|
しかし、カタカナで書きにくい地名です・・・Jędrzejów/イェンドゥジェユーフのローカル切手のカバーです。台切手はオーストリア・ハンガリー帝国の軍事切手で、その上に加刷があります。ポーランドが独立する時期に色々な場所でローカル切手が発行されましたが、これもその一つです。消印はオーストリア時代のものを、上の部分のドイツ語名だけを消して使用してます。
|
ポーランド
[ リスト | 詳細 ]
|
1923年ポーランド北東部の都市Suwałki/スヴァウキからドイツ、ビターフェルドに宛ててだされた封書です。。残念ながら切手が何枚か剥がれてしまい、不完全になっていますがそのかわり、下に印刷されていた文字が見えているので不思議と「まあ、これはこれで良いかも」と思い買ってしまいました。1万ポーランド・マルクの切手が3枚ありますが、本当はいくら分貼ってあってのか?気になります。消印は1923年の大晦日ですが郵便局がちゃんとやっているのに関心します。
以前このブログでポーランド、ウォムジャのカバーをUPした時に、その場所が車でワルシャワからリトアニアに行くのに避けて通れない所と紹介しましたが、今回のスヴァウキは鉄道でリトアニアに行くと避けられないところです。ほとんどの場合PKP(ポーランド国鉄)の特急ハンチャ号でリトアニアに行きましたが、列車はこのスヴァウキで最前列の2輌を切り離し、残りをこの駅で置いて2輌のみでリトアニアに向います。そのためスヴァウキで30分以上停車することもあり、何十回も行って駅周辺にはすっかり詳しくなりました。ここからリトアニアの国境まで30キロ弱です。かつての帝政ロシアの時代のリトアニア3県の一つ、スヴァルキ(スヴァウキの露語名)県の首府だった街で、現在はポーランドになっていますが人口の23%が現在でもリトアニア人です。帝政スヴァルキ県は現在「スヴァルキア地方」と呼ばれていて、北3分の2はリトアニアに、南3分の1はポーランドに帰属し、分断されています。現在の標準リトアニア語はここのスヴァルキ方言が元になっているのですが、ポーランドに帰属しているのがなんとも皮肉です。
スヴァウキの日本語リンクです:
|
|
1918年第一次世界大戦ドイツ占領下のワルシャワ総督府のカバーです。消印はŁomża/ウォムジャのものです。ワルシャワとリトアニアの首都ヴィルニュスを結ぶ国道線上にあり、用事も知り合いも全くいないのにも関わらず何十回もこの街を通りました。自分の車や列車で行く場合は止まりませんが、ワルシャワ発のPKS(旧国営バス会社で現在は分裂して民営化しました)の夜行バスでヴィルニュスに行くと必ず深夜12時ごろウォムジャで30分ぐらい休憩をとります。街の郊外の国道サービスエリアなので特に面白いものがあるわけではありませんが、「ウォムジャ」というこの街の地ビールを飲んだり、最後のズウォティ(ポーランドの通貨)の小銭を使い切るために(リトアニアではポーランドの通貨は使えません。紙幣のみ両替可)絵葉書やお菓子などを買いました。そんなこともあって、ウォムジャの消印を見たとき無関係な場所とは思えず、買ってしまいました。
ウォムジャの風景の写真のリンク:
ウォムジャ市全景:
|
|
先日切手1枚10円コーナーで見つけたもの。別に珍しい切手ではありません。1967年のポーランドの切手で、「Dzień Znaczka/切手の日」を記念に発行されたものです。絵柄はワルシャワ市にあるWilanów/ヴィラヌフ宮殿で、1676年にポーランド王兼リトアニア大公だったヤン3世・ソビエスキがこの土地を買い取り、建てたバロック様式の立派な宮殿です。切手の見た目もデザインも非常に私好みで、カタログで見るよりずっと良く見えます。機会があればぜひFDCを見つけてみたいと思います。
|
|
1919年、ポーランドの各地で発行されたローカル加刷未払い切手の一つ。ポーランド・クラクフの郵便管轄区でも9区の郵便局が独自の加刷未払い切手を発行、今日UPしたのはクラクフ第11郵便管轄区のデンブニーク - Dębnik (「e」の下のチョンで「デン」と発音する)のローカル未払い切手。デンブニークは人口100人ちょっとの小さな村、消印もかなりレアです。1919年のポーランドのローカル未払い切手は「Porto」、「Franco」、「T」などの加刷があり、字体や加刷の模様などでどこの切手か見分けます。チェコのローカル加刷未払い切手と違い、ポーランド本国ではちゃんとカタログ化されています。 |


