イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「夢のミンチ」

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2004年1月から2005年3月にかけて書いた小説です。たくさんの短いシーンからできています。大阪を舞台にしていますが、登場人物たちそれぞれの幻想を投影した非現実世界を作り出すこと自体を目的にしているような作品です。
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「時間はたっぷりあるからだいじょうぶよ。ところでちょっと問診させてもらってもいいかしら?」
「いいけど、あんまり詳しくきかないで」
「気が進まない?」
「ここで全部話すとサッキーと話す時間が短くなっちゃうもん」
「サッキー?」
「桜庭あずさ。前から友達なんだ。本部の登録はサッキーがしてくれるんでしょ?」
「ウェブマスターはたぶん本部にいると思うけど」

 全裸問診信徒はちょっと眼を泳がせる。桜庭をサッキーなんて呼ぶ信徒あるいは準信徒に会ったことがなかったからだ。あらゆる信徒にとって桜庭はウェブマスターであり、教祖に次ぐ権威だ。

「じゃ、ほんとにサッキーと会えるんだ。なんかドキドキする」
「友達なんでしょ?」
「チャットセフレなの。さっきもケータイでいい感じになぶってもらって何度もイッたけど、サッキーの体にさわったことはないのよ。あなたは?」
「ちょっとだけ。でもウェブマスターはボディコンタクトがお好きじゃないのよ」
「そう言ってた。でもうらやましいなあ。ちょっとでもさわったことがあるなんて。わたしサッキーとふたりで大群衆の広場に吊されるのが夢なの」

「そろそろ問診を始めていい?」
「どうぞ。ごめんね、無駄話して」
「あなたは現世登録よね?」
「もちろん生きてるよ」
 ウィンウィンウィンウィンウィンウィン。
「じゃ、現世登録してね」
「オッケー」
「協力してくれてありがとう」
「問診てそれだけ?」
「あなたの基本データは完璧だからね」全裸信徒はPDAのディスプレイを見せる。「予備登録が完璧な人には現世登録の意志を確認するだけでいいのよ。ハイ、元気?」
 全裸信徒は次の志願者に話しかける。しんめとりの後ろにいるのは数百人のファンだ。まだ十九にならない準信徒はあわててわきにとびのき、登録資格のあるファンが「ハイ、元気よ」と答える。

現世登録

 中宮寺しんめとりが真夜中過ぎに道修町(どしょうまち)の《人間のパテ日本支部》に到着したとき、すでに登録志願者は道路に長い列を作っていた。最近では志願者が増えて、二十四時間登録を受け付けているのだが、それでも順番待ちの列は伸び続け、道修町全体を何重にもとりまいている。

 しんめとりは義足のリズムに合わせてウィンウィン踊るように歩きながら、ファンたちを引き連れて行列の最後尾を探す。ウィンウィンウィン。

「アイドルやねんから特別に入れてもらえへんのかな」とファンのひとりが言う。
「あかんよ。そういうのパテらしくないやん」と別のファンが言う。
「そうかて、何万人もファンを登録させてんねんで。ものすごい功績やん」
「なに言うてんの。パテをクラス分けせえへんのが人間のパテやないの」
「しんめとりは脚が痛いんやから特別扱いしてくれてもええやないの」
「しいっ! そういうのしんめとりは一番嫌うんやから」

 しんめとりは彼女たちの口論を楽しそうに聞きながら、ウィンウィンウィンウィンウィンウィンと歩みを進める。
 行列のあちこちで全裸の信徒たちがPDA片手に登録志願者に問診をしている。基本データを入力しておけば、登録にかかる時間を短縮できるからだ。たいていの志願者たちはインターネットで登録予約してからやってくるので、フォーマットにしたがって基本データを自分で入力してあるのだが、それでも信徒と対話しないとなかなかきちんとしたデータにならない。

 ようやく最後尾を見つけて並んだしんめとりに、問診全裸信徒が近づいてくる。
「ハイ、元気?」とインターナショナル・スクールの女子学生みたいにその全裸信徒はあいさつする。
「ハイ、元気だよ」としんめとりもいつもの陽気さであいさつする。「最後尾はここでいいの?」
「うん、ここよ。ごめんね、長く待たせることになるけどがまんしてね」
「だいじょうぶよ。気にしないで」
 しんめとりは陽気に腰を振ってウィンウィンウィンウィンウィンウィン踊る。

