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3 熱 機 械 工 場
ぼくは七月十日に " A Tale of A Little Thief " を書き上げた。その日はぼくの十五歳の誕生日だった。ぼくはそのことを誰かに言いたくてたまらなかった。その日を境に何かが決定的に変わったような気がしたからだ。何が変わったのかはわからない。小説を書き上げたぼくは大きく息をして、自分の腕や脚を眺めた。何も変わったところはなかった。
自分の中の何が変わったのか知りたくて、ぼくはいろんな人に話を聞こうとした。
「小説を書き上げたんだ」とぼくは父に言った。
「そうかい」と父は言った。「おめでとう」
「英語で小説を書いたんだ」とぼくは母に言った。
「偉いわね」と母は言った。「でも、そんなことはとっくに知ってたわ」
「そうか」とぼくは言った。
我が家では春から庭にテントを張って、家族でキャンプ生活をしていた。聖書女学院の桃畑にはヒッピーたちがたくさんテントを張っていた。聖書女学院の運動部の生徒たちもキャンプを張っていた。リッキーもバスケットボール部の女の子たちももういなかったが、マリコはしょっちゅうぼくの家に遊びに来て、庭の白いテーブルで " A Tale of A Little Thief " の清書を手伝っていた。
「終わっちゃったわね」と彼女は言った。
「そうだね」とぼくは言った。
ぼくらは強い日差しの下で庭の芝生に腹ばいに寝て、日光浴をしていた。彼女はブルーにピンクの縁取りをしたビキニの水着を着ていた。白い大きなおっぱいが芝生の上で押し潰されているのが見えた。髪の上にルリハンミョウがとまっていた。メキシコオパールみたいにオレンジや黄色や緑色に輝くこの昆虫は、地面の上をヘリコプターみたいに低空飛行しては人のからだに止まり、肌についた汗の塩をなめていく。
一九六八年の七月十日にマリコの髪にとまったそのルリハンミョウは、彼女の汗をなめながらゆっくりと背中を下り、お尻から脚へと移っていったと思うとまた背中へのぼってきた。
「お願いだからどこにも行かないでくれよ」とぼくは彼女に言った。
「どこにも行かないわ」と彼女は言った。
そのときぼくは結城を愛していて、彼女は聖書女学院の先輩である一の宮ミチコを愛していたが、一の宮はもう姿を消していた。マリコは失恋の悲しみの中にいたのだ。それなのに総愛学院の男の子を愛していたぼくは、彼女を慰めもしなかった。彼女に英文小説の清書を手伝ってもらい、綴りの間違いを教えてもらい、家に一人でいるのは寂しいからというだけの理由で彼女にそばにいさせようとしていた。そのくせ結城とノイマン屋敷に遊びに行ったりするときは、彼女のことなんて思い出しもしないのだ。ぼくはとてもいやな子供だった。
「ああ、なんていい気持ちなんだろう」とぼくは言った。
ルリハンミョウがマリコの背中の汗を吸っていた。彼女はちょっと頭を上げてまぶしそうに目を細めながら、くすぐったそうに笑った。それが彼女の最後の微笑だった。すぐに夏休みがやってきて、彼女は遊びに来なくなった。
ぼくは彼女のことを忘れてしまった。
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その年の夏はアフリカの夏に似ていた。朝から黄色い太陽が地面をレンガみたいに焼き、水分を吸い尽くした。蒸気は空に上ってソフトクリームみたいな雲をたくさん作った。
午後には空気の中の蒸気は飽和状態になり、手を軽く振るだけで水滴が飛び散るほどだった。そして夕方には雷と一緒に激しいスコールがきた。
時間はほとんど止まってしまった。強すぎる太陽の光の中で、街や人や街路樹は遠い昔の夢の中に浮かんでいるように見えた。まぶしい太陽のせいで影はあまりにも黒く、真昼なのにそこだけ夜がひそんでいた。日焼けした人間が日陰にうずくまっていると、暗闇にひそむ黒豹みたいに眼だけが光って見えた。
その年の春は夢のような春だったが、その年の夏は遠い過去の夢のような夏だった。
夏休み⋯⋯。
