にキャンプを張り、焚き火で魚を焼いて食べたり、木立の中で立ったままセックスしたり、インドの神様に祈ったり、ベトナム戦争について話したりした。彼らがあんまり楽しそうなので、麓の住宅街の住人たちも真似をして庭や近所の山の中にテントを張った。一九六八年には至る所であらゆる家族がヒッピーたちにならってファミリー・キャンプをやっていた。今ではこれが気候のせいだということがわかっている。一九六八年は春先からやたらと気温が上がったので、キャンプの初心者でも平気で外に寝ることができたのだ。三月は初夏みたいだったし、四月は夏みたいだった。そして五月はもう真夏だった。

 一九六八年の春には暑さのせいでみんなが浮かれていた。
 ぼくは英語で小説を書いていたし、八重山は毎日十六時間ピアノを弾いていた。ぼくも彼を見習って毎日十六時間小説を書こうとしたが、体力が続かなかった。しかしそれでも一日十二時間くらいは書いていた。父からもらったモンブランの新しい万年筆と分厚いノートを持って、ぼくはどこにでも出掛けていった。学校の庭園や校庭でも書いたし、春休み前の期末試験や終業式の最中にも書いた。いつどこにいても書けるのだということをぼくは自分に証明したかったのだ。食事をしながら、あるいは本を読みながら、あるいは友達と話をしながら、ぼくは " A Tale of A Little Thief " という英文小説を書き続けた。それは四月の新学期から七月までカークパトリック神父によって英作文の時間に朗読され、一九七〇年に上智大学語学実験室から中高校生のサイドリーダーとして出版されることになる。

 八重山は起きているかぎりピアノを弾き続けていた。ピアノがないところでは頭の中で弾いた。将棋や囲碁の上級者が盤上の構成を完全に頭の中に入れておくことができるように、彼もピアノの鍵盤とすべての音を完全に頭の中に入れていた。彼は絶えず目まぐるしく手と指先を動かしていたが、そうすることで頭の中のピアノを弾いていたのだ。
 ぼくは彼を見習って頭の中で小説を書く練習を始めた。そうすればいつどこでも、もっと楽に書くことができるからだ。慣れてくるとそれはあまり難しいことではなかった。どんな言葉でも一度頭の中で書いてしまうと決して忘れなくなったし、それを好きなときに取り出して紙に書き写すことができるようになった。
 ぼくらは相変わらず庭園やそのまわりの山をうろついていたが、その間もぼくは頭の中
で小説を書き、彼は頭の中でピアノを弾いていたのだ。

 結城はクラブの練習をサボってぼくらと庭園をうろつくようになった。彼はぼくらの仲間だった。ぼくは好きなときにいつでも彼とキスすることができた。八重山はぼくほどしょっちゅうしたがらなかったが、それでもしたければ好きなときにすることができた。結城がぼくだけでなく八重山ともキスすることでぼくは少し悩んだが、それほど憂欝じゃなかった。一九六八年には誰が誰とキスするかなんて、あまりたいしたことじゃなかったからだ。結城がぼくのことを知らなかった一九六七年の秋に比べれば、一九六八年の春は天国みたいなものだった。
「ああ、なんていい気分なんだろう」とぼくは頭の中で小説を書くのを中断して言った。

ぼくらは庭園から菜の花に覆われた摩耶山と神戸の街を眺めていた。
「ほんとだね」と結城が言った。「どうしてもっとはやくここに来なかったんだろう」
「フフンフフンフンフン」と八重山が言った。それは言葉ではなくメロディだった。頭の中のピアノで引いていた曲をちょっと鼻歌にしてみたのかもしれない。あるいは何か言おうとしたのだけれど、つい言葉じゃなく音楽になってしまったのかもしれない。その頃の彼は日常会話を音楽に置き換えてしまうことがよくあった。

 コッホ神父は結城の代わりに新しい美少年を確保していた。一年下、つまりその春中等部の二年になったやつだ。結城みたいにいろんなクラブから誘われるような人気者じゃなかったが、とにかくコッホ神父好みの小柄で調った顔をした男の子だった。
「ぱふぇヲ食ベマセンカ?」とコッホ神父はその子に言った。「保健室ニハオイシイぱふぇガアリマスヨ。イチゴぱふぇ、ちょこれーとぱふぇ、ばななぱふぇ⋯⋯」
 その子は簡単に保健室までついていった。コッホ神父に肩を抱かれて。コッホ神父はアメリカンパイからパフェに宗旨変えしていた。十四歳の男の子はパフェが好きだ。誰でも簡単に保健室についていった。
「不思議だね」と結城がぼくに言った。「今じゃなぜだかわからないけど、あのときは無性についていきたくなったんだ」
 アメリカンパイやパフェの魅力に勝てる男の子なんていやしない。ぼくだってその頃はバニラ・アイスクリームをたっぷり添えたチェリー・パイやブルーベリー・パイが大好きだった。

 結城と手をつないで歩いていると、コッホ神父とすれちがうことがあった。神父も新しい美少年の肩を抱いていた。
「フム」と神父はぼくらをじろじろ見てから言った。「実ニ汚ラワシイ」
 そしてさっさと保健室のほうへ行ってしまった。彼は生徒が男の子どうし手をつないで歩くことをすごく嫌う神父の一人だった。

 カークパトリック神父は春休みのうちから朗読の練習をしていた。庭園や校庭で大声を張り上げたり、手を大げさに振ったりしながらぼくの英文小説 " A Tale of A Little Thief " を繰り返し読んでいた。ぼくはすでに最初の何章かを彼に渡していた。彼は四月の新学期から英作文の授業のたびにこの小説を朗読するはずだった。
 彼は朗読が得意だった。登場人物によって巧みに声を変えたり、表情や身振り手振りでドラマをうまく盛り上げるテクニックを持っていた。
「学生時代、おれは演劇部にいたんだ」と彼はぼくに言った。「演技はもともと得意だったからな。女の子を口説くのには演技力が必要だったんだ」
 彼はどうやって女の子を口説いたか、延々と話してくれた。女の子とセックスするのがいかに気持ちいいかといったことも⋯⋯。

 ぼくは彼がどうしてそんな話をするのかよくわかっていた。ぼくと結城がいつも一緒にいるので心配だったのだ。だからぼくは彼の前では結城と手をつながないようにしていたが、彼はぼくと結城が何をしているかちゃんと気づいていた。
「坊主、おまえは悪魔と手を結んだな」とカークパトリック神父は言った。
「結城は悪魔じゃないよ」とぼくは言った。
「芸術家はみんな悪魔と手を結びたがるものさ」と彼は言った。「自分の才能以上の作品を作ろうとするからだ」
「ぼくはただ楽しいから書いてるんだよ」
「わかってるさ。おまえはいい子だよ」神父は笑った。「でも男どうしでやるのはやめるんだ」
「結城とはキスしかしてないよ」
「そこからすぐに引き返せ」と神父は言った。もう笑っていなかった。「さもないとおまえは自分の血をすすりながら小説を書くようになるぞ」
 
 それから彼は女の子とセックスしたほうがどれだけ健全かといったことを延々と喋った。ぼくは彼が何を言いたいのかよくわからなかった。どうして女の子とやるのは健全で、男の子とやるのが不健全なのか、どうしてそれが小説を書くこととつながるのか⋯⋯。ぼくはまだ子供だったので、小説を書くことがどれだけ危険なことか知らなかったのだ。

 シュテルマッハー校長は鉄砲で鹿狩りを始めた。当時の六甲山系にはたくさん鹿がいたからだ。校長は鹿を仕留めるたびに皮を剥いで校長室に飾った。一九六八年の春には校長室の四つの壁から一つずつ鹿の首が突き出していた。それから彼は毎日一頭ずつ鹿を撃ったので、春休みが終わる頃までには全部の教室に一つずつ鹿の首が飾られることになった。ぼくらは黒板の上に突き出た鹿の首に見つめられながら授業を受けることになったわけだ。目玉はガラス製だったが、まるで生きた鹿みたいにじろじろぼくらを見つめた。
「鹿はわたしだよ」と新学期の挨拶でシュテルマッハー校長は言った。「わたしはいつでもきみたちを見張っている」
 彼の威嚇的な台詞はジョージ・オーウェルの小説『1984』に出てくるビッグ・ブラザーを連想させた。

 彼は鉄砲の名手だったから、撃ち損じることはまずなかったが、時にはヒッピーたちの耳を弾がかすめるくらいのことはあった。その年の春にはあまりにたくさんのヒッピーが山や谷に入り込んでいたからだ。彼らをかすめずに鹿を撃つことはほとんど不可能に近かったから、シュテルマッハー校長は構わず引き金を引いた。弾はいつもヒッピーたちすれすれに飛んで耳や頬や服にかすかな擦り傷を残した。
「おっと失礼」仕留めた鹿のほうへ歩いていく途中、かすり傷を撫でているヒッピーに出会うと、校長はそう言って挨拶した。
「気をつけてくれよ」とヒッピーたちは言った。

 神崎神父は校庭で訓育生の訓練をしていた。腕立て伏せ百回、腹筋百回、校庭百周、そして便所掃除⋯⋯。一般の生徒に対する罰当番は極端に減っていた。ときどき中等部の生徒が何かの理由で便所掃除をやらされることはあったが、高等部から罰当番が出ることはなくなっていた。そしてみんな神崎神父をあまり恐れなくなっていた。
「へっへっへっ」とぼくらはよく腕立て伏せをやっている訓育生たちの横を通りながら笑ったものだ。「笑っちゃうね」
 神崎神父はぼくらのほうをじっと見ていたが、何も言わなかった。
 彼の権威が失われたのはぼくのせいだということになっていた。彼が右手首を切断するきっかけになったあの事件のことだ。あれ以来、仲間の神父たちも生徒たちも、彼のことを馬鹿にするようになったのだとみんな考えていた。
 でも、それは嘘だ。
 ぼくの一件の後、神崎神父は一度完全に立直っていた。彼の権威はむしろ鉄の義手によって強化されていた。そのことをみんなが忘れてしまったのは、たぶん一九六七年の晩秋から一九六八年の冬の終わりにかけて、あまりにもいろんなことがあったからだろう。

 まず十一月に高等部の連中が彼を袋叩きにするという事件があった。理由はよくわからない。受験勉強でむしゃくしゃしてたとか、女の子に振られたとか、そんなことだったのかもしれない。もちろん神崎神父に恨みを持っていたというのもあるだろう。彼が加えた罰のせいで、総愛学院では多かれ少なかれ生徒のほとんどが彼のことを憎んでいたのだ。
「気に入らないな」と高等部の連中が言った。ある日、廊下で神崎神父と擦れ違ったとき
だった。
「何が?」と神崎神父は立ち止まって言った。彼の後ろには例によって訓育生の一団がくっついていた。
「おまえの顔がさ」と生徒は言った。
 会話はそれだけだった。すぐに乱闘が始まり、神崎神父は前歯を数本折られた。もちろん生徒たちにも怪我人が出たし、訓育生にも手や脚の骨を折ったやつがいた。
 神崎神父はすぐさま反撃に出た。職員会議で演説をぶって、彼らを全員退学にしてしまったのだ。
 十二月になると、今度は別の連中が神崎神父と訓育生を袋叩きにした。
「おまえは糞だよ」と高校生の一人が言った。
「なんだって?」
「おまえは屑だって言ったんだよ」
 神崎神父はこのとき右目を失った。

