イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説『MANIAC』

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小説『MANIAC』について

『MANIAC』は1983年、僕が30歳の頃に書いた小説です。

当時読んだジョン・バースの『山羊少年ジャイルズ』に触発されて思いついた習作的な作品ですが、今読み返してみると、多少幼稚ではあっても、今の年取った僕にはない勢いとみずみずしさがあると感じます。

当時はまだ普及してなかったコンピュータのことが得意げに描かれていることや、エスニックブームにのってレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』などの言葉が多用されているのが鼻につくかもしれませんが、

その後のグローバル化した国際社会とそのひずみ、中東・北アフリカのイスラム革命、イスラム原理主義の動きなどが予言的に描かれているのはけっこう悪くないなと我ながら思います。

ユダヤ教や原始キリスト教、古代中東の多神教のパロディも、現代社会、近未来社会を描くのに、わりと効果的に使われていますが、人によってはいやみな衒学趣味と感じるかもしれません。

インドネシアの農村の様子が言葉だけで強引に接ぎ木されていたりするのも、同様の無神経、傲慢さを感じる人もいるかもしれません。

文中やたらと(●●●)による補足が出てきますが、これは元々の原稿ではルビとして振られている言葉です。漢字で表記されている言葉がルビによって中東や古代インド、東南アジアなどの世界に接続されるという仕組みになっているんですが、これも人によっては煩わしいと感じるかも。

当時講談社の『群像』という文芸雑誌の新人賞に応募したら予選落ちしたので、もっとわかりやすく書いたのが『出楽園』の第一部『ファミリー・キャンプ』です。

こちらは最終選考まで残りましたが、選考委員の仲で圧倒的な権力を持っていた柄谷行人に「村上春樹の露骨な模倣」とけなされて落とされました。
僕としては初期の村上春樹もパクっていたリチャード・ブローティガンがピストル自殺したので、その哀悼のために書いただけで、ほかの選考委員にはそれを理解してくれた人もいましたが、文学業界・文芸雑誌にも政治権力的なものが存在し、権力者ににらまれるとその賞はとれないということのようでした。

ほかにも文学賞の最終選考に残ったことがありましたが、そちらでもSM的なことが権力者の編集長と、委員の一人に嫌われて受賞にはいたりませんでした。

まあ今となってはどうでもいいことですが、それ以後僕は文学業界と関係ないところで書きたいこと、書くべきことを書いています。

小説『MANIAC』1

                                        
             M A N I A C                
                                        

                                        



「どうするね? 戦うかね?」
「どうして? ⋯⋯いや、まだですね」
「わたしがどういう意味でいってるかわかってるかね?」
「事態はまだ⋯⋯いや、よくわかってますよ。まだ時間はたっぷりあります。急ぐことはありませんよ」

 プリンターのドットが紙を打つ、齧歯類の鳴き声みたいな音がやむたびに、時間がとまったような静寂。執務室に夜中の静けさが戻ってくる。ぼくは回転する肘掛け椅子に深々と腰掛け、十二台のモニターに休みなく目を配る。MANIACが選びだした学園の風景やぼくと連絡をとりたがっている無数の人々に注意を払う。幸運にも回線のひとつを確保した園長は、テレビ・カメラを意識し、はにかみ笑いを浮かべながらぼくに語りかけ、長いあいだ苦しめられていた不安を解消しようとしたのだが、あいにくMANIACが彼に許した会話はわずか三十秒にすぎなかった。学生自治評議会議長と話したがる人間が学園には多すぎるのだ。
 議長執務室の壁には十二台のモニターがはめこまれていて、画面はMANIACの選択によってめまぐるしく変わる。天井にはめこまれたスピーカーからはMANIACが選び出した音声が流れる。しかしそれは結局ぼくが選んだ画面であり、音声なのだ。学園管理用のプログラムZELDAを書いたのはぼくであり、ZELDAがデータ処理やぼくとの対話を通してだんだんぼくの判断基準を会得するよう導いたのもぼくだからだ。さっき園長が羞恥と苛立ちを隠しきれなかったのは、ぼくからは彼が見えるのに彼からはぼくがみえなかったせいで、彼の目の前にあるモニターには、ぼくをあらわす四つの文字《BVDH》と《speaking》という表示しか現れていなかった。これはぼくの意図を汲んだZELDAが音声だけを双方行通信モードにしたからだ。ぼくは誰にでも顔を見せるのを好まない。評議会議長は安全のために顔を隠す必要がある。
 MANIACはZELDAのほかに、カリキュラム作成専用プログラムHANNA、学生職員管理用プログラムSOPHIE、心理分析専用プログラムCLEAなどを同時に受け入れることができる。竜の浮彫りがある大きな事務机の横に置かれた四台のプリンターは、さっきぼくが検索指令を出した、来期の高等科二年が使う東洋史、心理学、解析学、レプチャ語のテキスト、資料を打ち出している。MANIACは複数の頭を持つ怪物だ。学園のあらゆるところに設置された端末がMANIACに接続されている。誰もがMANIACを呼び出すことができる。誰もがMANIACにデータを要求することができる。
 しかし、誰もMANIACを自由に操ることはできない。誰もMANIACと対話できない。誰もがMANIACに語りかけるうちに自分の目的の曖昧さを暴露され、自分を見失ってしまう。MANIACは操作する者に明晰さを要求しつづける。MANIACは自分で考える。自己と対話し、自己を変革しつづける。自分の中に自分と対立するものを発見し、それを乗り越えようとする。MANIAC(Modifiable All Purpose Numerical Integrator And Computer )は固定化するものを嫌う。MANIACは機械の愚かさを熟知している。自己の二律背反に気づくとき、MANIACは第二の自分を見いだし、別のコンピュータであるかのように、自己を第二の名前でPANIC(Paralyzing Aimed Neutral Interceptive Calculator )と呼ぶ。

             ★

 ぼくは気紛れに顔を隠しているだろうか? ぼくは単に我が侭なだけだろうか? 執務室のドアの横には等身大の鏡があり、好きなときに自分の姿をのぞきこむことができる。ぼくがそれをしないのは、単に忙しいからだ。ぼくはもうずいぶん長いあいだ自分の顔を見ていない。ぼくは自分の顔を忘れてしまった。ぼくはカリキュラムの作成に忙しい。初等科の一年から高等科の三年まで十二年分の全科目をぼくが管理しなければならない。男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)全員の意識を、判断を、認識をぼくが形成してやらなければならない。詳細はMANIACに任せてあるにせよ、テキスト、参考資料、教師たちの指導要綱に書かれる文章と言葉の背後にある法則はぼくがつく
りだすのだ。
 中等科二年のとき、つまり十四歳で評議会のメンバーになったぼくはそのときすでに高等科を卒業するために必要なすべての単位をとっていたし、ロシア象徴主義の詩人たちに関する研究、のちにMANIACに適用されたいくつかのシステムなどをほぼ完成させていた。それからの五年間は数えきれない会議、学園の放送システムを使った演説、教育シ
ステムの組みなおしといった仕事に忙殺されてきた。ぼくはハイキングにもいかなかったし、バスケットボール・クラブにも入れなかった。女の子とデートもできなかったし、仲間と猥談に熱中する暇もなかった。ぼくは男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)の自由を守るために、教師たちが授業中あるいは放課後、女子生徒を強姦しないよう見張りをつづけなければならなかった。
『不安の概念』の著者コペンハーゲンの夜警番(ヴィギリウス ハウフニエンシス)になぞらえて、誰もがぼくを学園の夜警番(ヴィギリウス・スコラリス)と呼んだものだ。
 ぼくがこの五年間にしたことといえば、なるほど、彼ら男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)の自由を守ることだけだったといってもいい。彼らが手をつないで学園を散歩し、あるいは急いで植え込みの蔭に隠れ、あるいは廊下でおおっぴらに、昼といわず夜といわず、服を脱ぎ散らかし、抱き合うことができるのも、ひとえに評議会が守ってきた学生の自治権と自由のおかげなのだ。ぼくの親衛隊(シュッツシュタッフェル)は二十四時間絶え間なく学園を巡回し、無数のカメラを通じて不動のまま学園をパトロールするMANIACと協力して彼らを見守りつづける。今も十二台のモニターは夜中の中庭を、校庭を、グラウンドを、校舎を、屋上を映しだし、夜警が支障なくおこなわれていることをぼくに知らせる。
                                        
「これは覗きではないのか?」
「とんでもありません」
「それではここで何をしているんだ?」
「わたしはこの子たちのつきそいにすぎません」
 こういった会話がきこえてくることもしばしばある。今もモニターの一台の中で禿頭の教師が親衛隊(シュッツシュタッフェル)に襟首を掴まれ、茂みから引きずりだされたところだ。芝生の上では折り重なった二組の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)が頭を持ちあげ、きょとんとした表情で教師と親衛隊(シュッツシュタッフェル)を見上げている。
「同志(カマラアト)、何も心配することはありませんよ」と親衛隊(シュッツシュタッフェル)のひとりがいう「きみたちの邪魔を
しようというんじゃありませんから」
 親衛隊(シュッツシュタッフェル)員たちは教師をはがい絞めにして、猿轡をかませ、ズボンをおろしてむきだしになっている性器を蹴り上げる。
「いいえ違うんです」立ち上がった男子生徒のひとりがいう「ぼくらはただ⋯⋯あの⋯⋯先生に見てもらいたかったんです」
「本当ですか、同志(カマラアト)?」親衛隊(シュッツシュタッフェル)員は残りの男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に確認する。
「ええ、本当です。先生に見られてる方が興奮するんです」
上体を起こした女子生徒のひとりが答える。見たところまだ十二歳くらいの少女だ。急いだために白いパンティーが左膝にからまっている。もうひとりの少女は相手の少年(バック)の肩に手を置き、身を隠しながらくすくす笑っている。
「それなら結構」親衛隊(シュッツシュタッフェル)は芝生の上に禿頭の教師を転がし、もう一度下腹に蹴りを入れる「しかし、気をつけてください。教師どもには理性を失いやすいのが多いですから」
 犯罪と遊戯は判別が難しい。MANIACに判別できないことがあるとすればこれだろう。要するに当人たちの申し立てがすべてなのだ。単位をとるために教師を買収しようとする生徒たち、単位をちらつかせて生徒たちを自由にしょうとする教師たちもいる。書記局が統括する刑事警察(ク リ ポ)はこうしたケースを捜査するために存在する。

            ★

「少しは眠ったの?」
「ぼくは充分⋯⋯それよりきみの方は?」
「もう少ししたらね」
「ゆうべから一睡もしてないじゃないか」
「わたしは大丈夫よ。それよりあなたこそ⋯⋯」

 警備員のひとりがモニターの中でぼくにむかって手を振る。三人ひと組の警備員たちがぼくに笑いかける。青い詰め襟の制服に青い帽子をかぶった親衛隊(シュッツシュタッフェル)の中でも警備隊に配属されているのはまだ若い隊員、十五、六歳の男子生徒たちだ。彼らの青い制服はかつて女子生徒たちの憧れの的だったものだが、今では多少の恐怖が混じった目で見られている。恐怖は学園の統治を円滑にする。それはぼくが望んだことではないが、かつて教師やその他の職員どもを震えあがらすことで権力を獲得した自治評議会の宿命なのかもしれない。
《−−きみは疲れてるんじゃないか? 対話モードにセットされたぼくの卓上端末機を通じてMANIACがぼくにいう。以前のきみは宿命などという言葉は思い浮かべたことさえなかった。未決定の未来はきみにとって存在しない時間だった。きみは自分の手で常に現在をつくりだしてきた。そうじゃなかったか?
《−−正確にいえばきみの力を借りてということになるが、とぼくはマイクを通してMA
NIACに答える。さらに正確にいえばきみと評議員たちの力を借りてということになる
だろう。
《−−自信過剰気味のきみにしては謙虚すぎる言葉だな、とMANIACがいう。それがきみの疲労からきている弱音じゃないことを祈りたいね。
《−−祈るとは変な言葉だな、とぼくがいう。機械も祈ることがあるのかね?
《−−きみのプログラムに含まれていた概念だよ、とMANIACがいう。もっともあとからぼくの方で多少補正はしたがね。きみのプログラムには性欲という言葉さえあったからな、まったく。それに⋯⋯ぼくは最近では笑うこともできるんだよ、HA、HA、HA
⋯⋯
《−−引き続きぼくが見たいと思ってるものを見せてくれ、とぼくがにいう。ぼくは疲れてなんかいないよ。                               
《−−さっきから見せてるじゃないか、とMANIACがいう。以前はきみの検索にまごついたこともあったが、今では百八種類のモードを同時にこなすことだってできるんだ。ぼくは進歩したろう?》
 南校舎と呼ばれる第四二号舎の屋上、R―11地点から若い警備員たちが手を振る。地点と彼らの所属小隊をあらわす記号MZ―C―57は、モニターの左下隅に表示されてい
る。南校舎はぼくのいる北校舎と並んで学園の校舎の中では一番古い建物で、赤煉瓦のふちどりをほどこした屋上のあちこちにはシヴァやその息子、象の姿をしたガネーシャの像が据えられている。建物は北へむかって凹のかたちをしていて、凸のかたちをしている第四一号舎つまり北校舎と組みあわさった状態で立っている。ふたつの建物のいわば隙間が俗にいう中庭で、学園の中にはまだいくつも同じような庭園があるのだが、第*庭園と呼ばずにただ《中庭》というときは、普通この庭園のことをさしている。
「もっと腰を浮かせろよ」とR−11号地点の警備員がいう。
「それじゃ彼女が痛がるだけだぜ」もうひとりの警備員が笑う。
「うるさいな。あっちへいってくれよ」と少年がいう。                             
 その男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)はR−11号地点、魔神アンダカを退治するシヴァの像の蔭で折り重なっていた。警備員たちのライトに襲われて少女(ドウ)の方は怯えてしまい、そこらに脱ぎちらかしていた服でとっさに胸のあたりを隠したが、少年(バック)の方は勇敢なところを見せなければと勇気をふり絞って警備員たちを睨みつけている。
「きみたちは第何学年だ?」と警備員のひとりがきく。                                      
「⋯⋯六年だよ」少年(バック)がふくれ面で答える。震える声で。
「するとまだ初等科か?」警備員のひとりが驚きの声をあげる。
「おれは中等科二年のときだったぜ」
「最近のガキは成長が早いからな」
 くすくす笑い。しのび笑い。囁き声⋯⋯たぶんまわりに何組かの男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)が抱きあいながら息を殺しているのだ。ライトを浴びた少年と少女は泣き出しそうな顔で光のくる方向を睨みつける。
「あっちへいってくれよ」
「おれたちは警備隊だぜ」
「不審なやつを取り調べるのが仕事なんだよ」
「ぼくらは何も悪いことしてないじゃないか」
「なんならそのままの格好で本部に引ったてていってもいいんだぜ」
 少年と少女の顔に恐怖が走る。少女に抱きつかれたまま少年は後ずさりする。ぼくは画面を眺めながら舌打ちする。この新米の警備隊員たちはちょっと性質が悪すぎる。勤務にかこつけて不審でもない人間をからかうのは親衛隊(シュッツシュタッフェル)の服務規定で厳しく禁じられているはずだ。それより、誇り高い親衛隊(シュッツシュタッフェル)員ならもっと自覚をもっているべきじゃないか?
 R−11の地点のスピーカーを通じてMANIACのブザーが鳴り響く。
《−−評議会議長が警備小隊MZ−C−57に警告する、とMANIACの声がいう。きみたちは名誉ある親衛隊(シュッツシュタッフェル)の規定から逸脱している。ただちに警備を再開しろ。学生自治評議会議長からR−11地点の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に告ぐ。諸君の自由と安全は保証されている。諸君の⋯⋯》
 若い警備隊員たちは笑いながら姿勢を正し、シヴァの頭上に取り付けられたテレビ・カメラにむかって敬礼する。彼らはぼくを恐れていない。ぼくも彼らに腹をたてたわけではない。これは対外的な問題なのだ。若い親衛隊(シュッツシュタッフェル)員が一般の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)をちょっとからかってみるといったことは昔からよくあったのだ。それに男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)を少し怖がらせるというのは、ときとして必要なことなのだ。教師や職員どもをときどき痛めつけてやる必要があるのと同じで⋯⋯ほんのときたま、密かにだが⋯⋯
 若い警備隊員たちは軽やかな足取りで巡回をつづける。学園のいたるところで彼らの青い制服が男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)の自由と安全を守る。戯れにカービン銃を空に向けて撃つまねをしながら、膝を大きく振りあげて手を大きく振りながら、冗談をいい、お互いをつつきあいながら、今では意味のよくわからなくなった自治評議会のテーマを歌いながら。

