イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「夢のミンチ」

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2004年1月から2005年3月にかけて書いた小説です。たくさんの短いシーンからできています。大阪を舞台にしていますが、登場人物たちそれぞれの幻想を投影した非現実世界を作り出すこと自体を目的にしているような作品です。
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 次の登録者も来世登録だった。
 全裸の男性でちょっと毛深い相撲取りみたいな体をしているが、斬られたらしい首をおなかのあたりに抱えているので、顔がまったく見えない。
「お名前は?」とサッキー。
「多田」と首なしおじさんの首が言う。
「以前どこかでお会いしましたっけ?」
「知るか、ボケ」
「そういう態度なら、パテ登録は難しいな」
「すんません。人に頭を下げるのに慣れてないんです」
「いや、ぼくに頭を下げる必要はありませんよ。みんなを愛してさえいれば十分です」
「ワシは人様のお役に立ちたいんです」
「すばらしい」
「生前は過ちばかり犯してきましたが、せっかく死んだからには生まれ変わりたい」
「だいじょうぶですよ。教祖も生前は過ちの多い人でした」
 信徒や登録志願者たちのあいだにまたまたざわめき。教祖のことをこんなに率直に批判するなんて、ウェブマスターだからゆるされることだ。さすがサッキー。
「今は自分が虫みたいな存在やったと心底思てます」と多田さんの首が言う。
「で、当然来世登録?」とサッキー。
「そういうことになりますな」
 申請が受理されると、多田さんは安心したように首を肩のあいだに載せる。鍵型のハゲがある五分刈り頭がなかなか男らしくてセクシーなおじさんだ。多田さんはガッツポーズをしながら会場から出ていく。

 登録会場は薬棚が両側にびっしり並ぶ迷路のような階段や廊下をいくつも通り抜けた道修町の奥の奥にあった。

 そこでわたしはサッキーを初めて見た。それまで見たことがあるのは、「夢のミンチ」のごく初期の動画で、彼が盗撮の現場をおさえられてボコボコに殴られるシーンだけだったから、紫色に腫れ上がった顔しか知らなかったのだが、登録受付デスクの真ん中に構えているサッキーはなかなかの美少年だった。ちょっと女の子っぽい感じもするが、いかにも人質籠城事件の現場で一緒に吊されたり、お尻に銃弾をぶち込まれたりしたくなるような子だ。

「サッキー!」と入り口から声をかけると、信徒たちと登録志願者たちが一斉にこちらを見た。
 登録受付中のサッキーはちょっと手を振っただけでこちらを見なかったが、顔が温泉でのぼせたみたいに赤くなっているのでわたしと気持がつながっているのを実感できた。

 わたしとおなじ年頃の女の子がサッキーに登録手続きをしてもらっていた。
「お名前は?」とサッキー。
「みのり」と女の子が言った。「苗字は思い出せへん」
「苗字はいいよ。瀬谷さんからきみのことは聞いてる」とサッキー。

 瀬谷さん、瀬谷さん、瀬谷さんと信徒や登録志願者たちのあいだに言葉の波紋が広がる。瀬谷さんから何かを聞いてるなんて言えるのは世界でサッキーだけだ。同時に彼らの視線が女の子に集中する。このみのりという子はただの女の子ではなく、教祖がウェブマスターに世話を頼んだ子なのだ。

 もう一度見ると、みのりは頭と顔半分が潰れていて赤黒かった。そういえば全身黒ずんでいて焦げた臭いがする。
「みのりちゃんは現世登録だっけ、来世登録だっけ?」とサッキーがきく。
「できれば現世登録したいんやけど」とみのり。
「でもその灯油臭い黒こげの体はなんとかしないと、パテとしては動きづらいかも」とサッキーがストレートに言う。

「わかった。ほな来世登録で」とみのり。
「了解」
とサッキーが言い、書類にスタンプを押すと、みのりはピンクのミニスカートに丈の短いジーンズジャンパー姿の、わりと可愛い女の子に戻っていた。これで彼女は安心して来世の人になり、大胆にパテ・ボランティア活動ができる。一度死んだ人は生きている人より死を恐れずにすむからだ。

来世登録

 やっと登録の順番が回ってきたとき、わたしは道修町を六周か七周していて、時間もたぶん三日か四日経っていた。スケジュールの都合もあったから、事務所からは東京に戻れとうるさく言ってきたが、わたしはパテになることの方が大切だったので、列に並んだままサイトや雑誌の取材・撮影、テレビやラジオ番組の出演をこなした。メディアの人たちもパテ登録の現場でわたしをつかまえた方が話題になるから、人や機材を派遣するのをいやがらなかった。