ぼくは毎日ノイマン屋敷に遊びに行った。摩耶山の長い坂を上ると、暑さで頭の中が沸騰して、目の前が黄色くなった。汗で濡れた服がからだにぴったり貼りついて、皮膚の毛穴を窒息させた。汗はジーパンの裾からおしっこみたいに垂れて、坂の石畳に点々と黒い染みを作った。
ミチコは庭のプールで遊ぶのが好きだった。いつも若いアーティストたちと裸で泳いだり、プールサイドでマリワナを吸ったりしていた。お尻に訳のわからない薬を注射し合ってるときもあった。彼らはとにかく薬が好きだった。ハイになると大きな芝刈り機に乗って屋敷のまわりをドライブしたり、絵の具をお互いのからだに塗りっこしたり、でたらめに楽器を弾いたり、潜水ごっこをしたり、とにかくありとあらゆることをした。もちろんセックスも⋯⋯。
ミチコはあらゆる遊びの先頭に立っていた。集団で薬をやるときは、だれか強い人間がみんなを引っ張らないと、面白い体験はできない。彼女はいつも牽引車の役を演じていた。どれだけ薬をやっても平気だったし、みんなを楽しませる天性の才能があったからだ。
でも、彼女自身は完全に飛んでしまうことはなかったような気がする。どんな狂乱の最中でも、ぼくが現れると彼女は急に普通に戻って、いつものようにきれいな笑顔で「ハイ」とか「チャオ」とかいうのだ。そしてぼくには絶対に薬をやらせなかった。保護者としての責任を感じていたのだろうか?
ノイマン屋敷に現れたときのぼくはいつも汗でずぶ濡れだったから、若いアーティストたちは寄ってたかってぼくの服を脱がし、プールに引きずり込んだ。女の子たちはぼくの服を植え込みの上に広げて干してくれた。彼らは親愛の情を込めてぼくの首筋にキスすることはあったが、それ以上のことはしなかった。ミチコが言い聞かせていたからだ。それにぼくはいつも結城と一緒だった。彼らはぼくらを一応カップルと見做していた。
「いい気持ちだね」と結城が言った。
「ああ」とぼくは言った。
ぼくらは水の中にいた。眼の下には神戸の街が広がっていた。赤茶けた製鉄所や工場や倉庫、繁華街の錆びた屋根がチョコレート色に沈んでいた。結城はニコニコ笑いながらときどきぼくの顔をのぞき込んだ。酔っ払った女の子みたいな眼をしていた。
「ぼくとやりたい?」と結城がきいた。
「ああ」とぼくは言った。
「どうしてやろうとしないの?」
「わからない」
ぼくは結城とキスしかしていなかった。彼と口もきけなかった頃は、彼とやることばかり考えていたのに、キスするようになってからはそれ以上のことはする気がしなかった。
なぜだろう?
「夢だからさ」と八重山は言った。「あいつはきみにとって夢なんだよ」
「夢じゃないよ」とぼくは言った。「実物の彼が好きなんだ」
「きみは夢から覚めたという夢を見てるんだ」と八重山は言った。「夢から覚めるときは全ての夢から覚めなきゃいけないんだよ」
「そうかな」
「ぼくはまだ完全にきみのものじゃないんだ」と結城が言った。
「そうだね」とぼくは言った。
「きみはぼくを完全に自分のものにしたいと思わない?」
「思うよ」
「ぼくを支配したいと思わない?」
「思わないね」とぼくは言った。「ぼくは自由を探してるんだ」
「自由になるってことは、人を支配するってことだよ」
「違うと思うな」とぼくは言った。「自由になるってことは人を解放するってことだよ」
「わたしと一緒に自分を解放してみない?」とミチコが言った。
「薬ならごめんだよ」とぼくは言った。
「薬じゃないわよ」と彼女は言った。「薬で自由は手に入らないわ」
ぼくらはプールの中にいた。ミチコをはさんで右側にぼく、左側に結城がいた。彼女の長い腕は結城の首に巻き付いていた。
「まず手始めにこの子を解放してみようかしら」と彼女は言った。「いい?」
「何が?」とぼくはきいた。
「とぼけちゃって」と彼女は言った。
「ぼくは誰にも何も禁止しないんだ」とぼくは言った。「ぼくは誰も束縛しないし、支配
もしないんだ」
結城はすでに彼女の腕の中で眼をとろんとさせていた。顔が真っ赤になっていた。もちろんミチコが彼に薬をやったのだ。
「眠い」と結城が言った。