 冬のあいだこんなことが続いた。高等部からかなりの退学者が出て、神崎神父は右足と肋骨数本を折り、頭に裂傷を負った。だから彼は一九六八年の春には松葉杖をつき、からだのあちこちに包帯を巻いていた。右目に黒い眼帯をつけていたせいで、彼は海賊みたいに見えた。
「やあい」とぼくらは遠くから彼をからかった。「この海賊野郎」
 彼は訓育生に腕立て伏せをやらせながらニヤニヤしていた。ぼくらがからかっても相手にしなかった。何十人も退学者を出してしまったので、彼は指導力を失ってしまったのだ。退学者の父兄の中には学校を訴えようとしている人たちもいた。他の父兄たちも学校の教育方針に疑問を抱き始めていた。しかし彼は全然へこたれてなかった。ぼくらのほうを見て自信ありげに笑ったり、地面につばを吐いたりしていた。
「今のうちにせいぜい浮かれておくんだな」と彼は言った。

 ぼくらはミナミさんがゆっくり山を登っていくのを見つけた。背中にはいつもの小さなリュックサックのほかに、大きな布を数本の木の棒に巻き付けたものを背負っていた。
「どこへ行くんですか?」とぼくらはきいた。
「宿替えや」とミナミさんは言った。「山が混んできよったさかいな」
 山はヒッピーたちで一杯だった。どこを通っても彼らがヨガやセックスをしていた。あちこちのキャンプでで火が焚かれ、山鳩や山鴫が焼かれていた。そういう環境の変化がミナミさんをいづらくさせていたのだ。
「カラス退治はどうするんです?」とぼくがきいた。
「やめや」とミナミさんは言った。「もうわしらの時代は終わりや」
「そんな⋯⋯」とぼくらは言った。
 ミナミさんはそのままヤシガニみたいにゆっくりと下草をかき分けて山を登っていった。ぼくらはあとを追い掛け、ミナミさんを荷物ごと持ち上げて庭園まで持ち帰ったが、地面に降ろすとじいさんはまたそのままのスピードで山を登って行ってしまった。
 何も言わずに。ぼくらは彼を引き止めるのを諦めた。一つにはじいさんの決心が固いことに気づいたからだが、もう一つには彼が言うように時代が大きく変わってしまったような気がしたからだ。いつのまにか正義と悪なんて取り合わせは見向きもされなくなっていた。たったの半年でそんな変化が起きるなんて、今ではちょっと信じられないが、一九六七年から一九六八年にかけてほんとにそんな時期があったのだ。

               ★

 ぼくは総愛学院の庭園からノイマン屋敷がきれいに改装されているのを見た。あちこち剥がれて八重山の頭みたいだった玄武岩のうろこ屋根が葺き直され、腐りかけていた窓枠が取り替えられ、半分崩れていた壁が美しく塗り直されていた。菜の花に覆われた摩耶山の黄色い斜面から、新しくなったノイマン屋敷は谷を隔ててぼくらに笑いかけていた。まるで夜に雨が降った翌朝、突然姿を現わす大きなキノコみたいに、新しいノイマン屋敷は突然姿を現した。あるいは朽ち果てたように見えていた古い幹から急に新しい芽を出す植物みたいに⋯⋯。菜の花に覆われた黄色い摩耶山と新しいノイマン屋敷。それは全く新しい眺めだった。木の枝に登って草笛を吹いていたぼくは、冬の間とは全く違う場所にいるような気がした。
「遊びに行こう」と八重山が言った。「姉貴がいるんだ」
「姉貴?」とぼくは言った。
「姉貴?」と結城も言った。
 一九六八年の春、修復されたノイマン屋敷には八重山ミチコが住んでいた。一九六七年
に横浜から聖書女子大を中退して神戸に戻ってきた彼女は、死んだ父親から会社を、死ん
だ母親から弟を引き継いでいた。つまり彼女は八重山鉄工株式会社の社長だった。

               ★

「ミチコ?」とマリコが言った。
「そう、ミチコだよ」とぼくは言った。「でも、きみは会ったことないよ。八重山のお姉さんのミチコだからね」
「そう?」とマリコは言った。

               ★
マイ・フェイヴァリット・シングズ

 八重山ミチコは『ヴォーグ』とか『エル』といった外国のファッション雑誌から抜け出してきたような女だった。バナナみたいに細いからだにいつもミニのワンピースを着て、黒いタイツをはいていた。短く切った髪は茶色に染めていた。一言で言えば彼女は長身のピーターパンみたいだった。
「初めまして」とぼくは言った。
「初めまして」と結城も言った。
「この部屋はわたしたちの両親が使ってたの」ミチコはソファからソファへ飛び移りながら言った。「戦争中のことよ」
 一九六八年にはそんなふうに挨拶抜きで相手が予期しないことを言うのが流行だったのだ。
「そうか」とぼくは言った。
 ぼくらは東翼のサンルームにいた。一九六七年の秋、八重山とここを訪れたぼくがよく昼寝をした部屋だ。ミチコはサンルームとその隣に続いている居間と寝室を使っていた。どの部屋もすっかりきれいになっていた。壁紙や天井の漆喰や床板が新しくなっただけでなく、部屋の隅々まで光が溢れていた。窓の外の眺めもまるで違っていた。黒ずんだ深い緑と褐色の枯れ葉に覆われていた山や谷が、菜の花の黄色と明るい黄緑に染まっていた。ところどころに桃の花も咲いていた。

 ミチコはちょっと変な女だった。ぼくらと話そうともしないでソファからソファへバレエのステップやターンを繰り返しながら跳びはねていたかと思うと、急に八重山の手を取って、
「わたしたち、今こそやるべきだと思うのよ」と言ったりした。
 最初ぼくは彼女が何を言ってるのかわからなかった。それがセックスのことらしいとわかったのは、彼女が八重山の股間に手を伸ばしておちんちんを掴もうとしたからだ。
「馬鹿」と八重山は言い、不愉快そうに彼女の手を払いのけた。
 ぼくと結城は顔を見合わせて笑った。ミチコという女が想像していたのとまるで違っていたからだ。ぼくらは彼女の噂から、勝手な偶像を作り上げていた。つまり、両親を亡くして大学をやめ、弟の面倒を見ながら工場で働く、けなげで清楚な感じの、働き者のお姉さんを想像していたのだ。

 実際の彼女はアメリカの富豪に甘やかされて育ったわがまま娘みたいだった。ぼくらと一緒にいるあいださえ、少しもじっとしていなかった。子供の頃からバレエを習っていたから、踊るのが癖になっていたのだ。彼女は東京でモデルのアルバイトをしたこともあった。雑誌に詩を発表したり、ロックバンドを作って歌ったり、イラストを描いたり、レコードのジャケットをデザインしたこともあった。つまり当時の流行のタイプだったのだ。

 彼女は控えめということを知らない女だった。自分がやってきたことをきかれもしないのにペラペラ喋った。別にことさら自慢するわけではなかったが、とにかく自分のこと以外話そうとしなかった。
「ふうん」とぼくは彼女の話にちょっとうんざりしながら言った。
「そういうわけなのよ」と彼女は言った。すごくまじめな顔をしていた。
 ミチコは絶えずガムを噛みながら煙草を吸っていた。昼間から酒を飲んでいることもあった。もちろんマリワナやLSDも。
「現代の正義はね」と彼女は長いつけ睫毛をバサバサ言わせながらぼくに言った。「決して止まらないことなのよ」
「ふうん」とぼくは言った。
「へえ」と結城が言った。
「嘘つけ」と八重山が言った。それからぼくたちに「こいつの言うことを信用しちゃいけないよ。ただのおっちょこちょいなんだ」と言った。

 彼女はアクセサリーの鎖をチャラチャラ言わせながら、部屋の中をバレエのステップで回り続けた。
「ノイマンがこの屋敷を借りていたとき、わたしたちの両親はこのサンルームから神戸が焼け野原になっていくのを見ていたのよ」と彼女は言った。「真っ暗になった街にアメリカの爆撃機が丹念に爆弾を落としていって、まぶしいオレンジ色の火が広がって海と山と空を明るく照らすのを眺めながら長椅子に並んで座っていたの」
「ふうん」とぼく。
「父と母はそのとき絶対にセックスしなかったのよ」
「どうして?」
「夫婦じゃなかったからよ」ミチコは変に力を込めて言った。「素敵じゃない?」
「そうかなあ」

 八重山の父と母は第二次世界大戦のとき、まだ夫婦じゃなくて弟と兄嫁だった。戦争の最中に兄つまり八重山の伯父に当たる男は病気で死んでしまったが、戦争が終わるまで彼らは結婚できなかった。
「母は最初の夫だった伯父と一度もセックスしなかったのよ」とミチコは言った。
「どうして?」とぼく。
「伯父は結婚する前から病気で寝ていたからよ」と彼女はまた力を込めて言った。「素敵じゃない?」
「そうかなあ」
「だからわたしと弟とはセックスする義務があるのよ」
「そうかなあ」


 ぼくは春休みのあいだ何度もノイマン屋敷に遊びに行った。四月になって新しい学年が始まると毎日行くようになった。ミチコは変な女だったが、何度か会ってるうちにわりと楽しい話相手だということがわかったからだ。
「わたしたち気が合うわね」と彼女は言った。
「まあね」とぼくは言った。
 ミチコはたいてい自分の続き部屋のどこかにいて、ステレオで音楽をかけながら化粧をしているか、バレエの稽古をしていた。一体いつ会社の仕事をしてるんだろうと不思議に思ったものだ。
「景気がいいのよ」とミチコは言った。「会社が儲かってるときの社長は暇なのよ」
 東京オリンピックの後、景気はどんどんよくなっていた。車も電気製品も飛ぶように売れていた。八重山鉄工のネジやホイールもそれにつれて飛ぶように売れていた。

 八重山はノイマン屋敷に住もうとはしなかった。東翼に一応自分の部屋とピアノを持っていたが、ミチコのかけるステレオの音がうるさかったし、絶えずいろんな人間が出入りしていて落ち着かなかったからだ。
 彼はその頃ピアノのテクニックを極限まで突き詰めようとしていた。
「ピアノで完全な自由を表現したいんだ」と彼はぼくに言った。「でもメロディや和音がからみついてきて、ぼくの指を縛り付けようとするんだ」
「そんなものかな」とぼくは言った。
「音楽は時間との戦いなんだ。止まったらおしまいなのさ」
「きみのお姉さんもそんなことを言ってなかったかな」
「あいつは何にもわかってないんだよ」彼は不愉快そうな顔をした。

