イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

シナリオ「密航者

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堤幸彦さんの注文でラルクアンシエルのビデオのために書いたシナリオ。
お蔵入りになってしまいましたが。
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密航者たち4

●県道を走るティエリーの車の中
第二次大戦中の自慢話をするアンリ。
ミシェルを後部座席に移動させ、彼女に拳銃を突きつけている。
アンリ「おれの管轄区域だけでレジスタンスを128人殺した。ほかにその協力者を69人。そのうち半分はこのルガーで撃った。やってみるとわかるが、人を一度殺すと、なかなかやめられないもんだよ。特に、自分が特権を与えられていて、殺しになんの罪も問われないとなるとなおさらだ。命乞いをしに来る女房や娘は片っ端から犯したっけ。それでもおれは結構もてたよ。町じゃ一番の権力者だったし、その頃はなかなかいい顔をしてたからな」

●県道
近くに人家も見えず、車もあまり通らない閑散とした田舎道。
日本人5人組、車で道をふさいでいる。
そこへやってきたティエリーの車、停止する。
日本人男4人、モデルガンを突きつけ、ティエリー、ミシェル、アンリを車から降ろす。
テツ(日本語で)「手を挙げろ!」
最初から手を挙げているティエリー。おずおずと手を挙げるミシェル。ルガーをポケットに突っ込んだままのアンリ。
ティエリー(ミシェルの陰に隠れようとする)「金は彼女が持ってるんだ」
ハイド(手振りで示しながら日本語で)「じじい、手を挙げろって言ってるだろ!」
アンリ「小僧、撃ってみろ」
サクラ(日本語)「何言ってんだ、このじじい」
ケン(日本語)「わかんねえよ」
アンリ「おもちゃと本物の区別がつかないほど耄碌しちゃいないんでね。本物の拳銃っていうのはこういうもんだ(ルガーをポケットから出す)」
ミシェル、銃撃戦が始まると思いこみ、おもわず両手で目をふさぐ。
彼女を楯に弾を避けようとするティエリー。
バン!
アンリがルガーでケンのモデルガンを撃ち落とす。
カスミ(日本語)「また先客がいたんだわ。なんてついてないんだろう!」

●渓谷
セーヌ川を見おろす崖の上に広がる草原。
眼下に小さな町。対岸に古城の跡。
遠くで牛の群が草をはむ。
草上の昼食を終えたラウラ、K、ディディエ、ジャネット。
ラウラ(酔っている)「さあ、子供たち、食後の運動の時間よ。どこかへ遊びに行ってらっしゃい」
動かない子供たち。
ラウラ(服を脱ぎ始める)「大丈夫よ、置いてきゃしないから。おばさんは大事な治療をしなきゃいけないの」
K「やめろ」
ラウラ(すっかり下着姿になる)「2時間後にもどってらっしゃい。それ以上遅れたら置いてくわよ」
K「やめろ!」(ラウラに平手打ちをくわえる)
倒れたラウラ、Kを見上げる。眼に狂気の色が宿っている。
ジャネットが泣き出す。
肩を抱いてやるディディエ。
ラウラ(起きあがりながら)「さあ、テロリスト先生、治療を始めるのよ。無事にこの国から逃げ出したかったら、約束を守ることね。あなたを警察に突き出すなんて簡単なんだから」
K、しばし絶句してラウラを見つめる、おもむろにポケットから拳銃を抜いて彼女の顔に突きつける。
K「治療を始めましょうか、奥様? 」
K、ラウラの顔をもう一方の手で平手打ち。
鼻血を出して倒れるラウラ。
K、ラウラに馬乗りになり、何度も顔に平手打ち。彼女が逃げだそうとするのをつかまえて、腹に蹴りを入れる。
K(殴り続けながら)「これが私の最新式の治療です。いかがです? 奥様には一番効果的だと思うんですが」
倒れたラウラ、ぐったりと動かなくなる。
ジャネット(泣きながら)「死んじゃったの?」
ディディエ「正義の味方が魔女を退治したんだ」
ジャネット「女性をぶつ人は嫌いよ」
呆然と立ち尽くすK。
ゆっくりと起きあがるラウラ。鼻血を流し、腫れ上がった顔。
しかし可愛らしい、幸福そうな表情になっている。
ラウラ(Kを見上げて)「先生、とろけそうですわ。さすが名医ですわね」
ジャネット「魔女はおばちゃんから出ていった?」
ディディエ「まだみたいだ」
ラウラ「いっそのことその拳銃で私を撃ってくださったら、治療も完全に終わりますのに」
K「それは海で……」

