イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「夢のミンチ」

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2004年1月から2005年3月にかけて書いた小説です。たくさんの短いシーンからできています。大阪を舞台にしていますが、登場人物たちそれぞれの幻想を投影した非現実世界を作り出すこと自体を目的にしているような作品です。
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 機動隊が退却すると、パテたちが入れ替わりに四方八方から校庭に流れ込み始めた。前の方のパテたちはたちまちカレーチューブから吹き出すカレーソースに吹き飛ばされたが、それでも懸命に立ち上がって、
「人間のパテです。人質の身代わりに来ました」と声を揃えて叫び始めた。

 犯人たちは一斉に機銃掃射を始め、カレーまみれのパテたちは次々とカレーの沼に血を混ぜながら倒れていった。
「あほんだら。この腐れパテが」
「殉教者気取りは百万年早いんじゃ、ボケ」
と犯人たちは叫んだ。

 猪野井さんと瀬谷さんが逝ってしまってから、人質救済ボランティアはうまく機能していない。彼らのように超人的な力で犯人を投降拒否児童に変えるのは容易なことではないからだ。何万人というパテが命を落とし、パテ殺しの快感が新たな占拠事件を生み、虐殺される快感がパテ登録者をねずみ算式に増やすという悪循環が起きている。事件がなくならないのはパテが犯人の何万倍という速度で増加しているからだ。

「ぼくらで犯人を投降させることができたらいいんだけどな」とぼくはウェブマスターのプレッシャーに押しつぶされそうになりながらつぶやく。
「できるよ、きっと」としんめとりがぼくの首に腕をまわしながら猪野井さんに似た声で言う。
「どうやったらいいかわからないんだ」とぼくは正直に白状する。
「サッキー、みんなを愛してる?」としんめとり。

「愛してる。たぶん」とぼく。
「あの子らは犯人ちゃうよ。ただの投降拒否児童やねん」としんめとりが猪野井さんの声で言う。
「そうやねん。あいつらは犯人ちゃうねん。おまえと同じかわいそうな投降拒否児童やねん」としんめとりの義足の中の瀬谷さんが言う。

 ぼくらはお互いの体を鎖でしばり、校舎に近づいていく。
 犯人たちの数はどんどん増えていて、屋上から処刑した人質の首と胴体を豪雨のように降らせている。血はすでに赤い滝のようで、その陰に隠れて校舎が見えなくなってしまった。

「人質が足らんぞ」と犯人たちが叫んでいる。
「腐れパテども早よ上がってこい」
「片っ端から処刑したる」
 校庭を埋め尽くしているパテたちが血の滝に突進する。彼らの顔はゆがんだ欲情に突き動かされているようにも見える。

「屋上で首をはねられて世界中に恥をさらすんや」とパテのひとりがうれしそうに叫んでいた。
「何千万人がわたしたちのぶざまな殉教を見てオナニーするんやわ」
「犯人に犯されて、糞まみれになって死ねるんや」

 なんだかちょっと違う気もした。しかし、血と糞の滝の前でパニックに陥っているパテたちをコントロールする力はぼくにはない。ぼくにできるのはせいぜい尻込みする新参パテたちをウェブマスターとして勇気づけてやることくらいだ。
「怖がることはないよ」とぼくは彼らに言う。「こっちはとても多いんだから」

                              おわり

 ぼくらは表通りに停めてあったルノー・メガーヌ・グラスルーフ・カブリオレに飛び乗り、道修町を出た。修業時代が終わり、いよいよ準備してきたことを試す番だと思うと全身が震えた。しんめとりが助手席から抱きついてぼくの震えを止めようとしたが、震えは彼女に伝わり、全身の肉をぷるぷる震わせた。

「ああ、やだ、どきどきする」と彼女が言った。
「言葉に出すとよけいどきどきするね」とぼく。
「でも、ふたりでどきどきするのって楽しいね」と彼女。
「みんなでどきどきするのは?」とぼく。
「想像もつかないくらい楽しそうだね」と彼女。
「じゃあどきどきしに行こう」

 道は渋滞していた。
 人が歩道からはみだして車道を歩き出したからだ。みんな次々と服を脱ぎ、南をめざしている。パテだからどこに行くべきなのかわかっているのだ。

 カーナビのディスプレイは浪速区桜川の中学校で起きた人質籠城事件のニュースを映している。犯人の数は籠城の歴史始まって以来だとアナウンサーが言う。
「籠城の歴史っていつ始まったの?」としんめとりがきいた。
「さあ。千早城とか島原の乱くらいからかな」とぼく。

