イージーライターのつぶやき

ちょっとマニアックな職業ライター兼アマチュア小説家が、作品と日常生活のつぶやきを紹介します。

メキシコ紀行1994

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メキシコ日記96

5月29日(日)

 鈴江君は下痢をしている。オアハカで一度下痢をして、それを克服したからもう大丈夫と思っていたのだが、最後に来て再発したらしい。日本に帰れるという気のゆるみからなのか、それともオアハカからの長い汽車の旅で疲れたのか。一度治れば免疫ができるというものではないようだ。Lomotilをわけてやる。ぼくもまだ用心のため6時間おきに一錠ずつのんでいる。

 博物館のカフェでメキシカンスクランブルエッグとオレンジジュース2杯の昼食。同じものばかり食べているが、栄養と消化のよさを考えるとほかに選択の余地はない。21ペソ。

 日本食が食べたいと鈴江君がいうので、ソナロサの日本料理店「東京」まで歩く。すぐ日本に帰るのだから日本食などどうでもいいじゃないかと思うのだが、こうして日本人と会って里心がついてしまうと、抑えきれなくなるものらしい。

 「東京」にはすきやき、天ぷら、鉄板焼きから各種丼もの、うどん、そば、とんかつ、チャーハンまである。丼は20〜24ペソ。みそ汁も6ペソとる。店内は黒い柱の日本的な造りだが、客席係はメキシコ人だ。鉄板焼きを作るのもメキシコ人だ。親子丼22ペソを頼む。量は少ないが、まあ許せる範囲の甘辛い味。前菜代わりにサービスで出てきたタコとキュウリの酢の物は甘くて閉口した。みそ汁はインスタントなのかと思わせる味。お茶はタダで、急須ごとドンと置いていく。

 レフォルマ通りをソカロ方面へ歩き、コロンブス像のある広場で鈴江君と別れた。6月上旬にまた東京に出てくるので、その時会おうということになる。アラメダ公園のわきを通り、9:30ホテル・イサベルまで歩いて戻る。

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5月29日(日)

 晴れ。11:00→6:00熟睡。
 アラメダ公園へジョグ40分。ホテルに戻ってシャワー、洗濯。
 メキシカンスクランブルエッグとホットミルクの朝食。
 地下鉄でインスルヘンテスへ行き、旅行代理店にもう一度メリダ行きのアエロメヒコのリコンファームを頼む。今までのところ、メキシコの飛行機は意外と正確に飛んでいるし、予約がとれてなかったということもないのだが、念のため。10ペソとられた。

 11:00独立記念塔で鈴江君と会う。明日日本に発つとのこと。ユナイテッド航空のリコンファームをしようとしたら、個人宅にかかってしまって困っているという。ぼくが持っていたマップインターナショナルの書類に別の番号が載っていたのでかけてみたが、日曜だからか、誰も出ない。なぜか公衆電話は金を入れなくてもかかった。
 らちがあかないのでさっきの旅行代理店に行き、10ペソでリコンファームを頼む。なぜかあっさり通じたようだ。特別の番号があるのだろうか?

 鈴江君があと100ペソしかないというので50ペソ貸す。彼は乞食にすぐ金を恵もうとするし、話しかけてくる警官に道を教わっただけで金をやろうとする。警官は給料が安いので観光客に自分から話しかけて道案内などで小遣い稼ぎをするらしい。金が余っているならそういう連中に金をやるのもいいだろうが、自分が困っているのにやる必要はない。
 鈴江君はカフェでも1時間いるあいだに3杯も飲み物を頼んだ。もちろんボーイにはチップをはずむ。エチケットなのかもしれないが、人に金を借りてまでやることじゃない。何か怖がっているようにも見える。旅の終わりに疲れがどっと出たのだろうか。

 地下鉄でチャペルテペックへ行き、人類学博物館を見物。日曜日はタダだ。一階は遺跡からの出土品、二階は近代の先住民社会と風俗、生活の展示。スペイン語の解説しか出ていないのでよくわからないが、遺跡で見られなかったレリーフや道具類などを見ることができて、欠落していた部分を補うことができた。

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5月28日(土)