●渓谷
ラウラたちが昼食をとった草原の近く。
同じ町、同じ教会が見える。
サンドウィッチをかじりながら歩くティエリーとミシェル。
ミシェル(アンリにもサンドウィッチを勧める)「食べない?」
アンリ(顔をそむける)「いらん。胸がむかつく」
ティエリーとミシェル、崖っぷちをブラブラ歩いていく。
アンリ、辛そうに腰を下ろす。
アンリ(ルガーをちらっと見せながら)「あんまり遠くへ行くなよ」
互いに口を利かないティエリーとミシェル。
ティエリー、立ち止まってミシェルを先に行かせる。
ミシェル、ティエリーの方を向いたまま後ろ向きに歩く。
ティエリー「前を向けよ。落ちるぜ」
ミシェル「さっき私を殺そうとしたでしょ」
ティエリー、立ち止まる。
ミシェル「私の陰に隠れて……私が撃たれればいいと思ったのよ」
ティエリー「どうせ僕はいくじなしさ」
ミシェル「私と結婚するのがそんなに恐い?」
ティエリー「言ってる意味がわからない
ティエリー、少しずつミシェルに近づいていき、抱きしめ、キスする。
ふたりとも脚に力を入れている。
じりじりとミシェルを崖の縁に押していくティエリー。
突然、ミシェルがティエリーの髪をつかんで体をひねる。
体が180度回転し、今度はティエリーが落ちそうになる。
その場にしゃがみ込むティエリー。
よろけて倒れるミシェル。
息を切らしながら見つめ合うふたり。
アンリ(いつのまにかすぐ近くに立っている)「おふたりさん、ラブシーンはそこまでだ」

●峡谷
昼食の後始末をして立ち去ろうとするラウラ、K、ディディエ、ジャネット。
Kと子供たち、童謡を歌っている。
合唱「ヌ・プルール・パ・ジャネット・アラジンポンポン・タガダップェップェッ
ヌ・プルール・パ・ジャネット・アラジンポンポン・タガダップェップェッ
ヌ・プルール・パ・ジャネット、ヌ・トゥ・マリユロン!」
原詞(Ne pleure pas Janette ,a la zim bom bom, tagada pouet pouet,
   Ne pleure pas Janette ,a la zim bom bom ,tagada pouet pouet,
   Nous te marierons!)
訳(ジャネットちゃん泣かないで、アラエッサッサ、ホイサッサ
  ジャネットちゃん泣かないで、アラエッサッサ、ホイサッサ
  僕らが結婚してあげるから!)

前方に、日本人5人組が立っている。
サクラ(日本語)「またピストル持ってんじゃねえだろうな」
ハイド(日本語)「大丈夫さ。今度は子連れだ」
テツ(日本語)「金持ちみたいだし」
ケン(日本語)「いくぞ」
日本人4人(一斉にモデルガンを構え)「手を挙げろ!」
K(ラウラと子供たちに)「伏せろ!」
Kとラウラ、それぞれ拳銃を取り出し、撃ち始める。
日本人たちの手からモデルガンがはじき飛ばされ、服に穴があく。
逃げ出す日本人5人組。
サクラ(日本語)「やっぱり持ってんじゃねえか!」

密航者たち3

●城を改装したホテル・レストラン
セーヌ川を見おろすテラス。
〈石油王〉のわりにみすぼらしい服装のアラブ系の男と小声で立ち話をするK。
K「逃走手段を用意する約束だったはずだ。なぜ今日まで連絡してこなかった?」
男「あんたと接触していた男が急に逮捕された。こっちも混乱してるんだ」
K「明日までに国外に出られるようにしてくれ。選択肢は三つ。ドーヴァー海峡に迎えの船をよこすか、スペイン、あるいはオランダから空路をとるか」
男「明日までにあんたの正体は割れる。パスポートは使えない。海から逃げるしかないだろう。ロンドンの仲間にそう連絡する」