 浪速区に入った頃には車の流れは完全に止まってしまった。前の車から次々と人が降りて歩き出したので、ぼくらも歩いていくことにした。止まった車の流れのすきまに人の流れができていたが、それもだんだん詰まってきたので、ぼくらは車の屋根に乗り、手をつないで屋根から屋根へジャンプしながら進んだ。車の屋根は最初のうちベコンベコンとへこんだが、そのうち跳び方がうまくなったのか、プルンプルンと適度な弾力でぼくらを跳ね上げてくれるようになった。

「骨構造スチールかな?」とぼくは義足の中の瀬谷さんにきいた。
「大ヒット商品やな」と義足の中の瀬谷さんが言った。

 木津川ぞいの小学校が見えてきた。校舎の窓という窓から犯人たちが、処刑した人質の首と胴体を投げ捨てていた。死んだ人質は生徒とピエロや猛獣使いの衣装を着た先生たちだった。犯人は大人と子供の混成部隊で、小学生も中高校生も大学生もサラリーマンも白衣を着た研究員も青い制服を着た技術者も銃と刀で武装していた。校庭には途中で破壊されたカレーチューブがあって、透明なガラスかプラスチックのギザギザした断面から勢いよく茶色がかった黄色い液体が噴出し、校庭の機動隊を蹴散らしていた。液体は糞尿やゲロや下水が混じり合った汚水らしく、ものすごく臭い。

「ここでわたしたち死ぬのね?」としんめとりがさすがに怯えながら言った。
「どきどきする?」とぼくはきいた。
「うんどきどきする」としんめとり。「うんことゲロにまみれて、犯人たちにバカ呼ばわりされながら死ぬのね?」
「そういうのいや?」
「ものすごくいやだけど、すごく興奮する」としんめとりがぼくの手を握って彼女の性器にもっていった。粘液がすごい勢いで流れ出していた。

「見物人に罵られながら死ぬのは平気?」
「平気じゃないけど、すごく素敵」
「テレビ見てるやつらがぼくらを見ながらオナニーしても?」
「そういうのって大好き」

そんなわけで、ぼくはしんめとりの人間のパテ登録申請を受け付けた。
 彼女が登録所に現れる前に逃げ出すこともできたのだが、なぜかそうはしなかった。できなかったのかもしれない。自分でもよくわからない。

 それまで何度となくメールやチャットでいちゃついたり、お互い同時にイッたりしたことはあったのだが、彼女が生身の人間だとわかってみると、そのことがとても恐ろしかった。たぶんその恐怖をずいぶん前から予感していたのだろう。

「いつでもオッケーだよ、サッキー」としんめとりは言った。
「じゃ、まあ、とりあえず現世登録ということで」とぼくは口の中でもごもご言いながら、震える手でスタンプを押した。
「やった」としんめとりは躍り上がって叫んだ。「これであたしもパテだ」

 ぼくは初めて彼女の義足を間近に見た。それは彼女の太腿と完全に接合されていて、何のアタッチメントもなかった。彼女が飛び上がって着地したとき、腿の肉がやわらかそうにふるえ、その波動が骨構造/海綿構造スチール製の義足に伝わり、細かなさざ波が膝の下まで走った。ぼくは義足の中に小人の瀬谷さんが隠れているのを感じた。

「ウィンウィンウィンウィンウィンウィン」と瀬谷さんは言った。
「さあ行こう」としんめとりは笑いながら言い、ぼくの首に細くやわらかい腕を巻きつけてきた。
「オッケー」とぼくは言い、テーブルを乗り越えながら彼女の腰に手を回した。

 こんなふうに持ち場をいきなり離れるのはウェブマスターとして気が進まないのだが、しんめとりの腕には猪野井さんみたいに有無を言わさない強さがあった。彼女はその先でぼくがやるべきことを心得ていて、それに向かってぼくを引っぱっていこうとしていた。つまり猪野井さんが瀬谷さんに対して持っていた支配力を、彼女もすでに持っていたのだ。

 ぼくは彼女と登録所の出口の方へ歩きながら着ているものを脱いでいった。すごく恥ずかしかったが、同時にとても気持ちよかった。猪野井さんと瀬谷さんを見ていて、気持ちいいだろうなとは思っていたのだが、こんなに気持ちいいとは思わなかった。
 信徒たちも登録志願者たちはびっくりしたらしい。服を着ていないぼくを見たことなどなかったからだ。