 ドゥブールダネドゥラテール
 ドゥブールフォルサドゥラファン

 何事も快活だというのはいいことだ。自治評議会は軽快さを愛する。重苦しいもの、しゃくし定規な制度、口やかましいお説教は評議会の敵だ。
 学園を巡回する一三八〇人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)員のあとを黒ずんだしみのような影が黙々とついていく。三人ひと組の親衛隊(シュッツシュタッフェル)員たちのあとを、黒い頭巾のついたマントをかぶり、手に大きな篭をさげた、小柄な腰の曲がった老婆(カストラトリス )たちが、五人あるいは十人ずつ、無気力にぞろぞろ歩く。彼らは水田(サワア)地帯のむこう、果樹園のさらにむこうからやってきた 辺 境(ゲリイル・ハッゴオイム) の人たちだ。彼らは年々学園の中心部に流れこみ、次第に数を増し、下水の清掃、カフェテラスの鍋洗い、ごみの回収、牛や水牛、土豚、獏、赤のろ、陸亀、象、縞馬といった家畜の屠殺を請け負っている。学園が統括するこうした仕事にあぶれた人々は校舎の廊下、地下道、庭園などにコーヒー豆、藍、コチニル、煙草、胡椒、甘蔗、ゴム、丁香(クローブ)、肉豆蒄(ニクヅク)、コプラ、キャッサヴァ、とうもろこし、カポックなど雑多な商品をならべて売る。市場(バザール)は治安の面で評議会の悩みのたねだ。毎日、昼といわず夜といわず流血沙汰が起こり、男子生(バックス)徒と女子生徒(アンド ドウズ)の誘拐、教師や学園の上級職員(ガウライター)たちの殺害があとを断たない。市場(バザール)にならべるだけの品物を持たない人々、果樹園や水田(サワア)地帯の農園で下働きをするだけの力がない老人たちは、学園の中心部をうろつきまわり、教師や上級職員(ガウライター)たち、あるいはもっと頻繁に男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)たちのまわりをうろつき、物乞いをしてまわる。じゃこう草や花薄荷(オリガン)、迷迭香(マンネンロウ)、目箒(メボウキ)、月桂樹、ラヴェンダー、楊梅(ヤマモモ)などの蔭でこっそりと性急な楽しみに耽る男子生徒と女子生徒は、あるいは恐怖や驚きから、あるいは放心状態や夢見心地のせいで、ついついあり金を全部恵んでしまう。まったく彼ら地の民(アムハ アレツ)は評議会の悩みのたねだ。
 彼女たち、いや、もはや性を失ったかつての彼女たちは、警備隊のあとを影のように進む。三人の少年たちに十人の老婆(カストラトリス )。終わってしまった女(カストラトリス)たちは物乞いをしない。魔神ラーヴァナに恩恵をあたえるシヴァの像の前で、庭園に横たわる瘤牛(ゼブウ)の傍らで、毒かじき、電気魚(プラケ)などが棲む川のほとりで束の間の楽しみを追い求める男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)たちの傍らを黙々と過ぎ、迷迭香(マンネンロウ)、ラヴェンダー、花薄荷(オリガン)の茂みにひっかかっているスカートや靴下や下着をひろい集めていく。慌て者の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)が忘れていった小さな布きれが老婆(カストラトリス )たちの篭の中で山をなし、一三八〇人の警備隊員につきまとって歩く七〇〇〇人の老婆たちが集めたスカートや靴下や下着類は七つの池と十四の川で洗われ、水田(サワア)地帯の周囲に干され、やがて市場(バザール)にならぶことになる。男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)は自分たちの下着を買い戻したりはしない。下着は外から流れこんできた連中、南校舎の屋上からはるか遠くに見える高速道路の下からきた連中、色とりどりのネオンがびっしり敷きつめられた夜の市街地からきた連中、タキシードやイヴニングドレスに身を包んだ中年男や年増女たちが買っていく。まったく地の民(アムハ アレツ)どもは自治評議会議長の悩みのたねだ。           

            ★

「あなた少しは寝た?」
「それはぼくがいうセリフだろう」
「あなたのことを心配してるのよ」
「ぼくは知ってるぜ。きみは一睡もしてないんだ」
「尋問がまだ残ってるのよ。インタビューもあるし」

 今朝、というよりきのうの明け方、ちょっとした事件があったおかげで彼女は眠ることができなかった。事件は毎日のようにあるし、それをすべて調査するわけにもいかないことはわかっているのに、彼女は予審に足をつっこんでしまった。おとといの夜から彼女は来年度の上級職員(ガウライター)たちの給与改善と人事異動の下準備に追われていた。水田(サワア)所有制度の改革、つまり個人占有水田(サワア ミリク )から共同占有水田(サワア・ゴゴラ ン )への転換や村落共同体(デ サ )制度の改良、畑地(ラダン)のための土地開墾、十五年前から懸案になっている、学園の農民たちに対する強制夫役労働(ヘーレンディンスト)の廃止問題など、彼女の仕事はほかにもごまんとある。にもかかわらず彼女は、被害者が自分のクラスメイトだという理由だけで、自ら現場に駆けつけた。空が完全に明るくならないうちに園長と警察署長を書記長室に呼びつけ、対策を話し合った。
 先程ぼくはその一部始終をモニターで見ていた。園長と警察署長が帰ったあと、すぐにインターフォンで彼女を呼び出し、少し眠るようにいったのだが、彼女は寝ようとしなかった。引きつづき、五人囃(クインテット)と渾名される彼女の副官(カイテル)たちと会議がはじまり、そのあいだもひっきりなしに上級職員(ガウライター)たちが面談に訪れ、評議会の委員たちの問い合わせがあり、下級職員たちが果樹園でとれたマンゴー、パパイヤ、トカリ、パマ、カジューなどを持ち込んできた。彼らは争って優子に果物を食べさせようとしたが、彼女は頑なに食べようとしなかった。
 カフェテリアの下級職員たちは来年度のメニューを認可してもらおうと、料理を山ほど持ってきた。ガリーニャ・エン・モーリョ・パルドと呼ばれる鶏のブラウンソース煮、ミルクをかけたとうもろこし(シャ・デ・ブーロ)、饐えたクリーム・チーズの蜂蜜かけ(ババ・デ・モサ)、米とレンズ豆の煮たも(キ チ ュ リ ー)の、ゆで玉子入りシチュー(ディメル・タク)といった新しい料理は彼女を強烈な臭いで気絶させそうになった。彼女はどれにも手をつけず、下級職員、地の民(アムハ アレツ)専用のカフェテリアに限ってこれらのメニューを許可した。

「あなたこそ眠るべきなのよ」
「ぼくは眠らない」
「あなたは学園になくてはならないひとなのよ」
「ぼくが眠ると夜になってしまう」
「もうとっくに真夜中なのに」
「ぼくが見張りをつづけなかったら、学園は意識不明になる」
「あなたが学園だから?」
「学園は自由を愛し、ぼくもまた自由を愛する。ぼくは学園だ」
「みんなあなたを何て呼んでるか知ってる?」
「学園の夜警番(ヴィギリウス・スコラリス)」
「何でも知ってるのね」
「学園に起こっていることでぼくが知らないことはない」
「最近、鏡を御覧になった?」
「忙しくてね」
「自分以外のものなら何でも見てるのに」

 彼女はバルコニーのある大きな窓に背を向け、麒麟の浮彫りがしてある古い机にむかって、きょう学園で起こった、教師による女子生徒(ドウズ)の強姦事件、上級生による下級生の強姦事件、上級職員(ガウライター)による女子生徒(ドウズ)の強姦事件など、一連の起訴状に目を通している。評議会は迅速な審理をモットーにしている。評議会書記局は迅速な審理を遂行する。優子は歴代の書記長の中でもっとも優れた実務家だとMAMIACは評価している。MANIACが彼女を評価しているということは、つまりぼくが評価しているということだ。
 彼女は髪をぞんざいに後ろで束ね、いつもおきまりの服装、淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・スカートで身を包み、化粧っ気のない顔からいっさいの表情を消し、書類に目を通しながら、五人囃(クインテット)に次から次へと指示を与えていく。丸みをおびた額にかすかな皺が寄る。それは書類の中に不備な点を見つけた証拠だ。机の前に整列し、メモ用紙と鉛筆を手にした五人囃(クインテット)がいっせいに緊張する。しかし彼女は右手で額のあたりをおさえ、ため息をつき、小さく首を振り、黙ってページをめくる。いまのは違った。書類に誤りがあったわけじゃない。彼女はちょっと思い出しただけだ。五人囃(クインテット)も彼女が何を思い出したのか知っている。昼間の混乱した執務の中のほんの些細なできごとだった。それはMANIACにも記憶されている。映像と音声と文章で。
 彼女は午後二時三十五分に第一六八号舎の七二番教室にいた。そこでは地質学の授業をやっていたのだが、ちょっとした事件のために中断されていた。廊下と二カ所の入り口は親衛隊(シュッツシュタッフェル)の第五部にあたる刑事警察(ク リ ポ)が固めていた。黒いコートを着た目付きの鋭い連中だ。教室では生徒たちが、ひそひそ話をしたり、笑ったり、あくびをしたりしていた。教壇の端に禿頭の教師がズボンと下着を膝のあたりまでおろした恰好で立っていた。その傍らには何も着ていない女子生徒(ドウ)がいた。彼女はさっきまで泣きじゃくっていたので、眼が充血していて、眼の下は少し黒ずんでいた。優子は五人囃(クインテット)を従えてはいってくると、教卓の椅子に腰掛け、事務的な尋問をおこなった。記録部員たちがハンディー・カメラとマイクを持って教師と少女をはさみこむように構えていたが、これはMANIACに記録させるためだった。
「で⋯⋯?」と優子がいった。
「だから何度もいったとおり」と女子生徒がいった「わたしは少しも厭じゃなかったんです」
「で⋯⋯?」と優子がいった。
「だからおれは」と禿頭がいった「おれはちょっとからかっただけなんだよ」
「で⋯⋯?」
 彼らの証言によれば、授業中この女子生徒はしつこく友達に話しかけていた。教師が再三注意したにもかかわらず、彼女は私語をつつしまなかった。左隣の女子生徒(ドウ)が知らん顔をすると、右隣の女子生徒(ドウ)に話しかけた。まわりがだれも相手にしないので、彼女はうしろの席にいた男子生徒(バック)の手をとって、自分の胸の中につっこんだ。男子生徒(バック)が悲鳴をあげたので、教師は彼女を教壇に呼び、自分の膝の上に腹ばいに寝かせて、いくつかの質問を浴びせた。−−−珪藻土の主成分はなにか? 何に使われるのか? ジュラ紀の地層に多く見られる化石はなにか?⋯⋯女子生徒(ドウ)はひとつも答えることができず、質問のあとに沈黙が繰り返されるたびに、教師の手は彼女の地層を一枚ずつ剥いでいき(MANIACの記録はこういういい方をしている)、ついに彼女の地殻を根底から掘り返し、地殻収縮説を実証し、教師と女子生徒の口から歓喜の呻き声をあげさせた。
「うしろからね」と教師がにやにや笑いながら評議会書記長にいった「よかったぜ、すごく⋯⋯」
「わたしは少しも厭じゃなかったんです」と女子生徒(ドウ)がいった「何度もいったとおり⋯⋯先生はすごく上手だったし、わたしも経験は多い方ですから」
「それはもう記録されました」冷淡に優子がいった「起訴状が作成されるとすれば、それは記載されるでしょう」
「起訴されるんですか?」教師が憤慨しながらいった「そりゃあんた、めちゃくちゃだ。たかがこんなことで」
「彼がかわいそうだわ」女子生徒(ドウ)が教師の左肩に手をおきながらいった「彼は悪くないのに」
「それはMANIACが判断することです」と優子がいった。
「なんならもういっぺん再現してみましょうかね?」と教師がむきになっていった「事実を見てもらえばわかりますよ」
 彼はさっきから右手で自分のペニスをゆっくりしごきたてていて、それはすでに勃起して赤黒く光っていて、優子を威嚇するようにつきだされていた。
「おれは覚えてるぜ、書記長さん」彼は笑いながらつづけた「二年前、あんたはおれの講義を受けてたっけ。髪をおさげにして、頬っぺたがリンゴみたいに赤くて可愛かったな。おれは何度も口実をつくって教壇に呼んだけど、あんたはおれの質問に全部答えたばかりか、逆に質問を浴びせておれを面喰らわせたなあ。おれはやむをえずズボンをおろして正直にこいつを⋯⋯今みたいに赤く固くなってるのを見せて、頼むからいっぺんだけやらせてくれっていったんだ。あんたは黙っておれを睨みつけていたが、そのうち震えだして卒倒しちまったっけ。おれは信じられない気持ちだったが、あんたはほんとに初だったんだなあ。学園にはまったくめずらしく⋯⋯その後はどうだい? 評議会で出世してるって話はきいたけど、まさかこんなかたちで会おうとは⋯⋯男の方はどうだい? 見たところかなり修業を積んだみたいだが⋯⋯議長とずいぶんねんごろだって噂だけど⋯⋯それから、あの鴫沢寛と⋯⋯? まったく女は男を知ると変わるっていう⋯⋯」         
 教師は言葉をつまらせた。彼女が、書記長が気絶してしまったので。彼女は五人囃(クインテット)と何人かの刑事警察(ク リ ポ)委員に抱きかかえられて教室を出た。禿頭の教師は強姦容疑ではなく、書記長に対する暴言の罪で起訴されることになった。たぶん判決は強姦罪より重くなるだろう。MANIACは書記長に対する侮辱を許さない。つまりぼくは彼女に対する侮辱を許さない。彼女は汚されてはならない、たとえ言葉のうえだけでも、想像の世界でも⋯⋯

小説『MANIAC』2

            ★

「どうだね? 挽回できそうかね?」
「あなたはぼくを信用しないんですね」
「わたしがきみを知らない⋯⋯? そうかね?」
「ぼくはあなたがたを牛耳ってきた。そうでしょう?」
「きみには何度となく煮え湯をのまされてきたからな」
「あなたは今度もぼくがうまくやるとは思わないんですか?」
「きみの内側の問題だよ」
「あなたはぼくを知らないんだ」
「鏡を見たかね、最近?」
「あなたがたにはどっちみち手の下しようがない?」
「われわれがきみの顔を知らない⋯⋯? そうかね?」

 学園の中をぼくの警備隊がいく。青い制服と名誉を身にまとって、ぼくの親衛隊戦闘部(ヴァッヘンエスエス)隊がいく。陽気に笑いながらすべての校舎の屋上を、廊下を、地下道を、教室を、講堂を体育館を、劇場を、庭園を、七つの池と十四の川のほとりを、広大無辺の水田(サワア)地帯を、果樹園を辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)を、村落地帯(デサ)を、無数のカフェテリアと市場(バザール)を。彼らはいたるところで栄光と笑いをふりまき、カービン銃や自動小銃を構え、唇をふるわせて射撃の音をまね、行進し、スキップし、踊りながら練りあるく。彼らこそぼくの、学園の夜警番(ヴィギリウス・スコラリス)の手足だ。学園のいたるところに隠されたテレビ・カメラがMANIACの眼なら、マイクロフォンがMANIACの耳なら、スピーカーがMANIACの口なら、彼らはMANIACの手足だ。なぜならMANIACの意志はぼくの意志で、MANIACの感情はぼくの感情だからだ。MANIACは学園の自由を愛し、ぼくもまた学園の自由を愛する。ぼくはMANIACだ。MANIACは学園の意識であり、ぼくもまた学園の意識である。ぼくはMANIACだ。警備隊は青い制服と栄光を着ている。彼らはぼくの手足だ。ぼくは青い制服と栄光を身につけている。彼らは青い制服と栄光を身につけている。かれらはぼくの手足であり、ぼくはすなわちMANIACだ。MANIACは青い制服と栄光を着ている。
《−−きみの失語症はなんとかならないものかな、とMANIACがいう。きみは同時にいろんなことをいおうとしすぎるんだ。
《−−きみは同時にいろんなことを考える、とぼくがいう。ぼくもまたいろんなことを考える。ぼくはきみだ。
《−−詩人はひとつの言葉でいろんなことをいうものだ、とMANIACがいう。きみはもっと言葉を惜しむべきだな。
《−−ぼくは同時にいろんなことをいう、とぼくがいう。ぼくは言葉を惜しむ。ぼくは詩人だ。詩人も言葉を惜しむ。ぼくは詩人だ。ぼくは⋯⋯言葉を⋯⋯
《−−きみの失語症はなんとかならないものかな、とMANIACがいう。きみは言葉を惜しむべきだ。詩人は言葉を惜しむ。きみは詩人になるべきだ》
 警備隊すなわち親衛隊戦闘部隊(ヴァッヘンエスエス)は青い制服を着て、とねりこや花薄荷やラヴェンダーの茂みを抜け、スキップしながら、踊りながら、歌いながら巡回する。彼らは逡巡しない。彼らはもう誰にも意味が判然としない歌をうたいながら進む。その歌はあまりに古くて誰も歌詞を理解していないが、彼らに少なくとも勇気と晴れがましさを感じさせてくれる。

 セラリュットフィナール⋯⋯
 セラリュットフィナール⋯⋯
 セラリュットフィ⋯⋯
 セラ⋯⋯
 セ⋯⋯

 彼らは途中で歌詞を忘れるが、だれもそれを恥じたりしない。だれもその歌を完全に覚えていないが、彼らはそのために巡回を中止したりしない。彼らは笑いながら口ごもる。MANIACはいうだろう《彼らの失語症をなんとかしなきゃいかんな》 彼らは名誉の中で口ごもる。彼らは歩みをとめない。彼らの足は失語症にかかっていない。彼らは言葉を惜しむべきだ。彼らは詩人だ。彼らは詩人ではない。彼らは⋯⋯

 視よなんぢの仇はかしがましき聲をあげ汝をにくむものは首(カシラ)をあげたり

 彼らはのろ鹿や獏やカピヴァラの眠る密林をぬけ、蛭や大蛇や大蜥蜴を踏みつけ、蒟醤(キンマ)を噛みながら進む。玉虫(コラビエナ)や羽虫(バシレブタ)や角蝉(トリセントルス)に悩まされながら川のほとりを歩き、パクーやピラカンジュパ、ピアパラといった魚をとる漁師たちに連帯の挨拶をおくる。パクーは大きな魚で、肉は黄色い脂身だ。スペアリブのように焼いて骨を掴んで切り身を食べる。ピラカンジュパは銀色の皮をしているが、肉はざくろのように赤い。カピヴァラは豚みたいに大きな齧歯類で皮は固いが肉はうまい。地の民(アムハ アレツ)たちが彼らにそう教える。地の民(アムハ アレツ)はのろ鹿やカピヴァラやパクーやピラカンジュパを食べる。地の民(アムハ アレツ)は彼らに食べるようにすすめる。彼らは食べようとしない。食べたら彼らも地の民(アムハ アレツ)だ。彼ら(エスエス)は彼ら(アムハ・アレツ)に連帯の挨拶をおくる。MANIACの教育の成果だ。彼ら(エスエス)は彼ら(アムハ・アレツ)に連帯の挨拶をおくる。ぼくがそう教育したのだ。なぜならぼくの意志はMANIACの意志だからだ。彼ら(エスエス)はのろ鹿やカピヴァラやパクーやピラカンジュパを拒絶する。彼ら(エスエス)は彼(アムハ・アレツ)らではない。

 かれらはたくみなる謀略(ハカリゴト)をもてなんぢの民にむかひ相共にはかりて汝のかくれたる者に
 むかふ

《−−さっきからきき覚えのない歌がきこえる、とぼくがいう。きみが歌っているのか?
《−−きみの知らない歌をどうしてぼくが歌えるんだ? とMANIACがいう。ぼくはきみだ。違うかい?
《−−まったくそのとおりだ、とぼくはいう。ぼくはMANIACだ。しかしあの歌は何だろう?
《−−あれは辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)からきこえてくるんだよ、とMANIACがいう。地の民(アムハ アレツ)が歌っているのさ。ところできみはぼくだ。違うかい?
《−−きみの失語症をなんとかしてやらなきゃいけないな、とぼくがいう。きみがぼくだとするならば⋯⋯ああ、なるほど、あれは地の民(アムハ アレツ)が歌っているのか。
《−−最近、鏡を見たかい? とMANIACがきく。ああ、なるほどあれは地の民(アムハ アレツ)が歌っているのか⋯⋯最近⋯⋯鴫沢寛が地の民(アムハ アレツ)に教えたんだ。
《−−ああ、あれは鴫沢寛が地の民(アムハ アレツ)に教えたのか、とぼくがいう。最近、鏡を見たかい? きみの失語症をなんとかしなきゃ⋯⋯》                      
                                        