●ドーヴィル行きの列車のコンパートメント
乗客に混じってちゃっかり席に座っているディディエとジャネット。
隣の席の老人がお菓子を取り出す。
老人「おちびさんたち、いいものあげよう」
ディディエ(受け取りながら)「ありがとう」
老人「どこまで行くんだい?」
ディディエ「ドーヴィルへ」
老人「親御さんは?」
ディディエ「駅で待ってるはずなんですけど」
車掌の「切符を拝見」の声がだんだん近づいてくる。
ディディエの脇腹を肘でつつくジャネット。
ディディエ「ちょっとトイレに……」
ふたり、席を立って出ていく。

●同じく列車の通路
ディディエとジャネット、車掌が入っているコンパートメントの前をうまくすり抜けるが、警官にぶつかってしまう。
警官A「君たち、ご両親は?」
ディディエ(反対方向を指さし)「あっち」
警官A「じゃあ、そっちへ戻りなさい。きっと心配してるよ」
ディディエ「はい、おまわりさん」
ジャネット「おまわりさん、何かあったの?」
警官A「悪いヤツをさがしてるのさ」
ディディエ、ジャネットの手を引いて反対方向へ走る。
前方からも警官が来るのが見える。
ちょうど列車は駅に着くところで、スローダウンしている。

●マント近くの小さな駅
列車が止まり、ディディエとジャネット降りる。
ホームから外へ走り去る。

●駅近くの小さな酒屋の前
ラウラの車が止まっている。
後部座席に乗り込むディディエとジャネット。
席にはパンやチーズ、ハムなどが山盛り。
腹を空かせていたふたり、むさぼり食う。
ワインとシャンパンをかかえて店から出てくるラウラとK。
車に酒を積もうとして子供たちを発見。
ラウラ(手をパチンと鳴らして)「さあ、子供たち、出なさい! おやつの時間は終わりよ」
ディディエとジャネット、おずおずと出る。
K(子供たちの服装がよそ行きなのを見て)「君たち、この辺の子じゃないね。どこから来た?」
ディディエ「パリ」
K「どこへ行く?」
ジャネット「海へ」
K「送っていこうか?」
ディディエとジャネット、顔を見合わせる。
ラウラ「クラウス、何言い出すの?」

●再び西へ向かうラウラの車の中
子供たちと童謡を歌うK。
合唱「オープレ・ドゥ・マ・ブロンド・キル・フェ・ボン・フェ・ボン・フェ・ボン
 オープレ・ドゥ・マ・ブロンド・キル・フェ・ボン・ドルミール!」
原詞(Aupres de ma blonde qu'il fait bon fait bon fait bon,
Aupres de ma blonde qu'il fait bon dormir.)
訳(金髪の女の子とすやすやすやすや、
 金髪の女の子と一緒なら、すやすや眠れるぜ!)

ひとり浮かぬ顔で運転するラウラ。
前方にパトカーと警官たちが見える。
車が止められる。
歌い続けるKと子供たち。
警官C「失礼ですが、免許証を拝見」
ラウラ、免許証を出す。
警官たち、助手席のKをじっと見ている。
陽気に歌い続けるKと子供たち。
警官C(ラウラに免許証を返しながら)「奥さん、ご協力ありがとうございました」
車、再び走り出す。
ディディエ「おじさん、何かしたの?」
K「別に。おまわりさん、何も言わなかっただろ」
ジャネット「わたしにはわかるわ。おじさん、正義の味方よ」

