|
日本人は根っからの平和主義者で、牧歌的でいつでも平和を愛してやまない民族だったろうか
日本の歴史
そのほとんどは内乱によって日本人同士が権力闘争を行い、殺し合い、勝ち残った者が権力を手にして統治してきた
ゲームのように異世界の魔物がいて、魔物を倒すことで統一をした。なんていうわけがない
日本人が日本人を殺して支配領域を広げ、単一国家を築いてきた
統治する権力が、日本人同士の殺し合いによって変わったのは明治維新が最後だろうか
その後、連合軍に敗れて外部から変えられたことはあった。そう考えると日本人同士が殺しあって新たな支配体制を作ってからずいぶんと時が経つ
21世紀
日本は世界経済とのリンクが断ち切れない
日本で仕事をして、海外からお金を得て、海外から食料やエネルギーを得る
日本の内と外。物もお金も激しくやり取りがあって今の日本は成り立っている
これまではうまく行っているし、これからもうまくいって欲しいが、問題が起きている
「雇用もまた世界経済とつながっている」
そのために、企業は無国籍化して「世界企業」となり、日本という土地での仕事や、日本人を雇っての仕事というものにこだわりを失いつつある
世界全体で仕事をするなら、もはや日本という場所や人にこだわっていられない
土地、電気、税制、人件費、
コストとリターン、その計算のもとに企業は羽ばたいていく
格差社会
労働者階級と資本家階級
この乖離は企業が世界を舞台にして無国籍化していくことによって、より拡大していくことになる
一地方の企業ではなく、一国の企業でもなく、複数国にまたがって活動する無国籍な多国籍企業というものは、そのスケールメリットをいかして弱小企業を駆逐するし、そうすることで資本家もまた淘汰されて「より一握りの人々」へと収斂されていく
一方で、労働者は常にその地域や国家ではなく、複数国並べられての「労働力・賃金のバランス」というものをチェックされることになる
コストが高ければより低い地域の労働者に代替され、高給の人々もまた「給料の値下げ圧力」というものを常に受けることになる
今の日本で言えば、労働力の安さから中国進出、中国進出ブームが去って、カンボジア、タイ、ベトナム、そして今やミャンマーへと労働力代替を求めるようになった
ミャンマーでは工場労働者として大卒を雇っても給料は月額8000円〜一万円。たびたび起こる停電対策や、ビジネス上のルールの不備などに悩まされることはあっても魅力的な新活動拠点と言われている
企業の淘汰、資本家の収斂が進む一方
大多数の労働者は賃金の抑制圧力を受け続ける
格差社会がより進んでいくのは自明の理だ
アメリカでは「反格差デモ」がニューヨークを中心に起こったが、
日本でもいずれこの運動は大きくなるだろう
というのも、国民総中流社会。というものがすでに崩壊しつつあり
「国民総下流社会」へと向かっているからだ
現在の国民平均所得は、主に大企業かそれに近い中規模な会社に所属しているサラリーマンの年収をもとに計算されている
しかし、日本企業が日本を出て無国籍化していけば、もはや日本人に高い給料を払って雇用することもなくなる
活動する海外で、現地の優秀な人間を雇えば良いのであり、日本人を雇って派遣するという習慣そのものが過去のものになる
昔は日本企業だったから現地法人の社長や役員は日本人だった。というのが過去のものとなり、本社としての日本においても日本人の姿が減っていくだろう
日本人みんなが低所得者になっていけば、
「この経済システムだと私たちはジリ貧だ」
ということに多くの人が不満を持つことになる
かくして人々はグローバル経済の歯車、それも小さな歯車になったことに反感を持つ。
より一部の人となり巨万の富を得ることになる資本家や、もはやどこの国の企業とも言えなくなった多国籍企業に対する反感を持つ
そして、貧しくなった自分たちにそのような道を作った経済システムや政治体制への不平不満を持つ
日本人はおとなしい。と言われる
「こんなことがあったら、他の国では確実に暴動が起こる」なんていうことでも、けっこう何事も無く過ぎ去っていくものだ
だが、それがいつまでも続くだろうか?
