イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「夢のミンチ」

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2004年1月から2005年3月にかけて書いた小説です。たくさんの短いシーンからできています。大阪を舞台にしていますが、登場人物たちそれぞれの幻想を投影した非現実世界を作り出すこと自体を目的にしているような作品です。
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社長はぼくには気づかない様子で通り過ぎ、床に倒れている沢村さんのところに戻ると、
「なあ沢村、ワシがこんだけ可愛がってんのになんでおまえはそう依怙地なんや」
と言いながら沢村さんを抱き起こす。
「あの、そない言わはるんやったら骨構造スチールのことはもう忘れます」と沢村さんはつぶやく。

「なあ沢村、もういっぺんおまえの口からはっきり言うてくれへんか、《海綿構造スチール》は社長のすばらしいアイデアから生まれました、これを製品化するのがわたしの夢ですて」
 社長は沢村さんの首を締め上げながらほっぺたを舐め回す。

「海綿構造スチールは社長のアイデアです」と沢村さんは教科書を朗読する小学生みたいにつぶやく。
「そやろ、そやろ、そうなんや」と社長は自分に言い聞かせるように大声を張り上げる。
「こういう夢のある開発ができるのは社長のおかけです」と沢村さんが続ける。
「よっしゃ。よう言うた」

 社長は沢村さんの体を放りだし、猿みたいにはしゃぎながらそこらをはね回る。
 それから床に四つん這いになって無言で目を閉じている沢村さんに上からのしかかり、腰を沢村さんの尻に密着させ、手を沢村さんの下腹に伸ばしておちんちんを握りしめる。嫌悪が社長の顔をくしゃくしゃにしている。吐き気がするほどいやなことを使命のためにがまんしている男の顔。

「なあ沢村、《海綿構造スチール》はワシのアイデアやろ?」歯を食いしばり目をつぶってなやもしつこく社長が言う。
「はい、そうです」沢村さんは諦めきった表情で生真面目に答える。
「はいそうですやないねん。ちゃんとおまえの口から『海綿構造スチールは社長のすばらしいアイデアから生まれました、これを製品化するのがわたしの夢です』て、もう一度はっきりおまえの口から言うてくれ!」

「もうなんべんも言いましたけど」沢村さんは力なくもがきながらつぶやく。
「あかん。もういっぺん言うてくれ! 頼むさかい言うてくれえ!」
 社長は泣きながら勃起したペニスを沢村さんの肛門に突き立てる。
「あ、あ、あ、あ」と社長の口からうめき声がもれる。

「か、か、か、海綿構造スチールは社長のすばらしいアイデアから生まれました、こ、こ、こ、これを製品化するのがわたしの夢です」と息を切らしながら沢村さんが声を張り上げる。
 それからしばらく「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」と甲高い悲鳴のような声をもらし、力尽きて床に崩れる。

 ぼくの説明を聞こうともしないで社長は体を反転させ、沢村さんの方に近づいていくと、愛犬を可愛がるみたいに沢村さんの背中を撫でる。

「どや、ワシの《海綿構造スチール》は進んでるか?」出っ歯をむき出しにして笑いながら今度は沢村さんの首筋から顎のあたりを撫でまわした。
「まあぼちぼち」と沢村さんは社長を恐れるでもなく、かといってうるさそうにするでもなく、淡々と作業に集中している。

「これが完成したら多田車輪工業は大阪のしょうもない下請メーカーから世界の最先端金属部品メーカーに飛躍できるんやろ? な、そうやろ?」
 社長は沢村さんの顔にほっぺたをこすりつけながら言う。犬の沢村さんの横で大きく脚を開いてしゃがみ込んでいる社長の茶色い肛門と焦げ茶色の睾丸が見える。

「まあ、うまくいけば」と沢村さんは言葉を濁す。
「学会に発表するときは君が一緒に行ってくれるやろな?」
「学会?」
「金属学会とか新素材学会とかいろんな学会の国際会議で発表せんならんやろ。ワシは英語がいまいちやさかい、発明者のワシに代わってきみが発表するんや。はは。考えただけでもわくわくするやろ? な、な、な?」

「英語はぼくも苦手ですけど」と沢村さんが力無く笑う。「外国の学会やったら瀬谷くんが何度も行ってるみたいですよ。教授の代理で発表したりもしてるらしいし」
「セヤってなんや?」
「あそこにいてるのが瀬谷くんですけど」
 社長は沢村さんと一緒にぼくの方を振り向く。