「昼寝をしなさい」とミチコが言った。「ベッドを貸してあげるわ」
アーティストたちが彼を担いで家の中に入っていき、彼女がゆっくりとその後に続いた。彼女は部屋の中に消える瞬間、振り向いてぼくに手を振った。笑顔がすごくきれいだった。そしてレンガ敷きのテラスからフランス窓を大きく開いた居間の中に消えた。太陽の光があんまり強いので、部屋の中は真っ暗な闇だった。
アルパインは忠実な二三人のアシスタントと仕事を続けていた。大きな薄い布を部屋一
杯に張って、巨大なシュテルマッハー校長の顔を印刷してるところだった。
「総愛学院からの注文でね」とアルパインは言った。「けっこういいギャラをくれるらしいんだ」
「勤勉だね」とぼくは言った。「この暑いのに」
ぼくはそれまでなんとなくアルパインのことを怠け者だと思っていたのだ。あるいは神経過敏症のせいでいつもためらったり茫然自失しているタイプの芸術家だと⋯⋯。しかしこの頃の彼はほとんど休みなく何かを作っていた。
「ぼくは手を動かしてないと考えられないんだ」とアルパインは言った。「それにものを
作るのはなかなか楽しいしね」
「そうか」とぼくは言った。
一九六八年のアフリカの夏はとても作業には向いていなかった。ただじっとしていても頭がボーッとするようなひどい暑さだった。特に " A Tale of A Little Thief " を書き上げたばかりのぼくはすごく疲れていて、何もする気がしなかった。少なくともこの夏が終わらなければ次の作品のことは考えられないと思っていた。だからアルパインの予想外の勤勉さはぼくにとってけっこうショックだった。
アフリカの夏の昼下がりに、彼は黒いニットのセーターに黒い革のズボンをはいていた。アシスタントたちは全身から汗を滴らせていたが、彼は全く汗をかいていなかった。暑そうな表情さえ浮かべてなかった。彼のプラチナ色の髪が氷でできてるみたいに見えた。
「ぼくは体温が低いんだ」と彼は言った。「触ってごらん」
ぼくは彼の皺だらけの腕に指先を触れてみた。それは肉屋の冷蔵庫に保存されている羊の腿肉みたいに冷たかった。
「アーティストの条件は勤勉さよ」とミチコが柄にもないことを言ったのは、そのアフリカの夏の初めだった。
ぼくらはノイマン屋敷のまわりを埋め尽くしている背の高いヒマワリの中を散歩していた。ぼくと彼女はよくヒマワリの中を散歩した。歩きながらいろんな話をした。結城が一緒のときもあったが、彼はたいてい家の中で昼寝をしていた。ヒマワリの中にいると、ぼくとミチコは二人きりになることができた。
夏みたいな春の終わり、山を覆っていた菜の花が完全に枯れてしまった頃、彼女はヒマワリの種を大量に仕入れて屋敷のまわりに蒔いたのだ。お陰でぼくらは一九六八年の夏も、春と同じ鮮やかな黄色の中を散歩することができた。ヒマワリの黄色は菜の花の黄色より濃く深く激しかったが、アフリカの夏の太陽はそれ以上に黄色く、光はとても強かった。
ぼくらは果てしない黄色の海の中を散歩することになった。
「ヒマワリはいいのよ」とミチコはやや唐突に言った。
「そうだね」とぼくは意味もわからずに答えた。暑さで頭がぼんやりしていたのだ。
「日蔭を作ってくれるし、夏の終わりには種が取れるわ」と彼女は言った。「種はおいしいのよ。油もとれるし⋯⋯」
ヒマワリはぼくらの背より高かったので、ぼくらはちょっとした木立の中を散歩してるような感じだった。ヒマワリの葉の緑と花の黄色以外は空の青さしか見えなかった。ヒマワリの林の中には小道が通っていた。ときどき若いアーティストたちが散歩してるのに出くわすこともあった。彼らはたいてい裸だった。
カップルは手をつないでいた。あるいはからだをぴったりくっけて、手をお互いの腰に回していた。女の子はたいていクローバーか何かで作った冠かネックレスをつけていた。彼らは山の涼しい木陰にセックスしに行くところか、セックスを終わって帰ってくるところだった。
「やあい、両刀使い」と彼らはぼくに言った。つまり結城とミチコの両方を相手にしてる
という意味だ。
「やれやれ」とぼくは言った。
