イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

粘膜で触れる世界

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アブノーマルな文学的感性によるエッセー・社会評論
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宮崎県庁前で全裸露出をした飲食店経営者と従業員の女性2人が逮捕された。

まあ、公然わいせつ罪だから、逮捕されても文句は言えないのだが、
この数年大流行の露出系サイトもこれで取り締まりが厳しくなり、消えてしまうのだろうか?

60年代のハプニングとか、70年代のストリーキングとか、
全裸露出で世の中を驚かせることが、
一種の解放、社会への異議申し立て、芸術活動として行われていた時代を知っているぼくとしては、
こういう行為を警察が取り締まり、法的に処罰するということに、なんとなく違和感がある。

盗みや傷害、殺人みたいに人に危害を加える犯罪と、
この手の社会的なはみ出し行為を同じ犯罪としてくくるのはどうかと思うのだ。

良識ある人たちにとって、オープンな場所で裸を見せられることは、
不快なことなのかもしれないが、
そうした行為の背景には、法律でも行政でも解決できない、今の社会に対する不満がある。

露出サイトの運営者、露出マニアたちに芸術性や思想性があるわけではないが、
変態たちは合法的に人間性を抑圧する仕組みに敏感な人間であり、
哲学や思想で表現できない、言葉以前の反感を表現する人間なのだ。

それを理解しないまま、公然わいせつというくくりで抑圧しても、
抑圧されたエネルギーは別のはけ口を求めて移動するだけだ。

それにしても、今回逮捕された人たちが、
「宮崎を盛り上げようとしてやった」と供述していて、
東国原宮崎県知事が
「せっかく宮崎を盛り上げようとしてしているのに、水を差すようなことをしないでもらいたい」
と発言しているのはなかなか笑える。

その奥にある抑圧的な社会の仕組みも、
沈滞する地方経済をタレント知事のテレビ出演で盛り上げようとする努力のいびつさも、
このまま見過ごされていくのだろうか。

宝塚聖天の戦闘機

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道と川をはさんでとなりには墓地があり、なぜか戦闘機が飾ってある。墓地に突然現れるゼロ戦はなんだかとても異様な印象だ。太平洋戦争で死んだ特攻隊員の慰霊碑とのこと。

彼らの家族にあてた遺書がふたつ飾ってあった。死ぬことを強いられても国や天皇や軍に対する恨みも、疑問すらも持たず、何度も繰り返し「両親に楽をさせてやってくれ」と兄弟に言い残している幼い文章が哀れを誘う。

当時アジアを植民地化していた欧米列強と戦ったこと自体を悪とは思わないが、こうした哀れな戦死者を顕彰するふりをして、当時の軍国主義を美化する風潮にはがまんがならない。

「大日本帝国」の罪は、欧米列強に対抗するため、欧米列強のまねをしてアジアを植民地化しようとした帝国主義、その実現のために現実を見失った愚かな軍国主義にあるのだ。おかげで今もこの国はアメリカに対しては敗戦国、アジア諸国に対しては裏切り者でありつづけている。

中国・朝鮮などかつて植民地化した国々に政治家たちが「お詫び」を述べるたびに、「いつまで土下座させられなければいけないんだ!」と怒る人たちがいるが、そもそも言葉面だけの「お詫び」を「土下座」と感じる感性の中に、日本人のアジア人に対する根拠のない優越感、軽蔑が隠れている。他国に侵略された恐怖や憎しみは消えるものではない。

それより日本を占領しつづけ、「日本を守ってやっている」と思っているアメリカに対して「思いやり予算」という名の税を貢がされていることのほうがよほど屈辱的な「土下座」だと思うのだが、中国・朝鮮に対する「土下座」に怒る人たちからは、アメリカに対する「土下座」への怒りは聞こえてこない。

この白人に対する劣等感、その裏返しとしてのアジア人に対する優越感・蔑視こそ、大日本帝国のゆがんだメカニズムの基盤だった。大日本帝国は、黒船におびえ、白人を畏怖し、その反動でアジアの同胞を蔑みながら、欧米列強に同化しようと必死にあがいた、近代日本人のゆがんだ作品だった。そのメカニズムは今も機能しつづけている。

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1月5日、今年2回目のジョギング。逆瀬川から支多々川の山下橋西詰まで登り、そこから川沿いに急坂を宝塚聖天まで上がった。急坂は無理をせずに歩く。それでもけっこうきつい。

山が近くなってきたかと思うと、住宅街に突然鳥居が現れた。これが宝塚聖天だ。

聖天とはもともとインドのガネーシャという像のお化けみたいな神様のことらしい。ガネーシャはヒンズー教の最高神シバの息子ということになっているが、なぜか化け物で暴れん坊だ。

狛犬の台座にはカブとダイコンの紋章。どうしてこういう野菜が聖天さんのシンボルになっているのかわからないが、たしか東京・浅草の待乳山(まつちやま)聖天にもこの紋章があった。

鳥居をくぐると、境内には「南無大聖歓喜天」の赤いのぼりが並んでいる。「歓喜天」というのは、夫婦和合・セックスの神様で、本来ガネーシャ自体とは別物のはずなのだが。

日本の聖天さんは、とにかく現世肯定・欲望肯定の神様だ。強く祈願すれば大金持ちになれたり、社会的な成功が得られるとされている。

だから昔から商売人や芸人の信仰があつい。願いが叶う代わりに親族が死んでしまったりするとも言われる。それだけ気性の激しい神様だということなのだろう。

総本社は大阪の生駒にあるというが、まだ行ったことはない。

関西の現世利益の神様としては、えびすさんや住吉さんが有名だが、こちらが明るくメジャーな神様なのに対して、聖天さんはちょっとこわくてダークなイメージがつきまとう。

洪水跡の多摩川

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まだ夏の疲れがとれない。
信州かどこか、景色のいいところにバイクライドに行きたいが、
がまんして多摩川をゆっくり低心拍キープでサイクリング。