「あれはバイトやないか」
「手伝ってもろてすごい助かってます。彼のアイデアがなかったら骨構造スチールも海綿構造スチールも思いつきさえしてなかったと思います」

 社長はその瞬間体を硬直させ、尻餅をつき、顔から首筋にかけて真っ赤に火照らせながら、
「さわむらああああああ」と叫ぶ。「おのれはワシの恩も忘れてまだそないなことをほざきよるんかああああああああああ。骨構造スチールなんちゅうしょうもないもんは忘れてまえてあれほど言うたのに、おのれもはいわかりましたてさも本気そうにぬかしよったくせに、今頃になって急に持ち出してワシを脅そういうんかあああああああああああ。この裏切り者、この恩知らずがああああああああ」

 社長は愛犬に裏切られた飼い主の憎しみを込めて沢村さんの顔や腹を蹴り続ける。
 沢村さんは失神して床にのびてしまう。社長は怒りがおさまらないらしく、しばらくあたりをうろうろしている。ぼくの前を通りかかったとき膝に引っかかった白い木綿のブリーフが床に落ちる。股のところについている茶色い汚れのせいで薄汚れた白ウサギみたいに見える。

 十一時時までには沢村さんとぼくしかいなくなってしまう。
 天井の明かりはほとんど消され、夜の海底みたいな闇があたりを浸していて、ぼくらのいる一角だけがかろうじて蛍光灯に照らされている。

 沢村さんは全裸に首輪をつけ、鎖を垂らしたままオリジナルの《海綿構造スチール》試作機の設計に没頭していて、社長が来ていることすら気づいていない。すぐそばで社長がうんこのついたB.V.D.のブリーフを脚にひっかけたまま床に転がっていびきをかいていても、そちらを見ようともしない。

 ぼくは特に何もすることがない。沢村さんが《海綿構造スチール》の開発に行き詰まれば、相談に乗らなければならないが、相談といっても元特別高等警察署員の放免たちを呼んで天井からM字開脚の姿勢で吊ってもらい、口寄せをするだけのことだ。

 真夜中になると社長のいびきが止まり、何十秒か水底のような静寂が研究室を浸す。それからゴッ、ゴッ、ゴッと排水管が詰まったような音がしたかと思うと、社長が勢いよく跳ね起きる。

「なんや、ここはどこや」とつぶやき、しばらくビニールタイルの床の上にあぐらをかいてからだのあちこちを手でゴシゴシこすり、そのうち、
「こら、なんで誰もおらへんのや」と怒鳴る。

 ぼくは部屋の隅で電気ショックをうけたみたいに体を痙攣させる。沢村さんはまるで聞こえない様子で、電子顕微鏡とパソコンの画面を交互に見つめながら何かデータを入力している。

「こら、おまえはなんでワシを無視するんや。返事くらいせえ」と社長が怒鳴る。
 沢村さんは遠くの方で飼い主に呼ばれた犬みたいに社長の方へ顔を向ける。社長はブリーフを膝に引っ掛けたまま立ち上がり、五分刈り頭を掻きながらこっちに近づいてくる。

「みなさん社長が寝てはるあいだに色々報告して帰って行きはりました」
とぼくは社長に殴られるのではないかとびくびくしながら言う。
「おまえは誰や?」と社長は濁った目でぼくを見る。
「バイトです」
「バイトがなんで研究所におるんや?」
「さあ。三国工場の労務課から沢村さんを手伝うように言われて来たんですけど」

頼むさかい、おまえの口からもういっぺん言うてくれ

 社長は毎晩八時か九時頃に酔っぱらって研究所にやってくる。ぞろぞろお供の役員たち、社長室のスタッフその他を引き連れて。
 たいていは工場の視察やら本社の会議やら得意先回りやら大阪商工会議所の会合やら、経営者仲間とのゴルフといった昼の仕事を片づけて、馴染みの店で取締役や社外の友人たちと飲みながら夕食をすませてからだ。