 八重山は誰にも邪魔されない場所でピアノを弾かなければならないと感じていた。できれば完全に外の音を遮断した密室で。
「頭の中で弾いてるんじゃなかったの?」とぼくは言った。
「頭が破裂しそうなんだ」と彼は言った。
 彼の坊主頭は確かに破裂しそうな感じだった。魚の腸みたいに白かった手術の傷がその頃はピンク色に充血していた。傷の柔らかい表面がピクピク脈を打っているのが見えた。
「少し休んだほうがいいと思うけどな」とぼくは言った。
「頭は冷やせば平気なんだ」と彼は言った。「ちょっと血が上ってるだけだからね」
 ぼくらは谷底に降りて冷たい川の水で顔を洗った。八重山は頭を水の中に浸けた。水は手が痺れるくらい冷たかった。頭を水から上げると八重山の手術の傷は羊の脳味噌みたいに白くなっていた。

 八重山は洞窟の中にピアノを置くことを思い付いた。誰もやってこない静かな場所だったからだ。ピアノは冷凍鹿のいる地下広場に置かれた。そこは春になっても相変わらず冷凍室のように寒かったが、八重山の指が凍えて動かなくなるといったことはなかった。
「指がすごく熱いんだ」と彼はぼくの頬っぺたに指をくっつけながら言った。彼の指は湯たんぽみたいに熱かった。たぶんピアノの弾きすぎだったんだろう。
 冷凍鹿の前に置かれたのは小さなアップライトピアノだった。ミチコは浪費を何とも思わない女だったから、別にグランドピアノだって買ってくれただろうが、小さいピアノでないと洞窟に入らなかったのだ。

 彼は好きなときに授業を抜け出して、誰にも邪魔されずにピアノを弾くことができた。ピアノの音は洞窟を通して反響し、庭園や学校のあちこちで聞こえたが、たいていはすごくかすかな音だったから、洞窟にピアノがあって、八重山が弾いてるのだということを知らない連中には、それがピアノの音だということさえわからなかった。
「カラスが鳴いてる」と言うやつがいた。
「いや、鹿だよ」と別のやつが言った。

             ★

 ノイマン屋敷には絶えずアーティストたちが出入りしていた。ほとんどそこに住んでると言ってもいいような連中もいた。一九六八年にはいたるところにアーティストがいた。若いやつらは誰もがアーティストになろうとしていた。
 彼らとヒッピーの違いを説明するのは難しい。どちらも髪や髭を伸ばし、マリワナやその他の薬をやり、ベトナム戦争について話したからだ。インドの神に祈ったり、ヨガをやったりする連中がいること、シタールやダルシマやサントゥールを弾く連中がいることも共通していた。違いと言えばヒッピーたちが屋外、特に自然の中で寝起きするのを好むのに対して、アーティストは屋内、特に都会のビルやノイマン屋敷みたいに雰囲気のある洗練された昔の建物を好むことだった。
 それからもうひとつ、作品を作るか作らないかというのもアーティストとヒッピーを見分ける大きなポイントだ。アーティストは道路に絵を描いたり、裸の女の子にペンキを塗ったり、空缶を溶接したりして思い思いの作品を作っていた。それに対してヒッピーたちの主な日課は川や池で釣りをしたり、焚き火で料理を作ったりすることだった。ぼくは宝塚の自宅のまわりにキャンプを張っているヒッピーたちとはつきあいがあったが、アーティストたちとはノイマン屋敷で初めて接したので、彼らのすることがとても新鮮に見えた。彼らのすることを見ていると、自分までがとても自由になったような気がした。

「どうしてきみも作品を作らないんだ?」とアーティストの一人が言った。彼はキャンバスに錆びた鉄板を貼り付けて色を塗るのが得意だった。「自分の手法を発明すれば誰でもアーティストになれるんだよ」
「ぼくにはどうやって手法を発明したらいいかわからないんだ」とぼくは言った。
「そんなの簡単さ。まだ誰もやってないことなんていくらでもあるじゃないか。山の木に穴をあけるとか、砂に色を付けて道路にまくとか⋯⋯」
「そうか」とぼくは言った。
「女の子とセックスするのが好きなら、それを作品にしてもいいじゃないか。街でそれをやれば立派な作品になるよ」
「ぼくは今のところ男の子のほうに興味があるんだ」とぼくは言った。ぼくの横には結城がいた。彼はぼくの手を力を込めて握っていた。
「そいつはすごい」とそのアーティストは目を輝かしながら言った。「男とやるってのはかなり話題になるぜ。アルパインに相談してみるといい。彼なら売り込み方まで考えてくれるよ」
「いや、いいよ」とぼくは後退りしながら言った。
「どうして?」アーティストは不思議そうな顔をした。「当たると思うけどなあ」

 アルパインというのはその頃ノイマン屋敷に滞在していたアメリカ人のアーティストのことだ。彼はニューヨークで若いアーティストたちのアイドルだったし、日本でも一九六七年に個展をやってすっかり有名人になっていた。
 アルパインは絵も描いたし、シルク印刷という謄写版みたいな手法も使ったが、一番得意なのは立体物だった。彫刻を彫るのではなく、石膏の型を作り、そこにプラスチックみたいなものを流し込んでオブジェを作り、表面に特殊な塗料で色をつけるのだ。彼の出世作はマルボロとキャメルの煙草の巨大な模型だった。シルク印刷によるジョン・F・ケネディの顔のシルエットというのもあった。『ボンジョルノ・ブルックリン』という、やたらと裸がたくさん出てくる映画も撮った。要するに何でも屋なのだ。

 その春、最初にノイマン屋敷を訪ねたとき、ぼくは正面ロビーで数人の若いアーティストが馬鹿でかい謄写版みたいなシルク印刷器を使ってジェーン・フォンダの顔を印刷しているのを見た。その隣の客間にはケンタッキー・フライドチキンのシンボル、カーネル・サンダースの人形が何十体も並んでいた。最初ぼくはジークムント・コッホ神父がたくさんいるのかと思った。
「うわあ」とぼくは言った。「これも誰かの作品なの?」
「その中の一つは本物のカーネル・サンダース人形で、あとは全部アルパインの作品だよ」とそばにいた黒人の男が教えてくれた。
「見分けがつかないや」とぼく。
「うまくできてるからね」と黒人の男。

 ぼくはそのときまだケンタッキー・フライドチキン自体を知らなかったから、カーネル・サンダースが何者で、カーネル・サンダース人形がどういうものなのか、まるで見当がつかなかった。たしかケンタッキー・フライドチキンが日本に上陸したのは一九七〇年、大阪で万国博覧会が開かれた年だった。あとで聞いたところによると、アルパインはケンタッキーの出身で、カーネル・サンダースは子供のときから彼のアイドルだったらしい。

 しかし、ぼくが知っているのはカーネル・サンダースにそっくりのコッホ神父と、彼を模
して作られたはりぼての人形だけだった。一九六七年の秋に八重山と初めて出会ったとき、霧の中の校庭に並べられていたやつだ。もちろん、アルパイン作のカーネル・サンダースは張りぼてのコッホ神父なんかより数段精巧に作られていた。
「なるほど」とぼくは言った。
 よくはわからなかったが、ぼくはそのとき初めて世界的に認められている芸術を直に見
たので、なんとなく感動していたのだ。

 アルパインを初めて見たとき、ぼくは病人がノイマン屋敷にいるのかと思った。彼はサングラスをかけ、椅子に座ってぼんやりしていた。髪も眉毛も睫毛も真っ白で、顔は皺だらけだったから、二百歳の老人にも見えた。
 ミチコがぼくを紹介してくれたのだが、アルパインはぼくが挨拶してもしばらく何が起こっているのかわからないといった感じでぼんやり窓の外を見ていた。そのあいだぼくは豚の脂身みたいに白く透き通った彼の上唇を眺めていた。
「コウベはいいね」二十分くらいたってから、彼はサングラスを外しながらぼくのほうを向いてそう言った。
「そうかな」とぼくは言った。
「まるで空から海を見てるみたいだ」とアルパインが言った。
 確かにノイマン屋敷は神戸の街に張り出した尾根の上に建っていたから、眺めはすごくよかったが、ぼくにはなんだかアルパインがすごくつまらないことを言ってるみたいに思えた。

 サングラスをとると、彼の目はきれいな淡いブルーだったが、インディアンの目みたいに小さくて、おまけにちょっとやぶにらみだった。それは日本人に殴られたせいだとミチコは言っていた。
 アルパインが最初に来日したのは一九六七年の春だったが、そのときは個展を開くのが目的だった。日本で初めて個展を開くにあたって、彼は一番有名な日本人の石膏人形を造ろうと考えた。
「日本人で一番有名なのは誰かな?」と彼はニューヨークのアトリエでまわりのスタッフに相談した。
「さあ、クロサワじゃないかな」と誰かが言った。
「毛沢東だろう」と別のスタッフが言った。
「あれは日本人じゃないよ」とまた別のスタッフが言った。
「日本人のアイドルはやっぱりエンペラーよ」と女性スタッフの一人が言った。

 アルパインはこの女性スタッフのアイデアを採用することにした。
 ところが東京で個展が開催されたとたんに、紺色の作業服みたいな制服を着た数十人の男たちが会場に乱入して、会場をめちゃくちゃに壊し、入口付近に並んでいた問題の人形数十体を持ち去ってしまった。男たちはそばで口を開けて自分たちをぼんやり見ていたアルパインをついでに殴りつけた。
「悪気はなかったんだけどね」と彼らは警察の取り調べで語った。「人形と間違えちゃったんだ」

 アルパインは二週間入院し、片方の目が外を向いたままになってしまった。しかし彼は日本でひどい目にあったとは感じなかったらしい。まもなく横浜の港を見下ろす丘の上に古い洋館を借りて、そこに腰を落ち着けてしまったからだ。それは聖書女子大のすぐ近くだった。
「日本という国にはぼくをインスパイアする何かがあるんだ」と彼は美術雑誌のインタビューで語った。

 好奇心旺盛な女子大生たちがすぐに彼のアトリエに入り込んできた。彼女たちもアーティストになりたかったのだ。アルパインは来るものは拒まずという態度だったので、すぐに彼のまわりには女の子の親衛隊ができた。彼女たちの何人かはマリワナを吸ったり彼のちょっとした手伝いをするだけでなく、彼が撮っていたストーリーのない変てこな映画に出たりした。決まった台詞があるわけじゃないから、誰でもよかったのだ。
 ぼくは後に何度かアルパインの映画を見たが、どれも若い女の子が裸になって、男たちとでたらめにセックスしたり、からだにペンキを塗ったり、酔っ払って踊ってるだけだった。

 ミチコがアルパインと出会ったのも、そうした聖書女子大の友達を通してだったが、彼女は最初から彼に一目置かれていた。彼女がすでにモデルやアーティストとして名前が売れかかっていたからかもしれないし、ただ彼の取り巻きの女の子たちに比べてかなり美人だったからかもしれない。とにかく彼女はすぐにアルパインと仲よくなった。

