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「憲法九条があるから日本は平和で世界から尊敬されている」
そんなことを真顔で言っている人を見たことがないだろうか?
平和な世界が前提であるならば、こうした文言があろうとなかろうと平和だ
だが、現実に私達が暮らしている世界は平和ではない
日本では報道されないだけで、テロリストによる爆弾テロなどで何十人という人が死んでいることは日常的に起きている。
7月のテロ犠牲者325人、過去2年間で最悪の水準 イラク
http://www.cnn.co.jp/world/35019977.html
イラクのテロ死者59人 アルカイダ系の犯行か 2012.8.17 08:11
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120817/mds12081708120002-n1.htm
2012年7月 イラクでは325人がテロリストによって殺されている
たった一ヶ月のことだ
一日10人以上が、毎日毎日、来る日も来る日も殺され続けているようなものだ
テロは国家間の対立ではないから何人死のうとも「平和」であることに変わりはないし、ましてや死んでいるのは日本ではないのだから、やはり何人がどのような理由で死のうとも「平和」であることは変わりない
というのが憲法9条平和主義だろう
そうした意見のおおもとにあるのは「日本さえ何事もなければ世界平和」という考えだ
日本の外でどのような戦争があろうとテロがあろと、日本さえ何もなければ「世界は平和で、憲法九条は素晴らしい」と言い続けるのだ
だが、そうした現実を無視した平和主義に破綻の時が訪れようとしている
日本の経済力は弱まっている
日本の軍事力は軍縮の連続により低下を続けている
日本をカバーしていたアメリカの軍事力も落ちてきている
それに対して
ロシアはかつてのソ連を思わせるような強国としての立ち位置を確立しつつある
アメリカという超大国と張り合うほどではないにしても、独自路線を歩む強国として確実に前進している。ソ連崩壊時に見られた西側にある程度擦り寄る姿勢は過去のものだ
韓国は財閥優先経済が成功している。中小をどうこうするのではなく、大財閥に特化して優遇することで厳しい世界経済の戦場を勝ち残ってきている。北朝鮮とにらみあうことから、徴兵制は連綿と続いており、一定水準の軍事力を維持し続けてきた
中国は経済力で大いに伸び、それにともなって軍事力も急伸している。数だけと言われていた時代から、兵器の近代化を進めて質・量ともに充実をはかっている。2021年初頭、中国経済の先行きには暗雲があった。ユーロ危機が現実になるかもと心配されていた時期には、沿岸部の都市群で地価の急落が起こった。お金の流れが急転し、まさに経済に大ブレーキがかかるかとも思われた。だが、夏を迎えた今、ユーロ危機は先送りに成功しており、ブレーキはかかったが破滅的な崩壊劇は起こっていない。年初から春に起きた地価の急落は「調整だった」という見方が出ている。このままユーロ危機も起こらず、それに連動しての世界経済へのダメージがなければ、中国はかつてほとではないにしても「先進国の多くが四苦八苦する中、抜きん出た経済成長をする」 そうなければ、当然のように軍事力の膨張は止まらない
日本は自爆気味に沈み続けている
それに対して、周辺国は維持か成長している
パワーバランスがとれなくなっている
政治が乱れ、経済が細り、軍が弱くなる
国そのものが凋落している
おおよそ牽制となる要素のすべてが弱体化しつつあり、ロシア、韓国、中国がそこにつけこんでいる
ロシアのメドベージェフ大統領、プーチン首相が北方領土を訪れて、配備している軍の増強、公共事業を展開し、中国企業の資本投下を許可するなど積極的に動いているのは
「日本など怖くもなんともない」からだ
実際、日本は軍事力をもって物事を解決しないと宣言しているのだから、ロシアとしては「じゃあ何やってもいいわけか。日本よありがとう」という具合に、北方領土は平和主義者達によって「どうぞお好きにもらっていってください」と言われているのも同然な気分だろう
