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                   中日戦争の危機
                  <日本の対中国戦略論>
最終章:対中国戦略論
1、不戦<戦争はしない>の大原則の確立
2、隣国中国との,今後の関係はどうあるべきか?
アメリカとの同盟関係(日米安保条約)は永続的なものか?
 
<領有権問題(尖閣・北方・竹島)はアメリカが原因>
━北方の領土紛争にも米国の策略が
本稿は、本来の主題とは些か外れる趣もあるが、「対中国戦略」の大枠としてみれば重要な政治・外交の歴史的事情であり、且つ、アメリカの真の「対日政治・外交戦略」を理解・認識する上でもまた、極めて代表的な事例なので、簡単に記述したい。
 
1951年のサンフランシスコ講和条約第2条では、千島列島も南沙・西沙諸島も日本が放棄することは明記されたが帰属先については何も触れられていない。それが大きな特徴であり、また問題であった。

もちろんこの背景には、ソ連が条約に調印をしなかったこと。また中国及び台湾の会議への不参加。それが今日まで紛争が続いている原因の1つでもある。
しかし、それだけが原因ではない。米国の行動が紛争解決の道を阻んだ事にも拠るのである。
 
北方領土問題でいえば、日本は1951年、サンフランシスコ講和条約で千島列島を放棄した。そこで、ロシアとの北方領土返還交渉においては北方領土、つまり歯舞・色丹・国後・択捉の4島が日本の放棄した千島に属するか否かが問題の焦点となる。
 
当時の日本政府・外務省の認識として、「条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えている」(1951年10月19日、西村条約局長の国会答弁)。南千島である国後と択捉は放棄の対象として、歯舞・色丹が条約対象外の日本固有の領土として捉えられていたのである。
 
従って、時代は下って1954年の鳩山一郎政権の発足後、日ソ国交正常化交渉が開始された1956年7月の交渉過程における、当時の全権は重光外相だが、日本側はソ連側が承認している歯舞・色丹の二島返還を受諾して平和条約を締結するとの方針を固めていた。
 
ところが、8月19日にロンドンで行われたダレス国務長官との会談でダレスは、仮に日本が二島返還で手を打ちソ連が国後・択捉を獲得するならば、米国は「沖縄に永遠に留まり、琉球政府の存続も認めない」と重光外相を相手として、強硬に反対したのである。
 
その、恫喝と威圧の狙いの一つは、「北方領土」の次は「沖縄返還」との危惧。更には、日本とソ連との間に領土問題という紛争状態を抱えさせておく事によっての、日本における米軍駐留のプレゼンスを高める目的があったと思われる。
 
これは、尖閣と全く同じ構図である。
 
日本を防共(共産主義の浸透を防ぐ)のアジア最前線の防波堤にするという、当時の米国の世界戦略の一貫の中に、日本をコントロールして組み込むと言う意図であるが、それは、現在も続いている。アメリカに依って大きな自衛戦力と経済力を育てられたが、「その力はアメリカの為に使え」と言うわけである。
 
日本は自立自尊の気概を失って久しい。米国式飼育操縦法の成功例であろう。「尖閣に安保条約が適用されるか」について管政権時の前原外相など、アメリカの顔色を窺い、クリントン国務長官より「尖閣は安保の適用対象である」との言質に「勇気づけられた」と喜ぶ体たらくである。
 
本当であれば、「尖閣を侵犯する中国軍や漁船は、アメリカ軍が出動して追っ払え」と主張すべきである。日本の承認の下に尖閣2島を、実態はともあれ、管理権を行使して軍事使用して来た経緯からは、米国は逃れられない。
 
論をさらに進めれば、米国は日本の領有権を承認すべきであるし、日本政府はそれを米国に求めるべきだ。それこそが外交だ。思いやり予算の増額、普天間基地移設問題、オスプレイ配備問題さらにはTPP、日本の保有する巨額な米国債券、またハーグ条約の批准問題なども、日本の対米外交カードの1枚になろう。
 
