イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

小説「PELOTA」

[ リスト | 詳細 ]

アブノーマル小説の自称最高傑作になる予定の未完成作品
記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]

第2章核地球公園2

  灰見三郎の場合、科学の進歩のおかげで障害者施設行きや人犬として生きるといった運命を免れることができた。核地球病院の外科医石井三四郎博士が、ちょうど新型の義手と義足を開発中で、この新製品のモニターにならないかと灰見に持ちかけたのだ。
「手首・足首はもちろん、指の一本一本まで自分の意志で動かせるんだ。つけてみないか? ちょっとモーター音は聞こえるが、仕事だってできるし、便所でケツだって拭ける。女だっていかせてやれるぞ」
「でも、金がないんです」
「金? そんなものいらんさ。毎月レポートを送ってくれれば充分だ。不具合があったらその都度直してやる」
 石井博士の新型義肢は、超軽量のチタンを使った義手R232S(右手用)と、ソフトな持ち味が特徴のアルミ合金製義手L262C(左手用)、そして適度な重量感と強度で、ジョギングや登山なども可能なクロームモリブデン製の義足LR464で、どれも有機金属製のセンサーを神経と接続することにより、脳の指令で自在に関節を動かすことができる。各関節に超小型モーターを埋め込んでいるので、多少実物の手足より大きいのが難点だが、銀色に輝くボディの美しさは(カーボン製も開発中だが、これはちょっと黒々したルックスがいただけない。そう思うだろ?)、従来の義手のイメージを一新するものだった。

 公園で最初の散歩テストが行われた(接合部に異常が認められた場合にすぐ処置が施せるように、衣服なしで)。たちまちギャラリーの群が灰見と石井博士を取り囲んだが、彼らは射出された精液が届く距離にはけして近寄ってこなかったから、散歩の障碍にはならなかった。
 有機金属に接している神経が圧迫されるため、最初のうち歩行は激痛を伴ったが、石井博士はあえて痛み止めのモルヒネをうたなかった。激しい痛みを継続して感じていると、人間の体内から自然とモルヒネに似たホルモンが分泌されるようになるからだ。灰見の場合、単に痛みが消えただけでなく、幻覚さえ見るようになった。(色とりどりに変化する水が宇宙の奥から湧き出て来るんだ。それがときには犬や人のかたちになって、僕に何か語りかけてきたりする)検査の結果ごく微量のリゼルグ酸ジエチルアミドが血液から検出されたが、これは普通に小麦粉でできた食品に含まれている濃度だった。
「考えられるのは、君の体が痛みに耐えるうちに極度のLSD過敏症になってしまったということだな」と石井博士は言った。「もちろん幻覚は悪いことじゃないさ。ストレス解消になるし、セックスの持続力だって飛躍的に増大する。なに心配するな、仕事のときだけ抗リゼルグ酸剤をのめばいいんだ。注射が好きなら注射でもいい。もっと早く効くからな」
 石井博士はよく日焼けした禿頭の後頭部と側頭部に白髪を残した、典型的な学究肌の医学者だった。1960年代の厚生省と内閣調査室、国家公安委員会によるリゼルグ酸ジエチルアミド合同研究(通称Lプロジェクト)でも、現宇陀食品研究所長のオットー博士と共に、主導的な役割を果たしている。(あんなに愉快な仕事はなかったよ。何しろ誘拐、拷問、強姦、器官切除、殺戮といった犯罪行為が政府の命令で、法的責任を一切問われることなくやりたい放題なんだから)石井博士は超人的な信念と意志によって、一切の良心の呵責とそこからくるストレスを免れ、すべての経験を技術革新に活かし、義肢開発・人体改造の分野で輝かしい成果をおさめている。彼の手で動く義肢を与えられ、人生に復帰した障害者は数えきれず、博士の名声は栄光に包まれ、感謝の手紙が毎日研究室に山のように届く。
「なに、私は医師として当然の任務を果たしているだけさ。それがどんなに素晴らしいことなのかは私が一番よく心得ているよ。戦争中に満州人の共産主義者どもを実験台に使ったことで、とやかくいう連中もいるがね、そんなたわごとにいちいち耳を貸していたら、偉大な研究はできやしない」
「それはともかく、もう少し楽に歩けるようにならないものでしょうか? まるで自分がブリキマンになってしまったみたいなんです」
 全裸で銀色に輝く義肢のウインウインウイイイイイイイインというかすかな唸りを響かせながら、灰見三郎は核地球公園の芝生の上を歩く。激痛がおさまったおかげで彼は新しい義手でオナニーを試み、短時間で勢いよく射精して精液を10メートルも飛ばす。ウインウインウイイイイイイイイイインという微妙な振動と、まるではるか遠くにおかれた機械によってペニスを操られているような感触が、感覚を強く刺激したのだ。
 彼はたちまち宗教家になる。福音をさずかることを期待して犬の散歩者たち、あるいは専業主婦たちが彼を取り囲む。空中にかざしたR232Sのかすかな唸りが中年女たちを何人も同時にいかせる。
「すごいぞ。金を取り立てろ。きっとやつらは百万単位でもってくるぞ」と石井博士は驚嘆の声を上げた。
 しかし、灰見三郎にはそうした創造的な人間関係を維持することに耐えられる神経が備わっていなかったので、多くの宗教家を襲ったてんかんの発作に見舞われ、芝生の上でどす黒い泡を吹いて昏倒した。信徒たちの群の中には、SUも紛れ込んでいたが、あるいはその気配が彼の精神構造を破壊したのかもしれない。マゾヒスムは導火線に着火した爆弾だ。人から人へ慌ただしく手渡され、その単純なメカニズムに適応しない間抜けな感性の持ち主のところで最後に爆発する。灰見三郎はそうした間抜けのひとりだった。