「ついにそのときが来たんかな?」
「まさかご自分で殉教しはるとは思わなんだわ」
といった囁きが信徒たちのあいだから聞こえた。

「全裸はパテの制服だろ?」とぼくはしんめとりに言った。
「可愛いよ」
としんめとりが言い、そこらにたくさん落ちている鎖のついた首輪のひとつを拾い上げてぼくの首につけてくれた。ぼくも彼女の首に首輪をつけてやった。お互いの鎖を持つと、もう二度と離れられない気がした。

「ウィンウィンウィンウィンウィンウィン」としんめとりの義足の中で瀬谷さんが言った。
「じゃ、あとはよろしく」とぼくは信徒たちに言った。

またの日の妖精物語

 白状すると瀬谷さんの名前で「夢のミンチ」に載せたテキストも、ずいぶん前からぼくが書いていた。彼が「桜庭、好きに書いてええよ」と言ってくれたからだ。
 厳密に言うとぼくが書いていたというより、ぼくが作ったアプリケーション・プログラムが書いていたことになるが。

 このプログラムは、過去の瀬谷さんの文章や動画から彼の人柄を読み取り、彼が生きていたら書いただろうと思われるようなテキストを定期的に生成する。
 もう少し正確に言うとそれはぼくが作ったプログラムですらなく、「夢のミンチ」の運営協力者たちに頼んで世界中で使われているオープンソース・プログラムに適当に手を加えてもらったものだ。そこに人格はない。生身の瀬谷さんがそうなってしまったように、テキストは世界中に言葉のミンチとして散布されている。それだけだ。

 すぐにバレるはずだから、あらかじめ白状しておくと、このテキストもぼくが書いているわけじゃない。ぼくが書き残したものにプログラムが続きを書き足したものだ。つながりをスムーズにするためにあの手この手の改竄も当然のように行われている。

 そこには現実のかけらもない。フィクションすらない。もちろん予言など気配すらない。瀬谷さんしか見ることができなかったこの世に潜伏中のあの世の出来事、今読んでもピンと来ないコードの羅列、たぶんずっと月日が経ってからぼくらのまったく知らない人たちが読むために書かれた夢の記述だ。

 世界中のサーバに分散されたプログラムが執筆を引き継いでからというもの、もしかしたら瀬谷さん自身にも理解できなくなってしまったかもしれない。もうこの世にいないぼくとしては知ったことかと言いたいところだが、「夢のミンチ」の仕組みすべてがぼくひとりのアイデアから生まれ、運営されているかぎり、そうは言えないのがつらいところだ。

 猪野井りえという女性については、とっくにその実在さえ疑う空気が「夢のミンチ」の中に漂っている。ぼく自身も彼女は存在したなどと偉そうに言える気分ではない。たとえばぼくは中宮寺しんめとりが人間のパテ登録所に現れたとき、猪野井さんは彼女をモデルにプログラムが創造したネットアイドルだったんじゃないかという気がしたものだ。猪野井さんが楽しそうに笑いながらぼくらの首にやわらかい腕をニシキヘビみたいに巻きつけてくるときの、やさしく有無を言わさない命令の気配すら、本当に存在したのかどうか疑わしくなった。

 でもそんなことはどうでもいいのだ。彼女は生前からぼくらの聖母観音大菩薩だったんだから。

 ぼくら?

国教
 
 NGO人間のパテはその後二百年にわたって弾圧を受けた。パテたちの大量虐殺は世界百数十カ国で行われ、延べ数億人が「殉教」したと「人間のパテ世界統一公式サイト」は語っている。

どれだけ弾圧を受けてもメンバーの数は等比級数的に増え続けた。組織は《夢のミンチ》《パッション》《スカベンジャー》《レセプター》《肉団子》《屠殺天》《連雀の本地》など様々に名前を変え、社会のいたるところに根を張った。

パテたちの虐殺は罪にならないとする国々も多く、そこではストレスのたまった市民たちが日常的にパテたちを捕獲し、陵辱し、楽しみながら切り刻んだ。

おかげで社会的なストレスは解消し、犯罪件数は劇的に減った。戦争も標的となることを志願するパテたちの虐殺ゲームと化し、兵士や一般市民の戦争による死傷は激減した。

そのうち兵士に多くのパテたちが紛れ込むようになり、また前線での布教活動によってパテに改宗する兵士が急増したため、戦争そのものが衰退していった。そしてついに合衆国皇帝が自らパテに改宗したことを認めたとき、《人間のパテ》の弾圧は終焉を迎えたのである。

それから数十年後、帝国は《人間のパテ》を国教と定め、他の一切のNGOを異端として禁じる法律を施行した。パテたちは拷問、虐殺する側へと転じ、異端NGOに対する弾圧は苛烈を極めた。

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