しかし、クリントンから代わったケリー新国務長官は親中国派として知られる。また、今般、2月22日から23日に掛けての、短い安倍首相の訪米でのオバマ大統領の対応は、出迎えも夕食会も無しと言う、衝撃的な冷淡なものであった。
 
一種の日本に対するメッセージと取れる。「沖縄もTPPも日本はアメリカ側の意に沿っていない。アメリカは不快だ」との。オバマの心は日本から離れている。2期目政権は要注意になる。
 
アメリカは尖閣においても、何時でも日本の梯子を外してくる。必要とあらば見殺しにもする。アメリカに限らず、自国の国益優先はどの国でも同じである。いつまでもの甘えは許される筈はない。日本は対アメリカにしても、慎重に間合いを見極めながらも、自己に厳しい心構えを以って、自立自尊の道を歩まねばならない。その為には急ぎ、外交カードの強化と有効活用策を図らねばならない。
 
「ロシアのプーチン大統領が、安倍晋三首相の事実上の特使として訪露した森喜朗元首相と会談した。首相親書を手渡した森元首相に大統領は北方領土問題解決への意欲を改めて表明。安倍政権発足後、初の首脳会談実現に向け、停滞が続いた日露関係は新たな段階へ踏み出した。
 プーチン氏にとって16回目の会談となった森氏は、日本政界で最も信頼する「親友」だ。2人は01年に日露首脳として「平和条約締結後、歯舞群島、色丹島を日本に引き渡す」と定めた56年共同宣言を領土交渉の出発点とすることで合意している。・・・以下略」<毎日新聞: 2013年02月23日>
 
その外交カードの1つが上記の如くの「ロシアとの平和条約締結」である。これは、米中の妨害に遭うだろうが、何としても成立させたい。それが「平和国家日本」の
世界に対する胸を張れる、有用なメッセージであり、米国および中国に対する強力な外交カードの1枚になるものである。
 
国内で反プーチン派の台頭が目立ち始めた中、政治的勲功の欲しいプーチン露大統領にとっても、悪くない取引だ。経済協力も絡めて機運に乗っている。
 
日本にとっても、米国のシェールガスの日本輸出が認められていない現在、ロシアからの天然ガスの輸入可能は、エネルギー確保の観点からも極めて大きな意味を持つ。「ロシアとの平和条約締結」・・・このカードを手に入れて欲しい。
 
米国と中国は日本国内の協力者を始めとする、日露平和条約締結反対のロビー活動や妨害工作を激しくする事になるだろう。しかし、挫けないで欲しい。長い眼で見れば、条約は中国の国家利益にも繋がるのだ。
 
隣国同士の日本と中国は互いの尊敬と利益と長い歴史的関係をもって、戦争や敵対ではなく、平和と互恵の関係を構築すべきである。
日中の和敬こそ、聖徳太子や孔子などの聖賢を生んだ国同士の、「大人の付き合い」と言うものであり、「角の突き合い」は米国などを利するだけだ。心しよう。
 
                                       (続く)                                   
 
                   中日戦争の危機
                  <日本の対中国戦略論>
最終章:対中国戦略論
1、不戦<戦争はしない>の大原則の確立
2、隣国中国との,今後の関係はどうあるべきか?
アメリカとの同盟関係(日米安保条約)は永続的なものか?
 
<領有権問題(尖閣・北方・竹島)はアメリカが原因>
━尖閣の2小島は米国の管理下にある:その本質的問題点━
 
尖閣諸島は、東シナ海の南西部に点在する島嶼群である。その主なものに魚釣島(うおつりじま)、久場島(くばじま)、大正島(たいしょうじま)、北小島、南小島、沖の北岩、沖の南岩、飛瀬(とびせ)などの島と岩礁がある。
 
前回記したように、米国は従来、「尖閣は沖縄に帰属する」という立場を明確にしていた。だが、1971年6月の沖縄返還前の1968年、尖閣付近での石油の埋蔵資源の発見以降、主権を主張し始めた中国・台湾に歩み寄り、「沖縄と一緒に尖閣諸島の施政権は返還するが、主権問題に関しては立場を表明しない」というように、その姿勢を変化、後退させたのである。そして翌7月の電撃的「米中和解」=「ニクソン・ショック」に繋がって行くのである。
 
しかし、返還前の沖縄の米軍施政のもとで、尖閣は沖縄の一部との認識において、米軍は久場島、大正島を射爆場として使用してきたのである。それは、返還後の日本の主権下においても同様の状態が続けられている。これは極めて奇妙なことである。
 
もし、尖閣諸島が中国や台湾領であるとしたならば、これは如何なることになろうか。米軍(米国)は中国や台湾領内で勝手に軍事演習をして来た言うのであろうか?
 