 

 SUについて事前に知っていたことと言えば、MJがかつて調教した女であること、同好会的な奴隷市場に彼女を売り出し、アメリカ人のプロトライアスリートの夫婦者に売り渡したことがあること、彼女は彼らが核地球公園の近くの空き地に置いて暮らしていたトレーラーハウスに数年間監禁され、トライアスロンの訓練を受けながら会社に通っていたことくらいだ。もちろん私としては彼女がマゾヒストであることを知れば充分だった。
 彼女は私が指定した白金台のカフェに白衣姿でやってきた。素足に白い十数センチのハイヒールのサンダルを履いていたので、元々170cm以上ある彼女は恐ろしく長身に見えた。長身のマゾヒストの女性ほど扱いやすいものはない。男に屈服することばかり夢見ているからだ。
 私は友人のカメラマンとアシスタントを同席させ、カメラやビデオカメラ、三脚など撮影機材を用意させていた。カフェは貸切りにしてあった。真夏の午後で、蔦に覆われた煉瓦塀に囲まれた中庭は、敷き詰められた白い大理石が反射する光で焼けんばかりに暑かった。我々はさっそく彼女の衣服を矧がし、白い丸テーブルに両手をつかせた状態で代わる代わる犯し、その様子を撮影した。合間にお茶を飲んで少々雑談もしたが、彼女は私が呼び出すのに使った写真(MJがかつて撮った檻の中で排泄している彼女の写真)のことを一言も口に出さなかった。もちろんその写真のことはMJから話に聞いただけで、実際に持っていたわけではなかったから、私としては言い訳する手間が省けたわけだが、これだけで、この日彼女が写真を取り戻すことなど頭になく、ただ見知らぬ男たちに犯される、あるいは拷問されることを期待していたことがわかる。
 SUは軽い拷問を加えただけで何でも白状した。言葉遣いは完全に調教されたマゾヒストのそれだった。
「あ、そこ、そうされるとすごく痛いんです」
「あ、それは許してください、お願いですから」
 