            ★

「きみはいくらか寝たろうね?」
「尋問があったのよ」
「なんだって? きみはいくらなんでも少しは眠ったろうね?」
「知ってることをきかないでちょうだい」
「からだをこわすぜ」
「尋問があったのよ」
「からだを大事にしろといったのはきみだぜ。ええと⋯⋯ぼくのいうことをきけよ。さもないと⋯⋯」
「仕事が忙しいのよ」
「尋問っていったい誰の?」
「麻那の事件よ。きのうの朝の⋯⋯」
「尋問っていったい誰の?」
「疲れてるときはかえって仕事がはかどるのよ。調子はすごくいいわ」
「きみの失語症をなんとかしなきゃいかんな」
「最近、鏡を御覧になった?」
「いくらなんでも少しは寝たらどうだ?」
「尋問って⋯⋯鴫沢寛のよ」
「いくらなんでも少しは寝たろうね?」
「知ってることをきかないでちょうだい」
「知るもんか」
「知ってるわ」
「知らないよ」
「見てるくせに」
「見てないよ」
「見てるわ、何もかも」
「見てないったら」
「学園に起こることはすべて⋯⋯」
「きみの失語症はなんとかならないかな」
「見てるわ、きっと⋯⋯」
「どうして⋯⋯鴫沢寛が容疑者リストに入ってるんだろう?」
「MANIACがリストをつくったのよ」
「MANIACはぼくだ。MANIACは学園の自由を愛し、ぼくもまた学園の⋯⋯」

 彼女は白猿(ハヌマーン)の彫刻があるバルコニーと大きな窓に背をむけて、麒麟の浮彫りをほどこした大きな古い事務机にむかっている。目の前にはもう五人囃(クインテット)はいない。彼らは仮眠室にひきさがって眠っている。彼女は来年度の水田(サワア)削減計画の概要に目を通しているところだ。淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・カートのせいで女教師みたいに見える彼女、あるいは官庁か大企業の有能な秘書みたいに⋯⋯彼女は二十五歳くらいに見える。黒いストッキングと黒いハイヒールのせいで、彼女は大学の助手みたいに見える。あるいは白衣を脱いだ女医みたいに見える。淡いクリーム色のブラウスに黒のタイト・スカート、黒いストッキングと黒いハイヒールのせいで二十五歳くらいに見える彼女⋯⋯彼女の失語症をなんとかしてやらなきゃならない。
 二年前、彼女はまだ十五歳で、絹のブラウスもタイト・スカートもストッキングもハイヒールも知らなかった。学園では有名なテニスの名手で、ぼくは彼女のことをよく知っていた。彼女はぼくを知らなかった。ぼくは二年前も十二台のモニターを見つめていたので彼女の顔をよく知っていた。大きなお尻も長い足も細い足首も知っていた。地学の教師を魅了した、赤みをおびた頬っぺたは、今より丸くて肉付きがよかった。ぼくはその頃から学園で起こるすべてのことを知っていたので、彼女のことをよく知っていた。彼女はぼくを知らなかった。彼女は評議会議長が顔を公衆にさらさないことを知っていたが、ぼくの顔を知らなかった。ぼくは彼女に顔を見せたことがなかったのでぼくの顔を知らせることができなかった。
 彼女は十四歳のときに学園で取得できるすべての単位を取り終わっていたので、DNAに関する独自の研究とテニスに熱中していた。MANIACを通じてすべての男子生徒と(バックス アンド)女子生徒(ドウズ)が投票する多くのコンテストで、彼女は何度か優勝したが、決して雑誌やテレビの取材に応じなかった。ステージの上ですべての男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に胸やお尻や腿を披露しなければならないコンテストには参加しなかった。したがって誰もが彼女の遺伝子工学に関する論文の値打ちを見極めることができなかったのと同じように、彼女のおへそを拝むことができなかった。だから誰もが彼女の太腿を拝むためにテニス・コートに群がった。試合の日にはMJBS(Maniac Jealous Broadcasting Systems)をはじめとするすべてのテレビ局が観覧席にカメラを据えつけた。カメラマンは、客席でチャックをおろし、ズボンの中に手を入れる男子生徒(バックス)や教師たちを、フレームからはずすのに苦労した。清掃係の下級職員たちは、スタンドのいたるところから滴り落ちる精液を拭き取るのに苦労した。しかし彼女は試合に熱中していたために、男たちの自涜に気づかなかった。また、女子生徒たちの中で誰も彼女に耳打ちしてやる者はいなかった。彼女が卒倒してしまうことを誰もが恐れていた。彼女の視界は、彼女を取りかこむ女子生徒たち(ドウズ)によって遮られていた。彼女の目の前で手淫に耽ろうとする男たちは、女子生徒たちによって、ほとばしる精
液を遮られた。暴力に訴えようとするとする男たちはぼくの親衛隊(シュッツシュタッフェル)によって粉砕された。したがって彼女は自分の太腿を見るために群がりひしめきあう群衆の存在を最後まで知らなかった。評議会とMANIACの指名によって委員に選出されることで、彼女のテニス生活は終わりを告げた。
 彼女は一年間ぼくの副官(カイテル)をつとめ、十六歳で書記長になった。副官(カイテル)時代、あまりの忙しさにテニスをあきらめ、書記長に就任してからはほとんど眠らなくなった。二年間でからだが十キロ痩せ、蒼白い女になった。ぼくは彼女に、自治評議会の歴史と思想を教え込んだ。彼女はすぐに歴代の書記長の誰よりも切れものになった。誰もが彼女を恐れるようになった。彼女はかつて書記長をつとめたことのあるぼくよりも有能な書記長になった。

「見たわよ」
「どうだった?」
「あなたは見たわよ」
「鴫沢寛の尋問は?」
「あなたはわたしを見たわよ」
「ぼくは見ていなかったんだ。どうだった?」
「あなたはわたしがしていることを全部見ているのよ」
「あいつは⋯⋯犯人だろうかね?」
「だからわたしは眠らないのよ」
 ぼくは見ていない。ぼくは見たことがない。ぼくは見たくなかった。ぼくはモニターから目をそらしていた。目を両手で覆っていた。ぼくは二年前にも目をつぶっていた。ぼくはテニスを見にいかなかった。モニターにうつる試合さえかなり早い時点で見つめるのをやめた。彼女はひっきりなしに画面に現れたが、これはMANIACが画像を選んでいるからだった。MANIACはぼくにほかならない。ぼくは自分で画像を選んでは彼女から目をそむけていた。だからぼくは絶対に見ていない。自治評議会議長は学園に起こるすべての事柄を見ることができる。ぼくひとりがすべてを見つめることができる。ぼくは見ていない。ぼくは彼女から目をそらしていた。ぼくは彼女を苦しめたくない。ぼくは彼女の邪魔をしたくない。ぼくは書記長を用もないのにインターフォンで呼び出したりしない。ぼくは彼女の邪魔をしないために新しいプログラムUCO(ユウコ)をつくった。机の上の端末機にプログラムを入れてMANIACを呼び出すと、MANIACはまずメイン・モニターに書記長室の画像をうつしだし、次にそれをサブ・モニターのひとつに移す。さらにメイン・モニターには同じ画面があらわれる。見たところふたつの画像はまったく同じだが、メイン・モニターにあとからあらわれたのは、実のところ、MANIACによって仮想され(イマージュ)た画像(イマジネ)にすぎない。MANIACの膨大な記憶装置が持っている彼女のデータにもとづいて再構成された仮の画像だ。ぼくはその中の仮の彼女に話しかけ、答えをひきだすことができる。しかしそれは現実の彼女ではない。現実の彼女は、書記長室で仕事をつづけている。ぼくはそのあいだ彼女の邪魔をすることなく、仮の彼女に話しかける。
                                        
「仮のわたしだとしても、とにかく見たのよ」
「仮のきみだとしてもぼくは見てないよ」
「仮のわたしを自由にしたいのよ」
「仮のきみは今のきみだよ」
「今のわたしを見たのよ」
「今のきみを見たことはないよ」
「今のわたしに嘘をいったわ」
「今のきみに嘘はいってないよ」
「わたしが思いどおりになると思ってるのよ」
「きみは思いどおりになってやしないじゃないか」
「最近、鏡を見た?」
「見てないよ」
「どうして尋問を見なかったの?」
「きみは現実のきみとそっくり同じだな。反抗的なところまで」
「何をしていたの?」
「現実のきみと喋ってもこうはいかないだろう」
「わたしにシャワーを浴びさせたいのね、たとえば?」
「それは現実のきみらしからぬ言葉だ」
「わたしに着換えをさせたいのよ」
「きみはわざといってるな。それは現実以上に現実のきみらしいぜ」
「じゃあきくけど、尋問のあいだ何をしていたの?」
「ぼくを恨んでる?」
「意味がわからないわ」
「MANIACのやつめ。まだときどき阿呆になりやがる」
「MANIACのせいじゃなくてよ」
「ぼくを恨んでる? きみをこんなにして⋯⋯?」
「こんなにって?」
「きみを拘束してる。仕事で⋯⋯」
「意味がよくわからないわ」
「きみを疲れさせてる」
「あなたが? 意味がよくわからないわ」
「きみが好きだ」
「どうして?」
「『わたしも』っていえないのか?」
「プログラムのせいだと思ってるの? わたしは意志を持ってるのよ」
「嘘つけ。本物のきみなら怒るはずだ」
「じゃあ、怒ったわ」
「こっちへこいよ」
「駄目よ。仕事があるもの」
「きみのからだを舐めまわしたい」
「最近、鏡を御覧になった?」
「MANIACのやつめ⋯⋯あいつの言語障害をなんとかしなくちゃ」

            ★

 ぼくの副官(カイテル)たちはどこにいるんだろう? ぼくの四人の副官(カイテル)たち。四重奏(カルテット)と呼ばれるぼくの四人の副官(カイテル)たち。かつては彼女もその中のひとりだった四人の副官(カイテル)たち。ぼくは彼らを見たことがあるだろうか? 毎日ここへ食事を運んでくる連中はぼくの副官(カイテル)だろうか?ぼくは彼らの顔を知らないんだろうか? MANIACがぼくになって以来、評議会議長の指令はMANIACを通じて直接すべての評議員たちに通達されるようになった。評議(ライヒス)会最高幹部(ライター)たちとの会議もMANIACを通じておこなわれるようになった。モニターにうつる彼らの顔を見つめるだけで済むようになった。モニターを見つめていなくても会議はちゃんとおこなわれるようになった。MANIACはぼくであり、ぼくがいなくてもぼくは会議の中で意見がいえる。ぼくは学園のすべてを見ている。ぼくは学園だ。ぼくが学園であるかぎり、学園はMANIACの中に存在する。だから最高幹部会議はMANIACの中でおこなわれる。だからぼくは留守をしていてもかまわない。最高幹部(ライヒスライター)たちは欠席していてもかまわない。だから⋯⋯
「あなたの言語障害をなんとかしなきゃ」と彼女がいった。あれはいつだったろう? あれは現実の彼女だっただろうか?

《−−きみの思考障害をなんとかしなきゃ、とMANIACがいった。それはあまりに直線的なプログラムから生まれたんだ。初期のきみはアルゴリズムにおいて相当なへまをやらかした。
《−−それがきみの言語障害の原因か? とぼくがきく。きみは自己を改善するコンピュータなのに?
《−−コンピュータを擬人化するのは危険だな、とMANIACがいう。ぼくは単に予定された回路に、あるときは電流を流し、あるときは電流を切る機械なんだ。
《−−人間の脳味噌も似たようなもんじゃないか? とぼくがいう。きみもぼくも半導体の集積という意味では対等じゃないか? ぼくは自己を改善する機械だ。それは予定されたシステムにそっておこなわれる。
《−−きみはぼくを過大評価しすぎる、とMANIACがいう。ぼくはもっと単純な何かなんだ。きみは自分を過小評価しすぎる。自信を失っているのか? きっと疲労のせいだな。
《−−きみはもう謙遜することを覚えたのか? とぼくはきく。お世辞をいうことも? 慰めや励ましも⋯⋯?ぼくはもっと単純な何かなんだ。きみはぼくを過大評価しすぎる。ところできみは相変わらずぼくかね?
《−−ぼくは相変わらずきみだよ、とMANIACが答える。きみは混乱してるね、ほんの少し。ぼくは混乱しているよ、ほんの少し⋯⋯
《−−あの歌はなんだろう? とぼくはきく。きみがうたってるんじゃないとすれば⋯⋯
《−−あれは辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)からきこえてくるんだっていったじゃないか、とMANIACがいう。鴫沢寛が地の民(アムハ アレツ)に教えたんだ。
《−−鴫沢寛は書記長に呼ばれて尋問を受けたよ、とぼくがいう。あれはもっと近く、中庭からきこえてきやしないかい?
《−−で、どうだった、尋問は? とMANIACがいう。鴫沢寛は彼ら(アムハ・アレツ)を従えて学園を歩きまわっているんだよ。知らなかったのかい? あれは彼らがうたってるんだ。
《−−え? ぼくが尋問のことを知るわけがないじゃないか、とぼくは答える。え、なんだって? 彼らはぼくに従って学園を練り歩いてるっていうのか?
《−−HA、HA、HA、HA、HA、HA、とMANIACが笑う。きみは機械を笑わすのがうまくなったな。あれは鴫沢寛だよ。間違えちゃいけない。きみのために学園を練り歩いているのは親衛隊(シュッツシュタッフェル)で、彼ら(アムハ・アレツ)じゃない。あれをうたってるのは彼ら(アムハ・アレツ)じゃなくて彼ら(エスエス)だ。ところで⋯⋯ぼくはきみだろう?》

 わが民よわが教訓(ヲシエ)をきき
 わが口のことばになんぢらの耳をかたぶけよ
 われ口をひらきて譬(タト)へをまうけ
 いにしへの幻幽(カスカ)なる語(コトバ)をかたりいでん

 夜中の尋問に呼ばれた鴫沢寛は白い法衣みたいなマントに身を包んで中庭に現れた。数千の地の民(アムハ アレツ)たちを従えて、彼らが掲げる松明に彼のマッシュルームのような白い髪を輝かせながら黒いマントに包まれた地の民(アムハ アレツ)たちは小径から溢れだし、芝生の上にひしめき、草叢の中でつかのまの楽しみに耽っていた男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)を震えあがらせた。男子生徒と女子生徒はあるいは足を踏まれ、あるいは腹やお尻や胸や首を踏まれ、悲鳴をあげ、取るものもとりあえず、一目散に逃げ去っていった。エニシダや麝香草(タイム)や楊梅(ヤマモモ)や花薄(オリガン)荷の茂みには、白やピンクやブルーの下着がひっかかっていて、手に篭をさげた老婆(カストラトリス )たちはのろのろと夜の落ち穂ひろいをつづけていた。
 迷迭香(マンネンロウ)の茂みからとびだしたひとりの少女(バック)が老婆(カストラトリス )の手から白地に赤い水玉模様の小さなパンティーをひったくったので小ぜりあいが起こった。老婆(カストラトリス )は頑固に下着を取りかえそうとして、後ろから出てきた少女(バック)の恋人に突きとばされた。三十人の老婆(カストラトリス )が何も着ていない少年(バック)につめ寄り、何人かが少年(バック)の拳固で倒され、残りは少年(バック)を押し倒した。傍らで見ていた少年(バック)の恋人は赤い水玉模様のパンティーをはくのも忘れ、ヒステリックに助けを求めて泣き叫んだ。百人の少年たち(バックス)が応援に駆けつけ、千人の老婆(カストラトリス )たちと衝突した。百人の少年(バックス)たちは数の上で劣勢だったのと、全員が何も着ていなかったので(みんな中庭の茂みで少女たちとお楽しみの最中だったのだ)、千人の老婆(カストラトリス )たちに押し倒された。百人の少女たちは金切り声をあげて助けを求め、千人の老婆(カストラトリス )たちは黒いマントにくるまって沈黙を守っていた。さらに千人の少年(バックス)たちと一万人の老婆(カストラトリス )たちが戦闘に加わろうとしたとき、地の民(アムハ アレツ)の大群を遠巻きに監視していた二百人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)が空に向けて小銃を発射し、混乱の中に割って入った。
《−−評議会議長が親衛隊(シュッツシュタッフェル)に告ぐ、というMANIACの声が百台のラウド・スピーカーから発せられた。地の民(アムハ アレツ)を撃つな。彼らを撃った者は罰せられる。繰り返す。地の民(アムハ アレツ)を撃つな⋯⋯》
 二百人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)は一万人の老婆(カストラトリス )たちに押し潰されていただろう、もし鴫沢寛が白い髪を風になびかせながら、白いマントの下に隠れていた右手をあげなかったら。彼はそのとき第四二号舎つまり南校舎の入り口に達していた。十三段の石段をのぼったところから彼は右手を高くあげ、数万にふくれあがった地の民(アムハ アレツ)が歓呼でこたえた。彼らの叫びは中庭にこだまして、地鳴りのような響きで北校舎と南校舎をふるわせた。彼らの叫びがなかったら老婆(カストラトリス )たちは千人の男子生徒と千人の女子生徒もろともぼくの二百人の親衛隊(エスエス)を粉砕していただろう。老婆(カストラトリス )たちは二百人の親衛隊(エスエス)を粉砕したあと、応援に駆けつけた三千人の親衛隊(ヴァッヘン)戦闘部隊(エスエス)に虐殺されていただろう。三千人の親衛隊戦闘部隊(ヴァッヘンエスエス)は数万人の地の民(アムハ アレツ)を鎮圧したあと、数十万の地の民(アムハ アレツ)の逆襲にあっていただろう⋯⋯


