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2012年末

今年は自分としては、なかなか大変な年だったと思う。
色々な事がなかなか上手くいかず、物事が全然前に進まなかった。
結果として、最後に原稿を描いてから半年が経ち、
連載に至っては1年以上開いてしまっている。

続編に関しては、未だに期待して待っていてくれてる方々がいる事は、
重々承知しているが、やはり、状況や精神面で色々とうまく噛み合わず
今に至っています。

来年はもう少し物事が開けてくると思う。
現実的な話で言うと、次に描くのは新作になると思います。
まあ、何がどう転ぶか分からない世界だから断言はできませんが・・・。
何にしても、どっちの準備も出来つつあるので、
来年はもう少し物事が開けてくると思います。

どうぞ皆様も良いお年を

サイン

サインする機会が意外とある。

女子高生や中学生にもサインした事がある。
お願いされた時は、教育的に読んでいて親に怒られないのかな、
と思いながらサインした記憶がある。
しかしやはり、若い人に読んでもらえているのは嬉しいものである。

マンガのサインは絵がないとダメである。
イメージ的には、色紙にサラサラっと下書きも無しで
スゴい絵を描くんでしょ、と思われている。
僕も以前はそう思っていた。
でも、知ってる限りではそういう人の方がおそらく少ない。
マンガ家歴30年の大先輩でも、「ボクも下書きないとキツい方だよ」と
おっしゃっていたので、そうだと思う。
ボクももちろん下書きが無いとかなり不安である。
マンガ家の端くれだから、描けない事は無いがやはり下書きをした方が絵がキマる。

サインする紙は大きく分けて3パターン。
色紙かコミックスの背表紙。
ボクの場合はそれに(自慢の?)名刺の裏というパターンが加わる。
名刺の場合はほとんどが、その場で描くパターンなので、下書きは無い場合が多い。
でも描く絵が小さいのでまあまあキマりやすい。
問題は描きにくいコミックスと、絵が大きくなければいけない色紙を
下書き無しで描く場合である。
しかもその場でじっと見られているとスゴい緊張する。

以前、防犯機器の取材をする為に、秋葉原の専門店にお邪魔させて貰った事がある。
その時、取材終わりに店主からコミックスへのサインを頼まれた。
普段はマンガを読まないだろう60代?のおばちゃんだったので、
おそらくこの為にコミックスを買っておいてくれたんだと思う。
とてもありがたい話である。
しかし、その時に渡されたペンがマッキーである。
細い方も太いあのマッキーである。
しかもおばちゃんはガン見。
その上、後ろを見ると息子さんやら、誰か知らんがマンガ家がおるらしいという事で、
集まった20人?くらいの人垣が・・・。
さらにその時は、メモを取るためのボールペンしか持っていなかったので下書き無し!
そんな超キンチョーする状態でサインをするのは初めてで、汗を異常にかきながらサインをした。
結果は、悪くはない、という位の絵を描けたので、まあ良かったかなと。
しかし相変わらず、直書きのサインは緊張するものである。

以前、高橋陽一先生がサインをするのを身近で見た事がある。
下書き無しで、活き活きとした翼君の顔をサクッと描いており、しかも描く姿もとてもかっこ良かった。
余談だが、あの時は陽一先生にお会いできる事は事前に分かっていたのだが、
お手数だろうな、と色紙を持っていかなかった事を今でも後悔している。

とにかく、いつかはあんなにかっこ良く、一発でキマるサインを描きたいな〜と思うのである。


貧乏ロード3

月収が10万をきる事になっても、アシスタントの入り日を減らし、
自分のマンガを描く時間を増やす。
家計をあずかる女房にとって、あり得ない決断をしてからの生活は
もちろん厳しかった。
泊まり込みでアシをしている時は、食事はついてた。
つまり、ボクが家にいる日にちが多くなるという事は、食費、光熱費、水道代
すべてが高くなるという事だからだ。
女房にとっては、オシャレもせず、外食もせず、赤子の世話をしながら
安いスーパーで食料品を買うだけの生活。
多分、娘の成長を見る事だけが楽しみだったのかなと思う。
「ゴタ消し」の連載をとって食べられる様になるのは、
その決断をしてから約5年後。
今更だが、女房には本当に大変で辛く不安な思いをさせたなあと思う。