 この日の拷問から得られた情報によると、リゼルグ酸ジエチルアミドの小麦粉への混入が始まったのは1970年代。厚生省の指導により、大手小麦粉メーカーすべてが共同研究によって最適の配合を割り出し、天然の麦角アルカロイドからリゼルグ酸ジエチルアミドを合成した。この物質には神経伝達物質セロトニンのコントロールを失わせる強い働きがあり、ごく少量でも過酷なストレスでボロボロになった神経細胞を修復するのに効果がある。
 厚生省が内閣調査室、警察庁などとリゼルグ酸ジエチルアミド活用を検討し始めたのは1960年代、ちょうど反戦・反政府運動が非常な高まりを見せていた時期だった。アメリカでは反社会的な若者の間で幻覚剤として流行していたが、これは危険なほどの量を服用することから生まれる、人格の崩壊を招きかねないほど強烈な幻覚体験を楽しむという不健康な服用法で、現実に自分が鳥になったと思いこんでビルの窓から飛び降り、死亡する若者や、あまりに強烈な悪夢に発狂してしまう若者が続出していた。しかし、元々このリゼルグ酸ジエチルアミドは、VZガスなどと共にアメリカ国防総省やCIAが自白剤として活用することを考えていた薬品である。また、ティモシー・リアリーのような精神科医が神経症患者をリラックスさせ、彼らを縛っている誤ったプログラムから解放するために使っていたことでもわかるように、適正な分量を守れば、習慣性もなく、現代社会の様々なストレス要因から人間を守ることができる。そこで日本政府は極秘に国民が必ず口にする普遍的な食品の中に極微量のリゼルグ酸ジエチルアミドを混入することを考えついたのだ。
 問題はどの食品を選ぶかだった。米や肉、魚、野菜など固形物には混入しにくい。その点、小麦粉なら均等に混ぜられるし、パンやお菓子、うどん、そば、ラーメンなど様々なかたちで人の口に入る。米に較べて老人より若者の方が多くとる傾向はあるが、政府が警戒しているのは若者を中心とした情緒不安による暴動・反政府運動だったから、この点でも小麦粉は理想的な食品だった。
「わからないのは」と私はSUの肛門に指を深く挿入しながら言った「なぜ政府が医療機関にこの薬を治療に使わせるのでなく、極秘に食品に混ぜる方を選んだのかだ」
「さあ……、それは……私にも……わかりません」とSUは息を切らしながら答えた。
「しらばっくれるな」私は肛門に入れる指を一本から二本に増やし、直腸の中で大きく激しく動かした。
「ああ……、たぶんそれは……政府が医療機関から国民に……LSDが広まるのを恐れたからだと思います。アメリカのように……」
「違うね。政府は国民がLSDによって精神を解放し、自由を手に入れるのを恐れたのだ」
「……ああ……そうかもしれません……たしかに……」

