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ひさしぶりにウイリアム・バロウズの「ソフトマシーン」を読み始めた。
まともな感性の持ち主が、社会からどんな攻撃を受け、化け物に変身させられてしまうか、そのメカニズムがわかるように書かれた小説。
バロウズを読むたびに、何かほっとするものを感じるのは、自分の中に生じたがん細胞のような化け物に対して、なんらかの解毒作用があるからだろうか。
「ソフトマシーン」はバロウズの中でもわりと初期の作品で、故意に文章を切り刻んで読みづらくしてあるが、その分イメージの変化のスピード感と自在さがすばらしい。
たとえば、こんなふうに。
「線路はモンテレイの北あたりで途切れ、おれたちは阿片一樽でペイ中から馬を買ったーー早くもいたるところで兵士が民間人を撃ちだしていたのでこっちは南北戦争の制服をキメて戦闘中の部隊に加わったーーそしてちがう色の制服を着た五人の捕虜を捕まえたら将軍は酔っ払っていて面白半分に絞首刑にすることに決めおれたちは木の枝の下に荷車を用意したーー最初のはまっすぐ鮮やかに落ち、兵士の一人は口をぬぐいニタニタ笑いながら前に踏み出しパンツをかかとまで落とすとちんぽが射精しながら飛び出すーーおれたちはみんなそこに立って見つめて爪先までビンビン感じてたし、吊られる番を待ってるやつらもおんなじものを感じていた」(「ソフトマシーン/2他人サマのこと言えた義理か」山形浩生+曲守彦訳)
バロウズは現代社会がまともな人間に加える精神的な攻撃に対してとても敏感だっただけでなく、それが自分の中に生み出す化け物について、そしてそれ化け物との折り合いのつけ方について、とてもよく知っていた。だからたくさんの麻薬を使い、こういう小説をたくさん書いたのだが、麻薬で心身をボロボロにすることもなく、発狂することもなく、たしか80歳近くまで元気に生きた。
現代社会に生きる苦痛に耐えきれずに、毒ガスをまき散らして他人を巻添えにしながら自殺する人たちや、女性を衝動的に強姦して殺したり、無差別に通りすがりの人たちを殺したりしてあっさり捕まってしまう犯罪者たちにくらべると、バロウズはいかにもプロフェッショナル、達人の域に達した変態という感じがする。
麻薬に頼ったのはいただけないと言えなくもないが、まあ、彼にとっては衝動殺人に走って人様に迷惑をかけるような発散方法よりはましな精神的解毒療法だったのだろう。
あ、バロウズも奥さん(ホモだったのだが、なぜか若い頃女性の同棲相手がいて、婚姻届も出していたようだ)を銃で射殺してるか。
「酔っ払ってウイリアム・テルごっこをやったら弾が当たっちゃったんだ」と当人は裁判で主張し、結局その主張が認められたのか、無罪になっているが。
バロウズの小説を毒ガスと感じる人は読まない方がいい。解毒の必要がない健常者は。
しかし、農薬を飲んで自殺して病院で毒ガスをまき散らして他人も殺してしまうような化け物は、取り返しがつかないくらい精神的に追い込まれる前にバロウズを読めば、少しは解毒効果があるのではという気がする。
まあ、対症療法について考えるよりは、世の中を生きるに値しないと感じるほどつまらないものにしてしまっている賭博じみた金融資本主義や、19世紀みたいな労働者搾取を平気でやってる産業界の仕組みをなんとかする方が先だが。
このままだと「もう生きてるのつまんねえから強姦か人殺しでもして自分も死んじゃおう」と考えるやつがどんどん増えていくだろう。
あるいは単に「ああ、生きてるのきついから死んじゃおう」と考えて自殺するやつが。
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