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1916年に第一次世界大戦ドイツ占領下のノヴォスヴェンツァニー/Novo-Svenziany(現リトアニア・シュヴェンチョネリエイ/Švenčionėliai)から出された軍事絵葉書です。ドイツ帝国第210野戦局の消印がありますが、この野戦局は1916年から1918年までの長期間に亘りノヴォスヴェンツァニーに駐屯していました。地名の下に「Vor Dunaburg」とありますが、「デュナブルグの手前」という意味で、デュナブルグは現ラトビア・ダウガフピルスのドイツ語名です。
野戦局印の他に、差出施設の青い別途ゴム印があり、「ノヴォスヴェンツァニーのケーニヒスベルグ補給隊ソルダテンハイム」とあります。Soldatenheim/ソルダテンハイムとは主に将校用の総合娯楽施設で、ビリヤード、映画上映会、ショップ、バー、サウナや医者までありました。ソルダテンハイムの建物の前の記念撮影みたいですが、皆さんの表情が和やかな気がします。 |
リトアニア(第一次世界大戦)
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第一次世界大戦時に占領されたドイツの軍事郵便、東部占領地切手(Postgebiet ob ost加刷)、帝政ロシアの軍事郵便等が中心です。
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1918年第一次世界大戦ドイツ占領下のリトアニア、Poniewiez/ポニエヴィエス(現リトアニア、Panevėžys/パネヴェジス)から同じく占領下のWilkowischki/ヴィルコヴィシュキ(現リトアニア、Vilkaviškis/ヴィルカヴィシュキス)宛ての封書です。
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1916年にリトアニアを占領していたドイツ軍の野戦局から出されたFELDPOST/軍事郵便。写真はKowno/コヴノ(現リトアニア、カウナス)の旧市街。手前のゴシック様式の教会がヴィタウタス教会、後方の白い教会がイエズス会修道会の教会です。ヴィタウタス教会の鐘の塔の屋根の形以外は現在も全ての建物が写真のまま健在です。写っている橋は現在ありません。右上の黒いインクの消印は「4.Kavallerie Div」とありますが、これは第4騎兵師団の野戦局の消印です。珍しいのは中央下の紫色の印で、「4.Kav.- Div. Pferde Lazarett」とあります。これは第4騎兵師団の野戦獣病院に印で、騎兵隊が使う馬を収容、治療する移動病院でした。第4騎兵師団の野戦獣病院は1916年から1917年にかけてコヴノ/カウナスに駐屯していました。
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1916年にコヴノ / Kowno (現リトアニア、カウナス)からアルザス地方のコルマール(現在はフランス領)に送られた書留。使用されている切手に「Postgebiet Ob Ost」という加刷があるがこれは第一次世界大戦中にドイツが東部占領地域で使ったもの。M.P.k.の印はケーニヒスベルグ(現ロシア、カリーニングラード)で検閲されたということを示す検閲印。コヴノ / Kownoはカウナスのポーランド語名で、リトアニアにおいてドイツ軍は第一次世界大戦中は主にポーランド語の地名を採用している。第二次世界大戦ではドイツ語名のカウエン / Kauenになる。
「Postgebiet Ob Ost」加刷について:
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第一次世界大戦時ドイツ占領下のヴィルニュスの絵葉書。WILNA-ヴィルナはドイツ語名で、WALL(壁)STRSSE(通り)の福音派教会と表示されている。ポーランド語名のULICA(通り)ZAWALNA(壁)も表示されている。現在のPYLIMO(壁)GATVE(通り)のことで、教会も前にある柵はもうないが建物は当時のまま残っている。教会の目の前にReformatųというトローリーバスの停留所があり、よくここで乗り降りした。Reformatųは「改革」の意で教会の正式名称Evangelikų Reformatų bažnyčia-改革福音派教会から来ている。PYLIMO(壁)GATVE(通り)は昔、旧市街を囲む城壁に沿ってつくられた環状線だったので「壁通り」と名づけられた。城壁はほんの一部ではあるが所々残っている。 |