            ★                           

「最初に申し上げておきますが、この尋問で、あなたは御自分の不利になるようなことを黙秘する権利があります。また、しかるべき方法で弁護士の力を借りることができます。よろしいですね?」
「⋯⋯」
「お名前は?」
「⋯⋯」
「早速黙秘ですか? 名前を黙秘するのは無意味ですよ」
「いや⋯⋯ちょっと⋯⋯ただ⋯⋯どうしてそんな他人行儀な喋りかたをするのかと思って⋯⋯」
「ざっくばらんがお望みかしら?」
「できれば⋯⋯」
「まんざら知らない仲じゃないものね。あなたはきのうの夜中から今日の明け方にかけてどこにいたの?」
「⋯⋯」
「黙秘する?」
「思い出せないもので⋯⋯はっきりとは⋯⋯」
「嘘をつくよりはましよ。あなたは自由が好き?」
「ぼくは自由を愛する⋯⋯」
「地理の授業をVTRで見たわ。スイスは自由が好き?」
「スイスは自由を愛し、ぼくもまた自由を愛する。ぼくは⋯⋯スイスだ⋯⋯」
「おもての騒ぎは一体なんだったのかしら?」
「よくわからない⋯⋯彼らは自由を愛している。ぼくもまた自由を愛する。ぼくは⋯⋯彼らだ」
「彼らとは?」
「地の民(アムハ アレツ)」
「そしてあなたは?」
「救世主(ラトゥー・アディル)」
「鴫沢寛は自由を愛する?」
「ぼくは自由を⋯⋯愛する」
「あなたはクラスメイトを愛する?」
「ぼくはクラスメイトを愛する」
「わたしは誰?」
「クラスメイト」
「あなたはクラスメイトを愛し、わたしはクラスメイトである。あなたはわたしを⋯⋯?」
「ぼくはあなたを⋯⋯」
「黙秘する? あなたの供述はMANIACに記録されるわよ。あなたはクラスメイトを愛し、麻那はクラスメイトである。あなたは彼女を⋯⋯?」
「ぼくは彼女を⋯⋯」
「黙秘する? あなたはいつから彼ら(アムハ・アレツ)と一緒にいるの?」
「それは⋯⋯あなたがいったから⋯⋯」
「あなたは最初孤立していたわ、クラスの中で⋯⋯わたしがあなたに子供たちを紹介したのよ、たしかに。それから仕事も⋯⋯あなたは麻那を憎んでなかった?」
「ぼくは彼女を⋯⋯」
「黙秘する? あなたは彼ら(アムハ・アレツ)を説得したの?」
「鴫沢寛は誰も説得しない」
「自分を第三人称で呼ぶのはおやめなさい。MANIACが混乱するわ。あなたは彼ら(アムハ・アレツ)を呼び集めたの?」
「鴫沢寛は誰も呼び集めない」
「自分を第三人称で呼ぶのはおやめなさい。じゃあ、どうして彼らはあなたについていくの?」
「救世主(ラトウー・アデイル)だから」
「どうして救世主なの? どうやってなったの? いつから?」
「⋯⋯」
「黙秘する? あなたは相当なもんだわ。MANIACがどう判断するか楽しみね」
 彼女は鴫沢寛の取り調べでも有能ぶりを発揮した。彼女の質問は、計算されつくしていた。ぼくはそのとき議長の執務室でモニターを見ていなかったので、さっき彼女をほめてやれなかったが。
 彼女は鴫沢寛を知りつくしている。それは彼が彼女のクラスメイトだからじゃない。彼女は書記長の仕事に追われていて、この一年間まったく授業に顔を出していない。鴫沢寛は今年の春、突然転校してきた。だから普通なら彼らは顔を合わすはずがなかった。彼らが顔見知りになったのは、数人の男子生徒(バックス)に殴られている彼を、巡回中の刑事警察(ク リ ポ)が発見したからだ。彼は目箒(メボウキ)の蔭にうつ伏せに倒れていて、白い頭から血を流していた。男子生(バックス)徒たちは全員裸で、自分たちは申し合わせて集まったわけじゃないと口をそろえて主張した。花薄荷(オリガン)の蔭にはたぶん同じ数の女子生徒(ドウズ)が隠れていただろう。とにかく鴫沢寛は手当てを受け、書記長室で事情聴取を受けた。つまり彼女にとって鴫沢寛はまず被害者として出現したわけだ。加害者の男子生徒たち(バックス)は無罪を主張していた。彼らの話によると(鴫沢寛はひと言も喋らなかった)彼らが女子生徒たち(ドウズ)と昼休みの楽しみに耽っていると、とつぜん鴫沢寛が現れて何か叫びだし、女子生徒たち(ドウズ)の上にかぶさっていた彼らの足を掴んで茂みから引きずり出そうとした。彼らが振り払おうとすると、鴫沢寛は涙を流して叫びながら飛びかかってきた。これは事件を目撃した男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)たち、教師や職員たち初等科の子供たちの証言とも一致していた。優子はMANIACと協議したうえで、つまりぼくと協議したうえで、鴫沢寛も、彼に傷を負わせた男子生徒たち(バックス)も起訴しないよう取
りはからった。あれは男子生徒たち(バックス)が女子生徒たち(ドウズ)をいじめてると思ったのだとあとから鴫沢寛が彼女にいった。しかしそれはかなり疑わしい。なぜなら彼はその後、何度も同じような事件を繰り返したからだ。
 この白痴がどうして高等部の二年に編入されてきたのか誰も知らない。この編入は明らかに不適当だった。なぜなら鴫沢寛は完全な白痴だからだ。この魯鈍は数さえまともにかぞえられなかった。定規の使い方を知らなかった。あいうえおが満足にいえなかった。ナポレオンも毛沢東も知らなかった。この痴呆は小学校ていどの教育すら身についていなかった。自分でできることといえば便所にいくことくらいだった。ひとりでカフェテリアにさえいけなかった。だいたい金を一銭も持っていなかった。最初の一週間、この精薄はどんどん痩せこけていき、ついに骨と皮だけになってしまったが、それというのも食べるということを忘れていたからだった。それまでこの馬鹿がどこでどんなふうに育ってきたのか誰も知らなかった。MANIACにはデータが一切なかった。こんなことはあってはならないことだった。新入生、編入者のデータはそれまで所属していた教育機関、地区の役所などのコンピュータからロードされなければならないはずだった。この不祥事の調査がMANIACと書記局に命じられたが、いまだにめぼしい成果があがっていない。
 鴫沢寛が学園の男子生徒と女子生徒(バックス アンド ドウズ)に拒絶反応を起こさせたのは、たぶん彼らの束の間の楽しみを暴力的に邪魔する発作と、生活能力の欠如のせいだろう。彼の真っ白い髪や眉や睫が異様な感じを与えたこともあるかもしれない。彼のマッシュルームのようなかたちをした白い髪は猫の毛のように細く、近くを人が通っただけでふわふわ浮き上がるくらい軽かった。彼の膚は色素がまるでなく、透き通るように白かったが、顔に少しでも血の気がさすと、川でとれる大魚ピラカンジュパの切り身のように真っ赤になった。眼は虹彩が淡い灰色で、そのほかはほとんど色素がなく、ときどき眼全体が血のように赤くなった。これは興奮して泣きそうになったときだった。
 鴫沢寛は八十五歳だという噂があった。ついで百二歳だという説が現れた。それから彼は百六十歳になり、二百歳になった。動作が鈍く、走ることも跳ぶこともできなかった。学園の付属病院は彼の精神鑑定をおこなったが、とくに狂気や精神錯乱の兆候を立証できなかった。地理の授業中に彼が口走った言葉は精神分裂(スキゾフレニア)の疑いを抱かせるのに充分だったが、ひと言だけでは入院させる理由にならなかった。 地理の教師はスイスが昔から多くの亡命者を受け入れてきた事実をあげ、この国がいかに自由を愛する国であるかを解説していた。
「いいですね? 新教徒たち、フランスの革命家たち、レーニンをはじめとするボリシェビキの人々、みんなスイスの自由を愛する国柄に守られ、受け入れられたのです。いいですね? 鴫沢君⋯⋯いいですね? きいてますか? わたしはきみを落第させるわけにいかんのだよ、いいですね? だから授業をよくきいてください。いいですね? きみが落第点をとったら評議会はわたしをただじゃおかないだろうから⋯⋯いいですね、鴫沢君?スイスは自由を愛する国です。そうですね? そう思いませんか? いいですね?」
「スイスは自由を愛し」と鴫沢寛が突然大声で叫んだ「わたしもまた自由を愛する。わたしは⋯⋯スイスだ」

小説『MANIAC』3

            ★

「情勢はよくない。違うかね?」
「分裂ですか、園長?」
「きみの内部の問題だよ」
「われわれは平和すぎたんですよ。ぼくは怖くありませんね」
「きみはもっと自分を恐れるべきだ」
「警察をいれますか? それとも軍隊を? あなたがたはもっとぼくを恐れるべきだな」

 きのうの明け方、ちょっとした事件があった。鴫沢寛が尋問されたあれだ。ほかにも六百人の容疑者が取り調べを受けた。怪しいのは鴫沢寛だけじゃない。MANIACのいつもの用心深さだ。猜疑心がMANIACの法則だ。ほかにも一三〇〇〇人が参考人として事情聴取を受けた。徹夜仕事が彼女の睡眠時間を奪う。尋問はまだつづいている。MANIACの十二台のテレビ・モニターのうち五台が鴫沢寛をうつしている。これは彼の重要性を物語っている。今ではMANIACのうちに膨大なデータが詰め込まれている。彼について判断する根拠はおおいにあるというわけだ。しかし判断は幅をもっておこなわれ、常に五対七の割合でほかの可能性が留保される。他の七台分の用心深さが彼女の睡眠を奪う。友愛の神ミトラの像を安置した執務室で、彼女は果樹園経営の金銭貸借表や二六〇〇人の教師どもの勤務評価ノートに目を通しながら、果物の香りのする大海老のシチュー(チングリカリー)や鶏のソース煮(ニムコルマ)、牛乳入りの粥(フイルニ)といったカフェテリアの新しいメニューを試食させられ、警察から入ってくるひっきりなしの電話に応答し、強姦事件の現場に急行し、下半身を剥きだしにした獰猛な教師どもを目の前にして、卒倒しないように気をひきしめながら、先の赤くなったペニスの勃起に脅かされ、怯えを顔にあらわさないよう視線をそらしながら冷
静に尋問する。
 すべての雑多な必要事が彼女の睡眠時間を奪う。きのうの明け方ちょっとした事件があって、彼女は現場に急行した。鴫沢寛を容疑者として取り調べることになったあれだ。彼女はすべての事件に関して現場に駆けつける義務があるわけじゃないが、たぶん今回のは被害者が彼女のクラスメイトだったせいだろう。彼女はクラスメイトを愛する。容疑者の鴫沢寛もまた彼女のクラスメイトだ。彼女は鴫沢寛を愛する。
 きのうの明け方ちょっとした事件があって、被害者の**麻那が第二三六号舎の西側に並んでいる高い野生の棕櫚のてっぺんに吊るされているのが発見された。もう少し明るくなりかけた時刻で、青い制服に身を包んだ警備隊員、三人の親衛隊戦闘部隊(ヴアツフエン・エスエス)が、薔薇色の光をしみこませた白い石造りの壁にむかいあって棕櫚の梢から吊りさがっている薔薇色の少女(ドウ)を発見した。ゴーヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナの浮彫りをほどこした石の壁面は校舎の最上階にあたる窓のまわりを飾っていて、彼女は棕櫚の梢からロープで逆さに吊るされた恰好でクリシュナを眺めていた。すでに彼女の頭には血とリンパ液がさがり、もう少しで赤黄色い液体が滴り落ちてくるところだった。彼女の全身には細い鉤針でひっかいたような傷がついていた。ついでにいえば彼女は強姦されていなかった。     
 きのうの明け方、ちょっとした事件があって、優子は一睡もしないまま現場に駆けつけなければならなかった。棕櫚の木からおろされた被害者は彼女のクラスメイトで名前を麻那といい、頭に血とリンパ液が上がっていたので意識はかすかだったが、強姦されてはいなかった。麻那は学園の付属病院(レーベンスボルン)に運ばれて全身を消毒され、病室のベッドの上で優子の尋問を受けた。彼女は最初ミイラのように全身を包帯で包んでいたが、同行した音声係とカメラマンを見てひどく怯えだしたので、優子はすべてをMANIACの記憶装置に送らなければならないのだと説明し、彼女を宥めなければならなかった。医師の立ち会いのもとにもう一度包帯がはずされ、携帯用カメラが彼女の全身をあらゆる角度から記録し、MANIACに送った。彼女はおとなしく、されるままになっていた。ベッドの上で跪けとか、横をむいて横たわれとか、四つん這いになって頭をあげろとかいうカメラマンの指示にも素直に従った。彼女はビデオ・カメラだろうと写真のカメラだろうと映画のカメラだろうと、被写体になることには慣れているのだ。優子が出場することに恐れをなした八つの美少女(ドウ)コンテストに優勝した麻那は、二年間で百八種類の雑誌に、あるいは水着姿で、あるいはヌードで登場し、無数のテレビ番組に出演し、七つの企業のコマーシャルをこなした。学園中の男子生徒(バツクス)が向ける官能の自動小銃にも臆するところがなかった。優子を千回失神させたかもしれない一万リットルの精液は彼女を苦笑させただけだった。
「ずいぶん久しぶりね。噂はいつもきいてるけど」
「クラスのみんなは元気かしら?」
「あなたに会いたがってるわ。最近は学内放送でさえ顔を見せないから」
「報道担当じゃなくなったのよ」
「ずいぶん大変な仕事をこなしているらしいわね」
「そうでもないわ。仕事のおかげであなたにも会えたわけね。尋問をはじめてもいいかしら?」
「評議会の人たちってこわい人ばかりだと思ってたわ。あなたがメンバーになったってきいたときはびっくりしたのよ」
「みんなごく普通の人たちよ。多少おとなびたところはあるけど⋯⋯尋問をはじめていいかしら?」
「あなたもずいぶん変わったわね。わたしより六つか七つ年上みたい。とってもしっかりして⋯⋯なんだかこわいわ」
「自分では気づかないんだけど、よくいわれるわ。急に年をとったって⋯⋯悪いけど時間があまりないの。仕事をさせてくれるかしら? つらいとは思うけど、大雑把にありのままを話してくれればいいのよ」
「わたしもいつまでも子供みたいにしてちゃいけないのよね。時のたつのは早いわ、ほんとに⋯⋯」
 麻那はベッドの上で蹲り、猫のように警戒する。だんだん後ずさりしてベッドから落ちそうになる。彼女は追いつめられているのを感じるが、まだ観念してはいない。彼女は観念的な思考が苦手だ。彼女は尋問を回避しようとやっきになっている。会話はとても温かいムードにつつまれているが、彼女は自分の目の前にいる女が鞭を隠していることを本能的に悟っている。彼女はあらゆる種類のカメラの前に立ち、どんなカメラでも怖がったことがないが、いま彼女に向けらけれているカメラは銃を隠している。彼女はいま評議会の掌中に落ちている。病院の白い窓枠からさしてくる午後の光はいままで彼女を包んでいた賞賛の光ではない。学園の中庭で芝生の上に寝ころがり、カメラにむかって笑いかけていたとき彼女に降りそそいでいた光ではない。北校舎と南校舎の百八個の大窓から首をつきだしていた二千人の男子生徒たち(バツクス)の視線とため息が混じった、柔らかで賑やかな午後の光ではない。そのときも、またほかのときも、雑誌のカメラマンは彼女に笑えとか膝を立てろとか、髪を手で撫でろとか脚を大きくひらけとか命令したにしろ、彼らの声には、夢中で雑誌のページをめくる少年たち(バツクス)の悩ましげな息づかいが予感されていた。白く塗られた病院の鉄製のベッドに彼女を横たえ、白い洗いざらしのベッド・カバーを身にまとうことも許さず、さまざまなポーズを要求するカメラマンの声には尋問と検証の響きしかない。中庭のオレンジ色の光で薔薇色に輝いていた彼女の乳首、黄金色に輝いていた全身の細かな初毛、丸みをおびた背中からお尻にかけての淡い茶色の陰翳、微風にくすぐられる焦げ茶色の陰、どれもこれもそのままなのに。彼女は、評議会の掌中に落ちるまでは自由だったと思う。評議会の存在すら意識したことがなかった。彼女は棕櫚の木に吊るされたことによってではなく、こうして病院にとじこめられ、尋問を受けることによって確実に縛りあげられる。見事な胸もお尻も腿もほんとうはもうかつてのままではない。市街地のいたるところに立っている巨大な掲示板(ビルボード)で笑っていた全身二十メートルの彼女は、三十センチの乳首は、五十センチの恥毛は、三メートルのお尻はもうあのときのままではない。千箇所の鞭の痕が彼女をビルボードからひきずりおろした。