「あなたなかなかセクシーね」と全裸信徒はしんめとりの全裸に見とれながら言う。「全裸で登録しにくる信徒もめずらしいわ」
「今日は特別な気分なの。十九の誕生日だし、わたしのファンが一緒だし、こんなにたくさんのパテ志願者に会えたし。興奮してここでオナニーしたいくらい」

空中で会話する楽しみ

「で、結局瀬谷くんはいつ死んだん?」と猪野井さんがきいた。
 声はやや苦しげだが、ぼくの腰に触れている猪野井さんの腰の肉はとてもやわらかく温かい。ロープを巻き付けられて窓から落下したときの衝撃で首の骨を折ったはずなのだが、それほどこたえてはいないようだ。

「さあ、いつやったかなあ」とぼくはあいまいに答える。「何度も死んだような気もするし、ゆっくり死んできたような気もするし」
 過去を思い出そうとするのだが、最近は時間の経過というのがわからなくなってきているのだ。

「殺されたいうことで言えば、たしかに何度も殺されたからね」
 猪野井さんの声はかすかにふるえているがなかなか幸せそうだ。彼女はビルの下でぼくらを見上げている人たちの視線に酔っていて、たぶん性器からたっぷり粘液をしたたらせているのだろう。

「今から思えば、ミンチになった夜にもう死んでたんかもしれへんけど」
とぼくは自分のペニスから粘液がしたたり落ちるところを思い描きながら、腰の後ろで縛られている手首の縄をほどこうともがいてみるが、さすが連雀だけあって、そうそう自由にはさせてくれない。

「それはあるよね。ミンチてなかなか生きたままできることではないし」
「ミンチの能力いうのも結局死んでる度合いで決まるみたいなとこあるやないですか」
「そうそう。どんだけ死んでるかの勝負やからね」

「その意味ではカレーチューブを完走した時点でかなり死んでたんかもしれません」
「ふうん。そうか」猪野井さんは妙に納得した感じだった。「息でけへんわけやからね」

「猪野井さんはいつ死んだんですか?」
とぼくは前々から聞こうと思いながら口に出せないでいたことをきいてみた。言ってしまってから少しドキドキした。猪野井さんが怒り出すんじゃないかという気がしたからだ。しかし、彼女はふふふふとかすかな息で笑い、
「わたしは一度も生きたことなかったよ。一度は生きてみたかったけど、生まれたことすらなかったから」

「やっぱりや」
「疑ってた?」
「どうもミンチとして優秀すぎると思てたんです」

 中宮寺しんめとりは大阪城ホールでのライブを終えると、義足をはずしもしないでシャワーを浴び、全裸のままホールをあとにする。義足は最新の骨構造スチール製で、軽くしなやかだ。高性能のシステムLSIと超小型マニピュレータを搭載しているので、隠してしまえばまるで健常者の脚のように自然に動く。

 しかし、しんめとりは義足をと美しい体を誇示しながら上本町、生玉町、日本橋の表通りを早足で歩いていく。マニピュレータの小型モーターのウィンウィンという音がかすかに響く。彼女のあとを熱心なファンたちがついていく。

「どうみんな、今度のモーターの音、なかなかいいでしょ?」とファンたちを振り返ってしんめとりが言う。ウィンウィンウィン。
「ええわ、しんめとり、最高やわ」とファンの隊列の先頭で高校生くらいの女の子が言う。彼女はしんめとりのコンサートやその他のイベントの常連で、もちろん人間のパテ準信徒だ。

「わたしらもしんめとりみたいに脚切ったらちょっとはきれいになれるかな?」と別の熱狂的ファンがきく。
「だめだよ。あなたの脚はもう《人間のパテ》のものなんだから」としんめとりは先輩準信徒としてたしなめる。ウィンウィンウィン。

「そうかてもう外科医に予約してしもてん」
「それはたぶんものすごい背徳行為だよ。今からでも遅くないから予約を取り消しな」
 ウィンウィンウィン。
 隊列はとてもゆっくり進む。真夜中過ぎに道修町にある人間のパテ日本支部に着けばいいのだ。日付が変われば信徒登録ができる。ウィンウィンウィン。

