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昨年12月に2歳の子供を置いて母親がスノーボードに行って、火災が起こって子供が死亡した事故があった。 2月19日その母親が書類送検されたとの報道を見た。 子供の虐待に関するニュースはよくみるが、暴力による虐待のニュースよりこの事故は頭から離れない。 2歳といえば航と駿と同じ年。 約17時間一人っきりにしておくなんて私にはとても考えられない。 食事は置いていたとのことだが、きちんと食べられたのだろうか? オムツはおしっことウンチまみれではなかったのではないだろうか? 報道によると男の子がこたつをひっくり返して、火災になった可能性が高いという。 2歳の子が目の前で火事が起こってどんなに怖かったことだろう。 その時の様子をどうしても想像してしまう。 とても悲しい。 改めて航と駿を見る。 私が一人で二人を見ているとき、目を離さなくてはならない時がある。 私は自分がトイレでもとても気になる。 2歳8ヶ月にもなるんだからちょっと過保護かもしれないが、少しでも目を離すことがとても心配でいられない。 母親のことも考える。 24歳で夫とは別居とのこと。 アパートで二人暮らしということは日常は親の助けもなかったのであろう。 私が小学生にあがる前くらいの頃は近所に子供がたくさんいて、隣近所も自分の家も同じように行き来し、自分の家にも普通に隣近所の子供が遊びに来ていた。 だから当時は全く気付いていなかったが、たくさんの大人に見守られていたに違いない。 でも今の航と駿も近所の大人に見守られるということは皆無である。 この母子も近所に助けられるなんてことは全くなかったのであろう。 20代前半の頃の自分を振り返ってみる。 なんとか自分で稼ぐようになり、そこそこに自分で自由に使えるお金を手にして、スキーに行きまくり、合コンしたり、彼女とデートしたり。 友達や会社の同僚と飲んだくれたり・・・。 そんな毎日であった。 とても子供を育てられるまで私の精神は大人になっていなかった。 もし自分がこの年齢の時に子供がいたら、親バカブログなんてやっていられなかったと思う。 たぶんこの母親も精神的には私の20代前半と同じであったのだろう。 友達は遊びまくっていて、でも自分は毎日終わることの無い子育てに疲れ、多分少しの時間ほっておいても問題ないからだんだん長時間一人にしておくことが多くなったのだろう。 こんな母親に同情することはないと思うかも知れないが、そんなことまで想像してしまう。 子供は未来の宝である。もっと社会全体で守ってあげなくてはいけない。 結論のない記事になってしまったが、そんなことを考えずにはいられない事故であった。
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思うこと
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双子奮闘記の初めからからお友達のあんさんの記事を見て感動した。 それはあんさんが娘のりっちゃんに言った言葉。 「最初から何でもうまくできたら いいものって仕上がれへんのちゃうかなぁ。 こうやって 出来なくて悔しい思いもしながら頑張っていいものって 出来るんちゃう?いいものっていうのは りっちゃんの心の中に残るものって ことやで。ママは大人になっても忘れられない思い出っていっぱいあるなぁ。 そぉやって りっちゃんみたいに泣いてたこともあった。 もぉ できひんってあきらめたこともあった。 もぉ できひんっていうラインは自分で決めるものやねん。 そこを超えて 頑張れるかも自分で決めることやで。そのラインを 超えたい気持ちがあるなら 自分の出来ること考えてみ? 休み時間や帰りの時間 先生に教えてもらうとか。。。 何もしなくて できひんって泣いててもあかんよ。」 特に できひんっていうラインは自分で決めるものやねん。 そこを超えて 頑張れるかも自分で決めることやで。そのラインを 超えたい気持ちがあるなら 自分の出来ること考えてみ? という言葉。 あんさんがりっちゃんに言った言葉を自分に置き換えて読んでしまった。 今私はいつも「双子の世話があるから」「双子をお風呂に入れるから」と息子達のせいにしてラインを引いている。 実はこれを言い訳に本当は出来ることをやらないでいるだけではないだろうか? 今日まで双子が出来なかったらやっていたのだろう? たぶん何もやっていない。 結局「双子がいるから」を言い訳にラインを引いているだけだと気付かされた。 もちろん「一兎追うものは二兎をえず」という言葉があるとおり、あれもこれも欲張るとなにも出来ない。 育児のためにあきらめることがあることはたくさんある。 でも本当は出来ることなのに手前にラインを引いている自分をあらためて思った。 |
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私の勤務先では自己啓発を奨励している。 |
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2005年常々。 |
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子供が生まれてから1年ちょっと、ほぼ毎日残業もなし、飲み会もなしで帰宅している。 |