返還後は今日に至るまで、「日本より提供を受けて、射爆場として確保して来た」との公式見解のもとでは、米国の尖閣対応はまさに「ダブル・スタンダード」である。「二枚舌」の批判にどう答えるのだろうか?対峙する日中双方に「色よい返事」をして、対立を助長しているのだ。中国の強気の背景には、このようなアメリカ側の「国益による世界戦略」姿勢を読み取った上での行動がある。
 
更に重要な問題がある。
 
2010年10月22日付の当時の菅政権時の、「これらの区域に地方公共団体の職員等が立ち入るためには米軍の許可を得ることが必要である」との国会答弁書がある。日本の主権下において、日本人が自由に立ち入りできないとは、どういうことか?尖閣の久場島、大正島は米国の主権下・管理権下にあるというのだろうか?
 
もし、そうであるなら中国の尖閣の領海侵犯は、米国主権の侵害といえる。
そうではなく日本主権下の米国管理下というなら、中国の領海侵犯に対しては、米国は安保条約の履行のもとで米軍を出動させ、中国軍等と直接対応しなければならない。
 
この極めて重要な問題を日本のメディアは何故、追及しないのだろうか?お決まりのメディアの「触らぬ神に祟りなし」のタブーとでも言うのか?それとも、問題視できる識見が不足しているのだろうか。
 
尖閣の主権には実は米国も深く関与しているのだ。メディアはその事を全く報じない。奇妙なことである。米国に正当な物言いができないというのだろうか。日本国家の主権と自立自尊に関わる、嘆かわしい事である。
 
タブーがあるとしても、それを破らなければ、新しい日本に脱皮はできない。真の勇気を出すべき時だ。尖閣領有権問題は日本の新しい未来への、まさに国民の試練の時なのである。
                                           
                                        (続く)
 
 
 
 
 
                   中日戦争の危機
                  <日本の対中国戦略論>
最終章:対中国戦略論
1、不戦<戦争はしない>の大原則の確立
2、隣国中国との,今後の関係はどうあるべきか?
アメリカとの同盟関係(日米安保条約)は永続的なものか?
 
  <領有権問題(尖閣・北方・竹島)はアメリカが原因>
そもそも領土問題に関して言えば、日本の敗戦以前は尖閣を始め北方領土・竹島・さらには南沙諸島・西沙諸島すらも、すべて日本の領土であった。しかし、敗戦後の1951年、サンフランシスコ講和条約によって、これらの領土は放棄することに決定したのである。
 
沖縄については、講和条約の第3条において、米国を施政権者とする信託統治制度において、米国が沖縄に全権を行使するよう定められた。この時点においては、尖閣は沖縄に帰属するとの認識は、米国においても明確なものがあった。
 
ところが、1968年、尖閣付近で石油の埋蔵が確認され、それに伴い中国及び台湾が領有権を主張し始めると、米政府は次第にその立場を変化させたのである。時の米政府はニクソン大統領。日本政府は佐藤栄作首相。この両者において、周知のように「有事の核再持ち込み」や「米側補償費の肩代わり」といった「密約」の中で、沖縄は1971年6月の「沖縄返還協定」が結ばれる事により、日本に返還された。
 
こうした中でニクソン政権は、「沖縄と一緒に尖閣諸島の施政権は返還するが、主権問題に関しては立場を表明しない」との、以前とは変化した立場を取ったのである。米軍は尖閣諸島を射爆場として使用してきたという背景の下、従前通りの「尖閣諸島は沖縄の一部」との主張を為したが、ニクソン政権は取り合わなかった。
このニクソン政権の変化の理由は、1971年翌7月のニクソン米大統領、キッシンジャーらによる劇的な「米中和解」の布石としてみれば、よく理解できよう。米国の中国に対する「手土産」である。
 