●高速道路を走るティエリーの車
モルヒネが切れたアンリ、後部座席でうなっている。
ミシェル「大丈夫?」
アンリ「悪いが、サービスエリアに入ってくれんか?」

●サービスエリアのカフェテリア
警官が3人、中から出入口を見張っている。
入ってくるアンリ、ティエリー、ミシェル。
アンリ、すぐトイレに行く。
ティエリー、新聞を買って読み始める。
小さなカコミ記事に元ナチス協力者の記事。
最近逮捕されたアノーの写真と並んで、まだ行方がわからないアンリ・ベッソンの若いころの写真。記事の内容は、
〈ブザンソンの管区長として多数のパルチザンを処刑し、ユダヤ人を収容所に送ったアンリ・ベッソン。別名〈ブザンソンの吸血鬼〉!
しかし、最近彼がパリ市内に潜伏しているという情報もある云々〉
ミシェル(新聞をわきからのぞき込みながら)「似てる」
ティエリー「何が?」
ミシェル「あのおじいさんに」
ふたりでもう一度新聞を読み直し、顔を見合わせる。
ミシェル「どうする?」
ティエリー「どうするって?」
ミシェル「警察に知らせる?」
ティエリー「いや、行こう。面倒はごめんだ」
ティエリー、ミシェルの手を引いて逃げ出す。

●駐車場
ティエリーとミシェル、車に乗り急いでエンジンをかける。
走り出したとたん、後ろから拳銃がティエリーの首筋に突きつけられる。
いつのまにかアンリがいる!
アンリ「なぜ逃げる?」
ティエリー「あんたこそどうして?」
アンリ「昔から人を信用しなかったおかげで生き延びてきたんだ」
ティエリー「僕も同じ主義だ」
アンリ(ミシェルが持っている新聞をひったくり、中を開く)「やっぱりもう出てたか。それでは遅ればせながら自己紹介しよう。アンリ・ベッソンだ。別名〈ブザンソンの吸血鬼〉。とりあえず高速から降りてもらおうか。警官が多すぎる」
ミシェル「あれは空港を爆破したテロリストを捜してるのよ」
アンリ「知ってるさ。でも、おれは面倒ごとを念入りに避ける主義なんだ」
ティエリー「僕も同じ主義だ」

密航者たち2

●ラウラの寝室
ベッドの上でタバコをくわえながら、大きな鏡の中の自分を見つめる下着姿のラウラ。
床に散乱した服。
化粧台の上に散らばっている化粧品、宝石類、酒びん、飲み残しの酒が入ったグラス。
様々な種類の薬。
小さなベレッタと銃弾。
小さな旅行鞄。
ラウラ、鏡の自分を見つめながらゆっくり起きだし、化粧をし、服を着る。
ラウラ(モノローグ)「かつては私もいくつか楽しみというものを持っていた。先祖から受け継いだ城とぶどう畑とワイン工場の運営。狩猟、美術品、パーティー、恋愛。
夫を当選させ、大臣にするのに夢中になったこともある。
郊外の屋敷でF1ドライバーと同棲したこともあるし、
夫とふたりで若いカップルを誘惑して引き裂いたこともある。
イタリア貴族の奴隷として一夏過ごしたときは楽しかった。
人格を破壊されることの中に、快楽の神髄があると、そのときは信じていたっけ」
着替えを終え、ハンドバッグにベレッタを忍ばせて部屋を出る。

●パリの街
車Aで疾走するK。

●ラウラのアパルトマンの玄関ホール
出かけようとするラウラ。
起きたてのメイドと出くわす。
メイド「おはようございます、奥様」
ラウラ「おはよう、マリー」
メイド、ラウラの荷物を持とうとする。
ラウラ(メイドを手で制して行こうとする)「いいわ、ありがとう」
メイド(後ろから)「日曜の夕食はどうなさいます?」
ラウラ「いいわ」
メイド「遅くなります?」
ラウラ(聞いていない)「いいわ、ありがとう」

●パリの街路
K、車Aを止め、路上駐車してあった車Cに乗り換え、タイヤを鳴らして走り出す。
日本人5人組やってきて、車Aのドアを開け、乗り込む。

●ラウラの車
運転するラウラ。
ラジオからニュースが流れる。
ラジオ「今朝、パリ・シャルルドゴール空港第二ターミナルBの玄関前で車が爆発、多数の死者、けが人が出た模様です」

◆ラウラの回想
アパルトマンでのパーティー( Kと初めて会った夜)。
ラウラ「お会いするの、初めてですわね」
K「クラウス・ハウスマンです。初めまして」
ラウラ「お仕事は何を?」
K「精神分析医です。ウィーンに10年、ボストンに3年、パリに来て2年になります」

