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画像はお借りしています。
まず、最初に
今回、被害に遭われた全ての皆様に
お見舞い申し上げます。
2016年4月14日、桜の季節が終わり、
新緑の季節へ景色が変わろうとする中
21時26分、最初の地震
震度7の強震が熊本を襲いました。
当初はこの地震で
終わりだと思われていましたがその後からの余震は
さらに増加し、
その被害の余波は熊本、阿蘇を超え、大分県まで拡大しています。
私は高校卒業まで福岡に居ましたが
当事は地震とは縁が無く経験すらありませんでした。
九州って火山や台風には敏感でも地震は
あまり影響の無い場所と思っていて
2005年の玄界灘地震(震度6弱)の地震が発生した時は
かなりの衝撃でした。。。
それが今回の地震と立て続けに起きる強い余震に
倒壊する建物が後を絶たず
未だに頻繁に私の携帯には地震速報の着信音が
鳴り続けています。
画像はお借りしています。 以前、タモリさんの「ブラタモリ」で
やりすぎ城とまで言われた
熊本城は守りの城として
1607年に築城の名人と言われた戦国武将、加藤清正の設計の元、
6年の年月をかけ築城、400年以上の歴史があります。
私も何度も訪れた事のある熊本城ですが
それまで写真に残す事は
この数年までありませんでした。
この時に撮った熊本城は朝から前日からのモヤが残り、
上空は曇っていましたが次第に晴れて
力強い熊本城を写真に収める事が出来ました。
写真はお借りしています。
しかし、その熊本城がまさか都市部直下型の地震に見舞われ
熊本のシンボルがこんな姿になろうとは
誰が想像出来た事でしょう。。。
写真は大きくなります。
熊本城の面積は
約98万平方メートル(東京ドーム21個分)と広大で
築城当初、天守閣と櫓だけでも49箇所に配置され
櫓門18箇所、城門29箇所と
まさに要塞と言うに相応しい名城でした。
また、写真にある石垣は「忍者返し」と呼ばれ、
手前の裾は角度が緩く、登るほど角度が急になり
登る事が出来ない造りでこれは熊本城独特のものです。
写真の左側上部には東十八間櫓と呼ばれ
石垣の高さは20mもあります。
この石垣と櫓も今回の余震により崩壊しました。
元々、この土地は土壌が弱かった事もあり、
この石垣による造りがより強く、
崩壊を防いでいたと言われています。
この城の管理をしている方によると
広範囲で大規模な崩壊が相次ぎ、関係者も
かなりショックを受けおり、
修復の目処も立たないとの事です。
熊本城の桜は3月下旬〜4月の上旬に満開を迎え
城の至るところで
美しく立派な桜を見る事が出来ます。
その為か、ここ数年の外国人ブームでも
熊本城は人気の場所であり、
連日、たくさんの観光客が訪れています。
私が訪れた時も平日にも関わらず
たくさんの方で賑わっていました。
たくさん人が来れば弊害もあり
外国人ブームでなければ静かに簡単に撮れるだろうと
思われる場所も今ではなかなか思うように
撮れないところが多くなり
この場所だけでも15分は待たされました。
ですが、それでもまだまだ隠れたベストポジションは
たくさんありますから復旧した際には
じっくり探してあげてくださいね。。。
この記事、お昼から書いていてかなりの時間が経ちますが
書いている間にも余震は収まる様子は無く
被災された方への心痛な思いが
募るばかりです。
何度も繰り返される余震に建物への負荷が増え
倒壊していく中、
熊本城もあちこちで崩壊する場所が増えています。
熊本城の天守の入り口も出口も
画像はお借りしています。 写真のように崩落しています。
ここだけでなく
天守閣から南へすぐにある
宇土櫓も櫓を除く長壁は全て崩れてしまいました。
熊本城で一番古いと言われる宇土櫓が残ったと言うことは
いかに建築技術が素晴らしいかと驚かされます。
鉛色の雲が去り、晴天で美しい
天守閣や宇土櫓からの景色も
暫くはお預けになりそうです。
画像はお借りしています。
震災から2日経ち
被害の規模は熊本の中心部から阿蘇や大分県へと
移っています。
阿蘇と熊本市内の中間にあるこの場所。。。
橋の上から豪快に水を噴出させる
通潤橋も橋自体にひびが入っているのが見つかり
立ち入る事が出来なくなりました。
その他にも阿蘇神社や夏目漱石内坪井旧居等が
被害を受けており、
観光地や歴史ある建物への被害が増えています。
熊本にはたくさんの観光名所があり
その殆どが自然や歴史的建物ばかりです。
報道では伝えられていない場所が
いくつもあるのですが
そういった場所も影響を受けているのではないかと思うと