 研究室のドアをあけるなり上着やネクタイや靴や靴下を脱ぎ捨て、ズボンとランニングシャツ姿になって研究者たちの席をのぞいて回る。研究所長や課長たちが社長の脱ぎ散らかしたものを拾いながらあとに続き、歩きながら先を争ってその日の報告や懸案事項の相談をする。何を言っても社長はふんふんと上の空で聞いているし、研究者のパソコンをのぞき込みながらぶつける質問もたいていは的はずれらしい。それでも彼らは社長がやってくるまで帰らずに辛抱強く待っていて、かたちだけでも了解をとりつけなければならない。

「毎晩遅うまで仕事してるんはおまえらの力が足らんからや。わしなんか研究の最前線におったときはおまえらの何倍も仕事したけど、それでも夜は夜で遊び歩いたもんやで」
と社長は五分刈りの頭をかきむしりながら愉快そうに言うが、そのくせ自分が夜遅くにやってきたときにいない研究者のことは絶対にゆるさない。全裸研究犬に格下げだ。

 最近の社長は研究所にやってきたかと思うと、着ているものを脱ぎながら床に倒れ、そのまま寝入ってしまう。
 研究所長や課長たちが困惑した様子で近づいてきて、出っ歯で下唇を噛みしめながらいびきをかいている社長を上からのぞき込む。B.V.D.の白いぶかぶかのブリーフを脱ぎかけて膝のあたりにひっかけたまま、死んだカエルみたいに床に大の字になっている。ブリーフの内側は股のあたりにうんこがこびりついて黄色くなっている。

 所長と課長たちは床に膝をついて社長の肩をゆすりながら耳元にあれこれ報告やら相談事を囁き、社長がふにゃふにゃと何かつぶやいたのを聞いて、
「まあこれで一応責任は果たしたな」
「どうせ明日何言うても覚えてはらへんのやから」
とかなんとか言いながら帰ってしまう。

 彼らがいなくなると、仕事に集中するふりをしていた研究者たちもお互いの顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がり、社長が寝ているところまでやってきて、上役たちがやっていたのと同じようにそれぞれの報告や相談を耳元に囁いてはそそくさと立ち去る。

 猪野井りえはすぐそばの石垣を登って姿を消す。めざす家はその家から数えて三軒先だ。彼女は生け垣や塀をいくつか乗り越え、犯人が中学生くらいの娘に包丁を突きつけているベランダに姿を現す。

「なんやおまえは!」と犯人が叫ぶ。
 近くで見るとまだ高校生くらいの少年だ。
「人間のパテです」とりえは言い、両腕を高く上げ、両脚を大きく開いて武器を隠し持っていないことを示す。剃毛した股間から陰唇が大きくはみ出し、粘液が糸を引いて垂れているのが見える。

「なんやそのパテて」と少年が怒鳴る。
「人質のデリバリー・サービスです」とりえが答える。「素人の人質とちがって犯人のみなさんの逃亡を積極的にサポートしますさかい、逃げ切れる確率がごっつ高なりますよ」

 桜庭は車に残ってテレビの中継を見ている。異変はすぐに警察や報道陣に伝わったらしく、犯人とりえのいる庭先が画面に大きく映し出され、
「なんじゃおのれは!」
「あほんだら、素人がよけいなことすな!」
と怒鳴り散らす警察の声が聞こえる。

 りえは犯人と一緒に家の中へ姿を消し、まもなく人質の夫婦と娘が解放される。
 それから犯人たちは警察の呼びかけに一切応えなくなり、しばらく膠着状態が続く。家の窓はカーテンが閉められてしまい、中の様子はまったくわからない。ときどき猪野井りえの「あ、あ、あ、あ、あ」という甲高い悲鳴のような声が聞こえるだけだ。

「わたしは虫けらです。みなさんに犯していただいて喜ぶ汚らわしいメス豚です。どうかわたしを串刺しにして殺してください。その包丁で切り刻んでください」という彼女の声がときどき聞こえたりもする。報道陣はその声だけが唯一のトピックスなので、争って集音マイクを家に近づけ、彼女の声を拾う。

 夕方になって突然りえから桜庭のケータイに電話がある。
「もしもし、終わったよ」と彼女が言う。「すごいええ子たちで、投降したいて言うてくれてんねんけど」
「お疲れ様でした」と桜庭は言い、一度電話を切って別の番号にかける。

「桜庭です。犯人が投降します。くれぐれも手荒なことはしないでください。南無聖母観音大菩薩」
 電話の相手は豊中警察にいる信徒のひとりだ。
「南無聖母観音大菩薩」と信徒警官が応える。


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