イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「夢のミンチ」

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2004年1月から2005年3月にかけて書いた小説です。たくさんの短いシーンからできています。大阪を舞台にしていますが、登場人物たちそれぞれの幻想を投影した非現実世界を作り出すこと自体を目的にしているような作品です。
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 沢村さんの奥さんは赤ん坊を抱えて夜中にやってくる。
 猪野井さんによく似た美人だ。すごく疲れている様子で、暖房のきいた研究室に入ってきても厚手のコートを脱ごうとせず、毛布にくるんだ赤ん坊を抱いたまましばらく無言で立っている。おしっこをがまんしているみたいに腰を少しかがめ、しきりに沢村さんの方を見ては何か言いたげだが、沢村さんは几帳面に全裸で四つん這いの姿勢を崩さず、社長の方に頭を向けてひたすら命令を待っている。奥さんはしかたなく社長の方に視線を戻す。

「電話でお話ししたとおり沢村くんは今ががんばりどきなんですわ」と社長は足下に丸まっているB.V.D.のブリーフを見下ろしながら言う。「社長のわたしが与えた海綿構造スチールいう画期的なテーマを具体化する栄誉にあずかりながらもたもたしてなかなか成果をあげることができない。それで精神に喝を入れるためにこうして犬になってもろてるわけです」

 それからしばらく沈黙が続く。奥さんは全裸の男たちしかいない夜中の研究所になぜ自分がいなければならないのかどうしても理解できない。
「それで?」と彼女は耐えきれなくなって社長に言う。「わたしはなんのために来なあかんかったんでしょうか?」

「沢村くんを救ってやってほしいんですわ」と社長は言った。「ご主人の仕事ぶりを理解して立ち直らせてやってほしい」
「わたしには何もでけへんと思いますが」
「わたしが思うに沢村くんには邪念がありすぎます」
「邪念?」
「社長のわたしが考えたアイデアをただわたしの指示に従って製品化しようとしてるだけやのに、まるで《海綿構造スチール》という構想まで自分が生み出したみたいに思いこんで、なにもかも自分の肩に背負ってしまってるんです」

「うちの人は真面目ですから、勘違いしてるんやったらそう言って聞かせればわかると思いますけど」
「それは無理や。わたしも何度となく言い聞かせてやったし、そのたびに当人もわかったと言います。たぶん本気でそう言うてるんやと思いますが、それでも毎日根詰めて仕事をしてると、ついついまた自分ひとりで何もかも創り出してるような気になってくるんです。その気になってついつい外に対してもこれは自分の発明やみたいなことを言ってみたくなる」

 ぼくらは両手首を重ねて縛られ、横一線に吊されていて、白い衣装に白い帽子をかぶった板前たちの背中を見つめている。白木のカウンターのむこうには客たちが並んでいて、酒を飲みながら僕らを眺め、舌なめずりしながら「どれにしようか?」と囁きあっている。

 隣のみのりちゃんはすでにかなり弱っていて、透き通った肌が艶をなくしている。さっきまで股間から腿にかけて流れ落ちていた粘液も今は乾いてなめくじが這った跡みたいな筋が見えるだけだ。活きのいいのは雄も雌も大量の粘液をしたたらせていて、そこに吊されて客たちに吟味されていること、これから解体されて彼らに食われてしまうことにどうしようもなく欲情している。
 
 ぼくもさっきから大量の粘液をペニスの先からたらしていて、そのしたたりは長く糸を引き、床にまで達しながらところどころに小さな透明の玉を輝かせている。その活きのよさが客たちの目に留まり、ぼくの名前が板前たちによって呼ばれる。

「みのりちゃん、ぼくの番がきたみたいやわ」ぼくはみのりちゃんに最後の言葉をかける。
「そう? 瀬谷さん元気でね」とすでに意識が朦朧としているらしいみのりちゃんは意味のない返事をする。

 ぼくは若い板前たちよって下ろされ、まな板の上に横たえられる。板長らしい中年の板前が助手たちに次々指示を与えながら長い包丁で僕の頸動脈をすばやく切り、血を流しの大鉢に受ける。続いて喉元から鳩尾にかけてさっと包丁を引くと内臓が勢いよく飛び出し、客たちがその手際に喝采を送る。

 さらに包丁は肛門から深々と下半身を貫き、たちまち二本の脚が切り分けられる。若い助手が大腸と小腸を受け取り、流しの水でていねいに洗いながら、カウンターの客に「ここがカレーチューブです。酢味噌あえなんかにすると最高ですよ」と解説する。

別のディスプレイでは、研究室に別の信徒ボランティア警備員が入っていくのが見える。多田社長が全裸で、白いブリーフを脚に引っ掛けたまま床に転がっていびきをかいている。そのむこうには全裸に首輪をつけた瀬谷がぼんやり沢村を見上げている。沢村は静かに電子顕微鏡の画像を解析している。
 信徒ボランティア警備員は静かに研究室内を見回り、三つの隠しカメラと二つの隠しマイクを発見し、駆除する。瀬谷も沢村も警備員が入ってきたことすら気づいていない。

 警備員が立ち去ると静寂が訪れる。りえと桜庭は社長のいびきが止まったことに気づく。何十秒か静寂が続いたあと、ゴッ、ゴッ、ゴッと汚らしい音がして、社長が急に起きあがる。
「なんやここは?」と社長が言う。「なんで誰もおらへんのや」