心が痛みます。。。
当然、観光地だけに限らず
住宅の倒壊や道路や空港等の損傷、停電や断水等
殆どのライフライン機能が停止しています。
海を挟んだ反対側の島原からの
連絡船も今の時点では運休しており、
普通に入るには陸路意外に入る方法がありません。
画像はお借りしています。
昨日、すれ違う車の中に
災害派遣に向かう自衛隊のトラックを
たくさん見掛けました。
場所からして東京の練馬か埼玉の朝霞駐屯基地から
向かっているのでしょうか
陸路であれば少なくとも今日か明日には到着するでしょう。
アメリカにも支援を要請しており、
東日本大震災以来の救援活動となりそうです。
いつもならボランティアの活動内容のニュースを
耳にするのですが余震が酷い為、
ボランティアの方々が
入る事が出来ないと聞きました。
その為、危険を覚悟で向かう人達に
たくさんのエールを私は贈ります。
どうか、ご無事で。。。
阪神大震災、東日本大震災、中越地震、能登半島地震等
全国各地で多くの震災が続いています。
今後、関東大震災や南海トラフ地震への関心も
注目を集めています。
私だけは大丈夫って事はあり得ません。
準備に無駄と言う事はありません。
非常食は一年に一度は買い換える。
避難場所や災害ダイヤルの使い方や
帰宅難民になった際の対処法など
知ってて損をする事はありません。
熊本だけでも今の時点で18万人の被災者が
避難所に避難していて
支援物資が3日経っても足りないと言っています。
余震が怖くて屋内には居られないと言って
車中泊をする人が多いと言っています。
東日本大震災の教訓は生かされるのか
今の政府に何が出来るのか
国のリーダーに問いたい。
あなたに何が出来るのか
いたずらに物価や自宅待機の子供を増やすのではなく
また、国民の少数が望む事ではなく
多くの人が望む事を積極的に進めてください。
そんな事すら分からないのであれば
国民と同じ目線で話をする
元ウルグアイ大統領「ホセ・ムヒカ」さんにでも
相談してみてください。
少しは国民の気持ちが分かるでしょう。。。
政治家に一番必要なのは
「誠心誠意」なのですから
今回の地震で唯一、
津波が起きる事はありませんでした。
これは不幸中の幸いです。
二次災害で津波ほど怖いものはありません。
しかし、阿蘇地方の山間部では土砂崩れで
たくさんの被害が出ています。
当初の地震の時に適切に避難をしていれば
救われた命あったはずなのに。。。
決断は難しいと思いますが
例え少し離れていたとしても
対岸の火事と思わないで欲しいです。
熊本城は築城後200年以上
城としての機能は果たしていませんでした。
しかし、明治10年(1878)西南戦争で
熊本鎮台司令官・谷千城率いる約3400名の守備隊が
熊本城に籠城し、西郷隆盛率いる薩摩軍約13000名が
約50日に及ぶ攻撃を受けますが、落城には至りませんでした。
築城から200年以上経っても
強靭の守りの強さを持つの堅固な城だと言う事が
皮肉にも証明されました。
画像はお借りしています。
今回の地震で瓦は崩れ落ち、しゃちほこも落下し
行方が分からなくなってしまいました。
それでも、天守閣は健在しています。。。
西南戦争の時に天守閣は炎上、
焼失してしまいましたが
その後、昭和35(1960)年に
鉄筋コンクリートで再建されています。
しかし、基本構造は築城当事のままだそうです。
天守閣が今でもちゃんと残っている姿は
熊本をまるで守っているかのように
私は思います。
地震が収縮されれば本格的な復興に入りますが
東日本大震災のように復興には時間が掛かるでしょう。
熊本城の修復には5年〜20年も掛かると
先ほど報道されていました。
街の雰囲気も住宅地も観光地も
復興する事で姿、形も変わってしまうでしょう。
その間も被災された方は
後の生活を苦しめられて
しまうでしょう。
でも、どうか希望を捨てないで
この危機を乗り越えてください。
そしていつ起きるか分からない未来への備えを
忘れないでください。
政治家のお偉いさんは
たくさんの防衛費で国を守る事も必要かも知れませんが
自然災害に対する備えも
この国を守ることと同じ位とても必要だと言う事を
忘れないで下さい。
在りし日の熊本城の雄姿を
古より堅固たる守りでこの地震でも残った天守閣や石垣を
熊本を愛する全ての人の支えとして
ここに記します。。。
撮影場所
熊本県熊本市 熊本城
熊本県上益城郡山都町 通潤橋
※初めてこのブログをお読みになられた方へ
このブログはTOPにゲスト様用のご挨拶を
ご用意させて頂いております。
そちらにも今まで掲載してきた写真を織り交ぜながら
お伝えしたい事を書き綴っております。
