|
紀元前3000年頃から装飾過多とも思える大型の土器が作られて日本の各地に拡がって存在しているが、遺跡として未だ現れていない未発見の生活の場はもっともっとあるのだと思う。自分達が考えている以上にその当時の人々は日本の各地と交易を重ねているのだ。尖石の黒曜石を材料とした矢尻は青森の山内丸山遺跡で発見されている事実からも容易に確認できるのです。土器についても産地の違うものがいくつも発見されているのです。どうやって運んだのだろうかと考えてゆくと・・・
どんどんと深みに嵌ってゆきそうです!
古事記とか日本書紀の編纂がされ大和朝廷・ 奈良時代に入る前・卑弥呼による国家形成がなければ 否 もっともっと多くの権力者が存在してたんだと思う ・ ・
そんな歴史ロマンが少しでも明らかになると楽しいでしょうね ・ ・ ・
ちょと年を取り過ぎた高齢者のボヤキがでてしまいました ・ ・ ・
2015.7.15 尖石縄文考古館にて
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2015年07月21日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



