イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「夢のミンチ」

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2004年1月から2005年3月にかけて書いた小説です。たくさんの短いシーンからできています。大阪を舞台にしていますが、登場人物たちそれぞれの幻想を投影した非現実世界を作り出すこと自体を目的にしているような作品です。
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デリバリー・サービス その一

 猪野井りえのルノー・メガーヌ・グラスルーフ・カブリオレが豊中の住宅街で停まる。その先の道路はすでに封鎖されていて、手前に新聞記者や報道カメラマン、テレビの取材班がひしめいている。道路に張られた黄色と黒のテープの向こう側には警察がいて、犯人に投降を呼びかけている。

 りえと桜庭はカーナビゲーション・システムのディスプレイでテレビの中継を見ている。
 犯人は数名の若者で、その日の明け方強盗目的でその家に押し入ったのだが、窓を破った時点でセキュリティ・システムが密かに作動し、警備保障会社のガードマンたちが駆けつけたので、逃げることができなかった。そのうち警察が、さらに報道陣も駆けつけて、犯人たちは完全に包囲されてしまった。

 人質は四十代の夫と三十代後半の妻と十代の娘一人人。彼らは人質を連れて逃走するための車を要求している。交渉のたびに窓から大きく身を乗り出して顔をさらしたり、人質に包丁を突きつけているところを見せ、ろくに武器も用意していないらしいことを警察に悟られてしまうなど、明らかに犯罪者としての用心や気配りを欠いている。

「これならいけそうやん」と猪野井りえが笑う。
「でも、気をつけてくださいね」と桜庭。
「わたしが死んだら『夢のミンチ』に祭壇つくってね」

 彼女はすでに欲情していて、着ているものをもどかしそうに脱いでは後部座席に脱ぎ捨て、
「ほら、こんなにぐしょぐしょ」と笑いながら桜庭にパンティを見せる。
 桜庭の目には彼女が黄金色のオーラを放っているのが見え、
「猪野井さん、すごいきれいです。これだったらだいじょうぶだと思います」といいながらムービーカメラを回し続ける。

 表向き沢村さんは犬研究員として全裸で研究員の身の回りの世話をしていることになっている。だから最初のうち、彼が夜中にひとりで《海綿構造スチール》製造機の試作機を組み立てているのを見ても、社長は何も言わなかった。しかしそのうちさすがの社長も、沢村さんが実質的に《海綿構造スチール》の開発を背負っているらしいことに気づきはじめた。

 いや、持ち前の動物的勘で社長は最初から感じていたのかもしれない。具体化していくにつれて《海綿構造スチール》のスペックも製造方法も《骨構造スチール》そのままだということは明らかだった。研究室をちょっと見ていれば、沢村さん以外の誰もそれが何なのか理解していないこともわかったはずだ。

 開発が進むにつれて社長はますます酒をあおるようになり、昼間から酔っぱらって研究室に現れ、沢村さんに後ろから抱きついて、
「なあ、沢村、どうやおまえの《骨構造スチール》は?」と聞いたりした。
 沢村さんは聞こえないふりをして、電子顕微鏡をのぞき込んだり、コンピュータの画面に見入ったりしていた。

「いや、社長に言われてあのアイデアは捨てました。な、沢村、そうやな?」と先輩の研究員が横から助け船を出した。
「ほな、おまえが今いじくりまわしてるのはワシの《海綿構造スチール》か?」
と社長は沢村さんのおちんちんに手を伸ばしていじくりながらしつこく聞いた。
「いや、これはわたしが沢村に言うて、解析を手伝わせてるだけで」と先輩社員が言った。
「おまえはワシの《海綿構造スチール》を自分が考えついたみたいに思てるんちゃうやろな?」
と社長はもう片方の手で沢村さんの乳首をひねりつぶしながら言った。
「めっそうもない。《海綿構造スチール》は百パーセント多田社長の発明ですがな。な、沢村、おまえもそう思うやろ?」と先輩社員。

 さすがの沢村さんも、社長から解放されたい一心で、
「はい、《海綿構造スチール》は多田社長のアイデアです」と言った。
「よっしゃ、よう言うた。おまえも少しはワシのすごさがわかってきたらしいな」
 そう言いながら、社長はうれしそうに出ていった。

 こんなことが繰り返された。
 研究室をのぞくたびに沢村さんに後ろからしがみつき、体中をいじくりまわすのが社長の日課になった。
「なあ、沢村、おまえ内心ではワシのことをバカにしてるやろ? 《海綿構造スチール》も自分が考えたもんで、ワシはなんもしてないみたいに思てるんやろ? な、な、な、そうやろ?」

「そんなことありませんて。《海綿構造スチール》は社長のすばらしいアイデアから生まれたもんです。これを製品化するのがわたしの夢です」
「そやろ、そやろ、そうなんや」と社長は自分に言い聞かせるように大声を張り上げた。「ワシみたいな天才がおらなんだらおまえみたいな雑魚は創造の喜びいうもんを一生知らずに終わってしまうんや。こんだけ夢のある開発がでけるのもワシのおかげや。な、な、な、そうやろ?」

「こういう夢のある開発ができるのは社長のおかげです」と沢村さん。
「そうなんや、そうなんや。おまえが研究者面しておれるのもぜんぶワシのおかげなんや。な、な、な、そうやろ? おまえはワシが糞をなめ言うたらワシの糞をなめるんや。ワシが死ね言うたら喜んで死ぬんや。な、な、な、そうやろ」

な、な、な、そうやろ?