 ミチコは東京と横浜で楽しくやっていたから、神戸に戻らなければならなくなったとき、このまま何もかも終わりにしてしまうのはごめんだと思った。だからノイマン屋敷を修復するとき、アルパインを神戸に呼ぶことを考えたのだ。
 ノイマン屋敷の改装にかかると同時に彼女は横浜のアルパインに電話をかけた。
「ねえ、神戸で作品を作ってみない?」
「コウベというのはキョウトの近くかい?」とアルパインはきいた。
「ええ、すぐ近くよ」とミチコは答えた。
「ぼくはキョウトに住みたいんだ」
「神戸はほとんど京都みたいなものよ」
 それはちょっと強引な説明だったが、アルパインは初めてノイマン屋敷にやってきたとき、すぐにそこが気に入ってしまった。摩耶山から見下ろす海と神戸の街はパノラマのようだと彼は思った。
「キョウトはどこ?」とアルパインは子供みたいにきいた。
「すぐそこよ」とミチコは東のほうを指差しながら、子供をだまそうとする母親みたいに答えた。

 結局アルパインはそれほど本気で京都に執着していたわけではなかったらしい。まもなく彼はノイマン屋敷に腰を落ち着けて新しいシルク印刷のシリーズの制作に入った。それは京都とは何の関係もない絵だった。彼の絵は飛ぶように売れたが、入ってきた金は機材や材料の購入のほか、映画の制作や麻薬類に消えていった。彼のまわりには訳のわからない連中がたくさん集まってきた。薬目当ての女の子たち。彼女たちは映画で裸になれば薬がもらえた。薬目当ての男の子たち。彼らも映画で女の子の相手をしたり、制作の手伝いをすれば薬が好きなだけもらえた。それから胡散臭いバンドの連中。アメリカの西海岸から来たのもいれば、東京や横浜からくっついてきたのもいた。彼らは薬目当てだけでなく、アルパインにくっついていればレコード・デビューのチャンスがやってくるのではないかと考えていた。そして彼ら全員が何らかの意味でアーティストだった。少なくとも自分のことをアーティストと考えていたし、お互いにそう認め合っていた。

 二階のサンルームでアルパインに紹介されたとき、彼は死にかけの老人みたいに椅子に座ってぼんやり外を見ていた。ミチコが日傘をさしかけてやっていた。白子の彼は直射日光に弱いのだ。温かい太陽の光が広く細長いガラス張りの部屋いっぱいに溢れていた。まわりの山は菜の花に覆われていた。細かい波がキラキラ光る静かな海にはたくさん貨物船が浮かんでいた。海沿いに並ぶ製鉄所の溶鉱炉がちぎれ雲みたいな水蒸気の塊を吐き出していた。
「きみは何がやりたい?」とアルパインは固い木の椅子に腰掛けたまま言った。彼はそんな意味のことを英語で言ったのだが、なんだかひどくぎこちない喋り方だった。
「さあ、別に」とぼくは言った。そのころぼくは英語で小説を書き出していたが、そんなことを言ってみたって何にもならなかった。

 ぼくと八重山と結城は彼の椅子のそばに立っていた。アルパインは八重山のことを知っている様子だったが、最初から最後まで彼の顔を見ようとしなかった。
「まだ子供なのよ」といった意味のことをミチコが英語で言った。
 アルパインは多分ぼくが彼のアトリエで何か仕事にありつこうと思ってる若者だと思ったのだろう。絵の制作を手伝ったり、映画の撮影で裸の女の子とうまいことやったりしてるうちに、芸術家として売り出してもらえるんじゃないかと考えてるやつらの仲間だと。
 アルパインはひどく神経質な男だった。ぼくみたいな子供と話すときも手がかすかに震えた。ぼくの顔も決して正面から見ようとしなかった。

「コウベはヨコハマよりいいね」と彼はまたぼくに言った。
「そうかな」とぼくは曖昧に言った。ぼくは横浜に行ったことがなかったからだ。
「山が高い。まるで港を空から見下ろしてるみたいだ」
「そう?」とぼくは言った。
 彼はそれだけ話す間にも何度となく助けを求めるような目でミチコを見た。彼女はそのたびにウインクをして見せたり、彼の腕を撫でたりした。日本のマスコミは彼が取り巻きの女の子たちとやりまくってるといったようなことを記事に書いていたが、それはでたらめだった。彼は女の子たちに対してわりとよそよそしかった。その中でミチコだけは例外だった。彼女はアルパインがリラックスして喋れる唯一の人間だった。それは多分彼女が彼の姉か母親のように振る舞っていたからだろう。

「ひとつきいていい?」とぼくはアルパインに言った。
「どうぞ」と彼は言った。
「どうして煙草のパッケージとか有名人の顔とか、誰でも知ってるものばかり描くの?」
「誰も知らないものを描いた芸術家なんていないよ」と彼は答えた。「いたとしてもそんなやつは誰にも認めてもらえないだろうね。だって人間は芸術の中に自分を発見する手掛かりを求めるんだから」
「ふうん」とぼくは言った。何だかはぐらかされたような気がしたが、それ以上どうやって突っ込んだらいいのかわからなかった。

「ぼくは自由を発明したんだ」とアルパインは言った。
「へえ」とぼくは言った。
「嘘ばっかり」とぼくの横で八重山が呟いた。
「今までの芸術にはタブーが多すぎたんだよ」とアルパインは言った。「芸術家は世の中のタブーをそのまま受け入れちまうお人好しだったのさ」
「おまえもその一人じゃないか」と八重山がまた呟いた。彼の声はアルパインの耳に届かなかったらしい。あるいは聞こえないふりをしていただけなのかもしれない。芸術家は強ばった顔で笑いながらミチコを見上げていた。
「ぼくのほんとの作品は、マルボロの煙草の模型でもジェーン・フォンダのシルエットでもない。何をしても平気だという考え方そのものなんだ」
「おまえは寄生虫なんだよ」と八重山はまた呟いた。
 ミチコが彼のほうを見て笑った。変な雰囲気だった。アルパインは半身付随の病人みたいに椅子に座ったまま神戸の街を見下ろしていた。

             ★

「ノイマンがこの屋敷に火をつけたのよ」とミチコがぼくに言った。「ひどいと思わない?」
「思うよ」とぼく。
「それでいて、この家は八重山屋敷じゃなくて、ノイマン屋敷って呼ばれてるのよ」とミチコは言った。「ひどいと思わない?」
「思うよ」とぼく。
「あなたはわたしから身を守ろうとしてるみたい」とミチコは言ってちょっと笑った。
「どうして?」
「男の子をいつもそばに置いてるからよ」
「結城はぼくらの仲間なんだ」とぼくは言った。「ぼくと八重山の」
「その子を置いとけば、わたしが襲ってこないと思ってるのよ」
「そんなことないよ」
 ぼくと結城はサンルームのソファにならんで腰掛けていた。八重山はいなかった。ピアノを弾いていたのかもしれない。ミチコは風に吹かれてるみたいにふわふわと部屋の中を踊りながら回ったり、ぼくらと向き合って座ったりした。
「ノイマンがこの屋敷に火をつけて逃げ出したのは、一九四五年の四月二十九日の夜よ」
「そう?」
「どう思う?」
「どう思うって?」
「一九四五年の四月二十九日はヒトラーが自殺した日なのよ。どう思う?」
「さあね」とぼくは曖昧に言った。別に何も思わなかったからだ。
 ミチコは一枚の写真を見せた。ナチスの親衛隊の制服を着た若いドイツ人らしい男が写っていた。その顔はどこかで見たことがあるような気がしたが、どこでだったか思い出せなかった。まだ子供だったぼくには、ドイツ人はみんな同じような顔に見えた。
「ノイマンはドイツ人商人じゃなかったの?」
「日本に来る前は親衛隊員だったのよ」
「どうしてこんな写真を持ってるの?」
「研究してるのよ」

 彼女は聖書女子大で日本史を専攻していた。中退してしまったので卒業論文を書くことはできなくなったが、その頃の彼女はそれに代わる論文を書こうとしていた。テーマは神戸とノイマンと第二次世界大戦だった。彼女はぼくに書き出しの部分を見せた。タイトルはただ「プロローグ」となっていて、論文全体のタイトルはまだ決まっていなかった。そのプロローグはレポート用紙百枚以上に細かい字でびっしり書き込まれていて、それだけで一冊の本になりそうな分量だった。
「すごいなあ」とぼくは言った。

 その頃のぼくには作品のボリュームに対する信仰があったのだ。長い作品は中身の質いかんに関わらず、それだけで特別な値打ちを持っているように思われた。その頃ぼくが好んで読んだ小説は、『デイヴィッド・コパーフィールド』にしろ、『レ・ミゼラブル』にしろ、『戦争と平和』にしろ、『静かなドン』にしろ、みんなとても長かった。ぼくは自分でもいつかこんな長いものを書いてみたいと思っていた。
「プロの意見を聞かせてもらいたいのよ」とミチコはぼくに言った。
「ぼくはプロじゃないよ」

 ミチコはぼくと八重山が発見した洞窟に注目していた。ぼくらは彼女を案内して何度か洞窟に潜ったが、ミチコはまるで自分が何か大きな発見をしたみたいに興奮していた。
「これは地下道よ」と彼女は言った。
「だからそう言ったじゃないか」と八重山が言った。
「これは人工的に作られた抜け穴なのよ」
「そうかもしれないな」
 彼女は特に総愛学院の神父館や校舎がノイマン屋敷と地下道で結ばれていることに強い興味を示した。
「これはノイマンが逃げるために使った抜け穴なのよ」と彼女は言った。
「そんな馬鹿な」とぼくは言った。
「逃げるんなら三の宮に続いてる地下道だけで十分じゃないか」
「逃げるっていうのはそんなに簡単じゃないのよ」

 アルパインは洞窟の冷凍鹿に強い興味を示した。
「まるで本物そっくりじゃないか」と彼は言った。
「本物だよ」とぼくは言った。「凍ってるんだ」
「そうか」と彼は言った。ちょっとがっかりしたみたいだったが、それでも熱心に鹿を見つめていた。「でも、まるで生きてるみたいじゃないか」と彼は言った。
 彼の関心は現実の模倣にあった。もっと正確に言うと、ぼくらが現実の世界から受け取っている印象を複写することにあった。それが彼の芸術の根底をなしていた。彼は実物には興味を抱かなかった。彼が惹かれるのは常にコピーされたものだったのだ。

「総愛学院がノイマンを逃がしたのよ」とミチコが言った。
「どうして?」とぼくが言った。
「ローマ・カトリック教会はいたるところでナチ党員を匿ったり逃がしたりしたのよ」と彼女は言った。
 彼女はポーランドやオーストリアやフランスで教会や修道院がいかに積極的にナチ党員やその協力者の逃亡に手を貸したか、いくつも例を上げながら話した。
「ふうん」とぼくは言った。
「父と母はノイマンの顔を知ってたのよ」と彼女は言った。
「そうだろうね」
「父と母は一九六六年にもう一度ノイマンを見たのよ」と彼女は急に大声を上げた。「あの人たちはノイマンに殺されたのよ」
「まさか」とぼくらは言った。
 ミチコは両親とノイマンのことになると冷静さを失ってしまうところがあった。ときどき叫び声を上げながらそこら中を転げ回ることもあった。薬のせいもあったのかもしれない。でも、とにかく彼女は両親がノイマンに殺されたものと信じ込んでいた。
「ノイマンは二十年間他人に化けていたのよ」と彼女は言った。「それを父と母に見つかったから殺したのよ」