不満を持った人たちが声を上げ、それに賛同する人々が集まる
それが小さな動きで始まったとしても、国民の多くが不満を持ち、もはや我慢出来ないような時代になっていたとしたら、枯れ草に火を放つように広がっていくのではないだろうか?
最初は実に静かに声を上げるだけの人々であっても、規模が大きくなれば抑えこみたい体制側との軋轢は深くなっていく
暴動のようなものに発展していく可能性はないのだろうか?
正式な手段を取り、平和的に声を上げるだけでは何一つ状況が変わらず、むしろ時間の経過にともなってより事態が悪化していく
そうなったとき「より攻撃的に変革を訴える」ことがどれほど魅力的だろうか
「日本人は素晴らしい
かつて第二次大戦で敗れ、核兵器で陵辱され、多くの都市が爆撃されて瓦礫の山と化した
にも関わらず、世界屈指の経済大国として復活した。これほどのことができる国と国民なのだ。
それが今やどうだ。
現在の政府は、もはや形骸化している。国民に未来への不安と、現在の苦しみを与えるだけの害毒にすぎない。もはや多くの国民にとって実りの果実は縁遠いものとなってしまった。
変えよう、ここから。
新たな秩序を。国民の手によって再構築するときなのだ」
等々・・・
かつてドイツが第一次大戦に敗れ、絶望しかない経済的困窮に国民の多くが晒された時、ヒトラーは時代の寵児となった。自国民の優秀さを訴え、人々に仕事を提供することで、失われた自信を取り戻すという人心に訴えつつ、国内の公共事業拡大と軍拡によって雇用拡大をはかり人々の経済的な生活を安定させた
権力を一手に握ったヒトラーは、その後、歴史に名を残す暴君となったが、少なくとも時代の流れを味方につけ恐るべき奔流を作り出して世界を変えていったのである
苦しみにあえぐ国民が平和的に事態を解決することを模索する
今はまだこの段階だ
人々は不平不満を言いつつも、選挙によって政府を交代させ、組織や制度の改善が行われることを期待している
何も決められない民主主義と言われていても、人々はまだこの制度のもとで改善を求めている
だが
この先、十年、二十年
国民総下流という時代を強制されていって、いつまでもそれを許容できるであろうか?
団塊の世代がまるまる労働者としての引退を迎え、社会保障費が莫大となり財政を圧迫していく
お金をどこに使うか、その自由さを失った日本政府は現在よりも、より「無能」になっていく
何かをしたくてもお金がないから何も出来ないという状況になっていく
国家を上げて増収政策。なんていうことはもはや不可能になるだろう
出来る事と言ったら社会保障水準の切り下げ、と、国民への増税である
今はまだ消費税を上げるか上げないかという議論だが、年月が経てば高年齢層の人口は増大するし
財政も改善していない以上、悪化しかない
そうなれば
「どこまで税金を上げるか」「どこまで社会保障水準を切り下げるか」
という条件闘争にしかありえない
さらに言えば、団塊の世代が天寿を全うした後に待っているのは
「猛烈な勢いで進む人口減少時代」である
適切な政策を進めなければ、海外からエネルギーや食料を輸入するのに必要な富を国内で生産できなくなっていく
国民すべてにとって政府が害毒としか思えない状況になり
もはや選挙という平和的な手段では事態が改善されない
そうなった時、はたして人々はいつまでも「おとなしくしている」だろうか?
反格差デモ
反グローバル経済
社会保障水準切り下げに対するデモ
労働条件改善を求めてのデモ
そんな、今では粛々と行われているデモが、いつの日か武力革命という反政府活動に発展していっても不思議ではない
体制をひっくり返すために日本人が殺しあう時代が来たとしても、
日本の歴史から言えば
いつか通った道
|
全体表示
[ リスト ]




