イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

フランス紀行2002

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フランス紀行101

2002年 6月16日 パリ

公園

午前中リュクサンブール庭園の中をジョギング。
午前十時半の空は雲ひとつなく、
楡や栃の木の下を流れる風は、
高度一万メートルの風のように軽く、
空気で千倍に薄めた水のように涼しい。

緑の柵の向こう、日曜の公園の中をジョガーたちが切れ目なく過ぎていく。
もう少しスピードを上げれば、彼らはバターになるのだ。
ロンシャン競馬場のまわりの2キロの道路を、
ホイールがほとんど触れそうになりながら猛スピードで走るサイクリストたちの流れが、
ドーナツ型のラードになってしまうように。

フランス紀行100

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2002年 6月16日 パリ

娘の話を聞くには父親の忍耐がいる

このオテル・ラ・ルイジアーヌの電話回線は、
やはりうんともすんとも言わない。
電話をかけるだけなら問題ないのだが、
PCにつないだとたんに黙り込む。
ゆうべはまたMGの部屋からメールを送信した。

それから彼女と最後の夕食。
彼女はゆっくり子供のように話す。
日本にいたときより澄んだ声で、
僕の友人の娘たちより子供っぽく。
セーヌ川に浮かぶ舟に住んでいた日本人の老婦人との出会いの話、
お菓子業界の様々な人たちとの出会いの話、
毎日職場で続く果てしない力仕事の話……

彼女の話に要点というものはない。
ひとつひとつの事実がひたすら直線的に並べられていく。
ベルナール=ディアース・デルカスティージョというメキシコ征服に参加したスペイン人が残した『メキシコ征服記』という長ったらしい本のことを思い出す。
文学にも、企画会議にも、プレゼンテーションにも無縁だった16世紀の一般人。
多くの女性が直線的に話すのは、
企画や商品を売り込んだり、
そのために相手の顔色を読んだりするような仕事と無縁な人が多いからだろう。
女性の話を聞くには、父親の忍耐と愛情がいる。
思いやりがあれば女性の話はそれなりに面白い。

MGが30歳を過ぎて始めたパティシエ修行の未来はあまり明るそうに見えない。
12時間、14時間、ときには16時間労働、
安月給の徒弟時代がこの先5年、10年と続いていく。
それでも自分の店を持てるという保証はない。
だからこの道のプロたちは十代から修行を始める。
MGの歳ですでに自分の店を成功させている人たちもいる。

「ほんと、私の未来を見てみたいよ。
未来が見える望遠鏡があったらいいのにな」
MGはテーブルのむこうで自分の目の前に拳骨を重ね、
自分の未来をのぞく。

セーヌ川の舟に住んでいた老婦人のことを、
MGはまだ日本にいたとき、
「昔ご主人は舟の船長さんをしていて、
ご主人が亡くなった後も彼女はその舟に住んでるの」
と話していた。

僕は住む家もなく、金もなく、
不法繋留のはしけに住み続けている日本人の老婆を想像していたのだが、
今回話を聞いてみると、実像はかなり違っていた。
彼女の夫は有名な化粧品会社の社長で、
彼女はその遺産をもらって優雅に暮らしている。
セーヌ川の舟ので暮らすにはそうとう金がかかるらしい。
それに今、彼女はすでに舟から出て、アパルトマンで暮らしている。

MGが日本にいたとき、彼女のことを「おばさん」と呼んでいたので、
親戚だと思っていたのだが、
今回の話では、彼女の父が昔パリで知り合った赤の他人なのだという。
MGの話から事実関係をつかむのは難しい。
「えっ、私、そんなこと言ってないよ」
「私の話、わかりにくい?」
「私だって真剣に考えて言葉を選んでるんだけどね」

フランス紀行99

2002年 6月15日

長いお別れ

午後、タンギー氏に車でオーレイ駅まで送ってもらい、TGVに乗る。
最後まで水も漏らさぬタンギーツアー。
普通のツアーと違うのは、一文もとらないことだ。
昨日の夜、郊外にクレープを食べに行ったとき、
「ここは僕が払うよ」と言ってみたが、
頑として受け付けなかった。

「1週間の休暇じゃ短すぎるよ。せめて1カ月はないとな。
たぶん、いずれ日本に行くよ。たぶん……」

これまで旅先で何度となく経験してきた出会いと別れ。
住所を交換したこともあるが、
たいていはそのまま音信不通になる。
それが旅というものかもしれない。
タンギー氏とはメールアドレスを交換したが、
結局そのままになってしまった。
旅は一期一会。
旅人は母国に帰ったら別人になってしまう。
そもそも日常とは別人になるために旅に出るのだ。

フランス紀行98

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2002年 6月15日

波止場でタンギー氏が船の老人に何か話しかける。
幼なじみらしい。
船にペンキを塗っている。
漁船なのかどうかはわからないが、
老人には現役で仕事をしているらしいオーラが感じられる。

タンギー氏はパリに出て化学者になり、金持ちになったが、
今は引退した老人の退屈と無力感に身を浸している。

ふたりの老人にはそれぞれ違う時間が流れている。

フランス紀行97

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2002年 6月15日

船着き場から坂を少し上がったところで見つけた木製の像。
修道僧が魚を持っている。
タンギー氏によると村の守護聖人だそうだ。
大きな魚は豊漁祈願だろうか。
この一帯が漁業で暮らしてきたことを物語っている。


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