 完璧な勝利だった。我々は大手食品メーカーの、美人でスタイル抜群の女性研究員を征服し、食品業界のリゼルグ酸スキャンダルに関して狙い通りの情報を得ることができたのだ。我々は白大理石の床に突っ伏してぐったりしているSUを眺めながら、すっかり氷の溶けてしまったオレンジジュースを飲み干した。
 しばらく雑談するうちに、世界が90度傾いて見えることに気づいた。いつのまにかテーブルにほっぺたをつけて涎を垂らしていた。仲間のカメラマンもテーブルに頭をのせて、目を開けたまま涎を垂らしていた。そのむこうでSUが起きあがるのが見えた。何事もなかったかのように落ちついて服を着て、私に近づいてくるとハンドバッグからアーミーナイフを取り出し、私の上を向いている方の耳をつかんでゆっくり切り取った。血が涎を圧倒して流れ落ち、私の視界の端で白大理石の床に赤い円を広げていった。日の丸みたいだと思った。
「楽しませていただいてありがとう」とSUが私の顔をのぞき込みながら言った。「悪いけどオレンジジュースに筋弛緩剤を入れさせてもらったのよ。あなたが私のお尻を指で征服しているつもりになっていたときに」
 警察沙汰になるなと思った。我々は強姦罪で捕まり、SUは傷害罪で捕まるだろう。このまま出血が止まらなければ私は死に、傷害罪は殺人罪になるかもしれない。彼女はカメラマンのズボンからペニスをつかみだし、ゴムみたいに引っ張りながらナイフで切り離した。それから私の視界の外でおそらく倒れているであろうアシスタントにも、なにがしかの報復をしたはずだ。彼にはその後会っていないから確かなことは言えないが。
「言い忘れたけど、MJも私もHIV感染者なの。コンドームをしないで私を犯したのはまずかったかもしれないわよ」
 トーンの高い澄んだ女の声だった。さっきまで完全に屈服し、屈服することに欲情していたマゾヒストの声。マゾヒストはサディストでもある、あるいは両方を兼ねる異常性欲者が存在するという説は正しい。少なくともマゾヒストが電気的なスイッチで切り替わる機械のようにサディストに変化するのは珍しいことではない。マゾヒストとは自分に憎しみを抱いているものだが、それは容易に他人に転化されうる。異常性欲者の中では自分と他人の区別はあまり本質的なことではないからだ。他人と接触しているときでも彼らは自分の幻想世界の中で憎み、欲情している。

 私がHIVに感染したかどうかは、今となってはどうでもいいことだ。そのまま私は研究所に移され、あらゆる器官を切除されて、文字どおり頭脳だけの存在となってしまったからだ。確かなのは恐喝者としての私の人生が終わり、本来の意味でのライターとしての人生が始まったということだ。もはや妻にも子供にも会いたいとは思わない。私が人並みに家庭を持っていたということすら、今では作り話のように思える。

第2章核地球公園1

 まだ両腕両脚を失っただけで、胴体に内臓が詰まっていた頃、私はよくワゴンに乗せられて核地球公園に散歩に行ったものだ。SUが私のワゴン(「帝国ホテルのレストランでチーズを客席に運ぶのに使われていたのよ」と彼女は説明してくれた)を押しながら、2.148Kmのジョギングコースを周回してくれた。なだらかな起伏が続く芝生の上を、桜や欅、躑躅、椿などに隠れながら、ギャラリーたちが船虫のように移動するのが見える。彼らは東京都内の公園に必ず生息する視覚固執型性倒錯者で、自分が性欲を投射するジョガーを追跡しながらすばやい手つきでオナニーする。雄には利き手でペニスをこすりながら、もう片方の手で自分の肛門・直腸を犯すやつが多い。雌は利き手でクリトリスを刺激しながら、もう一方の手で自分のおっぱいを鷲掴みにしたり、乳首を爪ではさんだりする。もちろん走りながら興奮のあまりうんこをもらし、おしっこを垂れ流すこともしばしばだ。
 彼らに共通しているのは身なりがが恐ろしく汚いということだ。性的対象者の追跡に夢中になるあまり、彼らは仕事をやめ、友達をなくし、やがて公園の敷地内で寝起きするようになる。絶えず小走りに走りながらオナニーを続けているため、彼らの皮膚には汗と体液が混じり合った独特の膜ができている。どす黒い垢まみれのあちこち破れた服とラスタマンのような髪は汗と小便と体液と土の臭いが発散していて、周囲5メートル以内に近づいた散歩者は必ず失神する。
 