エミリアーノ・サパタのTシャツをホテルに置き、また地下鉄に乗ってチャペルテペック公園へ。公園の南側、カスティージョ(城塞みたいなもの?)がある方をゆっくり40分ジョグ。それから地下鉄でインスルヘンテスへ。オアハカで車に乗せてくれたボブが住所を教えてくれたアメリカ大使館裏のホテル「カサ・ゴンサレス」をさがす。高級住宅のような建物がいくつも集まってできているし、看板も一切ないのでホテルとはわからない。朝食付きで60ペソという安さらしいが、日本人がいきなり泊まれる雰囲気ではない。
 たまたま門のところへ出てきたメイドに聞いたら、6月7日まで予約で一杯とのこと。今回は無理だが、予約すれば泊まれないわけではないらしい。

 また地下鉄に乗ってイダルゴへ。アラメダ公園のわきを歩く。露店の先住民らしい夫婦からラピスラズリの首飾りを買う。20ペソを18ペソに値切る。レストランではチップをやるくせに、貧しい先住民からものを買うのにどうして値切らなければならないのか自分でもわからない。モンテアルバンのおやじからものを買わなかったのと同じ心境だろうか?

 5月17日に昼食をとったタコスとローストチキンの店を苦労して探し当て、焼き豚入りタコス3つと、ハム・焼き豚・トマト入りトルタスとオレンジジュースの夕食。11.50ペソ。
 8:30歩いて戻る。

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5月28日(土)

 ソカロでサパティスタ国民解放軍の支援集会をやっていた。集会と言ってもテントの下に椅子を100ほど並べて、ぽつりぽつりと座っている客を前に男がひとりギターを弾きながら歌っているだけだった。抗議の歌なのだろうか?

 テントの外に立っている若い男にアンケートを渡されたが、スペイン語なので何が書いてあるのかよくわからない。どれも「サパティスタ国民解放軍は××××だと思うか?」といった感じの質問だ。

「ごめん、読めないんだ」と言ったら若者がさわやかな顔で笑った。
 テントのまわりにいるサパティスタ国民解放軍の支援者らしい人たちは、みんな貧しい身なりをしているが、眼がとてもきれいだ。それだけで、サパティスタ国民解放軍は正しいんだろうなという気がしてくる。
 
 そばで石畳にエミリアーノ・サパタのTシャツを売っていたので買う。15ペソ。ニュースで評判のマルコスのTシャツはなかった。


※2005年の註釈

サパティスタ国民解放軍は1994年1月に南部のチアパス州で武装蜂起した先住民の組織。州都サンクリストバル・デ・ラスカサスで州庁舎を占拠したが、出動した軍に鎮圧され、100人以上が殺された。

武装蜂起は先住民の土地が大地主階級に収奪されてきたことに抗議しておこなわれたもので、先進国からはメキシコ政府の強引な鎮圧に抗議の声が上がった。
カトリック教会が仲裁に乗り出し、サパティスタ国民解放軍と政府のあいだで話し合いが始まった。

サパティスタ国民解放軍の代表は先住民らしい背の低い人たちがほとんどだったが、この交渉では毛糸の眼出し帽を覆面のようにかぶった長身で眼が緑のマルコス副司令官と名乗る男が人々の目を引いた。スペイン語のほか英語、ドイツ語などいくつもの言葉を流ちょうに話し、理路整然と先住民の窮状を説明する姿がニュースで世界に報道されると、たちまちファンが急増し、マルコスの覆面顔を印刷したTシャツが飛ぶように売れた。

サパティスタとは、20世紀初頭のメキシコ革命で活躍した革命家エミリアーノ・サパタの思想を受け継いでいるという意味。

メキシコ日記92

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5月28日(土)

 歩いているうちにソカロに出た。メルカードからソカロにいたる道筋の周辺には真っ黒に煤けた古い石造りの建物が並んでいて、どれも斜めに傾いていた。メキシコシティは先住民が湖の上に建設した水上都市を破壊し、水を抜いて埋め立てた土地の上に建設されたので地盤が弱い。火山国なので地震がしょっちゅうある。古い建築は地震に揺さぶられているうちに傾いてしまったのだろう。ソカロにある大聖堂ですらはっきり傾いている。ゆがんだ街並みを歩いているうちに、自分の視覚が変調をきたし、吐き気がしてきた。昔のドイツ映画「カリガリ博士」を思い出す。


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