◆ラウラの回想
ベッドの上で絡み合うラウラとK。
ラウラ(つぶやくように)「うそつき」

●Kのアパルトマン前
車を止めて建物に入るK。

◆ラウラの回想
ベッドの上。
K「ドーヴィルの別荘を使わせてくれないかな?」
ラウラ「何をするの?」
K「論文を書く」
ラウラ(笑いながら)「うそつき」

●Kのアパルトマンの中
K、着ているラフな服を脱ぎ、金持ちのリゾートファッションに着替えはじめる。
ベルが鳴り、ラウラの声が「私よ」と告げる。
K、オートロックをあける。
Kが着替え終わらないうちに上がってきたラウラが玄関に到着。
K、用意しておいた旅行鞄を持って、玄関へ行き、そのままラウラと出かけようとするが、ラウラは中に入ってきてしまう。
K「時間がないんだ」
ラウラ(服を脱ぎ始める)「時間はあるわ」
K(ラウラを抱きしめ、キスしながら)「そんなことはむこうでいくらでもできるじゃないか」
ラウラ(Kの腕をふりほどき、いたずらっぽく笑いながら服を脱ぎ続ける)「治療にはタイミングが必要だっておっしゃったのはあなたですわ、ハウスマン先生」

●下町の食料品店
まだ車や人通りは少ない。
盗んだ車で乗り付けた日本人5人組、モデルガンを手に、食料品店の中へ一気に乱入する。
ケン(日本語で)「手を挙げろ!」
中ではちょうど黒人のふたり組が店主に拳銃を突きつけているところ。
日本人の襲撃に恐れをなして拳銃を捨て、手を挙げる。
喜んだ店主、カウンターの中から出てきて、日本人たちに握手を求める。
警官がやってきて、黒人ふたり組を逮捕。
日本人5人組は近所の住民の称賛を浴びる。

●エトワール広場
空港からのバスが着く。ディディエとジャネットが降りてくる。
警官が降りてくる乗客を調べているが、ディディエとジャネットは問題なくパスする。
ふたりの声が画面にかぶさる。
ジャネットの声「そこはどんな場所なの?」
ディディエの声「とても寒い。遠い昔、バイキングたちが来たからやってきて住み着いた土地なんだ」

●パリの街(エトワール広場からサンラザール駅へ向かう途中)
手をつないで走るディディエとジャネット。
ジャネットの声「私たち、バイキングに会えるの?」
ディディエの声「彼らはもういない。そこからイギリスを征服しに行ってしまったんだ」
ジャネットの声「バイキングはイギリスにいるの?」
ディディエの声「バイキングはもうどこにもいない。英雄たちの魂が空気に溶けて海の上をさまよっているだけだ」

●ティエリーの車
空港爆破事件のニュースを伝えるラジオが流れている。
ミシェル「さっきから同じとこをグルグル回ってるみたいな気がするけど」
ティエリー(額に汗を浮かべて)「道を間違えた」
ミシェル「私に何か隠し事してる?」
ティエリー「寝不足のときはつまらないミスをやらかすもんさ」
ミシェル「このあいだ、あなたのお母さんと話したわ」
ティエリー、ぎくっとしてミシェルを見る。車が大きく蛇行する。
ミシェル「危ない!」
ティエリー「いつ? どこで?」
ミシェル「電話したのよ」
ティエリー「どうして?」
ミシェル「よそ見しないで! 危ないじゃない」
ティエリー「どうして電話なんかした?」
ミシェル「あなたがなかなかご両親に会わせないからよ。何か理由があるのかと思って」
ティエリー「おふくろは何も言ってなかったぞ」
ミシェル(ティエリーをじっと見つめて)「嘘よ」
ティエリー「何が?」
ミシェル「電話なんかしてないわ」
ティエリー、ミシェルをじっと見る。
ミシェル「前を見て!(間を置いて) あなた実家の電話番号もわたしに教えてくれないじゃない!」
前方に老人がよろよろと道を渡ろうとしているのが見える。
ミシェル「危ない!」