 エドガーに監禁されてトライアスロンのトレーニングを強要されていた頃のSUは、絶えず数百人のギャラリーに追われていた。彼女は夏でも冬でもビキニの水着みたいな恰好でジョギングしていたから、全身に鞭や縄や鎖の跡がくっきり見えた。ギャラリーたちはそういう残虐さの痕跡に弱いのだ。
 私のワゴンを押しながらジョギングする彼女はすでにそのときより十いくつも歳をとっているが、かつてと同じようなウェアを愛用していて、むきだしの腿や背中や腕にはもう鞭や鎖の跡がないので、かつてほどのギャラリーはついてこないものの、それでも木立の間を移動する影とかなりの悪臭から、数十人はいると推測される。
「あれはあなたのギャラリーなのよ」とSUは言う。
「まさか」
 最初のうちは半信半疑だったが、今では少なくとも彼らのうちの何割かが私に性欲を投射していることが実感されるようになった。その頃の私は美術学校のトルソのように、腕と脚を切り落とされていて、運動することはできなかったが、オットー博士の発明になる電流式筋力トレーナーで毎日45分間全身に電流を流され、筋肉を収縮させるトレーニングを行なっていたので、ギリシャ彫刻のように筋肉隆々だった。ワゴンの上で垂れ流す糞尿をSUが甲斐甲斐しく始末してくれるのも、ギャラリーたちにはこたえられない見物だったのかもしれない。もちろん一汗かいた後に芝生の上で彼女がしてくれるフェラチオも。