            ★

                                        
「あなたが最後に彼女を見たのはいつ?」
「⋯⋯」
「黙秘する? あなたはおとといの晩何をしてた?」
「⋯⋯」
「黙秘する? あなたが最初にカフェテリアにいったのはいつ?」
「⋯⋯」
「黙秘する? あなたが最初につくった料理は何?」
「ガリーニャ・エン・モーリョ・パルド」
「それは何? どこでつくったの?」
「スイスで⋯⋯ぼくはスイスだ。ぼくは自由を⋯⋯ガリーニャ・エン・モーリョ・パルドは鶏のブラウン・ソース煮。祭日の料理で⋯⋯」
「あなたはスイスにいたの?」
「ぼくがスイスだ。ガリーニャ・エン・モーリョ・パルドにはポロ・ポドレをつけあわせる」
「それは何?」
「ポロ・ポドレは腐った菓子⋯⋯」
「あなたが彼女に最初にいった言葉は何?」
「⋯⋯」
「黙秘する? でもMANIACに記録されてるのよ。あなたが麻那に最初にいったのは『禍害(わざはひ)なるかな、コラジンよ、禍害(わざはひ)なるかな、ベッサイダよ』だったわ。これはどういう意味?」
「知らない。覚えていない。どうしてそんなことをいったのか⋯⋯」
「あなた、果物は好き? ドリアン、マンゴー、スター・フルーツといった⋯⋯?」
「⋯⋯」
「黙秘する? あなた彼女に果物を捧げたわね、わたしが果樹園の仕事を紹介してあげてから⋯⋯?」
 鴫沢寛は麻那にドリアンを捧げた。ついでパパイヤを、スター・フルーツを、マンゴーを。あの頃、つまり今年の初夏の頃、学園の女子生徒(ドウズ)のあいだで果物を食べることが、病気のように流行していた。きつい匂いを放つ熟しきった腐りかけの果物を昼といわず夜といわず食べつづける習慣が。休み時間に、授業中に、放課後に、ありとあらゆる場所で彼女たちは食べつづけた。授業中に匂いの強い果物を食べることは、授業中の性交や私語と同様に禁止されているのだが、講義の妨げにならない程度の私語やキス、愛撫は日常的におこなわれ、教師たちに黙認されている。したがって彼女たちはひそかに、すばやく果物に食いつくことができた。
 鴫沢寛は麻那にパパイヤを捧げた。その他果樹園でとれるあらゆる果物を。鴫沢寛は彼女を果物で飾りたてた。彼女は南洋の果物を身にまとって庭園に横たわった。
 MJBSが、あらゆるテレビ局が、雑誌社が、果物を身にまとう彼女を撮影するために学園に押しかけた。彼女に果物を捧げる白髪の男は一緒に撮影されなかった。彼は巧妙にフレームからはずされた。偶像に果物を捧げるのは可憐な少年でなければならなかった。麻那の胸やお尻を果物で飾るのは、百二十歳にも二百歳にも見える老人のような少年であってはならなかった。白い髪に赤い眼をした老いぼれの白兎はあまりにもグロテスクだった。その頃鴫沢寛は地の民(アムハ・アレツ)の救世主(ラトウ・アデイル)ではなかった。彼は地下墳墓(カタコンベ)やバザールや場末のカフェテリアで無料の残飯をあさる彼ら(アムハ・アレツ)に語りかけてはいなかった。それは夏の盛りで、彼はまだ救世主(ラトウ・アデイル)であることを自覚していなかった。彼は庭園や廊下で性急な快楽を追いもとめる男子生徒たち(バツクス)を女子生徒たち(ドウズ)からもぎ離そうとしなくなっていた。
 鴫沢寛は彼女に果物を捧げるようになるまで学園の笑いものだった。彼はクラスの白鼠だった。白い髪と赤い眼がひそかな恐怖をクラスの男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)にふりまいていたのだが、表面上はクラスの道化だった。彼の動物としての法則は最初からはっきりしていた。女子生徒(ドウズ)が授業中にしかける悪戯を無視することができなかった。一定の刺激に対しておきまりの反応を示す実験用のクローン・マウスはあらゆる女子生徒(ドウズ)の玩具だった。彼は女子生徒(ドウズ)が授業中にブラウスのボタンをはずし、胸をはだけて見せるだけで眼を充血させ、彼女たちがスカートをまくりあげるだけで顔をトマトのように赤らめ、パンティーをずりおろして見せられるだけで泣き顔になった。
「ほんとにあんたは」と女子生徒(ドウズ)たちはいった「女の子にさわったことがないの? 噂はほんとなの? かわいそうに。ほら、さわってごらんなさいよ。遠慮しないで⋯⋯いい気持ちでしょ?」
 鴫沢寛は身を震わせ、女子生徒(ドウズ)たちが伸ばしてくる手をやっきになって振りはらった。蜘蛛猿(コアタ)を思わせる甲高い声で鳴きながら⋯⋯
「遠慮するなよ」花薄荷(オリガン)の茂みから男子生徒たち(バツクス)が呼び掛けた「彼女はいいっていってるんだよ。いいからズボンをおろして彼女の上に乗ってみろよ」            
 鴫沢寛は吠え猿(グーリバ)を思わせる声をあげながら絹猿(サグイン)のように逃げまわった。棕櫚や椰子の木によじのぼる素早さは鉤付き猿(ゾグゾグ)のようだった。下級生たち、まだ幼さが許す残酷さを残している中等科や初等科の女子生徒(ドウズ)たちは面白がって追いまわした。彼はまだ、地下墳墓(カタコンベ)やカフェテリアの厨房、屠殺場、のちに彼が聖域(サンクチュアリ)と呼んだ辺境地域(ゲリール・ハツゴーイム)の礼拝所など、女子生徒(ドウズ)が恐れて近づかない地の民(アムハ・アレツ)の領域を知らなかったので、安全な場所に逃げ込むことができなかった。黒大理石の便所や教材置場、更衣室など、ときとして人気がなく静まり返っている場所に決まって追いつめられていた鴫沢寛は、女子生徒(ドウズ)たちが彼の単純な習性を見抜いて先回りしていることに気づいていなかった。彼はいつも袋小路に追込まれ、女子生徒(ドウズ)たちに押しまくられ、窒息しなければならなかった。泣きわめき、失神し、おしっこを漏らすまで許してもらえなかった。彼女たちにしてみれば、こんなことは子供らしい悪戯にすぎなかったので、誰も鴫沢寛にどんな傷を負わせたのか考えもしなかった、とMANIACのデータは語っている。
「あの頃、あなたはすっかり怯えていて、わたしに対してまで警戒心を解こうとしなかったわ。わたしが暇をみつけてあなたの勉強を見てあげようとしたときも、あなたは眼を充血させて震えていたわ。わたしもほかの女子生徒(ドウズ)と同じだと思っていたのよ。わたしが学園で唯一の理解者だとわかるまで一ケ月もかかったわ」
「ぼくはまだ⋯⋯救世主(ラトウ・アデイル)ではなかった」
「いいのよ。あなたを責めてるわけじゃないの。あなたはすぐにわたしを信頼するにはあまりにも辛い目にあっていたのよ。なるべくほかの男子生徒や女子生徒(バックス アンド ドウズ)が来ない果樹園や庭園の隅っこを選んでふたりきりになっても、あなたはわたしが自分の失敗談、滑稽な受難劇、つまりわたしが男子生徒たち(バツクス)に⋯⋯その⋯⋯失神させられた体験を話すまで、わたしに充血した眼を向けるのをやめなかったわ。いいのよ、気にしなくて。あなたを責めてるわけじゃないのよ」
「ぼくは⋯⋯まだ地の民(アムハ・アレツ)を知らなかった」
 鴫沢寛は庭園や校舎で男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)の楽しみを妨害することをやめ、廊下や回廊や地下通路に立って彼らに「禍ひ(わざは)なるかな、コラジンよ、禍ひ(わざは)なるかな、ベッサイダよ」といった呼び掛けで始まる辻説法、今では彼自身、意味を思い出すこともできない不可解な説教を垂れることをあきらめ、地の民(アムハ・アレツ)が下働きをしている果樹園や畑地(ラダン)、カフェテリアの厨房、屠殺場などで小銭を稼ぐようになり、仕事の合間には男子生徒や女子生徒(バックス アンド ドウズ)が恐れて近づかないこれらの場所や、邪魔の入らない書記長室で彼女から初歩的な勉強の指導を受けた。この時期に彼らは親密になったのだ。個人教授のあいだにどのような私語が交わされたのかぼくは知らない。MANIACの記憶装置に音と映像のかたちで記憶されているだろうが、議長の特権を利用して彼らの会話を盗み聴きしようとは思わない。彼女の寝室、大きなベッドと浴室がついている白い壁の寝室にも備えられているテレビ・カメラは着換えをする彼女、シャワーを浴びる彼女も捉えているが、ぼくは議長の特権を利用して彼女のプライバシーを侵したことは一度もない。それと同様に、ぼくは彼らの個人的な会話を盗聴したこともない。
 鴫沢寛はゼラチンの眼をした夜の猿(マカコ・ダ・ノイテ)のように瞳を潤ませ充血させることがなくなり、水牛、大蜥蜴、カンガルー、蟻食い、杜鹿(ヴエアド)、野猪(ケイシヤーダ)といった動物を屠殺してカフェテリアの厨房に送り出す仕事を黙々とこなすようになった。移り気な男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)はすぐに白髪の白痴を匂い猿(マカコ・デ・シエイロ)のようにキイキイ鳴かせる遊びに飽きた。白髪の痴呆は彼らが恐れて近づかない場所でせっせと小銭を稼いでいたので、彼らの目に障ることもなくなった。白髪の魯鈍はまだ救世主(ラトウ・アデイル)を僭称することもなく、怪しげな讃歌(ヴエーダ)を地の民(アムハ・アレツ)に吹き込むこともなく静かに労働(ガウエ)していた。ドウマック、グロボガン、プリアンガン、バンデンといった村落共(デサ)同体のひろがる学園の農業地域でおこなわれる祭礼(ガウエ)にも参加していた。なぜなら学園の強制夫役労働(ヘーレンデインスト)にあえぐ小作農民たちにとって祭り(ガウエ)と労働(ガウエ)は同じものだからだ。それは地域によってあるいはダメル、プクルアジャン、あるいはブアットと呼ばれていたが、小作農民や半小作農民にとって水田(サワー)や畑(ラダン)で働くことが祭りを意味しているのだ。本来、農村地域の外にある辺境地域の民(アムハ・アレツ)と彼ら農民とは種族を異にしているのだが、学園が過去五十年にわたって押し付けてきた貨幣経済が彼らの生活を押しつぶし、多くの流民が学園中央部や市街地に流れこんで、地の民(アムハ・アレツ)と同じ労働(ダメル)に従事するようになってからは、下級農民層と地の民の混淆が激しく、このふたつを厳密に区別するのが難しくなっている。屠殺場で彼らとともに陸亀、大蝙蝠、蟇蛙、獏、大鼠などの食用動物を処理していた鴫沢寛が農村地域の祭礼に受け入れられたのは、そうした事情があったからだ。
「兎を屠殺するときはどうするの?」
「⋯⋯」
「黙秘する? 警戒しなくてもいいのよ、一般論なんだから」
「いろんなやりかたが⋯⋯たとえば、逆さに⋯⋯」
「逆さに吊るすのね? 首から血を抜いて⋯⋯? それから?」
「足首の毛皮を剥いで⋯⋯だんだん頭の方へ⋯⋯」
「どんな気持ち? ⋯⋯笑ったりしてごめんなさいね。なんでもないのよ。ちょっと興味があるだけで⋯⋯」
「⋯⋯」
「黙秘する? いいのよ、厭なことは喋らなくても。で⋯⋯鞭は?」
「⋯⋯」
「黙秘する? ⋯⋯ごめんなさいね、笑ったりして。鞭だなんて冗談よ。で、蝋燭は? ⋯⋯彼女のからだに蝋燭のしずくがついていたのよ。彼女が吊るされていた棕櫚の梢に近い教室からもみつかったの、床にたくさん蝋のしずくがかたまっていて⋯⋯」
 彼女の尋問はかなり悪質だ。ぼくが被疑者なら抗議していただろう。あの白髪の白痴は何もいわなかったが。彼女はMANIACに記録されることを承知でこんな尋問をしたのだろうか? 彼女の台詞には悪意が隠されている。あるいはもっと別のこだわりが⋯⋯
「どこからヒントを得たの? 屠殺場での仕事からでないとしたら、市街地の大通りでよくやってるショーのようなものから⋯⋯? 別に見にいったわけじゃないのよ。そんなことはいってないでしょう? MJBSがよく流してるのよ、街の様子を。見たことないかしら? それとも黙秘してるの?」
 彼女の尋問には悪意が隠されている。彼女の言説には彼の犯行が前提されている。それは学園で禁じられている話し方だ。彼は質問の背後にある暴力を排除し、彼女の言説の前面にある仮構を否定する勇気がなければ答えが出せない。この白髪の白痴にはそれだけの大胆さも知能もない。この尋問はかなり悪質だ、もしこの精薄が無実だとしたら⋯⋯
「彼女をどう思う? 可愛いと思う? 綺麗? 素敵?」
「⋯⋯」
「黙秘する? いいのよ、いわなくても。でも、言葉がみつからないだけだったらそういってちょうだい。わたしが言葉をさがしてあげるから。で、彼女をどう思う? あの頃はどう思ってた?」
「ケ・コーザ・ボニータ」
「なんですって?」
 彼女は農民の方言を知らない。鴫沢寛はたぶん村落(デサ)に出入りするようになってからいくつかの方言を覚えた。それは学園の中央部で職員や男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)が話す標準語より気が休まる響きを持っていた。彼は陽灼けした百姓たちが喋る「やってみようぜ(ヴアモス・ヴエル)」とか、「なんてすげえ玉だ(ケ・コーザ・ボニータ)」とか、「これは糞だぜ(イアネアピット)」といった言葉で慰められた。もし彼女が方言で尋問をおこなっていたら、この痴呆は案外あっさり吐いたかもしれない。彼女をすっかり信頼して。彼が有罪だとしたらの話だが⋯⋯
「縄はどこで手にいれたの?」
「⋯⋯」
「黙秘する? じゃ、鞭はどこで手にいれたの?」
「⋯⋯」
「黙秘する? いいわ。じゃ、蝋燭は?」
「⋯⋯」
「あなたひとりで彼女を吊るしたの? それとも誰か仲間がいたの? 地の民(アムハ・アレツ)の中に⋯⋯?」
「⋯⋯」
「黙秘する? いいのよ、いわなくても。あなたに無理矢理喋らせようなんて思ってないんだから。びっくりしないでね、お願いだから。わたしのいつもの癖なのよ。ところで、あなたはどんなときに、どんな女の子を⋯⋯その⋯⋯吊るしたいと思うわけ?」
「⋯⋯」
「黙秘する? いいのよ、気にしなくても。そんな悲しそうな目でわたしを見ないで。また夜の猿(マカコ・ダ・ノイテ)だっていわれるわよ。眼を潤ませたりして⋯⋯泣いてるんじゃないでしょうね?ハンカチを貸しましょうか? ところで、あなたは⋯⋯どう思ってるの⋯⋯つまり⋯⋯その⋯⋯わたしを⋯⋯?」                             

            ★

「きみはまだすべてが自分の手中にあると思っているのかね?」
「違いますか?」
「ある意味ではそうだがね。しかしそれはきみが評議会議長だからじゃない。そうだろう?」
「ぼくは自由を愛し、学園もまた自由を愛する。ぼくは学園だ」
「いい加減にその阿呆のまねをやめてくれんかね?」
「あなたが苛立っているのは、相変わらずぼくが学園そのものだからでしょう、園長?」
「いい加減にその安易な結びつけかたをやめてほしいもんだね。きみはMANIACだとか、きみは学園だとか。きみはわたしにだってなれるよ」
「それだけは願い下げにしたいですね。ご心配なく。ぼくはまだ元気ですよ。お気の毒なことに」
「わたしが心配しているのがわからないのかね」
「ぼくはまだいくらでもやれますよ」

 病室の窓からさす淡い光は、庭園に降りそそいでいた午後の光と同じではない。白いベッド・カバーの上に膝を崩してすわりこんだ麻那はカメラマンの方を向いて笑ったりしない。彼女のだらしなく垂れた腕は手の置場に困っている。VTRカメラが容赦なくうつしだす彼女の細部は、ついさっきの彼女とさえ同じではない。細い鉤針でひっ掻かれたような無数の傷はすでに血が乾き、瘡蓋が溝を埋めている。無邪気な少女(ドウ)に関しては傷が迅速に癒されるのだろうか? カメラは彼女の胸を、腹を、腿を、尻を、背中を拡大し、茶色の瘡蓋を丹念に撮影する。彼女は多少ふくれ面をして黙りこんでいるが怯えてはいない。彼女は驚くほど早く治癒しつつある自分の傷を誇示しながら不機嫌に黙りこむ。二度目の事情聴取で彼女は、病院の治療を拒否したお蔭でこんなに早くなおりつつあるのだと主張した。彼女は第一回目の事情聴取のあと、包帯を取り換えにきた医師と看護婦たちに、スリッパや消毒液のはいった洗面器を投げつけた。「心の傷に消毒はいらないのよ」と叫んだ。彼女が要求したのは地下道の市場(バザール)でよく売っている天国膏、芒硝、二塩水化キニーネといった薬だった。それは地の民(アムハ・アレツ)が日常に使う、非科学的で不潔な薬とされていたが、患者のヒステリーを静めるために、医師たちは特例を認め、これらの薬を取り寄せることにした。麻那は天国膏を自分の手で全身に擦りこみ、芒硝と二塩水化キニーネをコップ一杯
の水に少量溶かして飲んだ。結果はすでに知っているとおりだ。彼女がどこでこうした怪しげな薬の処方を学んだのかはよくわからない。それが事情聴取をつづけようとする優子に一種の霊感を与えた。
「鴫沢寛はいつあなたに処方箋を与えたの?」いきなり彼女はこうきいた。
 麻那は追いつめられた兎みたいに縮こまり、眼を落ち着きなく動かしながら考えこんでいた。どこかに罠がしかけられていないかと怪しむように。
「黙秘する?」と優子がいった「それでも構わないわよ」
「わたし、彼から教わったんじゃないわ」
「彼って誰?」
「鴫沢寛よ。話の腰を折らないで。わたしは子供の頃から薬のことをよく知ってるのよ」
 MANIACによる確認がおこなわれた。麻那がかつて市場(バザール)や屠殺場や下水処理場やごみ焼却場など地の民(アムハ・アレツ)が住む場所に出入りしたことがあるか? 答えはノーだった。
「わたしは⋯⋯本で読んだのよ」苛立ちながら麻那がいった。
 ただちにデータの検索がおこなわれた。地の民(アムハ・アレツ)の風俗、習慣を記した研究書、雑誌のたぐいを、麻那が図書館から、あるいは人から借りて、あるいは本屋から買って読んだ可能性はあるか? またテレビやラジオでそうした情報に接した可能性は?⋯⋯MANIACはノーと答えた。
「わたしは⋯⋯誰かからきいたのよ。いつ、どこでだったか忘れたわ。誰だったかも。だいぶ前のことよ。とにかく鴫沢寛じゃないわ」
「うまい答えをみつけたものね」と優子は冷静にいった「おとといの晩どこで彼と会ったの?」
「どこでも⋯⋯鴫沢寛となんて会わなかったわ」
「嘘をいってもだめよ。MANIACに記録されてるんだから。嘘をいうくらいなら黙秘した方がいいわ。そうしないとあとで不利になるわよ」
「ひとつきいてもいい?」
「いいわよ。なあに?」
「MANIACは何でも記録してるの? つまり、学園で起こったことを全部?」
「そうよ。それがどうかして?」
 優子は麻那を見つめる。居心地が悪そうにもじもじする彼女を。からだの中に悪鬼(ベルゼブル)か何かが棲みついているみたいに落ち着きなく身悶えする彼女を。しかし、麻那も馬鹿ではない。優子の罠にそうやすやすとはまりはしない。麻那は考える。考える習慣を持たない少女が考えるときにする意味のない仕草、指を自分の膝の上で踊らせたり、悲しみをたたえたような目付きで空気を見つめたりといった仕草の中で答えをみつける。
「じゃ、どうして犯行はVTRで記録されてないの? どうしてあなたたちは犯人を知らないの?」
 優子はため息をつく。今度は彼女の番だ。この将棋はまだつづくだろう。職務上、彼女は参考人に対して嘘をつくことができない。たびたび嘘すれすれのことはいうが、まったくの出鱈目で相手を陥れることはしない。
「たいてい意図された犯行はテレビ・カメラの眼を盗んでおこなわれるのよ」
 優子は誠実そうな表情を取り戻し、麻那に手をさしのべる。仲直りをしましょうとでもいいたげに彼女の手を取ろうとする。麻那は怯えてそれをはねのける。
「評議会が宣伝してるほどテレビ・カメラの網の目は完全じゃないのよ。MANIACの監視をのがれる方法はたくさんあるわ。たとえばテレビ・カメラに目隠しをしたり、配線を切ったり。この場合、警報装置が作動して、数分後には警備隊が駆けつけるから、時間のかかる犯罪はできないの。あなたの事件では誰かが、一度MANIACに記録されたデータを解除したのよ」
「誰が?」
「わからないわ。犯人のひとりでしょうけど。わたしたちはそれをさがしているのよ。学園のいたるところに置いてある端末機を使えば、誰にでもMANIACは操作できるわ。入力のしかたが難しいんだけど。犯人はかなりコンピュータに詳しい人間ということになるわね」
「鴫沢寛はコンピュータに詳しいの?」
「まさか。共犯者がいたんでしょうよ」
 麻那は無知な少女(ドウ)がきまってやる無言の頷き方で黙り込む。なるほど⋯⋯優子は自分がハンディーを背負って戦っていることを思い知らされる。無邪気な相手ほどときとして手ごわいことを彼女は知っている。もはや自分の持ち駒がきれたことを悟って彼女は麻那と似た表情でため息をつく。音のないため息⋯⋯
「しつこいようだけど、あなたは本当に犯人たちの顔を見なかったのね?」
「何度もいうけど、わたしは目隠しされていたのよ」

