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2002年 6月16日 パリ
娘の話を聞くには父親の忍耐がいる
このオテル・ラ・ルイジアーヌの電話回線は、
やはりうんともすんとも言わない。
電話をかけるだけなら問題ないのだが、
PCにつないだとたんに黙り込む。
ゆうべはまたMGの部屋からメールを送信した。
それから彼女と最後の夕食。
彼女はゆっくり子供のように話す。
日本にいたときより澄んだ声で、
僕の友人の娘たちより子供っぽく。
セーヌ川に浮かぶ舟に住んでいた日本人の老婦人との出会いの話、
お菓子業界の様々な人たちとの出会いの話、
毎日職場で続く果てしない力仕事の話……
彼女の話に要点というものはない。
ひとつひとつの事実がひたすら直線的に並べられていく。
ベルナール=ディアース・デルカスティージョというメキシコ征服に参加したスペイン人が残した『メキシコ征服記』という長ったらしい本のことを思い出す。
文学にも、企画会議にも、プレゼンテーションにも無縁だった16世紀の一般人。
多くの女性が直線的に話すのは、
企画や商品を売り込んだり、
そのために相手の顔色を読んだりするような仕事と無縁な人が多いからだろう。
女性の話を聞くには、父親の忍耐と愛情がいる。
思いやりがあれば女性の話はそれなりに面白い。
MGが30歳を過ぎて始めたパティシエ修行の未来はあまり明るそうに見えない。
12時間、14時間、ときには16時間労働、
安月給の徒弟時代がこの先5年、10年と続いていく。
それでも自分の店を持てるという保証はない。
だからこの道のプロたちは十代から修行を始める。
MGの歳ですでに自分の店を成功させている人たちもいる。
「ほんと、私の未来を見てみたいよ。
未来が見える望遠鏡があったらいいのにな」
MGはテーブルのむこうで自分の目の前に拳骨を重ね、
自分の未来をのぞく。
セーヌ川の舟に住んでいた老婦人のことを、
MGはまだ日本にいたとき、
「昔ご主人は舟の船長さんをしていて、
ご主人が亡くなった後も彼女はその舟に住んでるの」
と話していた。
僕は住む家もなく、金もなく、
不法繋留のはしけに住み続けている日本人の老婆を想像していたのだが、
今回話を聞いてみると、実像はかなり違っていた。
彼女の夫は有名な化粧品会社の社長で、
彼女はその遺産をもらって優雅に暮らしている。
セーヌ川の舟ので暮らすにはそうとう金がかかるらしい。
それに今、彼女はすでに舟から出て、アパルトマンで暮らしている。
MGが日本にいたとき、彼女のことを「おばさん」と呼んでいたので、
親戚だと思っていたのだが、
今回の話では、彼女の父が昔パリで知り合った赤の他人なのだという。
MGの話から事実関係をつかむのは難しい。
「えっ、私、そんなこと言ってないよ」
「私の話、わかりにくい?」
「私だって真剣に考えて言葉を選んでるんだけどね」
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