 ギャラリーの群の中には灰見三郎の姿もあった。チタン合金製の右手でペニスを握り、もう片方のアルミ合金製の左手の中指を肛門に突き立てて走りながら、苦痛に耐える彼の表情はギャラリーの中でも一際目立った。クロームモリブデン製の両脚のセンサーが両膝の神経と接続されているので、あまり無理な動きをすると激痛が走るのだ。
 灰見三郎が両手首と両脚の膝から下を失ったのは1989年、アイアンマン・ハワイでマーク・アレンがデイヴ・スコットを破って初優勝した年だ。『アウトサイド・トライアスロン』誌の7月号の表紙は、宮古島大会で日本人女子一位になったSUのゴールシーンだった。灰見は慶應義塾大学法学部政治学科を卒業して、一時期はアメリカ資本の保険会社の代理店としてボツリヌス菌感染保険、エイズ感染加害者賠償保険などのヒット商品を売り歩いていたが、SUのギャラリーになった頃から仕事に身が入らなくなり、やがて廃業に追い込まれてしまい、その頃には印刷会社の下請けの製本工場で夜勤のアルバイトをしながら、日中は核地球公園で眠り、早朝または夕方にエドガー・ハウザーとジョギングするSUを追跡していた。彼は何度でも大量の精液を飛ばす男としてすぐに有名になった。薬品会社や病院や有名料亭、レストラン向けの精液を採集する精液ハンターたちは防毒マスクを被って彼につきまとい、発射される精液を電動瞬間伸縮式特殊柄杓で捕獲しては、医薬用材料や人工受精用精子、高級食材として精液市場に売り飛ばしていた。(あまり一般的には知られていないが、人間や猿の精液で作ったチーズ状の発酵食品は食通の間で密かなブームを呼んでいる。生の精液を使った蒸しものや吸物なども、懐石料理の一品として政界人財界人たちの好物である)
 エドガーは相変わらず夜中にSUを自分の手で掘った公衆便所みたいに狭い地下室に吊して鞭打ったり、ウィノナに命じて乳首や小陰唇に針を刺したりしていたが、トレーニングの成果が順調にあらわれてきたのに気づいて、本格的なトレーニングを強要するようにもなっていた。公園では散歩者、専業主婦といった上流階級の人々が、増えすぎたギャラリーの放つ悪臭に辟易して、その憎悪をSUに向けていた。
「その生ゴミみたいな連中をとっととどこかへ連れていってちょうだい」と言いながら、彼らはSUに山桃や桑の実を投げつけたので、彼女の体はいつも赤黒い血のようなジュースにまみれていた。
 その頃、灰見三郎は精液ハンターたちのディフェンスをかわして、彼女に精液を命中させることに熱中していたが、まだ一度も目的を遂げたことはなかった。そこで彼はSUとエドガーがバイクの練習をする明け方に、サイクリング・コースで彼らを待ち伏せ、彼女が猛スピードで近づいてくるのを見かけると、コース上に飛び出して顔面に精液を浴びせた。一瞬視界を失った彼女は自転車ごと灰見にぶつかり、宙を一回転して路上に投げ出されたが、幸い右腕と腿に大きな擦過傷を負っただけですぐに立ち上がると、バイクを飛び降りたエドガーが灰見に殴りかかろうとするのをマゾヒスト特有の鋭い命令口調で静止し、芝生の方へ後ずさっていく灰見に夢遊病者のように近づいていった。早朝の散歩者たちが投げつけた山桃の汁で全身真っ赤だったが、顔だけはそのワインのような汁に、コンデンスミルクのような早朝の濃い精液が混じって、ほとんど誰の顔だかわからないほどだった。
「やめてくれ。来ないでくれ」と灰見三郎は泣きながら哀願した。少年時代からアマチュア・ギャラリーだった彼はもちろん童貞だったし、人格を持った女性を極端に恐れていた。
 彼はSUが何者でエドガーとどういう関係にあるかを知っていた。ギャラリーたちの情報網から逃れる道はない。彼らのうち数人が必ず毎夜エドガーのトレーラーハウスを覗き、そこで行われていることを仲間たちに吹聴していたからだ。
 近づいてくるSUは、「坊や、お願いだから私の口の中に発射してちょうだい」と懇願しているように見えた。エドガーの単調なプレイに飽き飽きしていた彼女はギャラリーのように汚れた下層階級に陵辱されることを夢見ていて……。
 この挑発が灰見三郎の内部のメカニズムを破壊したようだった。彼は泣きわめきながら逃げ出し、公衆便所を転々としながら便器に溢れている小便を飲み、大便器や床にこびりついているうんこをなめながら所かまわず射精し、落ちていた剃刀で体中を傷つけた。深夜になってアルバイト先の製本工場に現れたが、そこにはたまたま『アウトサイド・トライアスロン』7月号の表紙が運び込まれ、これから断裁機にかけられるところだった。灰見は表紙が断裁機にセットされるやいなや上に飛び乗り、笑顔でゴールテープを切るSUの写真にペニスをこすりつけながらその日何十回目かのオナニーを始めた。それは彼が手を使わずに行なう初めてのオナニーで、興奮のあまり彼は自分の両手両脚が紙の上からはみ出していること、自分の右手が断裁機のスイッチを押してしまったことに気づかなかった。ゆっくりと四角い檻のような刃が降りてきて、手首と膝から下をきれいに切断したとき、彼はちょうど初めて経験する強烈なオーガスムに震えながら、あああああああああああああああああああああああああああああと声を上げている最中だった。

 灰見三郎がかつぎ込まれた核地球病院は旧日本帝国陸軍病院、数多くの満州人を人体実験に使用した病院として名高いが、それだけ人体改造、器官切除、義肢や人工臓器の接合に高度なノウハウを蓄積している。彼の手足が持ち込まれていたら、おそらく骨や神経を再びつなぎ合わせることもできたにちがいない。しかし、あいにくそんなことは知らない製本工場の従業員たちが、彼の腕と脚の出血を凧糸で縛って止めることに夢中になっている間に、工場に出入りしている核地球公園の野良犬たちが転がっている手足をくわえていってしまったので、救急車が到着したときにはすでに手遅れだった。腐敗が始まっている切り口から数センチを切り落とし、傷口が丸くウインナソーセージのようにきれいにふさがるのを待って義肢をはめるというのが、普通の処置だが、義肢をつけたところでできる仕事は何もない。福祉施設で一生を終えるか、人犬になってそれなりの金を手にするか、人生の選択肢はふたつにひとつだ。
 