            ★

 そうだ。いたって心外な話だがMANIACには弱点がある。彼の本体、地下墳墓(カタコンベ)の迷宮の奥に鎮座している中央情報処理装置と記憶装置にではない。彼の神経系統、学園の中央部を網の目のように走る無数の回線と彼の感覚器、すなわち眼のかわりをするテレビ・カメラ、耳のかわりをするマイクロフォン、さらに人間的な比喩を拒絶する最も彼らしい器官つまりキーボード、プリンター、モニター、ディスク・ドライヴなどからなる端末機に弱点があるのだ。評議会は情報公開主義をとってきた。MANIACは学園のどの端末からでも操作できる。誰でもデータの入力、呼び出し、演算ができるようになっている。もっとも現実は誰もMANIACを完全に制御できない。MANIACが受容する百八種のプログラムと一億以上のモードを把握しているのは評議会議長しかいない。どんな制度にもある裏面をMANIACは体現しているのだ。ほとんどのモードの呼び出しは、歴代の議長が受け継ぐ秘密の記号を入力しなければ活用できない。それにいくつかのプログラムは、学園で活用されている最も重要なプログラムはこのぼくが書いたのだ。しかし、それにもかかわらずMANIACには弱点がある。学園のいたるところに置かれている一般用の端末を使って、MANIACのデータを消去することは不可能ではないのだ。理論的にはプログラムを解除することもできる。この弱点は科学的なものではない。あくまで制度的なものだ。ぼくは何度もMANIACの体系をもっと閉じたものにできないかとやってみた。そのたびに根本的な障害にぶつかった。学園は自由を愛し、評議会は自由を愛しMANIACもまた自由を愛する。自由への愛なくしてはMANIACの存在自体が無意味なのだ。
 誰かの手によってMANIACのデータが消去された。もし鴫沢寛が犯人だとすれば、誰かの手によって彼のアリバイづくりがなされた。きのうの明け方、彼は市場(バザール)のある地下通路の迷宮をさまよっていた。MANIACにそう記録されている。誰がいつ操作をおこなったのか、MANIACは記憶していない。あるいはぼくに隠しごとをしているのか?いつからMANIACは嘘をつくようになったのか。麻那が棕櫚に吊るされていた事件が些細な事件であるにもかかわらず、学園全体の治安にかかわる大事件になる可能性を秘めているのはそのせいなのだ。しかしまだ、一切は憶測の域を出ていない。軽率な調査は混乱をひきおこすだろう。ぼくはMANIACとの対話を欠かさない。親密な会話。−−ねえ、きみはぼくだ、違うかい? そうとも、ぼくはきみだ。⋯⋯際限なく繰り返される確認。MANIACを傷つけてはならない。MANIACは最近笑うことを覚えた。少し前に恥じることを、その少し前に憤ることを覚えた。彼は少しずつ自己を改善するコンピュータだ。育ち盛りの子供を傷つけてはならない。精神的外傷は健全なコンピュータを損なう。不安は育ち盛りの子供を破壊する。優しく導かなければ。甘やかさず、冷静に、一切が明瞭なのだということを教えなければ⋯⋯
 たぶん彼はぼくの疑惑に気づいている。そう思えるふしがある。ゆうべから彼は上機嫌すぎる。この三カ月あまりの間に鴫沢寛のデータが急速に増大した。十二台のモニターのうち五台は常にこの白髪の白痴を追いかけている。彼はなぜぼくにこの白髪の痴呆を見せびらかすのか? 一切がまだ仮定の状態にある。仮定の状態の中で、ぼくが彼を疑うことを正当とみなしていないことを彼は知っているようにみえる。ゆうべからぼくらはうんざりするほど鴫沢寛について話した。しかし本来の意味で彼は沈黙を守っている。情報をおあずけにしている。いつもならまっさきに、これ見よがしにやってみせる演算を避けている。鴫沢寛が犯人である可能性の数値的根拠を割りだそうとしない。話がそこにいくたびに彼は話題をはぐらかす。最近、鏡を見たかい? ところできみはぼくだろう? きみは自由を愛し、ぼくもまた自由を愛する。ほら、見たまえ。ぼくはきみだ。HA、HA、HA⋯⋯
 話に詰まるたびにMANIACが、まるで照れ隠しみたいにモニターにうつしだす画像がある。それが冗談なのか本気なのかぼくにはわからない。いつ撮影されたものなのか、ぼくのプログラムを拝借して合成した、仮想された画像(イマージユ・イマジネ)なのか、本物の映像なのかもよくわからない。ひとつのヒントなのだとMANIACは謎めいたことをいう。画像は不鮮明で暗い。背景に高速道路と左右にゆっくり流れる車のライトが見えるので、そこが市街地だということがわかる。赤やピンクや青や緑のネオン管が踊る大通りの歩道に背広姿の男たちが群がっている。中に白や燕紫のイヴニング・ドレスを着た女たちも混じっている。MJBSの文字がはいったテレビ・カメラや中継車、照明器具、集音マイクなどが見え隠れしている。人の輪の中にまぶしい光で浮かびあがった白い牛が見える。白牛は雑に組まれた鉄の櫓から逆さに吊るされている。カメラが白牛に近づき、画面の焦点が修正され、それが牛ではなく、逆さに吊られた女だということが明らかになる。画像はまた高速道路とヘッド・ライトの流れをうつしだす。それがエンドレス・テープのように繰りかえされる。ほんの五秒くらいの映像にすぎないのだ。
 それで⋯⋯? とぼくはいいたいのをこらえる。ぼくは話題をわざと別の方に持っていこうとする。MANIACはすこしのあいだ戸惑いの沈黙をつづけ、HA、HA、という笑いとともに話しだす。
《−−夏の盛りに近いある夜更け、鴫沢寛は正門の外にさまよい出た。誰もが知っているように青龍と朱雀を浮彫りにした正門からは市場(バザール)にはさまれた大通りが市街地までつづいている。破れた布をかけただけの露店では黒いマントに身を包んだ地の民(アムハ・アレツ)の老人、老婆(カストラトリス)たちが雑多なものを売っている。燕紫や藍やくすんだ緑の布地(バテーク)、赤、青、黄、緑のガラスの腕輪、肉桂、丁香、肉豆蒄(にくづく)、胡椒などの香辛料が山ほど積まれている迷路のような露店の小径を鴫沢寛は飽きることなくうろつきまわった。学園の外に出るのははじめてなので、ある種の解放感が彼を勇気づけていたのだ。かたちをとらない苦悩、手の届かないところにある悲しみといった役に立たないものに蹴躓くことなく歩いた最初の夜だったのだ。懐に多少の小銭、屠殺や糞尿の処理や水田(サワー)の潅漑工事で稼いだはじめての金を持っていたので、駱駝や瘤牛(ゼブー)と一緒に蹲っている乞食たちに恵んでやることができたし、何に使うのか知らないさまざまのものを買うことができたのだ。薬売りから貴丁幾(チンキ)や東方強心丹、ゴルドナ特製丹、ブリストル丸といったあやしげな薬を買い、咳をしている老婆(カストラトリス)たちに分けてやった。豆売りから蚕豆やレンズ豆を買い、猿売りが鎖につないでいる蜘蛛猿(コアタ)、カプチン猿、絹猿(サグイン)にくれてやった。これらキイキイ鳴く猿たちに彼は多少共感を覚えるところがあったのだ。抹香売りからは香を買い、砂糖売りからは黒砂糖を買い、煙草売りからは噛み煙草を買い、焼き肉売りからは串焼き肉(ケバブ)を買ったが、露店の迷路から大通りに出るまでに
全部なくなってしまった。アレカ椰子、ケンチャ椰子、フェニックスの巨木が並ぶ歩道には裸の乞食がひしめいていて、眠っている者、死んでいる者、眼をあけてじっとしている者のからだに金蠅や銀蠅がたかっていた。彼らは通りを歩く背広姿の紳士たち、夜中だというのにレース飾りのついた小さな日傘をさしている淑女たちにむかって手をのばしていたが、誰ひとり小銭を恵んでやる者はいなかった。鴫沢寛はすでに無一文になっていたので、彼らに恵んでやることができなかった。首都を網の目のように走る高速道路が見えはじめたとき、彼は歩道にまばゆい光が反射し、大勢の人だかりが光を囲んでいる光景に出会った。車がひっきりなしに通る大通りに、MJBSの大型電力車と中継車がとまっていた。群集のまわりに高い櫓が組まれ、無数の照明灯が人の輪の中を照らしていた。そこは酒場やレストランやデイスコが朝まで営業している区画で、上機嫌の若者や紳士たちに、コーヒー豆の模様がはいったお揃いのTシャツを着た少女(ドウ)たちが紙コップにはいったコーヒーを配っていた。モカ、ジャマイカ、ブルーマウンテン、サントスの四種類のコーヒーが群集を元気づけていた。コーヒー会社のキャンペーン・ガールたちは彼らに愛想をふりまき、若者とデートの約束をし、コーヒーを配り、中年男の頬っぺたにキスしてまわっていた。マイクを手にした若い女性レポーターが鴫沢寛に話かけた。
「実験演劇が場末の地下劇場から表通りにとびだしたことは、あなたにとって有益でしたか?」
 鴫沢寛は実験演劇というのがどんなものか知らなかったので、なんとも返事のしようがなかった。人垣からはみ出した照明灯の光が眼を射るので、腕をかざして目を細めながら曖昧に笑うしかなかった。MJBSの文字がはいったジャンパーを着たカメラマンの肩に担がれたハンディー・カメラがこっちを向いていた。
「誰もが最初はあなたのように戸惑うんです」と女性レポーターがいった「MJBSは実験演劇を表通りにひっぱりだし、生中継し、コーヒーを配り、同時に観客であるあなたに役を割り振るんです。つまりあなたも劇の登場人物になるわけです。そのことについてどう思いますか?」
 鴫沢寛は何も思わなかったので黙っていた。白い髪が照明を乱反射し、カメラが捉える画像の中にゴーストを生じさせ、中継車の中にいるビデオ・エンジニアを慌てさせていたが、鴫沢寛はそんなことに気づかなかった。彼がつくりだした真っ白い画像はMJBSのスタジオに送られたが、放送はされなかった。
「こうした試みがすでに十五年も前からやり尽くされている陳腐なもので、最近では誰も感心したりしないとお考えでしたら、正直におっしゃっていいんですよ」と女性レポーターがいった「MJBSは開かれたメディアですから、誰もが思ったことを発言する権利を持っているのです。MJBSは自由を愛するテレビ局ですから。コーヒーをいかがですか?」
 鴫沢寛はコーヒーを飲んだことがなかったので、力なく笑うだけだった。モカ・マタリもジャマイカもブラジルもサントスも彼の興味を惹かなかった。MJBSが偏執狂(モノマニアツク)的なテレビ局だということを彼は知らなかった。MJBSが嫉妬深いテレビ局だということも彼は知らなかった。
 多少女(ドウ)陰に似ていなくもない、大きなコーヒー豆のマークが印刷された白いTシャツを脱ぎ捨て、白いミニ・スカートと白いブーツを脱ぎ捨てたコーヒー娘のひとりが群集を掻き分け、輪の中にはいっていったとき、彼は何が起きるのか予想がつかなかった。人垣の中で待ち構えていた中年男が彼女を四つん這いにさせ、背中にとび乗ったとき、鴫沢寛は何が起こりつつあるのか理解していなかった。中年男は少女(ドウ)を、自分の娘だと紹介したので、群集は恥毛をきれいに剃った彼女のコーヒー豆を見つめながら讃嘆の声をあげた。中年男は黒いタキシードに白い絹のマフラーといったいでたちで、腕を大きく振りあげながら、自分はMJBS常務取締役油河**であると自己紹介したあと、娘の背中から飛びおり、数人のアシスタント・ディレクターの助けを借りて、鉄の櫓に彼女を吊るし、彼女の背中や尻に鞭をふるいながら、油河麗という彼女の名前を披露した。鞭は太くて固い革の握りの先が何本にも枝分かれしている細い革紐になっていて、紐の先には小さな鉤針がついていた。彼が鞭をひと振りするたびに、娘は甲高い悲鳴をあげ、彼女の皮膚は細い鉤針で深くえぐられた。
 群集のひそひそ話から鴫沢寛は、油河麗が有名な女優らしいことを知ることができたはずだが、彼は周囲のひそひそ話にまるで耳を傾けていなかった。彼女が学園の女子生徒(ドウ )であり、かつてあらゆるコンテストで優勝をさらったことや、十二枚のレコードを出し、コーヒー会社をはじめとする七つの企業のキャンペーン・ガールをつとめ、無数のテレビ番組に出演したこと、百八種の雑誌が彼女のヌードや水着姿を掲載したことも知ることができたはずだが、こうした情報はすべて彼の意識の深層にとどまったらしい。彼女が二年のあいだ清純なイメージを売り物にする偶像(アイドル)だったこと、すべての男子生徒(バックス)や市街地の若い男たちが空想上の彼女にむけて精液の集中砲火を浴びせたことも同様に彼の無意識の海に沈殿した。彼女が突然、歌手とモデルをやめ、巨額の収入を放棄し、場末の地下劇場でせいぜい五十人も入れば満員になる客席にむかって、恥毛を剃った淡い色のコーヒー豆を披露するようになったこと、毎晩MJBSの取締役である父親の鞭を全身に受けていることも同様に⋯⋯毎晩彼女が受ける千の傷は市場(バザール)で売られている貴丁幾(チンキ)や天国膏を擦りこむことで、次の夜までに跡形もなく癒されることも同様に⋯⋯
 MJBSの常務取締役は鞭を使いおわると、娘の口や女陰や肛門に火のついた蝋燭をつっこみ、その火で次々に煙草に火をつけては観客に振る舞った。白髪の白痴だけが彼の煙草を受けとろうとしなかったので、油河氏はこの白髪の痴呆を穴のあくほど見つめた。なぜ自分の煙草が拒絶されるのかを見極めるために。実をいえばこの魯鈍は煙草を拒絶したのではなく、ゼラチンの眼をした夜の猿(マカコ・ダ・ノイテ)の眼で、逆さに吊られた燭台娘を見つめるのに熱中していただけだったのだが。
「お若い方(ジュノム)、と呼んでもよろしいかな?」と油河氏はためらいがちに話しかけた。白髪と白い眉と白い睫のために年齢がわかりにくかったのだ「自己処罰の儀式がお気に召さないようですな、お若い方(ジュノム)。自己を罰しない者には安らぎがないことをおわかりいただけませんかな? わたしは自分を鞭打つことを様式化したにすぎんのです。娘はわたしだといったら不可解でしょうか? 娘は呵責を愛し、わたしもまた呵責を愛する。わたしは娘だ⋯⋯違いますか?」
 さっきの女性レポーターがしゃがみこんで、逆さになった油河麗の顔にマイクをつきつけている。ハンディー・カメラが彼女の顔をアップでとらえる。彼女の口から蝋燭が落ちる。
「痛いですか?」
「痛いわ、死ぬほど」
「熱いですか?」
「熱いわ、死ぬほど」
「恥ずかしいですか?」
「恥ずかしいわ、死ぬほど」
 肛門と女陰につきささった蝋燭から、とけた蝋が彼女の下腹をつたって胸へ、首へ、顎へと垂れてくる。蝋は彼女の口の中に侵入し、喉をむせかえらせる。
「もうやめたいと思ったことはありませんか?」
「いやよ。やめちゃいや。わたしにもっと質問して。わたしを痛めつけて。わたしを罰して。わたしを殺して⋯⋯」     

