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4年前に買ったポール・オースターの自伝的エッセー集「トゥルー・ストーリーズ」を読んだら、
今年の初めに買った小説「幻影の書」も読みたくなった。
飛行機事故で妻と子供をなくした学者/評論家が、
生きる気力を求めながら、ある無声映画時代の喜劇役者を研究する。
1920年代に1年間だけ活躍して、ある日忽然と姿を消してしまったその喜劇役者の物語が、
主人公の学者/評論家の1980年代の物語とと交互に語られ、
信じられないような偶然と、芸術家/表現者の執念が生み出した、
限りなく悲惨で感動的な人生が浮かび上がってくる。
この人の小説はいかにもアメリカの小説らしく、
「次はどうなるんだろう」という興味で読者を引っ張っていくのだが、
行きつく先はなんとも息苦しい、死臭漂う虚無の世界だ。
それが人間の本質だと言われると、なるほどそうですかと言うしかないが、
なんともやりきれない気持にさせる。
まるで殺人事件の真相を探るドキュメンタリー番組を見せられたような気分。
救いは文体というか、言葉の魅力かもしれない。
この人の文章を読んでいると、
世の中を、他人にどういう姿勢で接したらいいか、ヒントと励ましが見つかる。
村上春樹は2作目の「1973年のピンボール」から「羊をめぐる冒険」、
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」あたりまで、
ポール・オースターから影響を受けたのではないかとぼくは前々から思っているのだが、
当人が挙げている影響を受けた作家の中に、たしかオースターは入っていない。
たしかにこの頃の作品は、カート・ヴォネガット調の構成や文体が目につく。
しかし、行きつく先に死と虚無の世界が待っているという世界観には、
とてもポール・オースター的なものが感じられるのだ。
まあ、この時代に世界とか人間とかを掘り下げようとすると、
多かれ少なかれ、そんなところに行きつくのかもしれないが。
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