今はその生活をしていた頃の部屋には住んでいない。
しかし同じ地域に住んでいるので、そこを車で通る事はよくある。

女房は、その道を通ると、今でもよく思い出す事があると言う。
2歳になる娘とスーパーで買い物をしている時に、娘がキャラクターものの
ポケットテッシュを握りしめて離さない事があったらしい。
娘はそういう駄々をこねる事が少ない子だったが、珍しくそのポケットテッシュに
固執したという。
しかし女房はそれを買ってあげなかったらしい。
そんなもの、たかだか何百円だから買ってあげりゃいいじゃん、と思うだろうが、
ウチには、父が仕事関係の友人から貰ったポケットテッシュを頂いていたので、
それが3年分くらい有ったのである。
たかが何百円でも、必要の無い物を買う。
お金がないと、その勇気というか踏ん切りがつかなくなる。
帰り道ベビーカーを押しながら、惨めな思いと、この先どうなるんだろうという
将来に対する大きすぎる不安を抱えながら、半泣きのまま歩いた道。
それを思い出すと言う。
それが女房にとっての”貧乏ロード”である。

そのスーパーでの出来事も、ボクはずいぶん後になってから聞いた。
初めて聞いた時は、申し訳なさすぎて泣きそうになってしまった。
本当に苦労をかけたなあと、またまた思う。

あの頃に比べたら、生活はずいぶん良くなった。
マンガ家として売れてる方ではないから、お金持ちではないが食えてはいる。
はっきり言えば女房のお陰だ。
ボクに出来る事は、とにかく次の連載を取って、これ以上”貧乏ロード”が増えない様に
頑張ることだと思う。
という事で頑張ろう〜。

いや、頑張ってはいますよ。
ただ色々と簡単ではないのです。
申し訳ない・・・。

貧乏ロード2

神奈川県横浜市での新生活。
家は駅から徒歩20分。
その頃は、確か週刊連載の先生の所へ週3か4日の通いで、アシスタントをしていたと思う。
マンガのアシスタントの給料というのは、特殊な技術職なので意外と高い。
出版業界がそうであるから、10年前から今、では相場はかなり落ちたが、
当時の僕は日給10000〜12000円、食費、交通費支給だった。
僕のアシスタント技術は並。
なのでこの値段が大体当時の、週刊連載の普通のアシの相場だと思う。
もちろん月刊や、今だとWEB連載など、だと日給7000や時給800とかもある。
マンガ家の裁量によってかなり上下する。

ちなみに、「ゴタ消し」時の僕が、アシスタントに払っていた給料は、
時給1000〜1500円(能力や作業内容によって違う)、食費、交通費支給、である。
そんな事まで書いちゃうの?と思われる方もいるかもしれないが、
この内容で広告を出したので、隠しても仕方が無いのである(笑)
多分、初連載の隔週誌の新人マンガ家、という位置づけで考えると、
この値段は悪くはないが美味しくもない、というレベルだと思う。

上は余談。
家族3人での新生活。
当時の僕の月給は16万ほど。
もちろん生活は厳しい。
しかし、ボクはここで女房にとって、更におそろしい決断をするのである。

それは自分のマンガを描く時間を増やすために、アシの入り日を大幅に減らす、という決断。
月給は9万ちょっとになり、足りない分は貯金を切り崩す事になる。(貯金のほとんどは女房が結婚前に貯めたもの)

