イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

変則トピックス

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明け方から台風みたいな暴風雨が東京を通過していった。

いつもベランダに置いてあるシクロクロスを、
ゆうべ寝る前に室内へ移しておいてよかった。

新聞の天気予報で「夜から雨」という情報はキャッチしていたのだが、
こんなすごい嵐になるとは予想していなかった。

虫の知らせというやつだろうか。

40代から山歩きやサイクリングを始めて、
何度も嵐や土砂降りや雷雨に見舞われたせいか、
なんとなく感覚で、気圧が下がっていくのがわかるような気がするのだ。

明け方から風の音で何度も目を覚ましたが、
寝る前に自転車をしまっておかなかったら、
倒れてぐしょ濡れになっていただろう。

まあ、メインの部品にはオイルをさしているので、
濡れたらあとで拭いて乾かせばいいのだが、
たぶん気になって眠れず、
嵐の中をずぶ濡れになりながらベランダに出て、
室内に運び入れたかもしれない。

折りたたみ自転車が増えて、
4台になったわが家の自転車の中で、
このシクロクロスの役割・存在感はかなり失せ、
優先順位は3位に落ちてしまったのだが、
それでもシクロクロスならではの楽しみというのはあるし、
所有している以上、サビさせたりするのは許せない。

マンションの駐輪場に置いてあるママチャリ的なクロスバイクはさておき、
あとの3台にはそれぞれペットのような愛情を感じる。

実を言うと犬や猫を溺愛するペット愛好家にはちょっと違和感を覚えるのだが、
他人から見たらぼくの自転車愛好もそれと変わらないかもしれない。

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最近、仕事がない中で何をしているかというと、
ひたすら本を読んでいる。

まあ、好きな小説やノンフィクションあれこれも以前と変わらず読んでいるのだが、
それ以外に読んでいるのが織田信長関係の本だ。

2002年、まだ元気が余っていた頃、
一度、裏日本史から見た織田信長のことを小説的に書こうと思ったことがあった。

それから色々と資料を集めたのだが、
仕事が忙しくなり、体調不良も重なって、
そのままペンディングになっていたのだ。

今回、1991年のバブル崩壊以上の不況で劇的にヒマになり、
3カ月ほど休養して、体調も戻ってきたので、
ひさしぶりに小説を書こうと思い立った。

本来、まず書くべきなのは、このブログでも書きかけの状態で紹介した「PELOTA」なのだが、
これは1994年から自分のライフワークとして構想しているものなので、
再開するにはもっと準備が必要だ。

準備といっても資料集めや調査といった作業的なことではなく、
この作品の世界が必要としている、自由でアナーキーな活力、発想力を取り戻すことなのだが。

そこでリハビリ的に書けるものというと、
もう少し軽めのプランがいくつかあるのだが、
1月にライター仲間から、
「この歳で書くならまず時代物じゃないか」といわれて、
信長のプランを思い出した。

細かいことは忘れてしまったが、
裏日本史の観点から歴史を見るという訓練はずっとしてきたので、
これなら今からでも書けそうな気がする。

信長ものはすでにたくさん書かれているが、
その躍進を支えた商人や怪しげな人たちのネットワークについては、あまり書かれていない。

たとえば信長は天文22年(1553年)つまり19歳で斎藤道三と会見したとき、すでに鉄砲を300挺も持っていたとされるが、
これが本当だとすれば、紀州の津田監物が1943年頃に種子島から初めて鉄砲を持ち帰ってから10年も経っていないことになる。

この鉄砲を信長はどこから手に入れたのだろうか?

当時すでに津田監物の本拠地である紀州の根来や和泉(今の大阪)の堺では鉄砲の量産が始まっていたが、
たとえば道三の鉄砲はわずか数十挺だったというから、300挺というのは異常な数だ。

そもそも信長の武力のバックボーンは、
祖父・信定が尾張の商都・津島を支配し、
商人たちの財政的なサポートを獲得したところから始まると言われる。

父・信秀はこの財力を武器に戦国武将として成り上がっていくが、
まだ尾張の統一も完了しないうちに42歳という若さで病死したため、
まだ十代だった信長が、その跡を継いだのだった。

国の財政のために商業都市を建設した戦国大名はほかにもいるようだが、
信長の場合、祖父・信定が、まだ尾張の守護代の1人の末席の奉行にすぎなかったうちから、
武力と謀略で商業都市を手に入れ、のし上がってきたところに特殊性があるような気がする。