 彼女のノイマン研究のプロローグは、レポート用紙百枚以上にわたって両親のことが書かれていた。
 大正時代にお祖父さんが貿易で大儲けをした話、鉄工や造船からキャバレー、カフェまであらゆる事業に手を広げた話、その二人の息子のうち長男つまりミチコの伯父は生まれつきからだが弱くて寝たきりだったという話、その伯父に聖書女学院を卒業したばかりのお嫁さんが来た話、そのとき父はまだ創立されて間もない総愛学院の一年生だったという話、伯父が寝たきりだったため、お嫁さんとセックスできなかったという話、ちゃんとしたセックスの代わりに彼らがベッドの上で何と何と何と何と何と何と何をしたかといった話(どうしてミチコはそんなことまで調べることができたんだろう?)、伯父が自分のお嫁さんと弟の間を疑っていたという話、彼らに向かって「やったら承知しないぞ」と何度も繰り返し脅した話、「頼むからやらないでくれ」と何度も泣きながら頼んだ話、妻と弟つまり後のミチコの母と父がそのたびに絶対やらないと誓ったという話、実を言うと父は何度も母にやろうと持ちかけたのだが、そのたびに拒絶されていたという話、伯父が最後に「悪かったね。もうやってもいいよ」と言い残して死んでいった話、その頃もう戦争がひどくなっていて、毎晩神戸がアメリカの爆撃機に空襲されていた話、兄がいなくなったので彼らはすぐにセックスしようとしたのだが、あんまり長いこと我慢していたのでうまくいかなかったという話、そのとき母が「ああ、あたしはなんて馬鹿だったんだろう。こんなことならもっと前にやっておくべきだったわ」と言ったという話。父は「あせることないよ。これからいくらだってできるじゃないか」と言ったという話。母は「だめよ。日本は戦争に負けてもうじきみんな死ぬんだわ」と言ったという話。父は「戦争が終わるまで生き延びようよ。戦争が終わったら結婚して思う存分やろうよ」と言ったという話⋯⋯⋯⋯。

 正直に言ってミチコのプロローグはとてもひどい出来だった。文法や言い回しが間違いだらけだったし、内容的にもあちこち混乱していた。おまけに途中から小説みたいになっていた。
「ノイマンのことを書くのに、どうして両親についてこんなに詳しく書かなきゃいけないのかな」とぼくは言った。
「わたしの両親だからよ」とミチコが言った。
「でも、ノイマンとどういう関係があるの?」
「ノイマンがあの人たちを殺したからよ」

               ★

 アルパインはミチコを主役にした『ビースト』という映画を撮っていた。ビーストというのは野獣という意味だ。彼はミチコを野獣と見ていたのだろうか? そういえば、
「彼女の中には野獣がいる」と彼が言うのを聞いたことがある。
 美女と野獣(ザ・ビューティ・アンド・ザ・ビースト)⋯⋯。その頃は気づかなかったが、アルパインは陳腐な着想を平気で使うところがあった。彼は美術だけでなく、言葉に関しても引用やコピーにこだわるタイプだった。
『ビースト』は『ボンジョルノ・ブルックリン』と同様、これといったストーリーのない映画だった。ただ、乱交パーティーや女の子の裸はそれほどたくさん出てこないことになっていた。もちろん全然出てこないというわけではなかったけれど⋯⋯。裸やフリー・セックスが出てこない映画なんて当時は芸術と認めてもらえなかったのだ。

 この作品では控えめなセックスの代わりに、ミチコがノイマンの影を求めて神戸のあちこちを歩き回ることになっていた。ノイマン屋敷、総愛学院、庭園、神戸港、八重山鉄工の工場、かつては八重山家のものだった様々な工場やビル、あるいはその跡地、やはり八重山家のものだったキャバレーやカフェ、ナイトクラブ⋯⋯。いたるところでミチコは延々と喋り続けた。ノイマン研究の「プロローグ」に書いたような彼女の両親のこと、どうしてノイマンを研究しようと思ったのか、東京でのモデルやアーティストとしての活動、横浜での学生生活、アルパインとの出会い、両親の死、神戸に戻ってくることになった前後のこと⋯⋯。

 ぼくらはよく撮影隊にくっついて神戸の街を歩き回った。アルパインは街角でいきなり撮影を始めるのが好きだった。
「風景に不意打ちを食わせるのさ」と彼は言った。
 どこでもすぐに人だかりができた。白人が多い神戸でも、アルパインの白髪や透き通った皺だらけの肌はよく目立ったし、第一彼は一種の有名人だった。アメリカでも日本でも、彼はアーティストたちのアイドルだったし、一九六八年の神戸はそこら中にアーティストあるいはその卵たちが溢れていた。
 歩道にしゃがみこんで絵を描いてるやつ、裸の女の子のからだに絵を描いてるやつ、あるいはただカップルでキスしてるだけのやつ⋯⋯。みんなそばに空缶を置いていた。
 作ってるものあるいはやってることを芸術として鑑賞し、なにがしかの金を置いていけというわけだ。
 一九六八年にはただのキスでも当人たちが芸術だと言えば、それは一応芸術として認められた。どの程度の芸術かということはまた別問題だったが、とにかく「これは芸術だ」と提示された作品が、「こんなもの芸術じゃない」と言われる心配はなかった。そして空缶にはたいていいくらかの小銭が入っていた。

「ねえ、ぼくの芸術を体験してみないか」と薄汚い男が声をかけてきた。
「芸術を体験する?」とぼくはきいた。そのころのぼくは、芸術と言えば鑑賞するものであって、体験するものじゃないと思っていたからだ。
「ぼくの芸術はただ鑑賞するだけじゃだめなんだ」と彼は言った。髭と髪を長く伸ばして、麻でできたインド風のシャツを着ていた。首には大きな鎖の首飾りを下げていた。つまり一九六八年の都市ならどこにでもいた手合いだ。
 そのアーティストはぼくを変な箱の前に連れていった。汚い紙を貼り付けて、たくさんボタンの絵が描いてあるベニヤ板の箱だ。
「これ何?」とぼくはきいた。
「夢の自動販売機さ」とアーティストは胸を張って言った。「このコイン投入口に百円入れてここをノックするんだ」
「百円で夢が見られるの?」
「とにかくやってごらんよ」アーティストはそう言って箱の中に入ってしまった。
 ぼくは百円を入れてその箱をトントン叩いた。すると中からトントンと応答する音がした。ぼくは夢が出てくるのを待った。箱の中からは何の物音も聞こえてこなかった。いくら待っても何も起こらなかった。
「夢が出てこないよ」ぼくは箱をドンドンと叩きながら、大きな声を出してみた。
「きみはわかってないなあ」箱の中からアーティストが這い出てきて言った。「百円入れたことできみは何が出てくるか期待しただろ?」
「まあね」
「それがこの機械の売ってる夢なんだよ」
「インチキ」
「インチキじゃないよ」
 彼のアーティスト仲間が集まってきた。彼らはみんな肩まで髪を垂らして髭を伸ばしていた。ぼくを取り囲んで不機嫌そうにじろじろ眺めた。
「これがインチキだってよ」自動販売機男は自分の作品をトントン叩きながら仲間に言った。
「わかってないね」と仲間の一人が言った。彼も本気で怒ってるみたいだった。
「まだ子供なんだ」と別のアーティストが言った。
 そういう時代だったのだ。

 ぼくと結城は暇さえあればミチコとアルパインの撮影隊にくっついていったが、八重山は一緒に来ようとしなかった。街に溢れているアーティストたちを眺めるより、ピアノを弾いてるほうがよかったからだ。それに神戸の街はもう彼の好みに合わなくなっていた。
「すっかりきれいになっちゃったからね」と彼は言った。
「そうかな」とぼくは言った。

 神戸の街は相変わらず迷路みたいな路地がいたるところにあって、小さくて汚い店がひしめきあっていた。一番賑やかな三の宮センター街のあたりでさえ、ちょっと裏通りに入れば黒ずんだわけのわからない店かたくさん並んでいた。ただ、娼婦たちは姿を消していた。フリー・セックスの季節だったからだ。若者は母親くらい年を食った女を買わなくても、恋人と好きなだけやることができた。あるいはただの友達の女の子と。あるいはちょっとした顔見知りや友達のガールフレンドのそのまた友達の女の子と。
「娼婦のいない街なんて街じゃないよ」と八重山は言った。
「そうかな」とぼくは言った。

 彼はほんの時たま街をうろついて、いろんな店から現金を盗み、その金で福原のトルコ風呂に通っていた。その頃彼はもうジャズ喫茶やナイトクラブでピアノ弾きのアルバイトをしていたが、そこで稼いだ金はピアノのレッスンを受けるために使っていた。彼はこの二種類の資金調達法とその使い方を絶対に混同しなかった。ピアノで得た金はピアノに、盗みで得た金は売春に、そして飲食は食い逃げで、というわけだ。
「金は稼ぎ方と使い方次第で人間的なものになるんだ」というのが彼の信念だった。ミチコは彼が要求すればいくらでも金をくれたはずだが、彼はそれを自分に禁じていた。
「ぼくがどうして姉貴から金をもらわないかわかるかい?」と彼はぼくにきいた。「それから、ぼくがどうして女を買うかわかるかい?」
「わからない」とぼくは答えた。
「姉貴とやらないためさ」彼は大切な秘密を打ち明けるみたいに声をひそめて言った。
「ふうん」とぼくは言った。
「ふうん」と結城も言った。

              ★
                                       
 ミチコが初めて総愛学院にやってきたのは、五月の父兄参観日だった。その日の彼女はいつもよりドレッシーな服を着ていた。チョコレート色のベルベットのワンピースには白っぽいレースの大きな襟がついていて、スカート丈はもちろんほとんどお尻が見えそうなミニだった。赤と黄色の太い横縞のタイツをはいたところは、なんだか発育のいい小学生がいたずらをしてるみたいな感じだった。首には金色の大きな鎖のネックレスをして、腰にはそれよりもっと大きな鎖のベルトをしていた。ぴったり撫でつけた短い髪は、耳の上のところで大きくカールしていた。眼のまわりは紫とブルーのアイシャドーが渦を巻いていた。蝿が捕まりそうなくらい大きい付け睫毛、星の形をした大きな付けぼくろも彼女お得意のアクセサリーだった。

 どう贔屓目に見ても彼女は親たちの中で一人浮いていたが、当人はまるで気にしていなかった。
 彼女はぼくらを見掛けると、「ピース」と言いながら近寄ってきて、八重山のおちんちんを握ろうとした。
「弟はわたしとやりたいくせに、意地を張ってるんですのよ」と彼女は聖書女学院風の上品な口調でまわりの父兄に言った。
「まあ」と誰かの母親が言った。あるいはぼくの母だったかも知れない。
「あの子は(とぼくを指差しながら)、わたしに強姦されるのが恐くて、男の子が好きだというふりをしてるんですの」とミチコは言った。
「まあ」とまた誰かの母親が言った。

