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久しぶりの更新となります。
今日は1937年にŚwięciany/シュヴェンツィアニー(現リトアニア、Švenčionys/シュヴェンチオニス)からアメリカ、フィラデルフィア市ジャーマンタウン地区宛だされた官製封筒です。シュヴェンツィアニーは当時の正式市名ですが、消印にはŚwięciany Wileńskieとあります。これはシュヴェンツィアニーという地名が当時のポーランドに二箇所あり、一方をŚwięciany Wileńskie:ヴィルノ/ヴィルニュス地方のシュヴェンツィアニー、片方をŚwięciany Dolnośląskie:下シレジア地方のシュヴェンツィアニーと区別したためです。
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リトアニア(ポーランド占領下)
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ポーランド傀儡の中央リトアニア共和国、ヴィルノ地方の併合時代が主な主題です。
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1923年ポーランド占領下のWilno/ヴィルノ(現リトアニア、Vilnius/ヴィルニュス)からマンハイムあてのカバーです。一番上にNIEMCY/ニエムツィと書いてありますが、これは「ドイツ」のポーランド語名です。
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1925年ポーランド占領下のNowa Wilejka/ノヴァ・ヴィレイカ(現リトアニア、Naujoji Vilnia/ナウヨイ・ヴィルニア)からだされた葉書です。なんと!アメリカン・エキスプレスの現金為替サービス依頼葉書です。どういうシステムかはよく分かりませんが、ワルシャワ商業銀行で30米ドル下ろせるようにニューヨークのアメックスに依頼してます。クレジット・カードが発明される前はこんなWestern Unionもどきの商売もしていたなんて・・・ポーランド時代、ナウヨイ・ヴィルニアは独立した市でしたが、現在は首都ヴィルニュスを構成する1区になってます。1991年、在リトアニア・ポーランド人の共産主義者達がこのナウヨイ・ヴィルニアを首都に「ポーランド自治区」を一方的に宣言しましたが、ゴルバチョフを誘拐したソ連共産党のクーデターを支持したため、エリツィンの権力掌握後、急速に支持を失い、自治区は消滅しました。現在は新興高層マンションが並ぶヴィルニュスのベッド・タウンになっています。
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ポーランド時代のWilno/ヴィルノからリガ宛の封書です。消印の日付が良く見えませんが、裏のリガ着印が1922年11月になっているので確実に1922年出されたものでと思います。ヴィルニュスの市営ガス会社のカバーで、当時のビジネス・カバーらしく、文字をタイプしてあります。
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1938年ポーランド占領下リトアニア、ヴィルノ / WILNO(現ヴィルニュス)からチェッシン宛てに出された葉書です。少々ややこしいのですが、「機械印に広告を入れる」と言う広告が機械印にあります。
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