 研究員たちがぼくらの《骨構造スチール》の概要を受け入れて以来、《海綿構造スチール》の開発は順調に進んでいる。開発作業のほとんどは沢村さんがひとりでやっている。それは実質的に《骨構造スチール》だからだ。ほかの研究員たちの仕事と言えば、社長に対して《海綿構造スチール》の開発を進めているふりをすることしかない。

 多田社長に毎日のように開発の進行状況を説明しなければならないので、彼らは沢村さんの作業を理解しようと努める。沢村さん自身は説明が苦手だし、実務に追われているので、説明はぼくの役目だ。鉄や高分子材料の物性についてそれほど詳しいわけではないが、どのみち研究員たちもあまり本格的な説明をされても理解できないし、社長にはさらに大雑把なことしか伝わらないので、ぼくレベルの説明がちょうどいいのだ。

 それに、なまじ詳細に説明してしまうと、社長がプライドを傷つけられたと感じ、攻撃してくる恐れがある。社長は自分に理解できないことが社員に理解され、それによって会社の業務が進んでいくことを極端に嫌う。もちろん新素材の開発や資本市場での資金調達など、多田車輪工業にはすでに社長には理解できないことがたくさんあり、むしろそれら理解できない技術によってこの会社は生き延びようとしているのだが、社長はそれを認めたくないのだ。

「《海綿構造スチール》のことは何から何までわかってる」というのが最近の社長の口癖だ。「なんせワシが苦労して考え出した画期的な発明やからな。おのれらには細々したことを任せてあるだけや。肝心なことはぜんぶわしが決めたったさかい、おのれらが豆腐みたいな脳みそ絞って考えないかんことはなんもない。な、な、そやろ?」
「はい、もう仰せの通りで」
「開発は多田社長のご指示通りに進めております」
と研究所長以下、研究員たちは口々に言う。

 彼らが口を滑らせて、話がちょっと詳しい説明に入ろうとすると、社長はいきなり声を荒げて、
「なんやそれ? ワシはそんなことを言うたか?」
とわめき出す。たいしてややこしい話でなくても、自分が何も理解していないことを悟られないためにダメ出しすることもある。

「それはいかん。そんなん、ワシの方針を逸脱してる。やり直せ。ワシがなんでもおのれらの勝手にさす思たら大間違いやぞ。わかったか!」

 社長の妨害によって《海綿構造スチール》の開発はこれまで何度も方針変更を余儀なくされ、開発スケジュールは大きく遅れた。社長はこれでまた自分が優位に立てるので、研究員たちをここぞとばかり大げさにしかりつけた。

「ワシは三カ月言うはずや。なんでこんな簡単なことがでけへんのや。ワシがせっかく会社の未来を切り拓く大発明をしたったのに、なんでおのれらは寄ってたかってつぶそうとするんじゃ!」

 隣のディスプレイは四分割表示で、瀬谷の姿を映し出している。
 今や多田車輪工業のあらゆる場所にマイクロカメラと集音装置が密かに設置され、映像と音を「夢のミンチ」監視システムに送ってくる。すでにこの会社にも数名の《信徒》がおり、日々隠しカメラ、隠しマイクの数を増やしているのだ。

瀬谷が鉄世界の現場でホイール積みをしていても、技術研究所で《海綿構造スチール》開発の手伝いをしていても、沢村の開発をサポートするために放免たちによる拷問を受けていても、すべての言動は監視システムによってとらえられている。

「なんか瀬谷くんに悪いわ」と猪野井りえが言う。
「どうして?」と桜庭。
「秘密で監視するなんて気が引けるわ」
「瀬谷さんには言いましたよ」
「瀬谷くんはなんて?」
「なにも。笑ってました」
「さすがやね」
「猪野井さんもそうだったじゃないですか」
「で、桜庭くんは瀬谷くんの何を監視してんの?」
「言寄りを記録してるだけです」
「記録して何に使うの?」
「いざというときの取引に。今のところ瀬谷さんの言寄りを完璧に記録しているのは『夢のミンチ』のデータベースだけですから」

 『猪野井りえ・瀬谷まもる拉致拷問シリーズ阿倍野闇金融地獄編』を放免の裏サイトで販売したとき、桜庭は意識的に瀬谷とりえの言寄りを寸断し、一部だけを動画に採用した。全部を取り込んだらそれだけでかなりの時間になってしまうし、言寄りはほとんどの人間にとって意味不明で退屈な戯言でしかないからだ。

桜庭にとっても言寄りはまったく理解不能だったが、ある種の産業にとっては大きな価値を生むかもしれないことはわかっていた。りえの言寄りはインフルーエンス・インク・ジャパンによって活用されたが、瀬谷のはまだまったく未知数だ。買い手が現れた場合、どんな取引になるにせよ、それは大きな財産になる。