 中三B組にすごい美人がきてるという噂はあっというまに広がってしまった。ほかのクラスからぼくらの教室にたくさん野次馬が押しかけてきた。高等部の生徒の中にはミチコのことを知っているやつもいた。彼女は何年か前のミス聖書女学院だったからだ。
「その頃はこの学校でわたしの写真が一枚三万円で売り買いされてたんですのよ」と彼女はそばにいた誰かの母親に囁いた。
「まあ」とその母親は言った。
「わたしの写真を見ながらオナニーする子がたくさんいたんですの」
「まあ」
「そのくせわたしにセックスしようと申し込む子は一人もいなかったんですのよ」
「まあ」
「素敵じゃありません?」
「さあ、どうですかしら」

 午後になると、授業は庭園でおこなわれた。一九六八年の五月は真夏みたいに暑くて、冷房設備のない総愛学院の校舎では授業にならなかったからだ。その点、山の斜面の木立の中は、ちょっと薄暗かったけれどもとても涼しかった。あちこちに泉が湧いていて、六甲山の冷たくておいしい水を好きなだけ飲むことができた。生徒にとって一番好都合なのは、机も椅子もないからこっそり授業を抜け出してもわからないことだった。最初のうち、ぼくと八重山と結城はしょっちゅう洞窟に潜って遊んでいた。冷凍鹿のいる地下広場で八重山はピアノを弾き、ぼくと結城は曲に合わせて踊った。

 ところが洞窟の入り口のそばで授業をしていたカークパトリック神父がピアノの音を聞きつけて、地下広場に乗り込んできた。せっかく秘密にしていた地下道は、そのとき神父とクラスのやつらに見つかってしまった。
「なんてこった」とカークパトリック神父は冷凍鹿を見ながら言った。
「まるで生きてるみたいでしょ」とぼくは言った。
「ここは死霊だらけだぜ」とまわりを見回しながら神父が言った。
「そうかなあ」とぼく。

 そのとき一緒に入ってきた生徒の一人が転んで頭を打った。下は分厚い万年氷に覆われていて、滑りやすくなっていたのだ。転んだやつは気を失ってしまった。ほかの連中は寒さでぶるぶる震えていた。
「よかったらここで授業をやらない?」とぼくは言った。
「とっとと出るんだ、この死神小僧」と言いながら神父はぼくらの首を掴んで外に引きずり出した。「おれは暗くて寒いところが大嫌いなんだ」
 どうしてぼくと八重山と結城があの洞窟の中で平気でいられたのに、ほかの連中がすぐに凍えそうになったのか、今でもはっきりした理由はわからない。カークパトリック神父は、ぼくらのことを死神に取り憑かれてると言った。
 そうだったのかもしれない。
 死神に取り憑かれると、からだが火照るのだ。

 というわけで、父兄参観日の午後もたいていのクラスが庭園で授業をした。ぼくらの学年はカークパトリック神父の英作文の合同授業だった。               
「来たな、死神女」と神父がミチコの顔を見て言った。
「無理しちゃって」と彼女が言った。
 二人はすでに顔見知りだった。カークパトリック神父は聖書女学院でも英語を教えていたからだ。
「あいつは高校生のときおれとやりたがったのさ」と神父はあとでぼくに言った。「おれが相手にしなかったんで恨んでるんだ」
「あいつはわたしとやりたいのを我慢してたのよ」とあとでミチコがぼくに言った。「それで今でもわたしのことを怖がってるの」
 一体どっちがほんとなんだろう? 
 十四歳の子供にそんなことがわかるわけはなかった。三十五歳の今だって、それほどわかってるわけじゃない。でも、たぶんどっちの言うこともほんとだったんだろう。そんな気がする。

 そんなわけで、ぼくらは庭園の斜面で英作文の授業を受けた。カークパトリック神父は入り口をふさぐような感じで洞窟の前に立ち、ぼくらはその下に広がる木立の中で、幹に凭れたり下草の上に座ったりして彼を見上げていた。父兄たちがぼくらを取り巻いて立っていた。ヒッピーたちがその外側でシタールを弾いたり、香を焚いたり、瞑想に耽ったり、昼寝をしたり、セックスしたりしていた。

 その日の授業の呼び物は、”A Tale of A Little Thief ” の朗読だった。カークパトリック神父はそれまで授業のたびに朗読してきた分をまとめてタイプ原稿を作り、そのコピーを生徒と父兄たちに配った。その日の朗読は、言ってみれば総集編だった。神父と生徒たちが役割を分担して、父兄たちにこの小説を読んで聴かせるのだ。神父が地の部分を担当し、登場人物の台詞は生徒たちがそれぞれ役を割り当てられた。生徒全員が参加できるように、一章ごとに役者は入れ替わった。

 ジェーンの役はみんながいやがった。ジェーンというのは主人公の泥棒ハロルドが惚れてしまう金持ちのお嬢さんだ。この小説はかなり登場人物が多かったが、この五月の時点でまともに台詞のある女の役はジェーンだけだった。彼女の役を振られたやつらは顔を真っ赤にして騒ぎ立てた。そりゃそうだ。誰だって母親の前で女の子の真似なんかしたくない。みんなは結城にやらせろと主張した。女の子の台詞を口にしても違和感がないのは確かに彼くらいなものだった。それにみんな彼とぼくの仲を知っていたのだ。しかし、これには結城の親が反対した。

「うちの子が女の子みたいだっておっしゃるんですの?」と彼の母親が言った。
「あるいはうちの子がおかまだと⋯⋯?」と彼の父親が言った。
 もちろん彼らはぼくと彼がキスしてることを知らなかった。
「とんでもない」とカークパトリック神父が言った。「おたくのお子さんは立派な男の子ですとも」

 生徒たちがざわざわと騒いだ。「嘘つけ」「あのおかま野郎」といった言葉が囁かれた。カークパトリック神父は窮地に立っていた。彼はもともと結城に女の役をやらせたいとは思ってなかった。ぼくと結城のことを知っていたからだ。でも、結城本人はそれほどいやがってなかった。彼はそのときずっとぼくに凭れかかっていたし、背中でこっそりぼくの手を握っていた。「おかま」という言葉が飛び出すたびに彼はくすくす笑った。
「馬鹿みたい」と彼は言った。「みんなぼくとやりたがってるくせに」
 結局、ジェーンの役はカークパトリック神父が自分でやることになった。もちろん彼は演技力に自信があったし、それまではいつもすべての役を自分一人でこなしていたのだ。
 しかし、話が進んでいくにつれて、生徒も父兄も物語の世界に引き込まれていき、一種独特の雰囲気が生まれていった。誰もが他人の台詞を聞きながらすべての役になりきっていたのだ。みんなテキストを見ながら、小声で地の文とすべての台詞を呟いていた。そして、途中でジェーンが登場したときは、誰もが彼女になりきっていた。

 彼女の最初の台詞をカークパトリック神父が言おうとしたとき、言葉を横取りしてしまったのはミチコだった。彼女はテキストを見もせずにジェーンを演じ始めた。ときどきテキストにない台詞を即興で口走ったりもしたが(「ああ、ハロルド、あなたのおちんちんをわたしの中にぶちこんでみないこと?」「ほほほ、あなただってとっくに勃起してるくせに」「わたくし、口の使い方だって自信ありますのよ」etc.⋯⋯)、演技力はなかなかのものだった。彼女の登場で、みんないよいよ物語の世界に没入していった。ミチコはそれまで ”A Tale of A Little Thief ” の原稿をぼくが一章ずつ仕上げるたびに読んでいた。
 ぼくはカークパトリック神父に原稿を渡す前に、何人かの人に読んでもらうことにしていたが、彼女もその一人だった。彼女は英語が得意だったし、ぼくの小説の熱心なファンだった。たぶん彼女はこの作品を一字一句暗記していたのだろう。

 物語が突然終わってしまったとき、ぼくらはしばらくぼんやり木立の中に突っ立っていた。誰も、何も言わなかった。物語が終わってしまったことが信じられなかったのだ。誰もがまだどこかに続きが隠されているんじゃないかと感じていた。もちろんそれは正しかった。ぼくはこの作品を書いている途中で、すでに書かれていた部分はまだ全体のおよそ三分の一にすぎなかった。書き上がったのはその年の七月十日、ぼくの十五歳の誕生日だ。ぼくらは物語の中断を受け入れることができないまま、お互いの顔を眺めたりため息をついたりしていた。鹿たちが木立の中で不思議そうにぼくらを見ていた。ヒッピーたちもヨガや瞑想やセックスをやめてぼくらを見つめていた。

「なかなかのもんだね」と鹿がぼくに目で話しかけた。
「ありがとう」とぼくは言った。
 一九六八年の日本にはまだ物語というものが生きていた。劇的な空間というやつも、それほど苦労しないで作り出すことができた。”A Tale of A Little Thief ” は十九世紀のイギリスを舞台にした時代遅れの物語だったが、それでもみんなで朗読するだけで、素晴らしい興奮と感動を生み出すことができたのだ。


 ミチコがシュテルマッハー校長と初めて会ったのはこの日だったかもしれない。
 ぼくらは放課後か休み時間に彼女と庭園の斜面を歩いていた。シュテルマッハー校長は谷を隔てた向こうの斜面にいて、例によって鉄砲を担いで鹿を探しまわっていた。ぼくらは校長が狩りをしてるとは知らずに、鹿たちに餌をやっていた。ミチコがバスケット一杯にクッキーを持ってきていたのだ。チョコレートが入ったのや、ドライフルーツを詰めたのや、パイみたいにさくさくしたのや、いろんな種類があって、どれもおいしそうなバターの匂いがした。
「焼きたてよ」と彼女は鹿にクッキーをやりながら言った。「わたしが自分で焼いたんだから」
 鹿たちはもそもそと気乗りのしない様子でクッキーを食べていた。ぼくらがクッキーを手にかざしても、寄ってこない鹿もいた。
「もうひとつだな」と鹿の目が言っていた。「おれたちはバターがあんまり好きじゃないんだ」
「悪かったね」とぼくは鹿に言った。
「もうちょっと鹿の身になって考えてくれよ」と鹿が言った。
「でも、もうちょっとうまそうに食べてくれないかな」とぼくは鹿に囁いた。「作った彼女がかわいそうだからさ」
「わかったよ」と鹿は言った。
 それで鹿たちはミチコの手から争ってクッキーを食べ始めた。
「ほら、見て」と彼女はうれしそうな声を上げた。「だんだんクッキーの味がわかってきたみたい」
 
 カークパトリック神父はすぐ近くでぼくらを眺めていたが、一緒にクッキーをやろうとはしなかった。彼はもともと鹿が好きじゃなかったのだ。
「やつらは臭うんだよ」と彼は言った。
 まるでアメリカ南部の無教養なじいさんが、「くろんぼは臭うんだよ」と言ってるみたいな口調だったので、ぼくはとてもいやな気がした。それはいつも公平で健康だった彼に似合わない台詞だった。今から考えると、彼はミチコと久しぶりに会ったことでちょっと動揺していたのかもしれない。もちろん彼は彼女に会う前から鹿が嫌いだったが、それはたぶん鹿たちがいつも夫婦か仔鹿を含んだ家族連れで行動していたからだろう。彼は独身者として夫婦や家族を恐れていた。