ぼくらはヒマワリの中でいろんなことを話し合った。今世界で何が起こっているのかについて、われわれは今何をすべきかについて⋯⋯。
その頃は誰もが絶えずそんな話をしていたのだ。
ミチコは世界中で人間が解放されつつあるという意見だった。社会の矛盾やそれを作り出している固定観念が次第に明らかになり、それにつれて人間は完全な自由を獲得しようとしていると彼女は言った。その頃は若い連中の多くがそんなことを考えていたのだ。
「だからわたしは弟とやるべきなのよ」と彼女は熱を込めていった。
彼女はまだ八重山とセックスできないでいたのだ。
「そうかなあ」とぼくは言った。
彼女はぼくにすぐ新しい小説を書くべきだとも言った。芸術家は絶えず創造していなければならないというのが彼女の意見だった。
「人間は創造してるときだけ芸術家になるのよ」と彼女は言った。「創造するのをやめて一度普通の人間に戻ったら、できた作品も死んでしまうのよ」
「そうかなあ」
「少なくとも自分のものじゃなくなってしまうのよ」
そのときは彼女の言ってることがよくわからなかったが、創造し続けることが大切だということは感じていた。アルパインというお手本に刺激されていたからだ。ぼくはそれまでわりと古いタイプの詩人を理想としていた。霊感が訪れるまでいつまでも待っているような⋯⋯。しかし時代は変わっていた。十九世紀流のロマン主義はもう流行らなかった。
ぼくもそのことは痛感していた。
「人間は機械なのよ」とミチコは言った。
「そうだね」とぼくは言った。
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「完全な自由を発見したよ」と八重山が言った。
アフリカの夏の初めだった。ぼくらは三の宮のはずれにある小さなジャズ喫茶にいた。彼はその夏ずっと、毎晩そこに出演していたのだ。
「ついにメロディの支配から抜け出したんだ」と彼は言った。「コードもスケールもヴォイシングも、何も気にせずに、完全に自由な音が出せるんだ」
「よかったね」とぼくは言った。
その店には有名なジャズの演奏家たちの写真が飾られていた。ビル・エヴァンスを除いて全員が黒人だった。写真も板壁もコーヒーの湯気と煙草の煙で焦げ茶色になっていた。
「毎日ここで六時間演奏してるんだ」と八重山が言った。「最初は三十分演奏して三十分休んでたんだけど、そのうち四十分演奏して二十分休むようになって、最近ではほとんど休まなくなったよ。休むと手が錆びついてくるような気がするんだ」
話している間も彼の指は腰のあたりで目まぐるしく動いていた。空想上の鍵盤を叩いていたのだ。頭の傷跡はすっかりピンク色に充血していた。それは血を一杯吸った蛭みたいに丸々と太っていた。毛が生えていた部分は段々領土を冒されて、今ではほとんど見えなくなっていた。だから彼の頭の傷は傷跡というより、恐ろしく膨張した脳みそみたいに見えた。
ぼくはベーシストとドラマーに紹介された。どっちもぼくらの倍くらいの背丈がある黒人だった。ベーシストはゲイリー・ピーコックと名乗った。
「聞いたことあるだろ?」とゲイリー・ピーコックは言った。
「ジャズのレコードは持ってないんだ」とぼくは言った。
「そうか」とゲイリー・ピーコックは残念そうに言った。
ゲイリー・ピーコックは英語しか喋れなかったし、ぼくもたどたどしい英語で話した。今から考えると、そのとき彼はゲイリー・ピーコックという名前を聞いたことがあるかと言ったのだが、ぼくはレコードを聴いたことがあるかと言ってるんじゃないかと思ったのだ。ぼくはそのときゲイリー・ピーコックの名前さえ知らなかった。知ったのはかなりたってから、彼がキース・ジャレットとスタンダード・ナンバーを演奏するようになった頃だ。ドラムのジャック・ディジョネットを加えて彼らは今、《世界最強のピアノ・トリオ》と呼ばれている。
八〇年代になって、ゲイリー・ピーコックが何者かわかったとき、ぼくはびっくりしてレコードを買いに行き、彼らが来日したときはコンサートに出掛けて花束を楽屋に届けた。しかしステージで見たゲイリー・ピーコックは何だかちょっと変だった。二十年前とすっかり顔が変わっていた。というより一九六八年のゲイリー・ピーコックは一九八八年のゲイリー・ピーコックとは別人じゃないかという気がした。