どうぞお時間がありましたら読んで頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。
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九州・沖縄
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今夜の報道ステーションに私の写真と動画が放送される事になりました。 夕方ですが石垣島に向かうチャーター船から竹富島を見ていたら海水を吸い込みながら海上を進む竜巻を発見、周りでは私しか撮影していなかったようでしたので独占スクープになるようです。 石垣市内も猛烈な雷雨で身の危険を感じるほどでしたが今は嘘の様に晴れ渡り月も綺麗なのですが その模様は嵐そのものでした。 上の写真は撮影している間を定期連絡船が通過するところです。。。 こういう事もあるんですね。。。 |
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連日の猛暑とゲリラ豪雨には参りますね。。。 なのでお蔵入りしていた一枚、 少しでも涼しく感じてもらえればなぁと。。。 初めての水中撮影です。。。 素潜りでまだ5m位しか出来ないのですがもうちょっと上手くなりたいなぁ。。。 いつかクマノミを撮ってきますね。。。 撮影場所 沖縄県宮古市 吉野海岸 |
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台風12号が沖縄へ向かってますが また迷走してるみたいですね。。。 毎日のように北上すると言っていたのに一週間経ってもまだ西へ移動しています。。。 しかし、台風が多いなぁ。。。 どなた様もご注意下さい。 沖縄県宮古市 フナウサギバナタ |
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都会では光害(街灯等)や大気が汚れている為、満天の星空を見るならば標高の高い山や街から離れた田舎等でしかその美しさを実感する事は出来ないでしょう。。。
厳冬の山奥であれば大気が澄み切っているので光害が無ければ
それなりの格好で見る事も可能ですがやはりリスクが大きいのがネックです。。。
今回、夏に満天の星空を見るなんて滅多に無いチャンスでしたので
台風が迫る七夕から数日、市街地から少し離れた展望台で撮影してみました。
7月の夜の気温は平均26度位ですので多少蒸し暑いですが
台風接近の為、風が強く体感気温は低く感じましたが天気が変わりやすく、少し離れた西表島付近では積乱雲による稲光がひきりなしに光り、私が撮ろうとする場所も時折迫ってくる雲により白く写り込み、簡単には撮らせてもらえませんでした。
当初は石垣市内上空から天の川を狙っていたのですが
思いのほか光害が多く、雲の写り込みも多かったので向きを変えて撮影するもやはり雲が邪魔してなかなか思い通りの撮影が出来ません。
真夜中の展望台はさすがに人気も無く
一人で長時間の撮影をしているので寂しいのですが
星空があまりにもくっきりして見惚れてしまい時間が経つのを忘れてしまいそうでした。
一枚を撮るのにおよそ5分、長時間露光をしているので
ノイズリダクション処理も同じ位の時間が掛かる為、一枚を撮り終えるのに10分以上掛かりそれが失敗していると精神的にも相当なダメージがあります。
だから星の撮影って精神的に良くありません。。。(笑)
そして色々と試行錯誤した結果 ようやく天の川を捉える事が出来ました。
本当ならもう少し簡単撮れたのかも知れませんが
苦労して撮れただけあって撮れた時は
人知れずガッツポーズしてしまいました。。。(笑)
七夕の短冊は書けませんでしたが
私の事だけでなく私に関わるいろんな方へ
いろんなお願いはしておきました。。。
感じてもらえたかな?(笑)
撮影の間、流れ星もたくさん見れてこれが普通に見れる光景なんだと思うと都会の利便性を選んで上京した結果、星空の明るさを忘れてしまった私の頭上にもこの星空が間違いなくあるんだと教えてくれました。
子供の頃や多感な歳には風景や星空や朝陽や夕陽を綺麗とは思っても真剣に見たいと言う気持ちは湧かなかったのに
何故、今こんなに見たくなってしまったのだろう。。。
いずれ、さらに歳を取り、見たくても見れなくなる時が来る前に
見ておいて良かったと思えるそんな石垣島の星空でした。。。
撮影場所
沖縄県石垣市 エメラルドの海を見る展望台
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