●パリの路上
ティエリーの車が老人をひきかけて止まる。
倒れた老人はアンリ・ベッソンである。
ティエリーとミシェル、車から飛び出してきてアンリを助け起こす。
ティエリー「大丈夫ですか?」
ミシェル「ティエリー、携帯電話で警察と救急車を呼んで」
ティエリー「それはまずいんじゃないかな。僕の立場上……」
ミシェル「自分の立場なんか気にしてる場合じゃないでしょ!」
アンリ「警察は呼ぶな。救急車も……ちょっと転んだだけだ」
ティエリー「僕は当ててないよ」
アンリ、ふたりに支えられて立ちあがる。
ティエリー「ほら、なんともない。家まで歩いて帰れるさ」
アンリ「いや、歩いては帰れん。車に乗せてくれ」
ティエリー「家はどこです?」
アンリ「イポールだ」
ティエリー「それ、何区です?」
アンリ「ノルマンディーだ」
ティエリー「そんなバカな」
ミシェル(おもしろがって)「いいわよ、おじいちゃん! ちょうど私たちもノルマンディーに行くところなの。乗せてってあげるわ」
ミシェル、戸惑うティエリーを尻目に、さっさとアンリを車に乗せてしまう。

●パリ郊外の県道
西へ向かうラウラの車。運転するラウラ。考え込んでいる様子のK。
K「どうして高速道路を使わなかった?」
ラウラ「あなたがそう命令したんじゃない」
K「そんなことは言ってない」
ラウラ「じゃあ高速に乗る?」
K「いや、いい」
ラウラ「いい天気だから、途中で食べるものとワインを買って、見晴らしのいいところで食べましょうよ」
K(嫌悪の表情で)「君の魂胆は読めた。今度は屋外で〈治療〉をやらせる気だ」
ラウラ「私の要求通りに治療してくれる約束でしょう?」
K「恥さらし」
ラウラ「うそつき」
Kの携帯電話が鳴る。
K「ハウスマンです……やあ、これはどうも……コルニッシュのお城に滞在しておられる?……それはちょうどいい……ええ、今マントの手前を西に向かっているところなんです……ええ、ぜひ……それではのちほど」
K、電話を切る。
K「ラウラ、立ち寄るところができた」
ラウラ「患者さん?」
K「そう。この近くだ」
ラウラ「アラブ人? それともアイルランド人?」
K「アラブの石油王だ」

密航者たち1

Les Passagers Clandestins





主要登場人物


ラウラ・ベランジュ Laoula Belange 49歳
フランス政界の大物の妻。名門の家に生まれ、あらゆる贅沢と快楽をむさぼりながら生きてきた異常性欲者。最後の望みは冷酷な男に殺されること。Kの危険な匂いに惹きつけられ、関係を結び、ドーヴィルの別荘を提供する。奔放なセックス三昧の果てに射殺されることを夢見ている。

K(通称クラウス・ハウスマン Kraus Hausmann 本名・国籍不明) 47歳
表面上は精神分析医。実は元KGBのエージェント。ソ連の崩壊で失業。現在はフリーランスのスパイ/秘密工作請負人。アルジェリアの極右組織の依頼で空港を爆破する。潜伏・逃亡のためにラウラに接近、ドーヴィルの別荘とヨットを借りることになる。

アンリ・ベッソン Henri Besson75歳
元ナチ協力者。ブザンソン管区長として数多くのユダヤ人を収容所へ送り、多くのパルチザンを処刑。戦後、整形して地下へ潜伏。欠席裁判で死刑を宣告されている。骨肉腫を病み、警察・ユダヤ人協会に追いつめられ、生まれ故郷のノルマンディーで死ぬことを決意する。

ディディエ Didier 10歳
一家でアメリカに赴任しようとしているエリート銀行マンの次男。反抗的な性格。いつも空想の世界に閉じこもっている。アメリカに行きたくないと思っている。ジャネットと空港で出会い、一緒に家族から逃げ出す。

ジャネット Jannette 9歳
父はイギリス人の有名ロックアーティスト。母はフランス人の元モデル兼女優。両親は別居中。常に母に連れられてヨーロッパを転々としながら育った。自分が母に愛されていないこと、対マスコミ用のペットでしかないことを感じている。