先週の台風で水浸しになった広い河川敷も、
今日は一見いつもと変わらないように見えた。

しかし、サイクリングコースが河川敷を通るところでは、
流木や枯れ草、ゴミが堆積していて、通行止めになっていたりする。

サッカー場や野球場もぬかるみらしく、ほとんど無人。
ホームレスの人たちが数人、家財道具を干しながら話し込んでいた。

濁流に呑まれそうになったホームレスの人たちを消防の救助隊が助けたことに対して、
「勝手に河川敷にしがみついてるやつをどうして助けるんだ?」という批判があるらしい。

まあ、彼らは税金を払っていないだろうから、
公共サービスを受ける資格がどれだけあるのか、疑問は疑問だ。

しかし、今、時代は自由経済の名の下に、まるで19世紀のような富の寡占状態が激化している。
世界一豊かな国アメリカでさえ、かつての中産階級は崩壊し、
一部のスーパーリッチが富の大部分を保有し、
貧困層やホームレスが人口のかなりの部分を占めつつある。

資本主義は異常に椅子の少ない椅子取りゲームになりつつある今日、
多くの人がゲームに負ける可能性があり、
その人たちにとってホームレスや自己破産はそれほど他人事ではない。

資本主義社会の自由とは強いもの、富めるものが遠慮なく力をふるう自由にすぎない。
こんなシステムが、いつまでも続くとは思いたくないが、
資本主義の代案として生まれた社会主義があんなにぶざまに崩壊したのを見ると、
人間の愚かさを思い知らされたようで気持が暗くなる。

国民投票法と憲法改正

先週国会で国民投票法が成立した。

安倍晋三は任期中に憲法改正をねらっているらしい。既存の憲法は決して絶対的なものではないし、一度見直してみるのも悪いことじゃないが、どうも改憲派と護憲派という単純な対立構造になってしまっていて、日本の防衛をどうするのかという議論がまじめになされていない気がする。

改憲派は「今の憲法は終戦直後にアメリカから押しつけられたもので、軍隊を持たない、外国との紛争の解決手段として軍事力が使えない、軍隊を海外に派兵できないというのは、今の実状に合わない」と主張するのだが、

そもそも今のように日本が実質的に米軍の支配下にあるかぎり、いくら憲法を変えてみたところで日本は今の自衛隊以上の軍隊を持つことはできないし、アメリカの許諾あるいは指示なしに防衛力・軍事力を行使することもできない。

むしろ憲法第九条を変えることで起きる変化と言えば、アメリカがイラク戦争のようなケースで日本軍を米軍の駒として使えるようになることくらいだ。

北朝鮮との対立が今後エスカレートしたとしても、アメリカが反対すれば日本が独自の判断で北朝鮮を攻撃できないのはもちろん、示威行動として軍隊を北朝鮮沿岸に派遣することすらできない。

「そんなはずはない。日米安保条約があるじゃないか」と言う人もいるだろうが、日米安保条約というのはアメリカが日本をアジアの防衛ラインの一部にするために結んだ条約であって、決して日本を守るためのものではない。

現にこれまでベトナム戦争のような、アメリカのアジア戦略のために行われた侵略戦争では在日米軍が大活躍したが、北朝鮮による拉致攻撃のようなテロにはなんの助けにもなってくれていない。日本人はもっと日本が軍事的にはアメリカの支配下にある半独立国であるという現実を直視すべきだ。

改憲派が「今の憲法では国際的な責任を果たせない」と言っているのは、湾岸戦争やイラク戦争でアメリカの要請に応えて軍隊らしい軍隊を派兵できなかったことを屈辱と感じてのことだろうが、自国の軍隊をアメリカの駒として使われることにどうしてそんなに誇りを感じることができるのかぼくにはわからない。

「軍隊を海外派兵できないように憲法で自分を縛っているから北朝鮮になめられるんだ」というのも、改憲派の心情にはあるだろうが、海外派兵できるようになったとしても、アメリカがあくまで中国・ロシアとの外交戦略をにらみながら六カ国協議を継続しているかぎり、北朝鮮に対して日本独自の軍事行動などとれるわけがない。改憲派の政治家にもそんな考えはない。

独自の軍事行動を示唆しただけで、アメリカはもちろんアジア諸国から非難を浴びて謝罪することになる。どこにも味方などいない。アジアにおける日本のポジションとはその程度のものなのだ。

アメリカにとっても、ロシアにとっても、中国ほかアジア諸国にとっても、日本はかつてアジアの一員でありながらアジア諸国を植民地化して欧米に対抗しようとした危険な国なのだ。

一方、護憲派といわれる人種の考えもぼくにはよくわからない。いくら日本国憲法がすばらしい平和憲法だとしても、理想論だけで防衛を語り、米軍による日本の占領が続いているという現実を見て見ぬふりをするのはなぜだろう? 

理想の憲法は「アメリカが日本を守ってくれている」という嘘の上に築かれた虚構なのだ。憲法だけを楯にしてアメリカのイラク派兵のような要請を拒み続けているかぎり、平和の理想は偽善であり続けるだろう。

日米安保条約があるかぎり、改憲論議は意味がない。特にアメリカの軍事支配は受け入れながら、それを見てみないふりをして、日本の軍事的なプレゼンスを感情的に高めようというのは愚かだ。それは百年前に欧米列強の不平等条約を受け入れながら、アジアでのプレゼンスを高めようと富国強兵に走った愚かな感情的国策と同じ軌道上にある。


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