 しんめとりは右の義足に磁石でつけてある携帯電話をとり、電話をかける。
「サッキー? 元気? 写真ありがとう。わたしが大阪経済界のおっさんたちに犯されてるとこすごくきれいに写ってるじゃない。もう『ミンチ』にアップしてくれた? さすがだね」

「サッキーやて」
「桜庭あずさのことちゃう?」
「うそ。すごい!」
 ファンのあいだでひそひそ話す声が聞こえる。

サッキーとは桜庭あずさのことだ。
「夢のミンチ」のごく初期の画像や記名記事をのぞいて、サイトにほとんど登場していない桜庭は、有料サイト会員や人間のパテ信徒、準信徒たちのあいだで伝説的な存在だ。その桜庭と以前から友達だというのがしんめとりの自慢であり、それを誇示するために彼女はファンたちに聞こえるように「サッキー!」と大声で何度も言う。

「サッキー、あしたの登録立ち会ってくれるよね?」としんめとり。
「ああ、たぶん」と桜庭。
「お願いだから立ち会ってね」
「ややこしい籠城事件がいくつもあるからなあ。信徒が殉教したら死体を引き取りに行かなきゃならないんだ」
「そしたらわたしも引き取りの手伝いするよ」

「スーパーアイドルにそんなことさせたら悪いよ」
「何言ってるの。サッキーこそ生前の教祖を直接知ってる超スーパーアイドルじゃない。一度でいいからサッキーに直接会いたいわ」
「ぼくはメールとテレビ電話が一番いいけど」
「自分を安売りしないんだ?」
「人と会うのが恐いんだよ」
「サッキー大好き。愛してる! こないだみたいに『おまえの義足をおまんこに突っ込んでやろうか?』って言ってわたしをいじめて!」
 ウィンウィンウィン。

サッキー!

 スーパーアイドル中宮寺しんめとりがNGO人間のパテの準信徒であることはもう所属事務所も隠しようがない事実だ。彼女は最近のライブで勝手に歌詞を変え、客を洗脳しているらしい。

 ついこのあいだまで、彼女の歌には「だいじょうぶ」「心配しないで」「そばにいてあげる」「一緒にいよう」「明日に向かって」といった言葉が並んでいたものだが、この頃はそれが「わたしはみんなのドレイ」「犯されてしあわせ」「一緒に死にたい」といった馬鹿げた言葉に置き換えられている。

 ステージで衣装を脱ぎ、両腿の下半分から始まる義足をこれ見よがしに見せながら、踊り回り、照明の足場に登って首を吊って見せたりもする。曲のあいだのトークでは、音楽業界、テレビ業界、政財界の誰が義肢マニアで、そいつら相手にどんな変態行為をさせられたかといった刺激的な暴露話をして、ファンの怒りと密かな劣情をあおる。

 ライブの最後には露骨に人間のパテへの登録を呼びかける。
「わたしはこれまで十八歳だったから準信徒にしかなれなかったけど、明日十九歳になるから、朝起きたらすぐ登録に行くんだ。登録したら、一日も早く殉教した信徒たちみたいに人質救出ボランティア作戦に参加するからみんなも応援してね」
 ファンのウオー、ウオーという歓声。
「みんなも十九になったらちゃんと登録しようね。登録したらわたしのあとに続いてね」
 ウオー、ウオー。

 舞台の袖では私服警官たちが苦々しい顔でしんめとりを見つめている。
 最近あまりにも多くのパテが人質ボランティアとして死んだので、政府は人質ボランティア禁止法案あるいは自殺的集団行動規制法案の提出を検討している。

 人間のパテが非合法化されれば規制の使用もあるのだろうが、今のところ警察は手の出しようがない。彼らは自ら死ぬだけで誰も殺しはしない。しかしこうした死への誘いはそれ自体すでに犯罪的ではないだろうか?

 所属事務所は彼女が死ぬことを恐れているが、噂では社長のパトロンである妻とその一族が熱心なパテで、最近次々と殉教しているのだが、彼らが一人残らず死ぬまでは人間のパテを否定するような行動はとれないらしい。
 妻の一族が全員死んだとしても、しんめとりをおさえるのはむずかしいかもしれない。最近事務所のスタッフがどんどん人間のパテに改宗しているからだ。


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