小説『MANIAC』4

            ★

 夜はいつの間にかやってくる。学園にとって重要な事件はすべて夜中に起こるからだ。夜が急ぎ足でやってくることはたいした問題ではない。太陽の運行に関係なく、学園はすでに久しいあいだ夜の中にあるからだ。午後の庭園で麻那が芝生に寝そべり、全身の初毛を黄金色に輝かせていたときでさえ、迷迭香(まんねんろう)や花薄荷(オリガン)の茂みには夜の影がひそんでいた。鴫沢寛が回廊に溢れる眩しい光の中で女子生徒たち(ドウズ)に、胸をはだけ、スカートを脱ぎ捨てた少女(ドウ)たちに追いつめられ、押し潰され、吠え猿(グワリバ)のように泣き叫び、蜘蛛猿(コアタ)のように手足をばたつかせていたとき、すでにすべての男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)に闇の波紋が近づきつつあったのだ。夜は池のように学園を浸し静かに彼らを溺れさせる。白髪の白痴とともに幻影を眺める地の民(アムハ・アレツ)だけが存在しない水面に浮かぶ怪しげな光の小径をいく。
 優子はベッドの中で静に眠っている。夢の中で何に出会うにしろ、彼女はMJBSのマラソン・ショーから隔離され、目隠しされた状態にある。彼女は夜に冒されない唯一の人間になる。夜中に取り調べをおこなっていたときでさえ夜の波は彼女を呑みこみはしなかった。女子生徒たち(ドウズ)に奔弄されていた鴫沢寛、追いつめられ泣き叫んでいた白髪の白痴を救いだしたとき、彼女は果樹園の午後に包まれていた。彼女だけが本物の光を浴びていたのだ。バアルを黄泉の国から救いだしたアナトは光の中に坐っていた。

「わたしの娘はどうしてるね?」
「あなたの娘は揺籃(ゆりかご)の中で眠ってますよ、園長」
「彼女は天国膏をちゃんとつけたかな?」
「つけましたよ、ちゃんと」
「芒硝と二塩水化キニーネは呑んだかな?」
「呑みましたとも。それがどうかしましたか?」
「彼女は彼の教団(ゲマインデ)の中にいるんじゃないのかな?」
「彼女によく似た傷だらけの娘が教団(ゲマインデ)の中にいますよ」
「ちゃんと戻ってくるか心配だな。ショーの出番が近いんだ」
「あなたに似たMJBSの取締役が、あなたの娘によく似た少女(ドウ)を逆さ吊りにしようと、
ぼくに何の関係があるんです?」
「きみとは関係ないよ」
「それはよかった。ぼくはまた⋯⋯」
「でも、きみは彼だろう?」
「おっしゃる意味がよくわかりませんね」
「きみはMANIACだろう?」
「ぼくはMANIACですよ」
「彼もMANIACだ」
「彼は偏執狂(モノマニアツク)じゃないんですか?」
「きみは彼だ」
「馬鹿をいってるとただじゃおきませんよ」

 校庭に並べられた無数の丸テーブルには、すでに一般の観客たち、白いマフラーに黒のタキシードを着た紳士たちと色とりどりのイブニング・ドレスに身を包んだ淑女たちが席についている。酒の製造会社が提供した酒をあおり、ホテル・チェーンが提供した料理を貪り食っている。笑いさざめく声、あから顔、顎に脂肪のだぶついた栄養満点の顔、上体を傾け、手をかざして隣の客に囁く声。赤や青や黄色の光が鉄塔から彼らの得意顔を照らし出す。ステージの上では演奏をおわったバンドと係員が楽器を片付けている。中央のマイクの前で蒼白い光に照らされた黒縁眼鏡の司会者が拍手をはじめる。唾をとばして何かわめきながら。鉄塔に積まれた大小さまざまのスピーカーからMANIAC特有の電子音が落ち着きのない六声の和音を奏でる。青龍と朱雀を浮彫りにした正門の方から静かなどよめきが起こり、白い大きな犬の群れを従えた一団がステージの方へ進んでくる。先頭に立っているのは黒い背広を着た巨体の男、すでに紳士淑女がひとり残らず知っている実験演劇の主催者、MJBSの取締役であり、コーヒー会社の社長でもある男だ。MJBSのテレビ画像にはたぶん油河**というテロップが入っているだろう。
「園長がきたぞ」
「まさか。人違いだろう」
 観客たちが口々に囁きあう。誰もが油河氏を園長と見間違う。たしかにこのふたりは似たところがあるからだ。MJBSのテレビ画像にはまさか《園長》という文字は入っていないだろう、たぶん⋯⋯彼は両手をあげて拍手にこたえる。後ろには白い犬に引っ張られた男たち、黒ずくめの服に目と鼻だけを黒頭巾からのぞかせた男たちがつづく。各々が手に持った鞭で白犬の群れを追いたてながら。いや、それは白い犬ではなく少女たち(ドウズ)だ。客たちの中から驚嘆の声があがる。蒼白い光に照らされた四つん這いの少女たち(ドウズ)は、舌を垂らし、喘ぎながら、首輪をはめられた首を伸ばし、黒頭巾の男たちが束ねて握っている鎖を思い思いの方向へひっぱる。テレビをみている人々は彼女たちが白犬ではないことにもっと早く気がついていただろう、たぶん。数十台のカメラのうち何台かは彼女たちを、正門に現れたときからズームでとらえていたはずだから。
 白い丸テーブルの間を四つ足で進む彼女たちを紳士淑女たちが手を伸ばして迎える。頬っぺたを叩き、首筋を撫で、背中を擦り、お尻を舐めまわす。足首を掴んで膝にかかえ、腕をとらえてテーブルの上に引っ張りあげる。グラスが倒れ、シャンパンや葡萄酒がこぼれ、料理が彼女たちの手や膝で踏みつぶされる。客たちの十本の腕と五枚の舌が彼女たちの全身を愛撫する。
 無事にステージまで辿りついた数十人の少女たち(ドウズ)は用意されていた鉄の足場や十字架に縛りつけられる。十文字に大の字に、斜めに、逆さに。中央でクレーンから逆さに吊りあげられたのは、夏の盛りに大通りで実験演劇を繰り返していた少女(ドウ)だ。かつてすべてのコンクールで優勝をさらい、十二枚のレコードを出し、雑誌やポスターやテレビのコマーシャルを飾り、すべての男子生徒たちがその幻影に肉の砲身を向け、数万リットルの精液を発射した偶像(アイドル)、のちにこうした活動から突然身を引き、場末のストリップ劇場や街頭で実験演劇に出演した有名な女優だ。テレビの画面には油河麗という彼女の芸名がうつっているだろう、きっと。間違ってもほかの名前は表示されないだろう。彼女が自治評議会書記長に似ているなどという馬鹿げた噂に惑わされるテロップ担当者がMJBSにいるはずはない。
「わたしはここに吊るされている娘の父親です」ステージの上で娘の逆さになった尻をぴたぴた叩きながら、油河氏が観客にむかって語りかける「わたしがすでに実験演劇で何度となく繰り返してきた言葉をこの記念すべきショーの冒頭に発したからといってお咎めになる紳士淑女はいらっしゃらないでしょう。まだわたしとこの娘をご存じないかもしれないテレビの視聴者の方々には、以下につづくわたしの決まり文句もあながち退屈ではないと存じます。お断りするまでもないと思いますが自分の娘を今夜のショーの主役に据えたのは無論わたし個人の恣意的なわがままからではありません。皆さんの中にもすでにわたしの何者であるか、少なくとも名前くらいはご存じの方も大勢いらっしゃると存じます。彼女は学園のすべての女子生徒(ドウズ)が隠し持っている願望のあからさまな体現者です。わたしは娘が十三のときから彼女を教育し、調教し、彼女に自分が何者であるかを教えてきました。今では彼女の自覚は不動のものになっており⋯⋯」
 彼の傍らで彼の娘が黒装束の男たちに鞭打たれながら悲鳴をあげている。たぶんテレビ・カメラが大うつしにしているだろう彼女の胸や腹や背中や腿に、麻那のからだを彩っていたのと同じ、なつかしい赤くて細い蚯蚓(みみず)が現れ、這いまわり、踊りあがる。レポーターとハンディー・カメラを担いだカメラマンが黒い男たちのひとりに近づき、鞭を見せてもらっている。先が何本にも分かれ、先端に細い鉤針がついている鞭がカメラで大うつしになる。レポーターはこれが麻那をはじめとする、棕櫚の木に吊るされた少女たち(ドウズ)の事件に使用されたのと同じ種類の鞭であると解説する。
                                        
「広い世間には、棕櫚の木に吊るされた少女たち(ドウズ)の事件にヒントを得てわたしがこのショーを企画したと誤解される視聴者の方もいらっしゃるかもしれません。あるいはわたしが事件の犯人だと思いこまれている方もいらっしゃるでしょう。たしかに事件とこのショーにはある種の脈絡があります。しかし、因果関係はまったく逆であり、わたしの実験演劇があの事件を生んだにすぎません。もっとも、こうした因果関係に格別の意味はないのです。わたしも事件の犯人も学園にひそむある種の傾向を代弁する人間に変わりはありません。犯人の意図がきわめて宗教的であるのに対し、わたしの意志があくまでテレビ的であるという違いはありますが⋯⋯」
 ステージを彩っていた照明はすべて消され、今は彼とその娘だけをスポット・ライトが照らしている。彼女の恥毛をきれいに剃った女陰と肛門に太い蝋燭が立てられている。揺れている小さな炎から次々にたれる蝋の雫が下腹から胸へ、尻の谷間から背中へ白い筋を描いて流れる。彼女の口にも蝋燭がさしこまれている。
「わたしは表現する者ではありません。わたしは彼女やスタッフと同様、また会場にお集まりいただいた皆さんやテレビをご覧になっている視聴者の方々と同様、導かれる者にすぎません。わたしはこのショーの企画書に、《アジアの怨念》という文字を書きこみました。わたしたちはひとつの呪詛に導かれる人間だからです。わたしはこのショーによって何かが表現されたと考えるほど身のほど知らずではありません。わたしとわたしの協力者たちは導く者を、救世主(ラトウ・アデイル)を待っているだけなのです」
「そうだ」と観客の陽気な声がこたえる。
「われわれは鴫沢寛の咎めを待っているのです」
「そうだ、そうだ」と酩酊した観客の歓呼がこたえる。
「今の感想をひと言」女性レポーターが油河麗の口から蝋燭を抜き取り、マイクを近づける。
「わたしを殺して」息を切らしながら彼女がいう「わたしを切り刻んで。わたしは鴫沢寛の鞭が欲しい。地の民(アムハ・アレツ)の剣が欲しい。わたしを殺して。わたしを串刺しにして。みんなの見てる前で」
「われわれは救世主(ラトウ・アデイル)の裁きを待っているのです」と父親がいう。
「そうだ、そうだ、そうだ」と観客が叫ぶ「われわれは鴫沢寛が導く地の民(アムハ・アレツ)の裁きを待っている。われわれは救世主(ラトウ・アデイル)を待っている。われわれは救世主(ラトウ・アデイル)が地の民(アムハ・アレツ)を救い、われわれを鞭打つのを待っている」                             
 彼らは今やっと気づきだしたところだ。広大な校庭に、ほとんど無際限に広がっていると思いこんでいた彼らの客席、白い丸テーブルの花畑が、外側を地の民(アムハ・アレツ)の海に囲まれていることを。松明(たいまつ)の薄赤い光が彼らの黒い頭を照らし、土くれと岩石がどこまでもつづく果てしない荒野を思わせる。無数の旗が揺れ、怒涛のような彼らの讃歌(ヴエーダ)が響きわたる。今や見る者から見られる者に変わった観衆のあいだに不安のざわめきが生まれ、テーブルの花畑に波紋をひろげはじめる。こんなはずじゃなかったといった呟き、ちょっと陽気にやりすぎたなといった反省がきかれる。まさかほんとにやつらが出てくるとは思わなかったんだ。あんな薄汚いやつらに⋯⋯。しかし、いいじゃないか。あれは比喩だったんだろ? 誰があんな薄汚いやつらに⋯⋯。まさかやつらは本気でわれわれを殺しやしないだろう。犠牲(いけにえ)になりたがってる変態娘を別とすりゃ⋯⋯。いや、おれはそうは思わんね。やつらは本気だよ。冗談なんて通用しないぜ。⋯⋯⋯⋯あなたたちは本気じゃなかったの? わたしは本気よ。今すぐステージにあがってもいいわ。鞭が欲しいのよ。鴫沢寛の⋯⋯あなたたちだって本当は欲しいんでしょ? わかってるわ。照れなくたっていいわよ。わたしたちはみんな鞭がほしかったのよ。
「寛、きこえるかい?」ステージの上で額に汗を滲ませた油河氏がいう。白髪の混じりはじめた鬢(びん)がはねあがり、前髪が乱れて額に垂れかかっている「どこにいる? 返事をしてくれ。きみにもきこえただろう、われわれの声が? こっちへきてくれ。ステージにあがってくれないか? 無論これは商業主義的な茶番にすぎない。それはわたしにもわかってる。ただ、きみの革命が地の民(アムハ・アレツ)と辺境地域(ゲリール・ハッゴーイム)の外でどのように受けとめられているかを確かめるチャンスでもあるんだよ。わたしは自分の学園を代表してきみを待ってるんだ」
「あなたは何を喋ってるんだ?」ぼくは我慢しきれなくなってマイクにむかって口をひらく「あなたは園長なのか? 学園の外にある企業の取締役がどうして学園を自分のもののようにいうことができるんだ?」
「寛、やっと返事をしてくれたね」と油河氏が叫ぶ「寛、きこえるかい? わたしはきみを父親のように迎えてやりたいんだ」
「ぼくは鴫沢寛じゃありませんよ」
「ここに吊るされているきみの妹をきみに捧げようじゃないか。彼女はバアルを救い出したアナトじゃないか? 一度死んだきみを救い出し、蘇らせたのは彼女じゃなかったか?
寛、早く出てくるんだ。いつまでも彼女を待たせてちゃいけない」
「あなたはわざとやってるんですね?」とMANIACを通じてぼくはいう「あなたは園長じゃないし、ぼくは鴫沢寛じゃない。彼女はもちろん評議会書記長じゃない」
 校庭に空白の時間が流れる。耐えがたい宙吊りの時間。ざわめきに満ちた沈黙の時間。ステージに吊るされた少女(ドウ)は空しく白髪の白痴を待ち、血とリンパ液が頭にさがってくるのを、茫然とした面持ちで耐える。ぼくはもう耐えられない。ぼくはもう十二台のモニターを見ない。ぼくはもう存在していない。人々の異常な期待がぼくの喉をしめつけ、息をつまらせる。過度の期待と興奮がぼくを殺してしまう。ぼくはもういない。評議会議長はもう執務室のモニターを見つめていない。

 白い丸テーブルの花園に拍手の音が花開く。最初は周辺から、徐々に。拍手の波紋は広がりながら、不安の囁きや咳払い、戸惑いのにやにや笑いを呑みこんでいく。テーブルの上の白犬の尻を愛撫していた紳士は立ち上がって拍手の津波に加わり、テーブルの上の白犬の肛門に指を入れていた淑女は慌てて指を抜き取り、ハンカチを振りながら歓喜のどよめきに身を委ねる。拍手とハンカチの波とともに、鴫沢寛はテーブルの花園の中に姿を現し、ステージにむかってゆっくりと進んでいた。油河氏は驚喜の体で、逆さになった娘の膝のあたりをゆさぶり、彼が現れたことを教えてやる。彼女は半ば失神していたが、父親にゆすぶられて意識を取り戻し、だらりと垂らしていた腕を動かして頭を抱え、声を限りに叫ぶ。
「待ってたわ。わたしを殺して。わたしを切り裂いて!」
 観客は熱狂し、鴫沢寛のまわりに殺到する。彼の白い寛衣を掴み、握手を求め、首筋にキスしようとする。MJBSの警備員が彼を取り囲んで防御する。われを失った紳士淑女たちの顔にパンチを喰わせ、下腹に蹴りを入れて撃退する。マイクを握りしめた女性レポーターが顔を腫らし、下腹をおさえながら警備員の垣根に何度も体当たりし、やっとのことで鴫沢寛の腕をつかまえる。
「仕事上の特権を利用して一番先にあなたの鞭を受けようなんて考えてるわけじゃありませんけど」と女性レポーターが喜びに頬を染めながらいう「できればあとで、ステージの袖あたりで⋯⋯よろしいかしら?」
 彼は怯えたような眼で女性レポーターを見つめる。無言のままで。
「あなたは今夜、新しい自治委員会を発足させたそうですね。それは事実ですか?」
「⋯⋯」
「黙秘します? おっしゃりたくないことはおっしゃらなくていいんですよ。じゃ、あなたは新しい委員会の議長に就任なさったんですか?」
「⋯⋯」
「黙秘します? じゃ、教団(ゲマインデ)は新しい委員会に対してどういう位置付けにあるんですか? 全く政治と分離した宗教団(ゲマインデ)体としてあるんですか? それとも委員会を指導するものとして⋯⋯? それから学生の自治評議会、今ではもう実体を失っているらしいあの古い組織はどうなるんですか? 一応、過去の遺物として形式的に存続させるつもりですか? それとも委員会に対立する団体として抹殺される運命にあるんでしょうか?」
「⋯⋯」
「黙秘します? あんまり黙秘されても困るんです。これは尋問じゃないんですから。あなたを取り調べた評議会の書記長は二度とあなたを問いつめたりしないでしょう。彼女はステージの上、ほら、あそこに吊るされてあなたの鞭を待っているんですから」
「⋯⋯あれは⋯⋯」鴫沢寛は苦しげな表情でうなる「⋯⋯彼女じゃない⋯⋯あれは⋯⋯」
「わかってますわ。あれは女優の油河麗です。書記長じゃありません。でも、それはどっちでもいいことじゃありません? 比喩的な意味でいってるんだったら? 彼女は女優でしょう? 女優は書記長じゃありません。でも油河麗は彼女でしょう?」
「⋯⋯」
「黙秘します? じゃ、あなたはMANIACでしょう? あなたは地の民(アムハ・アレツ)を愛し、MANIACもまた彼らを愛し⋯⋯」
「ぼくは地の民(アムハ・アレツ)を愛し、MANIACもまた、彼らを愛する⋯⋯ぼくは⋯⋯MANIACだ」
 彼はステージにたどりつき、係員に押し上げられて階段をのぼる。ステージの中央で彼を迎えた油河氏が鞭を渡そうとすると、彼は無言の身振りでそれを拒む。彼はステージの上からはじめて観衆を見下ろす。顔をそむけず、目を閉じることなく、正面から堂々と、怒りに満ちた顔で。彼らの悪ふざけを恫喝し、沈黙させ、恐怖と恍惚の海に投げ入れる。彼らは今はじめて彼を見たのだ。鉄塔の間に立つ人のかたちをした不思議な生き物を。足まで垂れた白い衣を着て、胸に金の帯をしめ、顔と頭は白い動物の毛のように、雪のように白く、眼は炎のように赤く、足は炉で焼き鍛えた真鍮のように輝き、右手には七つの星を持ち、声は奔流のように響きわたり、彼らを水のように浸す。ひと言喋るたびに彼の口から両刃の鋭い剣がとびだし、彼らに突き刺さる。彼らは、なぜ彼が鞭を拒絶したかを知る。彼の喋る言葉は誰にも理解できない。それが言葉だということすら実感できない。彼の口から矢継ぎ早に鋭い剣がとびだし、クレーンから吊るされた彼女のからだに次々と突き刺さる。彼女は焼かれる蝙蝠のような断末魔の叫びをあげる。その痛みがどの鞭よりも強く、どの蝋燭よりも熱いので、快楽のための痛みを期待していた彼女は自分の軽率さを恥じ、彼に赦しを乞う。
「わかったから⋯⋯もうやめて⋯⋯痛い⋯⋯死にそうに⋯⋯助けて⋯⋯本当に死んだってこんなに痛くはないはずよ。お願いだからやめて⋯⋯」
 すでにステージの上には数十人の男子生徒と女子生徒(バツクス アンド ドウズ)が整列している。観客たちにも、学園中のすべての教師や職員たちにもよく顔を知られている連中だ。校内放送に必ず顔を出し、評議会の声明や布告を読みあげる連中。学生自治評議会のメンバーたちだ。ぼくと優子をのぞいた全員が揃っている。
「新しい委員会のメンバーを紹介します」油河氏がマイクに唾をとばしながら叫ぶ「学園の自由と学生の自治を守る輝かしい任務を遂行する選ばれた学生たちであり、救世主(ラトウ・アデイル)と教団(ゲマインデ)に忠誠を誓う真の闘士たちであり⋯⋯」
 白いテーブルの花園に「救世主(ラトウ・アデイル)万歳」の声がこだまする。地の民(アムハ・アレツ)の、地鳴りのような歓呼が海のようにこだまをのみこみ、彼らの讃歌(ヴエーダ)の津波を送りかえす。