なんて非現実で酷い!と思われるかもしれないが、ボクなりの考えがあっての事。
マンガ家志望のアシスタントを何人も知っているが、ほとんどの人は、
ただアシスタントをして生活しているだけで、自分のマンガは描いていない状態。
しかし例え、どんなにアシの技術を磨いても、絶対にマンガ家にはなれないのである。
マンガ家になれる唯一の方法は、自分のマンガを描いて出版社に持ち込む事、しかないのである。
家族が3人になった事もあるし、もっと自分の描くペースを上げていかなきゃいけない、という判断から
ボクは、女房にそんなたわ言を言い出したのである。
女房は、それを了承してくれた。もちろん不安な顔をしていたが。

しかし、これによって、女房にとっての「貧乏ロード」が生まれる事となるのである。
            続く

・・・。
ちょっと待て!前回と同じ終わり方で、実は話が全然進んでねえんじゃねえのか!?
と思われる方もいるかもしれない。
詳しく書いたが、話は進んでない。と言われたらそんな気もする。
なので、次回の更新を、近いうちにする!という事で許してもらおうと思う。
近いうちって何時だよ!?
てめえは政治家か!?
とツッコまれない為にも時期を明確にしよう。
11月23日までに更新する!で良いでしょうか?
結構空いてんじゃねえか!ブログを毎日更新してる人も五万といるんだぞ!
というツッコミはご勘弁下さい。

貧乏ロード

26歳の時に結婚して、待望の子供(長女)を授かったのは30歳の時である。
その間は共働き。
僕は木多さんや他の所でアシスタント、女房は玩具メーカーから出向と言う形で、
キャラクターショップの店長をしていた。
なので、その時期は金銭的には十分生活出来ていた。もちろん女房の給料の方が高い。
その後、女房は出産のために退職し、そのまま育児に専念。

亭主が稼いで、女房は家を守る。

今の時代では、もう古い考え方かもしれないが、僕たち夫婦はこの考え方で一致している。
ただ問題は、僕のアシスタントの稼ぎでは生活出来ない事・・・。

共働きの時は、女房の勤務地の近くである世田谷区の多摩川沿いに住んでいた。
住んでいたのは芸術的とも言える程のボロい木造の平屋。
大家さんも、「改築とか好きにして良いよ〜。なんだったら建て替えても良いわよ(笑)」
などと言うくらい古くて、ネタではなくネズミが出るのである。
しかも屋根裏ではなく、台所に。
初めて知ったのは、引っ越して間もなくで、女房が仕事で出かけていて、
僕が自分の部屋でマンガを描いてる時である。
台所でガサガサと音がするので見に行ったら、黒いカゲが3つパパッと勝手口の方に逃げていった。
流しを見ると生ゴミの袋が噛みちぎられており、ゴミが散乱していた。

僕はネズミの出る家は初めてだったのでびっくりした。
女房は、田舎ではそんなに珍しくないらしくて、聞いてもあまり動じていなかった。
まあ子供が出来たら、少し郊外に引っ越すつもりだったので
それまでの付き合いだと思えば多少愛らしく思えた。

余談だが、川沿いのネズミの数と言うのは半端ではない。
一度、夜に女房とケンカした時に、頭を冷やそうと思い、歩いて30秒の多摩川の土手に座っていた時の事である。
橋を通る電車の明かりに水面が反射してキラキラ光る。
それをボーと見ていたら一カ所だけ、キラキラの光の形が違う箇所があった。
少し近づいて良く見てみると、それは一面に群れているネズミの濡れた背中が反射していたのである!
その数、数百匹かあるいは千に届くのかも!
それを見たら何だか怖くなってそそくさと家に帰ってしまった。
とにかく、川沿いには恐ろしいほどのネズミがいるのである。

先ほど書いた通り、長女の出産に合わせて、神奈川の田舎に引っ越した。
女房は退職したので、地代の高い東京に住む必要は無いし、子供が生活しやすい環境を求めて、
そして何より、僕はゴミゴミした都会が嫌いだからだ。

そして、神奈川での貧乏生活が始まり、女房にとっての「貧乏ロード」が生まれる事となる。
                   (続く)
オオサワシュンタロウ
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