 道修町にはたこ焼きやお好み焼きやホルモン焼きを売る小さな屋台がびっしり並んでいて、食べるものには困らなかった。大阪の屋台料理はとてもおいしい。ホルモン焼きには人間の腸が使われているという噂もあるが、ぷりぷりしていて適度に脂肪があってとてもおいしい。

 トイレは全裸信徒の人たちが献身的に洗面器やたらいを運んでくれたので少しも不自由しなかった。メディアはわたしがおしっこやうんこをするところを興奮しながら撮影したり、リポートしていたが、
「こんな恥知らずな」とか、
「信じられないような光景が」とか、
おでこに皺を寄せて、ひそひそ声で囁いているのは彼らだけだった。

 その彼ら自身が屋台で食べるものを買って路上で食べていたし、全裸信徒たちからたらいを借りてトイレをすませていた。わたしのまわりでは列に並んでいる人たちがみんな同じことをしていた。テレビやラジオや雑誌やインターネットでわたしの排泄を見ている視聴者/読者も、中にはオナニーくらいする人もいるかもしれないが、それほど不愉快な印象は受けなかったはずだ。人間のパテ準信徒になって以来、わたしはふだんから何も隠さなくなっていたから、誰でもわたしの直腸や膣、尿道の中までのぞくことができた。
 わたしのホームページの掲示板には、
「しんめとりのおしっこ姿見ちゃった。可愛い!」とか、
「しんめとりのうんこ、おいしそう」といった書き込みが何万と集まっていた。

 わたしはケータイしか持っていなかったが、全裸信徒や屋台の主人たちがPDAやノートパソコンでひっきりなしにわたしあての書き込みやメールを見せてくれた。
 道修町の人たちは、地元の住民も人間のパテの信徒たちもわたしのファンもみんなやさしさと情熱にあふれていて、わたしはその場にいられるだけで幸せだった。

 しかし実際、一度コツをつかんでしまえば、犯人を投降させるのはそれほど難しいことではなかった。

 その日のぼくはとても気分よく死んでいて、道修町に借りている宿舎で気分よく目覚め、猪野井さん、桜庭と愉快に世間話をしながら朝飯を食べ、テレビで中継している守口の小学校占拠事件のニュースをしばらく眺め、いつものように三人でルノー・メガーヌ・グラスルーフ・カブリオレに乗って現場に出かけたのだった。

 なぜか桜庭は小学校が近づくにつれて無口になり、いよいよぼくと猪野井さんが車を降りて服を脱ぎ始めると、子供みたいに泣き出した。
「どないしたん?」とぼくは桜庭に声をかけた。
 いつもならそれは猪野井さんの役目なのだが、そのときはなぜかぼくが声をかけた。

「瀬谷さん、行ってしまうつもりなんでしょう?」
「行ってしまうって?」ぼくは笑った。「何言うてんねん。どこも行かへんよ」
「隠してもだめです。瀬谷さん、死ぬ気なんだ」と桜庭が充血した眼でぼくを見上げた。

「これまで何度も死んできたやん」とぼくは言った。「何がちがうねん?」
「ぼくを置いて遠くに行っちゃうんだ」桜庭は幼稚園児みたいに言った。
「あほなこと言わんと、あとの埋葬ちゃんと頼むで」

 ぼくはタイミングを逸したくなかったので、桜庭の肩を軽く叩くと、猪野井さんと現場に向かった。しかしあとから考えると、桜庭の勘はなかなか冴えていたのだ。それが彼と交わした最後の会話になった。

 いつも通り四つん這いになってマングローブみたいな人の脚の密林をかいくぐり、分厚い人垣を突破すると、広い校庭の真ん中に出た。すでに何人かの人質の首と胴体が落ちていた。色とりどりのジャージを着ている学校の先生たちと生徒たちだった。

「人間のパテです。人質のボランティアに来ました!」
と猪野井さんが校舎に向かって元気よく挨拶すると、銃や日本刀で武装した子供たちが窓から顔を出した。みんなとても愛くるしい顔立ちをしている。

「ぼくらが人質になりますから、人質のみなさんを解放してもらえませんか!」
とぼくは猪野井さんと両腕をあげて大きく振り、跳びはねながら呼びかけた。
「あほんだら、何勝手なことぬかしとんじゃ!」
と子供たちのひとりが精一杯大人びた口調で叫んだが、まだ男でも女でもない男の子の澄んだ声はなかなか可憐かつセクシーで、ぼくはペニスが勃起してくるのを感じた。

「きみなかなか可愛いやん」とぼくは叫んだ。「ええ子やからそんないけずせんと人質助けたって。頼むわ」
「ね、可愛いでしょ?」と猪野井さんがうれしそうに腰をぼくにくっつけてきた。
「ほんま可愛いですね」とぼくも彼女のやわらかい肉の感触を楽しみながら、子供たちに手を振り続けた。