「おれは独身者機械じゃないからな」というのが彼の口癖だった。
〈独身者機械〉というのはどういう意味だろう? たぶん、神父にならなくても結婚できない性格の人間という意味だったのだろう。今ならそういうことは容易に推測できる。ぼくだってついこのあいだまで独身者機械だったのだし、一九八〇年代は一九六八年に比べて独身者機械がずいぶんありふれたものになっているからだ。しかし、十四歳のぼくが〈独身者機械〉という言葉から連想したのはただからだが機械でできている男だった。カークパトリック神父の首をつけた巨大なコンバインみたいな機械が、鹿を次々と巻き込んですり潰していく夢を見たりもした。

 突然ドスンという大きな音がして、ミチコの手からクッキーを食べていた鹿が倒れた。
 鹿の首に大きな穴があいて、血が噴水みたいに噴き出した。血は消防艇が式典のときにまく色付きの水みたいに大きく弧を描いて飛び、鹿が地面で痙攣するたびに方向を変えながら、ミチコとそのわきでクッキーをやっていた八重山を血まみれにした。
「やあ、どんなもんだい」と言いながら校長がやってきて、倒れた鹿を靴の底でぐいぐい踏みつけながら得意そうにまわりを見回した。
「危ないじゃない」とミチコが言った。
「ごめんごめん」と校長はドイツ訛りの日本語で言った。「でも、わたしは鉄砲の腕に自信があるんだよ」



 生き残った鹿たちは逃げてしまっていた。ぼくらは死んだ鹿をみんなで引きずって斜面を下り、谷川の砂地に出た。八重山とミチコは淵に飛び込んで、からだについた血を洗い流した。ぼくと結城とカークパトリック神父は校長が鹿の首を切り落とし、皮を剥ぐのを手伝った。ほんとはそんなことしたくなかったのだが、校長に青い目で見つめられて、「やあひとつよろしく」とドイツ訛りで言われると、なんとなく断れなかったのだ。

 いや、むしろ、ぼくらはいつのまにか進んで鹿を担いだり皮を剥いだりしていた。六十歳を超えた大男のシュテルマッハー神父には確かに威厳があったが、それ以上に人をいつのまにか動かしてしまう不思議な力を持っていたのだ。
「悪いね」と校長はからだを洗っているミチコをじろじろ見ながら言った。
「どういたしまして」と彼女はすました顔で言った。
 知らないうちに砂地にはアルパインと若いアーティストたちが来て、十六ミリのカメラを回して映画を撮影していた。ミチコはすっかり着ているものを脱いでいたが、みんなに見られても、フィルムに撮られても、特に気にしている様子はなかった。
「セクシーだね」とシュテルマッハー校長は彼女に言った。
「なかなかでしょう?」ミチコはそう言って笑いながらポーズをとって見せた。
「馬鹿」と淵の奥のほうで八重山が言った。
 彼は服を着たままその辺を泳ぎ回っていた。流れが小さな滝になってるところに頭を突っ込むと、血まみれになっていた顔と頭がすっかりきれいになった。しかし頭の傷だけは充血してピンク色になっていた。それはピアノに熱中しているときの色だった。

 もう一度ドスンと大きな音がして、ミチコのそばの水が大きくしぶきを上げた。
「おっといけない」校長がそう言って鉄砲を垂直に立てた。彼がうっかり銃の引き金に指をかけてしまったのだ。「もう一発弾が残ってたんだっけ」
「気をつけてよ」とミチコが言った。
 水から上がってきた彼女はがたがた震えていた。鉄砲で撃たれたのが恐かったのだろう。それに水も冷たかった。彼女は震えながら浅瀬で服を一枚ずつ洗っては絞った。化粧はすっかり落ちてしまったが、素顔の彼女はとてもきれいだった。
 八重山はなかなか上がってこなかった。水に冷やされて、頭の傷もすっかり白くなっていたが、それでも彼はバシャバシャ水しぶきを上げながら泳ぎ回っていた。ときどきこっちを見て笑ったが、顔は青白くて、唇が紫色になっていた。

「早く上がってこいよ」とぼくは声をかけた。
 彼はもう一度強ばった顔で笑うと、流れに乗って滑るように川を下って行ってしまった。まるで放流された養殖魚みたいだった。
「あの子は勃起してるとこを見られるのがいやなのよ」とミチコがぼくに言った。
「どうして勃起するのさ?」とぼくはきいた。
「わたしを見たからよ」と彼女は答えた。

 それから彼女はテープレコーダーにつながったマイクを持ち、カメラに向かって、どうして彼女と弟がセックスしなければならないかについて長々と喋った。そのシーンは完成した映画『ビースト』でもかなり長く使われている。しかし、実際にはその十倍以上喋り続けたのだ。濡れた服や下着がどんどん乾いてカサカサになっていくので、フィルムがかなり切り刻まれていることがわかる。

 真夏みたいな強い日差しのせいで少し白っぽくなった画面の中に、裸の彼女がいる。大きな石の上に脚を組んで座り、マイクを舐めるようにぴったり唇をつけながら、大声で怒鳴っている。雑音がひどいが、それはたぶん川の音だろう。彼女のまわりにはぼくらも写っている。そのときは変に殺気立った気分だったような気がするのだが、カメラに写ったぼくは絶えずニヤニヤ笑っている。結城と手をつないで、髪の毛を互いにこすり合わせたりしてふざけさえしている。

 ミチコは画面にアルパインと校長を引っ張りだし、二人を紹介した。彼女は鉄砲で撃たれたショックから立直っているように見える。自分を二度撃ちそこねたシュテルマッハー校長に対して、とても愛想のいい口をきいている。まるで彼とこうしているのがうれしいみたいだ。
「紹介します」と彼女はカメラに向かって言い、それから校長に向かって「アルパインよ」と言った。
「初めまして」とアルパインは校長と握手しながら言った。彼はぼくと初めて会ったときみたいに変な態度は取らなかった。どちらかというとへりくだった感じの笑いを顔に浮かべていた。
「よろしく」と校長は言った。
「誰だっけ?」とミチコがまわりを見回しながら言った。
「校長だよ」と画面の外から男の声が叫んだ。たぶんカークパトリック神父だろう。
「あら、わからなかったわ」と彼女は照れ笑いしながら言った。
「よろしく」校長は彼女とも握手した。

 アルパインは校長と気が合うようだった。すぐに彼はミチコと一緒にしょっちゅう総愛学院に現れて、校長と話し込んだり、コッホ神父も加えて神父館で食事をしたりするようになった。アルパインはきれいなドイツ語を話した。ミチコも少しはドイツ語ができたので、彼らは英語とドイツ語をごちゃまぜにして話した。特にぼくらがそばにいるときは、ドイツ語で喋るようにしていた。
 なぜだろう?

 アルパインはコッホ神父にカーネル・サンダース人形の完璧なコピーを何体かプレゼントした。その人形が神父にあまりにもよく似ていたからだ。コッホ神父はそれを校庭のあちこちに立てた。ぼくらはどこにいてもその人形のどれかを見ることができた。
「教室では鹿が、校庭ではコッホ神父がいつも子供たちを見張っているというわけだ」といった意味のことを校長がアルパインとミチコに言った。

 まもなくぼくらのあいだで、そのカーネル・サンダース人形を殴ったり蹴とばしたりするのが流行りだしたが、何回かに一回は本物のコッホ神父を殴ってしまうことがあった。
 それほどカーネル・サンダース人形は彼にそっくりだったのだ。
「ワウップ」と彼は殴られるたびに言った。                    

 ぼくらは人形ではなく本物を殴ってしまったとわかると、彼の大きな腹にもう二三発パンチをお見舞いして完全に気絶させてしまった。そうしておけば訓育生が駆け付けて、現行犯でぼくらを捕まえるといった事態は避けられるし、うまくいけばコッホ神父が殴った生徒の顔を忘れてくれるかもしれないと思ったからだ。

「実に完璧な芸術ですな」といった意味のことをコッホ神父はドイツ語でアルパインとミチコに言った。「お陰でわたしは何度殴られたかわからない」
「わたしも日本のエンペラーの人形を発表したお陰で大勢の日本の若者に殴られましたがね」といった意味のことをアルパインはドイツ語でコッホ神父に言った。「芸術家はいつもテロに見舞われる危険を犯しているのですよ」

 コッホ神父が美少年を釣るためにいつも保健室に用意しているアイスクリームや生クリーム、それにフルーツやチョコレート・ソースを加えて作る色とりどりのパフェは、アルパインを感動させていた。彼はコッホ神父のパフェを完璧な芸術として認めていた。そしてパフェがただ鑑賞され、食べられるだけでなく、美少年を誘惑する力を秘めているということが彼の感動を一層高めていた。
「まったく」と彼はドイツ語で言った。「完璧な芸術ですな」

 シュテルマッハー校長は、アルパインとミチコがやってくると、いつも鉄砲で歓迎した。 
 ドスン。
「やあ、いらっしゃい」というわけだ。
 校長室からは摩耶山と庭園の間の谷間がよく見渡せた。アルパインとミチコはいつも何人かの若いアーティストたちを連れて谷を下り、庭園の斜面を上ってきた。
 ドスン。
 彼が鉄砲をぶっぱなすたびに、鹿が一頭ずつ倒れた。
 鹿のはく製はもう学校中に溢れていた。廊下の半分は鹿のはく製に占領されて、休み時間には満足に歩けなくなった。それでぼくらはこっそり少しずつはく製を地下道に運び込んだ。冷凍鹿のいる地下広場ははく製の貯蔵庫になった。アルパインはそれを見てまた感動した。
「本物そっくりじゃないか」

 アルパインとミチコの一行が校庭に現れても、校長は鉄砲をぶっぱなした。
 ドスン。
「ようこそ」
 ドスン。
「やあ、元気かい?」
 アルパインはそのたびに首を横に振った。あきれたときに白人がよくやるしぐさだ。ミチコは怯えて若いアーティストにしがみついた。

「いつも鉄砲で撃たれて恐くない?」とぼくは彼女にきいたことがある。どうして鉄砲で撃たれるのがわかってるのにわざわざやってくるのか不思議だったのだ。
「もちろん恐いわよ」と彼女は答えた。
「じゃあ、どうしてやってくるの?」
 彼女はしばらく考え込んでいた。そんなことはそれまで考えてみもしなかったという感じだった。それから彼女はぼくを見つめながら答えた。
「そうねえ、よくわからないわ」
「でも、なんとかしなきゃいけないと思うよ」
「考えてみるわ」

 あるとき彼女は突然校長室に現れてシュテルマッハー校長を驚かせた。いつも谷間を見下ろす崖の上で彼女がやってくるのを見ながら鉄砲を撃つのに慣れていたシュテルマッハー校長は、不意を突かれて慌てたのか、天井に向けて鉄砲をぶっぱなしてしまい、大きな穴をあけてしまった。
 ドスン。
「一体どこから来たんだ?」と彼はドイツ語で彼女にきいた。
「空からよ」と彼女はドイツ語で答えた。
「地下道があるんだ」と横からアルパインが言った。
 校長はしばらく彼らを見つめたまま黙っていたが、また不意に鉄砲を撃った。
 ドスン。
 それから彼は「おや、そうかい」と言った。
 校長室に掛かっていた鹿の首に大きな穴があいた。
「お願いだからわたしたちを撃たないで」と彼女は震えながら校長に言った。
「大丈夫さ」と校長は言った。「わたしは鉄砲の名人なんだ」
 それから彼はまた銃に弾を込めた。
 ドスン。