 人犬というのは旧華族にときどき見られる変態趣味で、かなりの大金を積んでめざす男女(男ふたり、あるいは女二人の場合もあるが、いずれにしてもカップルの場合が多い)と契約を結び、彼らの手足を適当な長さのところで切り落として、彼らを犬のように首輪と鎖でつないで連れ歩くのだ。親しい友人の前で交接をさせたり、犬のように食事をさせたりすることもある。私はそうした人犬を何度か見たことがあるが、いずれも恥辱に打ちひしがれた様子をしていた。
「なぜあなた方はお金と引き替えにこんな目に遭う道を選んだんです?」と私はきいた。
「お金は自分に対する口実です。マゾヒストの醜さをカムフラージュするための……」と雄の人犬が答えた。
「で、今は後悔している?」
「よくわかりません。地獄の苦しみを味わっていることは確かですけど、少なくとも仕事や恋愛のストレスからは解放されましたからね」
「それは言えますね。ひとりの人間として判断したり、その判断の結果を引き受けたりするあのいやな気分から逃げられただけでも救いですわ」と雌犬が答えた。彼らは同じ企業に勤めていて、仕事に関してはかなり有能だったが、どうしても結婚に踏み切れないでいたのだ。
 そこは真冬の箱根で、雪をいただいた富士山が見える広い屋敷の庭だった。人犬たちは陶製の椅子に腰掛けてお茶を飲んでいる老人たちのそばで震えていた。
「彼らのセックスを見せてもらえませんか?」と私は飼い主にきいた。
「いいですよ」と飼い主が言うと、人犬たちは命じられないうちからつらそうな顔でセックスを始めた。ほとんどの哺乳類と同じように雄が雌の後ろから前足をのせ、腰を密着させるやりかただった。雄の顔は苦痛と疲労にゆがんでいたが、赤黒いペニスは固く勃起していた。

 両腕両脚両眼を失った段階で、PowerMacintoshに接続され、天性の著述家としての能力を維持できたことを、私は多少の憎しみを覚えながらも加害者であるオットー博士に感謝している。過去、生活上、仕事上の様々な理由から、毎日の貴重な時間を無駄にしてきたことを思えば、こうして著述に専念できる環境は、けして不幸なものではないからだ。
 かつて中国に、皇帝から愛されたがゆえに皇后の憎しみを買い、皇帝の死後、私のように両腕両脚両眼を奪われ、便所に置かれ、「人豚」と蔑まれた美妾がいた。今の私は彼女以上、科学と医学の進歩により、頭蓋骨と内臓のほとんどを失ったが、それでも脳の血管に送られる適量のブドウ糖とビタミンB群によって、かつてないほど高速で思考することができるし、脳の各部に取り付けられた有機金属製のセンサを通じて、言葉はもちろん、あらゆる概念、イメージを正確にデータ化し、サーバ内に記憶することができる。肉体の様々な制約を受けなくなった結果、私の脳は理想的な純粋思考を維持することができるからだ。
 まもなく空洞となった胴体も切除される予定だが(731部隊の外科的研究成果万歳! 免疫抑制物質デオキシスパガリンによって、私の体はあらゆる外科的手術に拒否反応を示さないようになっている)、それでも私は天才エドガー・アラン・ポーの『使いきった男』のABC将軍のように、自らの任務を果たすことができるのだ。

(コンピュータ・グラフィックスによる脳とコンピュータ・システムの接続構造。写真と見まがうばかりのリアルな画像だが、100%イージーライターのイマジネーションによる三次元画像である。まだ上半分が切り取られた頭蓋骨や胸部腹部の空洞の中に鮮やかな色の血管が見える胴体も描かれており、鑑賞者はマウスでポインタを移動させることにより、内部を自由に見物することができる。)

