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1914年の帝政ロシア、Харбин/ハルビン(現中国の同名都市)の鉄道郵便印です。楕円形の消印の形で鉄郵印だということは分かるのですが、残念ながらハルビンとどの都市を結ぶ鉄道かがハッキリ読み取れません。ただEKで始まっている地名なのでЕкатеринбург/エカテリンブルグが有力だと思います。エカテリンブルグはヨーロッパとアジアを分けるウラル山脈の東側にあるアジア・ロシア最初の都市です。
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ロシア
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頂き物の続きです。
惚れ惚れする美しい消印です。1907年モスクワ印で、正確にいうとモスクワ19区局の消印です。なかなか珍しいものです。アメリカ、ニューヨーク宛です。1907年のモスクワでアメリカ人が何していたのでしょうね?
こちらも同じくニューヨークのサンダース嬢宛てですね。消印が残念ながら鮮明ではありませんが、「X」印がなんたらかんたらと書いてあります。確かに表の写真面に「X」印があります。
5分間無言で良く見てみましたが、やっぱり分からない・・・ |
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1886年1月11日に帝政ロシアのバクー市(現アゼルバイジャン共和国首都)からバイエルン王国のバイロイト市に出された葉書。消印も比較的に綺麗に残っている。書き手は1月10日に書いているらしい。裏には二つの日付が書き足されていて、11.2.86と下にある4.2.86というのが書かれている。これだけでも十分が気になるのだが下の日付のすぐ上に「...Wagner、Dresden...」と書かれている。バイエルン王国(現ドイツ、バイエルン州)のバイロイト市はリヒャルト・ワグナーが自分のオペラハウスを作らせたことで有名である。しかしこの葉書が書かれたのがワグナーが死んだ1883年2月13日から3年後・・・なにか関係があるのだろうか?ドレスデン?う〜む、謎は深まる。 |
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クスタナイは現在カザフスタンの町で、切手は1920年に発行されたものです。当時はソビエト連邦の成立で内戦が続いていました。インフレもひどいもので、とても紙幣や切手の印刷は追いついていけませんでした。帝政ロシアの切手に「P」の加刷がありますがキリル文字ではPはRのこと、ここではルーブルの頭文字を表します。元々5コペックの切手を5ルーブル用にしてるわけです。クスタナイの加刷は全部で5タイプ、今日UPした切手はMichelのタイプ5(Michel V5A)にあたるものです。クスタナイのみならず、1919年から1920年にかけてソ連各地でこういったローカルが切手が多数発行されました。 |
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キリル文字でバトゥムスカヤ・ポチュタと書かれた切手にBRITISH OCCUPATIONという加刷がされていますが、これはイギリス占領下のバトゥミ市の切手。1919年に発行されたもの。バトゥミはアジャリア自治共和国の首都で、現在グルジアの一部。最近は同じグルジア内の自治共和国であるアブハジアと南オセティアが新聞を騒がせていますが、アジャリアは忘れられてる。。。ロシアの侵攻にアメリカとEU、特にフランスとドイツが激しく非難していますが、イギリスはなぜかおとなしい。ロシアと似たようなことを過去にしたせいか?オークションでも売れそうな一品です。ちなみに描かれている木はアロエの木なんだそうです。一度グルジアに行ってアロエの森を見てみたい。。。 |
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