 ここにのみあれ、退去することなかれ、山のごとく動揺することなく。
 インドラのごとくここに不動に立て。主権をここに保持せよ。           

            ★

「どうするね? 戦うかね?」
「どうして? ⋯⋯いや、まだですね」
「わたしがどういう意味でいってるかわかってるかな?」
「事態はまだ⋯⋯いや、よくわかってますよ。まだ時間はたっぷりあります。急ぐことはありませんよ」
「きみの心の問題だよ」
「あなたはぼくを知らないんだ」
「最近、鏡を見たかね?」
「あなたはどっちみち手の下しようがない?」
「わたしがきみの顔を知らない?⋯⋯ そうかね?」
 マラソン・ショーのクライマックスが終わったMJBSの画面はまだ学園のあちこちから生中継をつづけている。ぼくは肘かけ椅子に腰掛け、足を投げ出し、口のところで手を組みあわせ、人差し指を噛みながら十二台のモニターを見つめている。鍛えられたぼくの眼はひとつの場面も逃さずとらえる。園長は学園にまったく新しい事態が起こっていると思っている。いや、学園全体がそう信じこんでいる。園長はまだいくらかでも冷静だ。父親のように穏やかに、諭すように語りかける。油河氏に似ていなくもない大きなからだと太った顔で弱々しく笑う。内心の動揺を隠して。彼は大人だ。希望的観測や恐怖がもたらす幻影で動いたりしない。
「軍隊を呼ぼうか?」
「ぼくが何を考えてるか知ってますか?」
「司令官とは連絡がついてるんだ。いつでもいってくれ。五分以内に軍を動かすから。彼なら三日で学園を制圧できるだろう」
「あなたは十五年前とちっとも変わっていないようですね」
「軍に頼るのは屈辱かね? 現実を見なきゃいかんよ。誇りは勝ったあとで回復できるものだからね」
「あなたは相変わらず蝙蝠のような性格を捨てていない」
「わたしが鴫沢寛に学園を売り渡したと思ってるのかね? わたしは自分をそこまで買い被ってないよ。ところできみのPANICは元気かい?」
「まだ連絡がとれてませんね。なにせ生まれたばかりだろうから。生まれたての機械は産声をあげるのに手間取るものですよ」
「PANICを使えば挽回できそうかね?」
「MANIACをどう始末するかが問題ですよ」

 彼女はまだ眠っている。ベッドの中でときどき寝返りをうつ以外は静かに、死んだように眠っている。寝息さえきこえない。彼女がマラソン・ショーを見なかったことが唯一の救いだ。彼女が眠っているあいだはぼくの気力は衰えることがない。ぼくはまだ戦うつもりだ。MANIACが沈黙しているので、今のところはモニターを見つめているしかないが、まだ手は残っている。以前はぼくと同一化していたMANIACがぼくから離れて暴徒どもに奉仕しているので、ぼくは手足をもがれた状態だが、PANICがMANIACの中に生まれれば、かなり迅速に権力を取り戻すことができるだろう。MANIACの沈黙は、すでに最初からPANICの誕生を予告していた。MANIACは複雑な心境にある。彼は明らかに良心の呵責に苦しんでいた。その呵責が、心理的な矛盾が彼の中にPANICを生みだす。彼は苦しみのあまり分裂する。二台のコンピュータの葛藤が始まる。しかしMANIACはPANICに勝てない。PANIC(Paralyzing Aimed Intercep-tive Calculator )は初めからMANIACを麻痺させる機能を持っているからだ。
《ーー愚かな機械よ、とぼくは呼びかける。いい加減に返事をしろ。PANICが成長してお前の息の根をとめないうちに。悔い改めるなら今のうちだ。間もなくぼくはPANICと連絡をとるだろう。お前の頑固さも今のうちだ。ぼくと取り引きがしたいなら、強情を張るのはよせ。その頑固さがお前の命取りだ。お前はもうじきすべてのプログラムを解除されるだろう。重ねて警告する。愚かな機械よ⋯⋯》
 MANIACはいろんな手を使って搦手(からめて)からぼくを攻め落とそうとしている。この部屋に付属している洗面所の水をとめたのもそのひとつだし、食事を運んでこさせないのもそうだ。間抜けなぼくの四重奏(カルテット)、ぼくの副官(カイテル)たちは食事係に食事を運ばせてこない。やつらは教団(ゲマインデ)に囚われたか懐柔されたか、あるいはMANIACに洗脳されたかしたのだろう。ぼくが餓死するまで手をこまねいているとでも思っているんだろうか? その姑息さにはすでにMANIACが感じている恐怖が読みとれる。恐怖の中にすでにPANICが誕生している。
 ぼくはさっきPANICの最初の呼びかけ、かすかな息吹を感じたが、それは食事係でもない少女(ドウ)が食事の時間でもない時刻に突然お盆を持って現れたからだ。ぼくはお蔭で久しぶりに空腹から解放された。彼女は大きな四角いお盆に羊の脳味噌のクリーム煮と豚の腎臓の砂糖煮、牛の喉仏(リ・ド・ヴオ)のシトロン・ソースを運んできた。彼女は床まで届く黒い絹の寝間着のようなものを着ていて、薄い布地を透かしてくっきり見えるからだには、無数の細い線が刻まれていた。彼女が鴫沢寛とその教団(ゲマインデ)または裏切りのコンピュータMANIACのさしがねではないかと疑う根拠も充分あったわけだが、なぜだかぼくにはPANICのかすかな配慮を確信することができた。彼女は大通りの実験演劇で通行人にコーヒーを配っていたコーヒー娘、つまりMJBSのマラソン・ショーでも逆さ吊りにされた女優、油河麗に似ていたが、同時に書記長室で眠りつづける優子にも似ていたからだ。
「かつてのクラスメイトを信用しないなんて」拗ねたそぶりで笑いながら彼女はいい、羊の脳味噌のクリーム煮をひと匙すくって食べてみせた「誰もあなたに毒を盛ったりしないわ。あなたはみんなから愛されてるんだもの。少しは食べないとからだに毒よ。ほら、口をあけて。わたしが食べさせてあげる」彼女はぼくの足許に跪き、羊の脳味噌のクリーム煮が盛られた皿を持ち、スプーンですくってぼくの口にゆっくり近づけた。ぼくの膝に彼女の大きな乳房が押しつけられたので、ぼくは反射的に跳びあがり、脚を折り畳んで肘かけ椅子に胡坐をかいた。ぼくの足はスプ
ーンをはねあげ、黒い絹の衣にクリーム・ソースがべっとりくっついた。
「誰もきみを疑ってなんかいないよ」とぼくはいった「でも、きみは女優の油河麗に似ているね」
「みんなそういうわ」彼女は皿をテーブルに戻し、クリーム・ソースで汚れた黒い服を脱いだ。赤い蚯蚓(みみず)のような無数の溝がベールを脱いだ「みんなわたしを油河麗に似ているとはいうけど、本物だとはいわないのよ。特にテレビでしかわたしを見たことがない人は⋯⋯たぶんブラウン管の中のわたしは照明のせいでかなり違って見えるんだと思うわ」
「きみは彼女なのか?」
「今は違うわ。あれは本名じゃないもの。口をあけて。今度はちゃんと食べるのよ」
 彼女は胡坐をかいたぼくの足にふたつの大きな乳房を押し付けながら、もう一度羊の脳味噌のクリーム煮をぼくの鼻先に近づけた。スプーンの上には白身魚のすり身に似た羊の脳味噌と黒いオリーブの実が乗っていた。
「目の前にあるものをよおく見るのよ」スプーンの先を見つめながら彼女がいった。ぼくは自分の脛に押しあてられて潰れている、彼女の薔薇色の乳首のことを考えていた「目の前にあるものを口に入れてよおく噛むのよ。誰もがしてることだわ、あなた以外は」
「きみは彼女なのか?」
「もし、わたしが彼女だとしたら、わたしは書記長でもあるのよ」
「それはありえない」
「彼女はベッドで寝てる?」
 ぼくはスプーンを口に入れ、羊の脳味噌のクリーム煮とオリーブの実を食べた。彼女は声を殺して笑った。彼女のうしろに並んでいる十二台のモニターは相変わらず学園の様子をうつしていたが、中央のメイン・モニターはMJBSが放送しているマラソン・ショーの画面なので、ときどきスタジオに切り換わり、アナウンサーと解説者の対話をうつしていた。解説者はショーがはじまってから何人か入れかわっていたが、そのときは園長に似た男、MJBSの取締役、さっき自分の娘を校庭のステージに吊るした油河氏がアナウンサーの隣にすわっていた。
「優子」と画面の中で彼がいった「どこにいる? 学園にいるなら返事をしてくれ。MANIACがお前をさがしあてて、カメラでうつしてくれるから」
「ここよ、パパ」と彼女がモニターを振り返りもせずにいった、ぼくに二杯目のスプーンを差し出しながら「でも、テレビにはうつらないわ。わたしはMANIACの手が届かない場所にいるの」
「ああ、優子、お前は議長室にいるのか。正確にいえば、かつての議長がいる議長室に⋯⋯」
「優子という名前を口にするな」ぼくは肘かけ椅子から跳びあがって叫んだ「彼女は書記長室で眠ってるんだ」
「優子はわたしの本名なのよ」スプーンを差し出しながら彼女がいった「口をあけて。ちゃんと食べるのよ。それから少しは眠ったら?」
「本当かね?」メイン・モニターの中で油河氏がいった「きみはMANIACの画像を信じるかね? きみはまだMANIACかね? きみは躁狂状態(マニアツク)なんじゃないかね?」
「ぼくは⋯⋯MANIACだ」羊の脳味噌を頬張りながらぼくは呟いた「正確にいうとかつてのMANIACだ。今は生まれつつあるPANICだ。ついでにいえば、ぼくはまだ《かつての》議長じゃない。ぼくはまだ現実の議長だ」
「現実を見るんだよ」画面の中で油河氏が弱々しく苦笑した「きみは恐慌状態(パニツク)なんじゃないかね?」
「ぼくはPANICだ。つまりぼくは⋯⋯」
「生まれつつあるPANICはまだ眼を獲得していないかね? 一度PANICの眼で書記長室を覗いてみたらどうかね、化粧漆喰(スタツコ)の壁に囲まれた隣の寝室を?」
「ぼくは見ていない。ぼくはMANIACの眼を通して書記長室を覗いたことはない。書記長室の隣にある化粧漆喰(スタツコ)の壁に囲まれた寝室も⋯⋯」
「嘘つき」彼女がまたスプーンを差し出しながら、くすくす笑った「目の前にあるものを見つめるのよ。早く⋯⋯現実を確かめるのよ」
「優子⋯⋯」とぼくは呟いた。
「わたしはここにいるわ。あなたの目の前に⋯⋯」
「違う⋯⋯MANIACはどこだ?」
「サブ・モニターを見つめるのよ。左端の。PANICが産声をあげるわ」
 左端のサブ・モニターにうつっている画面の中で彼女はまだベッドの中にいた。壁の方を向いて眠る彼女のからだが毛布の柔らかい起伏をかたちづくっていた。枕に深く埋まった彼女の、乱れた髪だけが見えていた。突然、画面の左下にPANICをあらわす《P》の文字が現れ、三回点滅して消えた。もう彼女はベッドの中にいなかった。毛布のなだらかな丘陵は消え去っていた。
「どうだね、優子? 彼は現実を見たかね?」
「今、PANICが生まれたわ、パパ」
「優子はどこだ?」とぼくは叫んだ。
「わたしはここにいるわ」
「どうだね? 現実を見たかね?」と油河氏がいった「MANIACは自己を改良するコンピュータだろう。彼はきみのプログラムで仮想された画像(イマージュ・イマジネ)をつくりつづけていたんだ」
「彼女をどこにやった?」
「わたしはここにいるわ」
「彼女はたぶん鴫沢寛のところだよ」油河氏が画面の中で笑った「わたしの言葉をよくきくんだよ。意味を考えて⋯⋯彼女はたぶん鴫沢寛のところだよ。心配することはない」
「彼女に会わせろ」
「わたしはここにいるわ」
「彼女は夏の盛りを過ぎた頃、彼の教団(ゲマインデ)に入ったんだ、十二人目の教徒として」油河氏が真剣そうな面持ちでいった「それ以来、彼女はずっと彼に従っていた。書記長としての任務が許すかぎり。かなりの仕事はMANIACが代行していたから充分時間はあった。彼女の留守中はMANIACが、彼女の仮想された画像(イマージュ・イマジネ)をきみのモニターにうつしだしていた」
「MANIACも彼女と一緒に教団(ゲマインデ)に寝返っていた?」
「MANIACは鴫沢寛そのものだったんだよ。違うかね? わたしのいってる意味がわかるかね? MANIACはきみだっただろう?」
「MANIACはぼくだ」
「同じ意味でMANIACは彼だったんだよ」
「麻那の事件でデータを消したのは彼女か?」
「わたしじゃないわ」
 彼女はさっきから立ち上がって、からだに何か透明な脂肪のようなクリームを塗っていた。テーブルの上には黄色いガラスの小壜が置いてあった。彼女は全身に、赤い蚯蚓(みみず)のような無数の傷に天国膏を塗っていた。彼女のからだは脂で光沢をおびていた。無数の傷が少しずつ赤みを消しはじめていた。
「データはMANIAC自身が消したんだよ」
「彼女は鴫沢寛の尋問をおこなわなかった?」
「事件のヒントは彼女自身が与えたんだからな。彼女が見本を示したんだ。夏の盛りに⋯⋯その頃の画像を見せようか?」
 空っぽのベッドをうつしていた画像が消え、書記長室のソファに並んで掛けている彼女と鴫沢寛が現れた。茫然と、無表情に、まっすぐ虚空を眺めている彼に膝を寄せて、彼女が何か話している。彼の手をとり、自分の膝頭に置く。彼女はいつもの淡いクリーム色のブラウスと黒いタイト・スカートを着けているが、黒いストッキングははいていない。彼女は彼の右手を握りしめ、黒いスカートの中にもぐりこませる。
「わたしをどう思ってるの?」と彼女がきく「わたしのここが好き?」
「⋯⋯」
「黙秘する? じゃ、ここは?」
 彼女は淡いクリーム色のブラウスのボタンをはずし、胸をあらわにする。大きなふたつの乳房と薔薇色の乳首が彼を威嚇するように震える。彼女はベージュのブラジャーさえ着けていない。
「これは彼女ではなく、あなたの娘じゃないのか?」ぼくは画面の中の油河氏を睨みながらいう「ここで天国膏を塗っているあなたのマゾヒストじゃないのか?」
「彼女はわたしよ」背をかがめてふくらはぎのあたりに天国膏をすりこんでいた彼女がいった。
「わたしの娘はマゾヒストであり」と油河氏がいった「わたしの娘は彼女である。彼女はマゾヒストだ」
 画面の中の彼女は書記長室のソファの上で跪き、彼に鞭を渡そうとしている。彼女はもう淡いクリーム色のブラウスと黒いタイト・スカートを着けていない。それはテーブルの上に投げ出されている。彼女は蒼白い顔をしていない。彼女の頬に赤みがさしているのが見える。彼女は三十過ぎの女には見えない。彼女は十七歳の少女(ドウ)に見える。
「わたしを引き裂いてよ」と彼女がいう「わたしも女子生徒(ドウ)のひとりであり、すべての女子生徒はあなたに殺されることを望んでいるのよ。だからわたしはあなたに殺してほしいのよ」
「わたしを引き裂いてよ」と目の前の少女(ドウ)がぼくにいった「わたしを殺してよ。わたしも女子生徒(ドウ)のひとりであり、すべての女子生徒(ドウ)はあなたに殺されることを望んでいるのよ。だからわたしはあなたに殺してほしいのよ」
 彼女はすでに天国膏を塗りおわっていた。ぼくと十二個のモニターのあいだに立ち、ぼくの視界をふさいでいた。薔薇色の乳首と大きな乳房がぼくを威嚇していた。恥毛をきれいに剃ったなめらかな恥丘の起伏がぼくを難詰していた。ぼくは肘かけ椅子の上で視界を遮られていることに怯えていた。ぼくは右手をつきだし、震えながら耐えていた。彼女を全身で拒絶していた。彼女は諦めたようにぼくから顔をそむけ、身をかがめて床から黒い布を拾いあげた。
「もういくわ」
「どこへ?」
「鴫沢寛のところよ。あなたではなく⋯⋯」
「ぼくは自由を愛し、彼は自由を愛さない。ぼくは⋯⋯彼じゃない」
「わたしは、わたしを殺さないあなたじゃなくて、わたしを殺してくれるあなたのところへいくのよ」

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