ゲイリー・ピーコックの経歴を見ると、確かに六〇年代の終わりから七〇年代の始めにかけて京都に住んでいる。禅を研究するためだ。当時はそういう外国人がたくさんいたのだ。しかし、彼が神戸の小さなジャズ喫茶に出演していたという記録はどこにもない。八重山のバックをつとめていたゲイリー・ピーコックはもしかしたら偽者で、冗談が好きな無名のジャズマンだったのかもしれない。なぜなら彼はときどきポール・チェンバースと名乗ることもあったからだ。エディ・ゴメスと名乗ったり、スコット・ラファロと名乗ることさえあった。彼にとっては名前を名乗ること自体が一種のジョークだった。
たぶん彼は一九六八年の夏、三の宮のジャズ喫茶で初めてぼくと会ったとき、ぼくを笑わせるためにゲイリー・ピーコックと名乗ったのだろう。ところがぼくが本物のゲイリー・ピーコックの顔どころか名前さえ知らなかったので、その冗談は宙に浮いてしまったのだ。ドラマーもやはり大柄の黒人だったが、彼はエルビン・ジョーンズと名乗っていた。
これもぼくは後から知ったのだが、エルビン・ジョーンズというのはジョン・コルトレーンとコンボを組んでいたドラム奏者の名前だ。
「ついにぼくはメロディからもコードからも自由になったんだ」と八重山はうれしそうに言った。「トニックやドミナントやサブドミナントからも、ロー・インターヴァル・リミットからもフレージングからも⋯⋯」
そして彼はゲイリー・ピーコックとエルビン・ジョーンズに合図して演奏を始めた。
その演奏はぼくを戸惑わせた。それは演奏というより雑音の寄せ集めみたいに聴こえたからだ。
ブーブー、ヒーヒー、ガンガン、ゴーゴー⋯⋯。
その雑音は三十分以上も続いた。
「それ何て曲?」とぼくは演奏が終わるのを待って彼にきいた。
「『ヒマラヤ』っていうんだ。すごいだろ?」と八重山は言った。
「すごいね」とぼくは言った。
「『祈り』って曲もあるんだけど、聴いてみるかい?」
「いいね」
実のところぼくはすぐにその店から逃げ出したい気分だったのだが、そんなことをしたら八重山がすごくがっかりすることは目に見えていたので、我慢してもう一曲聴くことにした。
ビービー、ゴツゴツ、ガーガー、ドードー⋯⋯。
八重山はピアノの鍵盤に肘打ちを食わしたり、平手で太鼓のように叩いたり、ときには膝で上に乗ったりした。彼の首筋から夕立みたいに汗が流れていた。露出した脳みそみたいな頭の傷は血が上って真っ赤になっていた。それは凸凹のある赤い風船に似ていた。演奏を聴いているうちに気分がおかしくなったぼくは、幻覚の中でその風船が破裂して血が飛び散るところを何度も見た。
「その曲はメロディがないんだろ?」とぼくは言った。
「そうだよ」と八重山が言った。
「じゃあ『ヒマラヤ』と『祈り』はどうやって区別するの?」
八重山はちょっと困った顔をした。
「正確に説明するのはすごく難しいんだけど」と彼は言った。「ぼくらは曲ごとにメロディじゃなくて最低限のイメージとか雰囲気みたいなものを決めてるんだ」
彼は変な巻物みたいなものを出してきた。広げるとザラザラの和紙に墨で絵が描かれていた。全体に波の模様があり、その上に波しぶきが上がったり、猿や兎や蛙が踊ったり、千鳥が飛んだりしていた。一口に言えばそれは『鳥獣戯画』を幼稚園児が模写したみたいな下手糞な絵だった。
「ぼくらの曲には楽譜はないけど、最初は演奏するときのために、便宜上こういう進行表を作ってるんだ。慣れてくると捨てちゃうんだけど」
「なるほど」とぼくは言った。
「これは『世界同時革命』っていう新曲なんだけど」と彼はその『鳥獣戯画』をひらひらさせながら言った。「聴いてみるかい?」
「もちろんさ」とぼくは言った。
ボコボコボコボコ、ビンビンビンビン、ガーガーガーガー、ズンズンズンズン⋯⋯。
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