ティエリー・ムーラン Thierry Mourin 22歳
スーパーエリート養成学校ENA(国立行政学院)を主席で卒業、大統領府に就職したばかり。神経質で自己中心的な秀才。自分のペースを乱す恋人ミシェルに魅力を感じているが、結婚する気はなく、そろそろ仲を清算しなければならないと思っている。ラウラと関係したことがある。

ミシェル Michelle  21歳
美術学校に通うティエリーの恋人。ティエリーとの結婚を望んでいるが、相手にその気がないのを薄々感じていらだっている。

フェルディナン・デトゥーシュ Ferdinand Detouche 73歳
医師。アンリの元部下。戦争中ナチに協力した罪で25年の懲役。その後、元ナチ協力者を相手にひっそり開業。潜伏しているアンリにも、密かにモルヒネを与えている。



ケン、テツ、ハイド、サクラ
正体不明の日本人青年たち。芸術家になる夢を抱いてパリに来たらしいが、金に困り、モデルガンで強盗に走る。

カスミ
若者4人組と行動を共にする日本人少女。実はパリ駐在のエリート商社マンの娘。













朗読(子供の声でゆっくり、たどたどしく、ため息をつきながら)

「ぼくは憂鬱を勇気に、疑惑を確信に、絶望を希望に、悪意を善に、懐疑を信頼に、屁理屈を沈着冷静に、傲慢を謙抑に置きかえる」
                           
(ロートレアモン『ポエジー』)







●パリ市内の小さな墓地
明け方。まだ暗い。
墓地内の小屋から出てくるアンリ・ベッソン。
ゆっくり歩き、体の痛みに耐えかねたように、地面に膝をつく。

●墓地近くの古びたアパルトマン(デトゥーシュ医師の診療所兼住まい)
無理矢理起こされて不機嫌なデトゥーシュ。
かまわず椅子に座り、腕を出すアンリ。
無視しようとするが、結局モルヒネのアンプルと注射器を取り出し、打ってやる。
デトゥーシュ「知ってますか。アノーが捕まりました」
アンリ(ぎくっとして)「どこのアノーだ?」
デトゥーシュ「ナンシーの管区長だった……」
アンリ「間抜けめ」
デトゥーシュ「次はあなたの番かも」
アンリ、デトゥーシュをにらみつける。
デトゥーシュ「アノーはあなたがどこにいるか知ってました」
アンリ「会ったのか?」
デトゥーシュ「電話が来たんです。気をつけろって」
アンリ「きさまが売ったんじゃないだろうな!」
デトゥーシュ(注射を終えながら)「それができたらどれだけ気楽か」
アンリ「モルヒネをあるだけよこせ。使い捨ての注射器もだ」
デトゥーシュ「逃げようっていうんですか?」
アンリ「おれはきさまみたいに刑期を勤め上げた小者とは違うんだ」
デトゥーシュ(モルヒネと注射器を出してきて)「捕まったところで、死刑になる前にガンで死ねますよ」
アンリ「豚どもに捕まるのはまっぴらだ! 豚どもに裁かれるのもな! おれはガンで死にたい。それができないなら自分で頭をぶち抜く」
デトゥーシュ(つぶやくように)「まるで英雄気取りだ」
アンリ(モルヒネと注射器をひったくるように受け取り)「おれはフランスをドイツ人とユダヤ人と共産主義者から守ったんだ!」

●墓地
足早に帰ってくるアンリ。
小屋に入り、小さな荷物を持ってすぐ出てくる。
古いルガーを上着の内ポケットに大事そうに入れる。
墓地を出ていく。

●場末のアパルトマンの一室
雑然とした部屋。
窓の外にはケバケバしいネオンの点滅。
日本人の若者4人とカスミ。
ギターをつま弾くケン。
デッサンをするハイド。
手と膝でリズムを取るサクラ。
モデルガンをいじりながらぼんやりテレビを見るテツ。
テレビでは続けざまにいくつも強盗のニュースをやっている。
タロット占いをするカスミ。
ケン、ポテトチップスの袋を取り上げ、空だということに気づき、中に放り投げる。
ハイド、ワインのビンを逆さにして何滴か口に落とす。
サクラ(日本語)「腹減った」
テツ(モデルガンをいじりながら日本語で)「強盗でもやるか」
カスミ(占いをやりながら目を上げ日本語で)「強盗にはいい日みたいよ」