「さすが商売上手やね」と猪野井りえが言う。
「瀬谷さんを守るためです」と桜庭。
「ええ子やね」とりえが桜庭の頭をなでる。
 桜庭は体をふるわせて後ずさる。
「まだわたしが恐い?」りえが鈴虫のような声で言う。
「ぼくは《猪野井さん=聖母観音大菩薩》派ですから」と桜庭が泣きそうな声で答える。

 別のディスプレイは、録画したテレビのニュースを表示している。
 ベランダに生徒たちの首を並べた中学校の映像だ。校庭で泣き叫ぶ生徒の家族たち、拡声器で犯人に投降を呼びかける警察、いたるところにカメラを据えてすべてを報道しようとするメディア。犯人たちは相変わらず定期的に生徒を男女一人ずつベランダに連れ出して犯しては首を斬り、胴体を校庭に投げ捨てている。校門近くには救急車が列をなしてして、救急隊が首のない胴体を運んでいる。

 画面は切り替わって、次々と割れていく校舎の窓を映す。機関銃のような破裂音。紺色の防弾服に身を固めた機動隊が一階から突入していく。人質の生徒が全員犯され、首を斬られた直後に特殊部隊が犯人を射殺したらしいとアナウンサーが告げる。

 続いて犯人が倒れている教室の内部が映される。十名ほどの犯人たちは冬だというのに黒っぽい半袖シャツにズボンという恰好で、靴ははいていない。全員中国人らしいとアナウンサーが告げる。
「ぼくらが行かないうちに終わっちゃいました」と桜庭が言う。
「わたしらにはちょっと大きすぎたね」と猪野井りえ。「もうちょっとこぢんまりしてないと無理やわ」

「早くなんらかの意思表示をしないと、信徒たちのあいだでストレスがたまっていきますよ」と桜庭が警告する。
「桜庭くん、なんか適当に言うてあげて」猪野井りえが冗談めかして笑う。
「それはだめです」桜庭がりえにビデオカメラを向ける。「ぼくも教団活動綱領策定委員会のメンバーですし」
「困ったなあ」りえが自分のほっぺたを両手で引っぱりながらレンズに向かって舌を出す。「わたしなんも考えられへん」
「もう少しまじめに答えてくれませんか。これじゃサイトに載せられません」
「ごめんね」
「面倒なことになったと思ってます?」
「そんなことないよ。こんだけぎょうさんの人に賛同してもろて、ボランティア冥利に尽きると思てるよ」
「それなら早く信徒たちに進むべき道を示してやらないと」

 別のディスプレイは最近大阪証券取引所二部に上場された多田車輪工業の株式保有者リスト、保有状況を表示している。それによるとユダヤ人の名前を冠した証券会社数社で全体の八割を保有し、残りを日本の証券会社数社が分け合っている。証券会社の背後にいる顧客企業のリストは、瀬谷まもるの身元引受希望者リストとほぼ一致する。つまり日本および世界の一流電子・情報機器メーカーだ。

 おかげで多田車輪工業の株価は、不振の鉄製ホイール業界の中で突出した高値をつけているが、業績自体は急速に落ち込んでいる。主要な顧客である自動車メーカーが発注量を減らしてきているからだ。理由はよくわからない。多田車輪工業に何か問題があったわけではない。自動車メーカーの生産量が減っているわけでもない。多田車輪工業がカットされた受注分は、ちゃんとライバルメーカーが受注している。

「株主からの圧力ですね、たぶん」と桜庭が猪野井りえに報告する。
 自動車メーカーの株主リストには、多田車輪工業の株式取得をめざしている電子・情報機器メーカーのほとんどが名を連ねている。

「おかしいね、なんで株を買おうとしてる会社の商売を邪魔するんやろ?」
「多田車輪工業の何かがほしいんでしょう」
「『何か』て瀬谷くんのこと?」
「たぶん」
「人気者やね」猪野井りえが笑う。

 大阪アルバイト取引市場は現在瀬谷まもるの生命、人格、労働力、生産価値などすべての項目において取引を停止している。特別高等警察から身請けされたときに交わした契約書により、彼の生命、人格、労働力、生産価値などすべて項目において、多田車輪工業が排他的無制限所有権を取得しているからだ。

したがって多田車輪工業との直接売買によらないかぎり、瀬谷まもるの生命、人格、労働力、生産価値等の一部でも、取得することはできない。しかもアルバイト取引基準法により、市場外取引でアルバイトを譲り受ける場合、その理由すなわちそのアルバイトによって将来獲得が予想される経済的利益を所有者に明らかにしなければならない。その一部でも伏せたまま取引を行なえばインサイダー取引とみなされ、そのアルバイトから生じた収益のすべてを没収された上、多額の賠償金を支払わなければならなくなる。

「瀬谷さんの言寄りの経済的価値は今の段階では算定不能でしょう」と桜庭。「それなら多田車輪工業ごと買ってしまった方が簡単なんです」

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