「鉄砲で撃たれて恐くない?」とぼくは彼女にきいた。
「そりゃ、恐いわ」と彼女。
「撃たれるってどんな感じ?」
「そうね、スリルのあるセックスをしてるときみたいな感じよ」
「ふうん」
 ぼくはその頃まだセックスをしたことがなかったから、彼女の説明がよくわからなかった。
「校長って、いやなやつじゃない?」
「そうねえ」と彼女は言った。「でも、神父ってセックスできないんだから、鉄砲を撃つくらいやってもいいんじゃないかな」

               ★

 カークパトリック神父は庭園を歩き回りながら授業をするようになった。ただ ”A Tale of A Little Thief ”を暗唱しながら五十分間ひたすら歩き続けるのだ。文法の説明も、例文の紹介も、練習問題の作文も一切放棄されてしまった。ぼくがその日に持ってきたこの小説の新しい一章を朗読しながら歩き、それが終わると前の章に逆のぼって暗唱しながら歩いた。授業参観のときみたいにぼくら生徒に役を割り振って、台詞を言わせることもあった。その頃には、ほとんどの生徒がこの小説を暗記していて、誰かが台詞につまると別のやつがすぐに入れ替わってその役を演じることができた。みんなすっかりこの朗読の輪唱、山を歩きながらの演劇が気に入っていて、誰も役をいやがるやつはいなかった。

 山で出くわすヒッピーたちもぞろぞろついてきて、この朗読・演劇に加わった。ヒッピーの女の子がジェーンの役をやると、華やかさが加わって授業が一層楽しくなった。
 ときにはミチコもぼくらについてきた。彼女もぼくら以上に山歩きが大好きだったからだ。いつもなら庭園で授業をやると何人もこっそり逃げ出すやつがいるのに、彼女が加わったときはなぜか人数が増えてしまった。ほかのクラスや学年からも生徒がやってくるからだ。相変わらずミニスカートをはいていて、本物のモデルみたいにきれいだったから、生徒たちは彼女を歓迎した。八重山とカークパトリック神父を除いては⋯⋯。

「どうしておれにつきまとうんだ?」と神父は彼女に言った。
「わたしは授業に参加してるのよ」と彼女は言った。「あなたにつきまとってるんじゃないわ」
「授業参観は終わったぜ」
 彼はまたとっとと歩き出した。彼の歩くスピードはどんどん早くなっていった。最後にはいつもほとんど走っていた。
「無理しちゃって」と彼女はぼくと結城に聞こえるように言った。
「馬鹿」と横で八重山が言った。「とっとと消えろよ」
「ほんとはうれしいくせに」と彼女はまたぼくと結城に言った。
 ミチコが現れると、八重山はいつも途中で姿を消してしまった。照れ臭かったのだろう。しばらくすると山のどこかから彼のピアノの音が聞こえてきた。たぶん冷凍鹿の洞窟で弾いていたのだろう。ほんのかすかだが、氷の木琴を叩いてるみたいな音だった。

 走り出したカークパトリック神父の姿もぼくらの視界から消えてしまうことがあった。笹をかき分けるガサガサという音に掻き消されながら、彼の男性的な太い声が山の斜面にこだまして聞こえてきた。それは相変わらずぼくの英文小説の朗読だった。彼は地の文を怒鳴るように暗唱していた。そしてぼくらは各登場人物の台詞を彼の消えた方向に怒鳴り返した。
 それがぼくらの授業だった。

 カークパトリック神父の声が消えてしまうこともときにはあった。残されたぼくらは途方に暮れて闇雲に斜面を歩き回った。山の上のほうで熊笹のガサガサいう音に混じって風の音が舞っていた。それはときどき人間の声みたいに聞こえた。カークパトリック神父の断末魔の叫びみたいに⋯⋯。
 それがぼくらの授業だった。

 カークパトリック神父がいなくなると、ぼくらは自分たちでいろんなことを話し合った。一九六八年の中学生にとって一番知りたいのは自分が何者なのかということだった。ぼくらは自分が何者なのかということについて何時間も喋り続けた。授業が終わり、休み時間がきて、また次の授業が始まっても、ぼくらはずっと自分が何者なのかということについて話し合っていた。結論はなかなか出なかった。いや、結論は一度も出たことがなかった。ぼくらは自分たちに結論が出せるとは思ってなかった。それでも自分が何者かということについて考えるのは楽しかった。ほかの連中の考えを聞くのも楽しかった。一九六八年の中学生にとって自分が何者なのかを知ることはとても大切なことだった。ぼくらは大学生になることも、大人になって金を稼ぐことも考えていなかった。勉強も適当にやってはいたが、自分が何者なのかを知ることのほうがずっと大切だということを知っていた。

「ぼくは人間の屑なんだ」と結城が言った。
「ぼくは小説家の卵だけど、女の子とセックスするのが恐いんだ」とぼくは言った。
「わたしは⋯⋯そうねえ⋯⋯グエンドリンかしら?」とミチコが言った。
「グエンドリン⋯⋯」とぼくらは言った。
 ぼくらは誰もジョン・ウイリーのボンデージ・コミック『スウィート・グエンドリン』を知らなかった。大体、一九六八年にはボンデージなんて、日本ではまるで知られていなかった。ジョン・ウイリーは一八九七年生まれのイギリス人で、アメリカに渡って、文字通り風変わりな雑誌『ビザール』を発行した。『ビザール』(フランス語で『変てこな』という意味)は通信販売で読者に届けられるいかがわしい雑誌で、中にはウイリー自身の手になる写真やイラストが載っていた。どれもハイヒールをはいた美女が縛られてるといった類のものだ。『スウィート・グエンドリン』シリーズは、ウイリーがこの雑誌に連載した漫画だ。グエンドリンという名前の可愛い女の子が悪党と戦う物語なのだが、何かというとグエンドリンは捕まって縛られてしまう。まるでひどい目に遭うために戦ってるような感じなのだ。
 そんな話をミチコはぼくらにしてくれた。
 なぜだろう?

 ポロポロポロンと洞窟からピアノの音が聞こえてきた。それは八重山が自分について語っているのだった。
「自分をわざと変な風に言うのはよくないよ」とぼくはミチコに言った。
「そうね」と彼女は言った。「わたしは弟とやりたいわ。カークパトリックともやりたいわ。もちろん校長とも。それだけよ」
 ポロポロポロポロポロンと洞窟の中の八重山が言った。
「いやだってさ」と結城が言った。
「違うよ。嘘つきって言ったんだ」とぼく。
 ポロポロポロポロポロポロポロポロポロポロポロンと八重山が言った。
「きみは禁じられてることをやりたいことと混同してるんだってさ」とぼく。
「あらそう」とミチコが言った。
 彼女は腕を組み、首をちょっと傾げて考え込んだ。二十歳の彼女も自分が何者なのかについて真剣に考えていたのだ。
 それがぼくらの授業だった。

「熊だ」と結城が木の幹を指さして言った。
 細い杉の幹が真ん中からきれいに折れていた。確かにそれは熊が腕の一振りでなぎ倒したみたいに見えた。鋭い爪で樹皮を削った跡もあった。山の上のほうで熊笹がガサガサガサガサガサと言っていた。
「先生はどうしたんだろう?」と誰かが言った。
 山の上の熊笹がガサガサガサガサガサと言い、木が折れるバキバキバキという音も聞こえてきた。ぼくらは急いで斜面を上った。もちろんカークパトリック神父を助けるためだ。非力なぼくらに熊をやっつける力はなかったが、そんなことは考えつかなかった。もちろん誰も逃げ出したりはしなかった。一九六八年の中学生は合理的にものを考えるのが苦手だった。誰かが困っていたら迷わず危険を冒すのが当時のぼくらの習性だった。洞窟の中の八重山さえも外に飛び出してきて一緒に斜面を上り出した。
「ポロポロポロポロポロポロポロポロポロポロポロン」と彼は口で言った。頭にはまだピ
アノ演奏の余韻が残っていたのだ。
 彼はこのとき一体なんて言ったんだろう?
 忘れてしまった。

 山のてっぺんにはカークパトリック神父がいた。彼は一人で熊笹を踏み潰しながら歩き回っていた。ときどきその太い腕で細い杉をなぎ倒した。杉はすごく簡単に真ん中から折れた。バキバキバキバキ⋯⋯。
 熊はいなかった。ぼくらが熊だと思ったのはカークパトリック神父だったのだ。彼はぼくらのほうを振り向いて、
「ガオー」と言った。
「やれやれ」とぼくらは言った。

 その日からカークパトリック神父は、毎日庭園や谷間の斜面で木を折ったり倒したりしだした。当時の六甲山には木が豊富に生えていたが、ぼくらはなんとなく不安だった。すぐに山の木が残らず倒されてしまうような気がした。山の中で遊ぶことに慣れていたぼくらは、自然が破壊されることに敏感だったのだ。それでホームルームのときに、〈山の木をいかに守るか〉という議題で話し合い、担任のカークパトリック神父に、無闇と木を折らないように要求した。
「わかったよ、畜生」と神父は言った。
 それがぼくらの授業だった。

 カークパトリック神父は木を折ることをあっさりやめてしまった。少なくとも庭園や学校のまわりでは⋯⋯。というのは、ぼくと八重山と結城が裏山の一番高い尾根を越えて、ミナミさんが消えていった裏六甲の斜面を探検していると、カークパトリック神父がこっそり折ったらしい杉の無残な残骸があちこちに見つかったからだ。彼は夜中にこっそり神父館を抜け出し、そこで木を折っては明け方戻ってくるらしかった。ぼくらはノイマン屋敷に泊まって神父館を見張っていたが、たしかに夜中になるとガサガサガサガサガサという熊が歩くような音が聞こえてきたのだ。

 ミチコは相変わらず毎日のように谷を越えて総愛学院にやってきた。そのたびにシュテルマッハー校長は銃をぶっぱなした。ぼくらはホームルームで〈山の鹿を守る決議〉というのを採択し、校長に山で銃を撃たないよう要求した。
「わかったよ、畜生」と校長は言った。
 しかし、校長は銃を撃つのをやめなかった。
「いや、カラスを撃ったんだよ」とか、「ちょっと手が滑ってね」とか、そのつどいろんな言い訳をしながら、彼は銃を撃ち続けた。
 ミチコは相変わらず撃たれるとひどく怯えたが、校長の狩りに文句を言うどころか、ぼくらの〈山の鹿を守る決議〉を非難しさえした。
「わたしは彼に撃たれるために来てるのよ」と彼女は言った。
「どうして?」とぼくはきいた。
「あなたも大人になればわかるわ」と彼女は言った。
 ぼくらはホームルームでそのことについて何度も話し合った。どんなに話し合っても結論は出なかった。
 ぼくにはどうしても彼女の気持がわからなかった。どうしてわざわざ銃で撃たれるためにやってくるのか⋯⋯。
 誰もわかるやつはいなかった。
 それがぼくらの授業だった。
                                        

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