 ディスプレイのいくつかが多田車輪工業技術研究所の研究室、三国工場の建屋や事務棟、瀬谷の布団が敷きっぱなしになっている独身寮の室内などを映している。画面の隅には「LIVE」の表示があり、生中継であることを示している。その横に表示されている時計は、今がすでに夜中であることを示しているが、工場ではひっきりなしにプレス成形機から花火が上がり、油煙の虹が架かっている。全裸のアルバイトたちは休むことなくホイールを積んでいる。

 プレス成形機で稼働しているのは、十五台のうちの一台だけだ。ホイールの注文は減っているのだから、夜中の操業はやめてしまってもいいのだが、鉄の廃材を溶かす電熱炉は一度止めると再稼働に長い時間とエネルギーがいるので、昼間の稼働を減らしてでも二十四時間操業するしかない。

 数人の全裸アルバイトたちがのそのそとホイールを積んでいる横を、幽霊のように警備員風の男二人が懐中電灯を下げて通り過ぎる。彼らはかなり前に解雇されたのだが、今でも新しい仕事が終わると三国工場に来て構内をくまなく見回る。ひとりが鉄梯子を登っていき、天井に近い鉄の足場の下に何か見つける。小指の先に載るほど小さな機械だ。彼は腰から何か検査装置のようなものを取りだしてその機械にかざしてからポケットに入れる。

「また隠しカメラです」とディスプレイを見ながら桜庭が言う。
「桜庭くんが仕掛けたのとはちがうの?」と猪野井りえがきく。
「ごく弱い電波で信号を出すようにしてありますから見分けがつくんです」
「桜庭くん以外に誰があんなもの仕掛けるの?」りえが面白そうに笑う。
「いろんな会社やら研究機関がいろんな手を使ってきます」と桜庭も笑う。「でも所詮金で買われた連中が仕掛けますから、うちの信者たちほど手の込んだことはできませんけど」

 しばらくしてボランティア警備員は独身寮の瀬谷の部屋に入り、そこでも隠しマイクを発見する。
「誰がいつのまに仕掛けるんやろ?」
「さあ」
「言寄りのことを知らない素人なんやろね。寝ているあいだに言寄りをもらすなんてありえへんのに」

 沢村さんを征服して満足したらしい社長は床にのびてしまった沢村さんを両手で押しのけるようにして立ち上がり、晴れ晴れとした顔で笑いながら、
「これで《海綿構造スチール》はワシのもんや」と言いながらガッツポーズをする。

 それからまたそこらを歩き回り、床に脱ぎ捨てたランニングシャツを拾い上げて着る。さらにキョロキョロあたりを見回しながらうろつき、ぼくの前に落ちているブリーフを見つけて拾い上げたが、股にうんこがついているのを見て手を止め、それを部屋の隅に放り投げてしまう。

 それから社長は急に頭を抱えてわめきだす。
「あかん。あかんわ」
 社長は狂ったように頭を大きく振りながら研究室の中を走り回る。
「あかん、あかん、あかん、あかんわ」
と叫び、猛スピードで沢村さんのところへ走ってくる。

「なあ沢村、おまえはここでいくら《海綿構造スチール》は社長のすばらしいアイデアから生まれました、これを製品化するのがわたしの夢です言うて調子合わせても、家に帰ると嫁はんに『あほな社長が今日もまたわけのわからんこと言うて困らしよるさかい、適当に話合わせたったわ』とかなんてか言うてワシを笑いものにしながら酒を飲むんや。な、な、な、な、そやろ、そうなんやろ?」

「そんなことありません。わたしは家で仕事の話は一切しません」と沢村さんは四つん這いの姿勢に戻って几帳面に答える。
「なあ沢村、頼むからワシを少しは安心させてくれ。《海綿構造スチール》がまぎれもなくワシの発明で、おまえはただワシの手足になって動いてるだけや言うことをワシにちゃんと信じさせてくれ。な、沢村、頼むわ」

 社長は急に両手を合わせて拝みながら沢村さんに体をこすりつける。
「な、な、な、な、頼むわ。このとおりや」
「ほんまに《海綿構造スチール》は社長のアイデアなんですから、それでええやないですか」
と沢村さんは社長が求めていることを察することができずにそっけなく言う。

「あかん。おまえが家で嫁さんに『ほんまは海綿構造スチールはおれのアイデアなんやけど、社長がそれを横取りしよったんや』とかなんとか言うてワシのことを笑いものにしてる様子が目に浮かんでくる。なあ沢村、頼むからそんなことせえへんて約束してくれ。ワシを安心させてくれ」
「せやからわたしは家では仕事のことは一切言いませんて」

「あかん。そんなことでワシが安心できると思たら甘いで。そんな口先でワシをごまかそうとしてもあかん。もっとちゃんとした証拠を見せ」
「もう、これ以上どないしたらいいんですか?」
 沢村さんはとうとう泣き声をもらしだす。

 社長はしばらく頭を抱えたままそのばにうずくまっていたが、急に頭を上げて、
「おまえの嫁はんをここへ呼べ」と言う。
「呼んで何するんですか?」
「おまえがほんまに仕事の話をしてないかどうか確かめる。嫁と子供におまえがどんな仕事してるか見てもらえ」

 押し問答の末、沢村さんは家に電話をかける。
 小声の交渉が続き、沢村さんは仕事のときと同じ物静かさとねばり強さで奥さんを説得する。「そらわかるけど……まあ、そらそうやけど……社長命令やし……社長がぜひに言うてはるんやから……」


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