 やがてぼくらに手を振る子供たちが出てきて、その数が増えていき、校舎のドアがあいて人質の子供たちが出てきた。彼らは犯人の子供たちと区別がつかなかった。両手を後頭部に当てて整然と列を作って出てくるのだが、それは投降する犯人のようにも見えたからだ。

 最後に先生たちが出てきて、
「全員投降です。ありがとうございました」と言った。
 見上げると、校舎の窓にはひとりも生徒の姿がなかった。
「犯人は?」
とぼくは思わずききそうになったが、猪野井さんが肘でぼくの脇腹をつついて止めた。

 犯人が投降するとき、犯人と人質の区別はなくなっている。見分けがつかないのではなく、犯人はすでにその時点で投降児童になっていて、過去をさかのぼってもせいぜい投降拒否児童でしかなく、犯罪も犯人も最初から存在していないからだ。

 見渡せば校庭に転がっていた死体もすでになかった。事件はなかったのだ。学校占拠は起きたが、とりかえしのつかない殺人は起きなかった。
 そのへんの事情はぼくにも理屈ではわかっていたのだが、初めてだったのでなかなか呑み込むことができなかった。

「なんや、こういうことやったんか」とぼくは自分を納得させるように言った。
「起こってみれば簡単でしょ?」と猪野井さん。
 それからぼくらは二度としくじらなかった。
 それはぼくらが完全にこの世から消えてなくなったということでもあった。

投降拒否児童投降

 ぼくが初めて犯人を投降させたのは、十回目のパテ行動のときだった。いや、二十回目だったか。ちょっと忘れてしまったが、そのくらいのときだ。

 それまでぼくは猪野井さんと籠城事件現場に裸で登場するや否や、いやになるほどあっさり犯人たちに犯され、人質も解放してもらえないまま口や肛門に銃身を深々と突っ込まれ全身を銃弾で貫かれて殺されたり、ビルの窓や屋上から吊されたり突き落とされたりして、何度となく死んでいた。

 あんまりぶざまに、しかも無意味に死ぬので犯人たちだけでなく、警察やマスメディアも、見物人もすっかりぼくらを馬鹿にしていて、ぼくらが登場しただけで不愉快そうな顔をし、
「ああ、またあいつらや」
「一体何様や思てんねん」
「ええ加減自分らの惨めさに気づけよ」
といったヤジをとばした。

 ぼくもその頃にはすっかり死ぬのが当たり前だと思っていたのだが、成功体験のある猪野井さんはあきらめなかった。
「あきらめたらあかんよ。自分が死ぬことだけ考えてたら、ただ死ぬだけやけど、相手のことを考えたらたとえ殺されても相手を生き返らすことができるからね」

 ビルの窓から並んで吊されているときなど、ちょっと時間的余裕を見つけると、熱心にぼくを励ました。ぼくが知らないうちに猪野井さんは変わっていたのだ。もう彼女はただ性器を濡らしながら銃弾をぶちこまれるだけのパテではなかった。彼女には、まだ自分だけで人間のパテボランティア行動に挑んでいたときに、犯人を投降させた経験があった。その自信が彼女に夢をもたらしていたのだろう。

「なんか猪野井さん、変わりましたね」とぼくは言った。
「そうかな? そうかもしれへんね」と彼女は軽く受け流し、すぐに投降拒否児童攻略法の話に戻るのだった。

 ぼくに言わせれば、猪野井さんは住んでいる世界が違いすぎるし、その世界の落差を犯人の威嚇に利用しているところがずるいのだが、彼女にしてみればそれこそぼくが乗り越えるべき壁なのだ。いや、彼女に言わせれば世界の落差や壁自体ぼくが勝手に作り上げているものであって、そんなものはないのだ。

「何度も言うようやけど、相手は凶悪でも冷酷でもないんよ。単なる投降拒否児童やねん。『単なる』言うたらいかんな。みんなごっつ可愛い投降拒否児童やねん。それぞれいろんなことがあって人を殺したりするけど、みんな怯えてるだけやねん。それをこっちがちゃんと見抜いていれば、相手は投降せずにいられなくなるんよ」

「そうしてるつもりなんですけどねえ」
「瀬谷くん、ちゃんと愛してる?」
「愛してるて、誰を?」
「投降拒否児童を。みんなを」
 猪野井さんは《愛》という言葉を発音するときにいつも見せるかすかな緊張と怯えをちらちらさせながら言った。
「そこですよね、一番難しいのは」とぼくは言った。


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