韓国にしても竹島を軍事占領し続けて平気な顔をしている。そのうえで、国民に「島は韓国のもので、それを日本が侵略しようとしている」という教育をしている。さらに対馬は韓国のもので、日本が侵略した対馬を韓国に返せという主張さえ大きくなりつつある
中国の尖閣諸島に対する言いがかりも、年々ひどくなりつつある。今では「沖縄は中国領であり、それを日本が侵略したものであり、中国に返せ」という論さえ展開されつつある。沖縄諸島が中国領であるのだから、尖閣もそれに含まれており当然のように中国のものという話だ
こうしたことが何故出来るかといえば、「領土を侵略しても日本はなにもしてこない」というのを彼らは身をもって知っている上に、日本の政治・経済・軍事力すべてが落ちてきて「なにをやっても日本は手も足も出してこない」と読みきっているからだ
戦後、一貫してきた「平和を歌っていてれば平和」という平和主義が横行し「戦争なんてするのは間違っている。戦争するぐらいなら殺されるべきだ」という無抵抗主義を真顔で言う人達が声を大にしている
そうした人たちは常々「自衛隊は廃止すべき。戦争になりそうになったら話し合って、だめだったら殺されようじゃないか」
などという話になる
そんなことを言えるのは、実際に身の回りで人が殺されていないからだ
テロが頻発するイラクでも、内戦状態にあるシリアでもいい、そうした理不尽な死が日常的に起こっている国々に行って平和主義者たちは活動すべきだ
「争いをやめましょう。抵抗する人は抵抗しないで殺されてください。ましてや身近な人が殺されたからといって復讐するのは間違っています。殺しあう事は愚かなことです」と
それがどれだけ非現実的な主張か身を持って体験すべきだろう
戦争は外交上の敗北の先にある
互いに自分の主張を持って話し合い、階段で鍔迫り合いをする。それは大いにすべきだろう
だが、これまでの日本はなにか言われれば話し合いという名の「無抵抗」を続けてきた。相手がなにか行ってきたら「とりあえず謝っておこう」「相手の求めるものを差し出してここはしのごう」といったてけとーな対応をしてきた
韓国が竹島を占領した時に銃撃戦になってでも「韓国が攻撃を仕掛けてきた」とハッキリと言ってでも戦力を出してそれを取り戻すべきだったし、奪われた北方領土を取り戻すために「話し合いが決裂すればいずれロシアとの開戦は考えなければならない」と明言すべきだった
近・現代日本において「侵略された」という事実を、直視せずに「侵略どうぞご自由に。私たちは平和を守るため一切戦争を放棄します」をどこまで続ける気だろうか
尖閣諸島に中国漁船が百隻単位で集結して、みんなで上陸して、そのなかに軍人がまじっていて基地を作り始めて「ここは中国領で、自分たちの国で何をしようがなんら問題はない。国内問題に日本が口を出すな」と言い始めても
「日本は平和主義を貫き、中国に抗議します。なんら軍事力は用いません」と言い続けるのだろうか
そうやって「今日も日本は憲法九条があって平和で、世界から尊敬されています」なんて言い続けるのだろうか
恐ろしいほどの現実無視だ
現実を見れば、憲法9条を廃止し、自衛隊を軍隊として認め、守るべきものは守るということができる体制にすべきだ
今のままでは対馬を韓国に占領されても、尖閣を中国に占領されても、日本は「我が国は両国関係の対立がエスカレートしないためにも過度の対応は取りません。厳重に講義し、遺憾の意を表明します」という痛くも痒くもない「なにもしません宣言」をし続けるだけの国だろう
時代が変わったから平和主義が通用しないのではない。日本の国力、経済力、軍事力が低下し、周辺国が浮上するという「パワーバランスが変わったから平和主義が通用しなくなった」のだ
平和、平和と言っていて平和だったのは、自分たちの否定していた「力の均衡」という非平和的な論理に世界が支配されていることを認めるべきだ
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