 ことの起こりは私が宇陀食品のリゼルグ酸疑惑に首を突っ込んだことだった。食品業界専門のジャーナリストである私は、副業として大手食品会社が秘密にしておきたいネタを総会屋に流したり、その会社に掛け合って口止め料をいただくといった仕事もやっていた。どちらかといえばこの方がいい稼ぎになったかもしれない。
 最初のうちは軽く考えていた。宇陀食品をはじめとする大手製粉会社が厚生省の極秘の〈指導〉により、リゼルグ酸ジエチルアミドを自社製品に混ぜていることは、業界内では半ば公然の秘密だったし、これが公になればもちろん役人も食品業界幹部も困るだろうが、こちらとしてはせいぜい2〜300万もらえば気持ちよく口をふさごうというつもりでいたのだ。
 ところが手始めに当たった二条製粉では幹部どころか社長室の人間にさえなかなか会えなかった。そしてやっと個人的弱味(確かこの男は妻子持ちでありながら社内に愛人を持っていたのだ)をネタに引っぱり出した総務部総務課長は、結局待ち合わせ場所に現れなかったばかりか、帰宅途中の私を車ではねようとした。もっとも、運転していたのはどこかから雇われたちんぴらだが。
 もちろんこんなことで引き下がる私ではなかった。これまでこの程度の脅しは何度も経験済みだった。そこで今度は少し荒っぽい手段に出ることにした。リゼルグ酸ジエチルアミド混入を担当している研究所の研究員に接触して、スキャンダルの証拠を押さえ、マスコミに流すのだ。しかし、どこの製粉会社も研究所のどこでこれを処理しているのかなかなかわからない。やっとつかんだのが宇陀食品のルートだった。
 本社の企画部第二商品開発課主任MJは新宿のレゲエクラブでよく外国人の若者(黒人の場合が多いが白人の場合もある。アジア系は敬遠する)を拾っては六本木のホテル〈アルファイン〉に行き、X字型の磔台や拷問用の台、三角木馬、マゾ男あるいはマゾ女を吊るための滑車やロープ、革製の鞭、拘束具などがそろっている部屋でSMプレイを楽しむ。私は知り合いを通じてプレイ中のMJが写っているポラロイド写真を何枚か手に入れ、そのことをちらつかせながら、知り合いがやっている新宿のバーに彼をおびき出すことに成功した。
「もっぱらM専門ですか?」と私はリゼルグ酸のことなどおくびにもださずに雑談風に話を始めた。インタビューのときと同じ口調で。
「いや、そんなことはない。Sもやるよ。相手によるがね」
 おそらく二十代までは女性ばかりでなく、男性にも美少年の印象を与え続けてきたであろう、やや女性ホルモン過多の男性特有の、神経質そうな、自分の性的魅力に半ば苛立ち、半ば陶酔していることが一目瞭然の表情でMJは答えた。
「相手は男がいい?」
「Mのときはね。女は拷問者としては無能だ。サービスされることに慣れきっているからな。Sのときは男、女それぞれ違う楽しみがある。もっとも男の場合は十代、女でもせいぜい三十代までに限るけど」
そこで私はちょっとした賭けに出た。別に大した勝算があったわけではないが、テーブルの上に置かれていたMJの華奢な手を握ってちょっと持ち上げ、立ち上がりざま軽く腕をねじりあげたのだ。MJは踊りを踊っているように立ち上がりながらくるりと半回転し、むこうを向いてしまった。彼の腕からは何の抵抗も伝わってこなかった。そこで私は賭けが成功したことを知った。
 後のことはむしろ退屈だ。SMホテルでのおきまりの緊縛、吊るし、鞭打ち、猿ぐつわ、蝋燭、様々な侮辱の言葉、様々な屈服の言葉、おしっこ、うんこ、ビデオ、ポラロイド(これは後々の恐喝のため)、その他諸々。
 成果としては、食品研究員SUの存在と役割を聞き出したことくらいだ。MJ自身はリゼルグ酸ジエチルアミドの件をもちろん知ってはいたが、全く関わってはいなかった。

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]


.
shu*i*ha*a
shu*i*ha*a
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事