●空港の出発ロビー
両親と兄、姉の後を行くディディエと、母親に連れられたジャネット、すれ違いざまにお互いを見つめる。
立ち止まり、互いに近づく。
おもちゃの弓矢を持っているディディエ。
リンゴを頭に乗せて笑うジャネット。
ディディエ、矢を放つ。
矢のゴムの吸盤が見事にリンゴに吸い付く。
ジャネット「絶対当たると思ったわ」
ディディエ「君を救いに来た」
ジャネット「どこへ行くの?」
ディディエ「海へ」

●空港の玄関前
明るくなってきている。
車Aがやってきて通り過ぎ、玄関から離れたところに止まる。
若いフランス人が飛び出して走り去る。
車Bがやってきて、玄関前に止まる。
Kが降りてきて、車Aに乗り換え、走り去る。

●車Aの中
運転するK。
背後で爆発の轟音。

●空港の出発ロビー
大混乱の乗客たち。
混乱に乗じて手を取り合って逃げ出すディディエとジャネット。
ディディエの声がかぶさる。「ノルマンディーの天気は変わりやすく、雨が降った後には海に虹がかかる」

●空港のパリ行きバスの乗り場
夫婦者の後ろにくっついて、タダで乗ってしまうディディエとジャネット。
ディディエの声。「その虹の真ん中を射た者が、この国に、この時代に正義を行い、迷える人々を救うという」

●ティエリーの部屋
週末を海で過ごすために出かけようとしているティエリーとミシェル。
すっかり用意ができているティエリー。
ミシェルは下着姿。鏡の前で、ベッドの上に散らかした服をあれこれ体に当てて浮かれている。
開いた大きなスーツケースからも衣類があふれている。
ミシェル「あっちはまだ暖かいかしら? まだ冬物には早いわね」
ティエリー、ポケットからタバコを取り出し、くわえる。
ミシェル「ティエリー! いつタバコ吸っていいって言った?」
ティエリー、イライラしながらタバコを床で消す。
ミシェル「床を汚さないでっていったでしょ!」
ティエリー、ふてくされながらタバコを拾う。
ミシェル「ENAって、お行儀も教えないの?」(と言いながら、また服選びに熱中している)

●ティエリーのアパルトマンの玄関
絵の道具を手に玄関を降りてくるミシェル。
ミシェルと自分の荷物を持って後から降りてくるティエリー。
管理人のおばさんと会う。
おばさん「おはようございます。こんな早くからどちらへ?」
ミシェル「ニースに」
ティエリー「ドーヴィルに」

●ティエリーの車の中
ミシェル「あなたニースって言ったはずよ」
ティエリー「予定が変わった。5日も休みをとれないんだ」
ミシェル「なんで早く言わないのよ」
ティエリー「君をがっかりさせたくなかった」
ミシェル「今がっかりさせてるわ!」
ティエリー「悪かった。でも大統領府は入って二ヶ月目の新米が5日も自由に休めるほど気楽なとこじゃないんだ」
ミシェル「あなた、ほんとに私と結婚する気あるの?」
ティエリー「頼むからそうかっかしないでくれ」
ミシェル(ティエリーのバッグから携帯電話を取り出し)「私と結婚したかったら、今すぐドーヴィルの予約を取り消して」
ティエリー「おれに命令するな」
ミシェル「いいこと、もう一度言うわよ。今すぐドーヴィルの予約を取り消して」
ティエリー(急ブレーキを踏みながら大声で叫ぶ)「おれに命令するな!」
ミシェル、ティエリーの怒ったところを初めて見たショックで口が利けない。
ティエリー「悪かった。あやまるよ。でも、今回はほんとに……」
ミシェル(眼に涙を浮かべて)「ティエリー……どうしちゃったの?……おつむがこわれちゃったの?」

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