もう1つには、「領土問題」という日中間の紛争の火種を残しておく狙いがあったものと考えられる。尖閣の領土紛争こそが米軍の沖縄駐留のプレゼンスを高めるものであり、国内外にその正当化を認証させるものだからである。紛争により、高価な武器や兵器を売りつけることができる、産軍複合国家の含みのある政治的判断ともいえよう。
 
ここに米国の世界戦略の狡猾さの一端を知ることができる。
 
第3項「「アメリカは、尖閣諸島の領有権に関しては立場を明確にはしないが、尖閣諸島が日本の施政下にあることは認めている」・・・この項目は純粋にアメリカの国益のためにあるのであり、日本の後押しのためにあるのではない事を、日本政府および国民は深く理解しなければならない。「米国の後押しを感謝する」などとの発言や単純な感情が、如何に筋違いなものか、お分かり頂けよう。
 
更に論を敷衍すれば、尖閣におけるアメリカの関与はフリーハンドであり、状況次第によっては、日本後押しの「梯子を外す」事態もあり得る。アメリカの国益に沿って、「安保条約」によって中国を叩くことも、また日本に対し「領土問題は当事国同士の問題」として突き放すことも可能である。極めて周到な、恐ろしい政略が隠されている第3項なのである。
 
ニクソンによる、当時の世界を驚かせた「米中和解」は日本の頭越しであった。「ニクソン・ショック」と呼ばれる。米国の意向を受けて、中国封じ込め戦略を忠実に協同展開した日本政府にとっては驚愕の事態であり、当時は上を下への大騒ぎになった。アメリカとはそのような国である。国益のためであれば、日本を中国に差し出す事は、まったく厭わないだろう。心すべき事である。                                                      
                                             (続く)                                     
 
 
                                       
 

                   中日戦争の危機
                  <日本の対中国戦略論>
最終章:対中国戦略論
1、不戦<戦争はしない>の大原則の確立
 
2、隣国中国との,今後の関係はどうあるべきか?
アメリカとの同盟関係(日米安保条約)は永続的なものか?

<
尖閣諸島に対するアメリカの態度について>
第3項「アメリカは、尖閣諸島の領有権に関しては立場を明確にはしないが、尖閣諸島が日本の施政下にあることは認めている」

 
この第3項を読み替えると、「現在の尖閣の施政権は日本にある事は認める。だが、領有権自体は日中どちら側に帰属するかは、アメリカの関知するところではない。」・・・・・このように言っているに等しい。

これは「実効支配している限りは尖閣諸島は日本の領有であるが、実効支配が中国に代わった場合には、施政権は中国に移る。」とも読み替えられるのである。実に穏やかならざるアメリカ側の態度というべきでは無かろうか。
 
しかし、このアメリカ側の態度の底流には、アメリカ自身の国益の思惑の外に、「太平洋2分割支配」と言う中国のアメリカに対する提唱論を秘かに検討・研究するアメリカ側の姿勢がある。
 
「太平洋2分割支配論」は近未来と更にその先を見据えたアメリカの世界戦略にも関わるものであるが、それについては今は稿を割く余裕が無いので、後の機会に譲る事とする。

尖閣諸島は「安保の適用範囲」と言う、謂わばアメリカの見せ掛けの、「認可状」あるいは「お墨付き」をもらう為に、汲々として「土下座外交」をして、それらしき「餌」をもらって喜んでいる「飼い犬」の卑屈さの構図の笑止であり、「悲劇を孕む喜劇」とは言えないだろうか。

このようなアメリカの尖閣諸島の領有権に関する不明瞭な態度は、尖閣問題を複雑にしている。中国側の強気の背景には、アメリカの曖昧な態度にもその因を求める事が出来るのである。

では、アメリカのその真の狙いは何か?それは一体何時ごろから招来しているものなのだろう?
           
 
 
                                       
                                         (続く)

 

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