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灰見三郎の場合、科学の進歩のおかげで障害者施設行きや人犬として生きるといった運命を免れることができた。核地球病院の外科医石井三四郎博士が、ちょうど新型の義手と義足を開発中で、この新製品のモニターにならないかと灰見に持ちかけたのだ。
「手首・足首はもちろん、指の一本一本まで自分の意志で動かせるんだ。つけてみないか? ちょっとモーター音は聞こえるが、仕事だってできるし、便所でケツだって拭ける。女だっていかせてやれるぞ」
「でも、金がないんです」
「金? そんなものいらんさ。毎月レポートを送ってくれれば充分だ。不具合があったらその都度直してやる」
石井博士の新型義肢は、超軽量のチタンを使った義手R232S(右手用)と、ソフトな持ち味が特徴のアルミ合金製義手L262C(左手用)、そして適度な重量感と強度で、ジョギングや登山なども可能なクロームモリブデン製の義足LR464で、どれも有機金属製のセンサーを神経と接続することにより、脳の指令で自在に関節を動かすことができる。各関節に超小型モーターを埋め込んでいるので、多少実物の手足より大きいのが難点だが、銀色に輝くボディの美しさは(カーボン製も開発中だが、これはちょっと黒々したルックスがいただけない。そう思うだろ?)、従来の義手のイメージを一新するものだった。
公園で最初の散歩テストが行われた(接合部に異常が認められた場合にすぐ処置が施せるように、衣服なしで)。たちまちギャラリーの群が灰見と石井博士を取り囲んだが、彼らは射出された精液が届く距離にはけして近寄ってこなかったから、散歩の障碍にはならなかった。
有機金属に接している神経が圧迫されるため、最初のうち歩行は激痛を伴ったが、石井博士はあえて痛み止めのモルヒネをうたなかった。激しい痛みを継続して感じていると、人間の体内から自然とモルヒネに似たホルモンが分泌されるようになるからだ。灰見の場合、単に痛みが消えただけでなく、幻覚さえ見るようになった。(色とりどりに変化する水が宇宙の奥から湧き出て来るんだ。それがときには犬や人のかたちになって、僕に何か語りかけてきたりする)検査の結果ごく微量のリゼルグ酸ジエチルアミドが血液から検出されたが、これは普通に小麦粉でできた食品に含まれている濃度だった。
「考えられるのは、君の体が痛みに耐えるうちに極度のLSD過敏症になってしまったということだな」と石井博士は言った。「もちろん幻覚は悪いことじゃないさ。ストレス解消になるし、セックスの持続力だって飛躍的に増大する。なに心配するな、仕事のときだけ抗リゼルグ酸剤をのめばいいんだ。注射が好きなら注射でもいい。もっと早く効くからな」
石井博士はよく日焼けした禿頭の後頭部と側頭部に白髪を残した、典型的な学究肌の医学者だった。1960年代の厚生省と内閣調査室、国家公安委員会によるリゼルグ酸ジエチルアミド合同研究(通称Lプロジェクト)でも、現宇陀食品研究所長のオットー博士と共に、主導的な役割を果たしている。(あんなに愉快な仕事はなかったよ。何しろ誘拐、拷問、強姦、器官切除、殺戮といった犯罪行為が政府の命令で、法的責任を一切問われることなくやりたい放題なんだから)石井博士は超人的な信念と意志によって、一切の良心の呵責とそこからくるストレスを免れ、すべての経験を技術革新に活かし、義肢開発・人体改造の分野で輝かしい成果をおさめている。彼の手で動く義肢を与えられ、人生に復帰した障害者は数えきれず、博士の名声は栄光に包まれ、感謝の手紙が毎日研究室に山のように届く。
「なに、私は医師として当然の任務を果たしているだけさ。それがどんなに素晴らしいことなのかは私が一番よく心得ているよ。戦争中に満州人の共産主義者どもを実験台に使ったことで、とやかくいう連中もいるがね、そんなたわごとにいちいち耳を貸していたら、偉大な研究はできやしない」
「それはともかく、もう少し楽に歩けるようにならないものでしょうか? まるで自分がブリキマンになってしまったみたいなんです」
全裸で銀色に輝く義肢のウインウインウイイイイイイイインというかすかな唸りを響かせながら、灰見三郎は核地球公園の芝生の上を歩く。激痛がおさまったおかげで彼は新しい義手でオナニーを試み、短時間で勢いよく射精して精液を10メートルも飛ばす。ウインウインウイイイイイイイイイインという微妙な振動と、まるではるか遠くにおかれた機械によってペニスを操られているような感触が、感覚を強く刺激したのだ。
彼はたちまち宗教家になる。福音をさずかることを期待して犬の散歩者たち、あるいは専業主婦たちが彼を取り囲む。空中にかざしたR232Sのかすかな唸りが中年女たちを何人も同時にいかせる。
「すごいぞ。金を取り立てろ。きっとやつらは百万単位でもってくるぞ」と石井博士は驚嘆の声を上げた。
しかし、灰見三郎にはそうした創造的な人間関係を維持することに耐えられる神経が備わっていなかったので、多くの宗教家を襲ったてんかんの発作に見舞われ、芝生の上でどす黒い泡を吹いて昏倒した。信徒たちの群の中には、SUも紛れ込んでいたが、あるいはその気配が彼の精神構造を破壊したのかもしれない。マゾヒスムは導火線に着火した爆弾だ。人から人へ慌ただしく手渡され、その単純なメカニズムに適応しない間抜けな感性の持ち主のところで最後に爆発する。灰見三郎はそうした間抜けのひとりだった。
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