この商業・商人からとの関わりから信長の活動を描いたら面白いかもしれない。
そう考えたのがこの小説を思いついたきっかけだった。

もうひとつ不思議なのは、信長の家臣に忍者が多いことだ。

美濃出身の森可成や甲賀出身の滝川一益は忍者の統領だった。

信長の長男・次男を生んだ側室の兄生駒八右衛門も商人であり土豪であり、
伊賀の忍者でもあるという不思議な人物だ。

信長は側室のいる生駒屋敷に通ううちに、
側室から木下藤吉郎を紹介されたといわれる。

また、この藤吉郎人脈から、
それまで美濃に味方していた蜂須賀小六や前野将右衛門など、
川筋衆といわれる特殊な豪族たちを味方につけることに成功する。

彼らは今川義元の動向を探り、色々な謀略をおこない、
桶狭間の戦いの奇跡的な勝利に大きく貢献した。

その後も、信長は数々の戦いで勝利を重ねていくが、
必ずしも道三や武田信玄、上杉謙信のように戦の名人だったわけではなく、
こうしたスパイたちのネットワークによる諜報活動・謀略、
当時としては常識外れの迅速な移動や土木工事などによるところが大きい。

忍者はどの戦国大名も使ったらしいが、
信長の場合、彼も含めた組織全体が、
戦国武将とその軍団であると同時に商人・職人・忍者などの特殊技能集団でもあったように見える。

西洋文化への理解や、鉄砲隊や鉄鋼張りの軍艦、楽市楽座、寺院の破壊など、
伝統にとらわれない価値観と行動が信長の大きな魅力だが、
それは個人的な才能だけでなく、彼が属していたコミュニティーが、
そもそも既存の権力・体制から自由だったことによるところも大きいのではないか。

信長を支えた商人・特殊技能集団の素顔は資料に正面切って書かれていないので、
裏日本史的に想像するしかないのだが、
そこからあたらしい物語が見えてくるかもしれない。

ギターのある仕事場

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土曜日、友人が死んだ。

4年前に肝臓がんの手術をして、その後は転移もないという当人の話だったのだが、
実は病気が進行していたらしい。

職業はグラフィックデザイナー。

ついでがあって、仕事場をひさしぶりにのぞいてみたら、
趣味のギターが並んでいた。

80年代に何度か、彼を含めた仲間でジャズのスタンダードナンバーを演奏した。
ぼくの担当は下手くそなピアノ。
彼の担当はベース。

彼は若い頃バンドマンをしていたことがあるので、素人のお遊びに付き合うのは、
ちょっただるい感じがしたかもしれないが、
それでも機嫌良くつきあってくれた。

ほかにも海やら山やら、
家族ぐるみでいろんなところに出かけた。

棺には彼の家にあった楽譜や、装丁を手がけた本、
晩年の趣味だったそば打ちの麺棒などを入れた。

享年59歳。
若すぎる。

息が詰まって言葉も出ない。

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大不況でヒマになり、何をしているかというと、
やたらと本を読んでいる。

去年から断続的に読んでいるのは、

「憎悪の時代」(20世紀の戦争と殺戮のメカニズムを検証したイギリス生まれ/アメリカハーバード大学歴史学教授ニーアル・ファーガソンの大作)、

柳美里の大河小説「8月の果て」(朝日新聞に連載されて未完に終わり、その後加筆されて単行本として出版された。作者によると、従軍慰安婦の描き方などについて朝日新聞ともめたらしい。最近のナショナリズム復活の雰囲気の中では日本人に嫌われるかなというテーマ。文体も最近の日本のあっさり嗜好には合わないが、なかなかいい小説だ)、

小説家オルダス・ハクスレーが、幻覚剤体験と意識領域の開拓について書いた「知覚の扉」「天国と地獄」のペーバーバック版、

英語のリハビリがてら読み始めたシドニー・シェルダンの「明日があるなら」(古本屋で200円で売っていたペーパーバック。英語的になんとかついていけるので、教材と割り切って読んでいるが、ハリウッド映画的なストーリーが馬鹿馬鹿しくてなかなか進まない。英語の勉強なら「ダビンチ・コード」を読み返した方がいいかもしれない)

といったところだ。

何冊も居間のテーブルに置いておき、ソファに寝転がって好きなものを読み、
疲れたらお茶を飲んだり昼寝したりして、また別の本を読む。

夕方になったらちょっとジョギングしたり、
スポーツクラブで泳いだりする。

忙しかった頃はとてもできなかったぜいたくな時間の過ごし方だ。

つい何カ月か前までは仕事のストレスで体調不良が続いていたのだから、
不況だからといってぐちをこぼしていてはバチが当たる。

若い頃にも何度かこんな時期があった。

フリーになって最初の3年は、1年の半分以上が休日だった。
1991年のバブル崩壊や1999年の金融危機のときも何カ月かこんなふうだった。
そのたびに「もう二度と仕事ができないかも」などと思いながら、
こんなふうに本を読み、好きな文章を書いて過ごした。

そうやってヒマなときに身につけた知識や、磨いた思考力・文章力のおかげで、
ライター稼業にも対応できた。

子供の頃から好きだった読み書きだけをしながら生きてきたのだから、
なかなかいい人生だったと言えるのかもしれない。

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熱海の梅見と時系列的に前後しますが、
正月明けに宝塚の親の家から奈良へ出かけたときの日帰り散歩をレポートします。

ついこのあいだまで連載していた秋の大和路散策ほど、
気合いを入れて日本の歴史について語れるネタはないんですが、
「ちい散歩」的なゆるいお散歩日記をお楽しみください。


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