虹をかけて

年重ねる度に喜びや幸せの層が段々に増しますように

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

伯爵の天使


あなたは「愛」の素晴らしさを知っていますか・・・


あなたには「愛している人」がいますか・・・


まさに「本当の愛」を、ここに見たような気がしました





「ハクシャクノテンシ」

http://www2.atpages.jp/ngravity2/html/haku2_nae_n-gravity.html

転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

愛の誤算


いつの時代にも・・・素通りできないのが「愛」のテーマです。

そして・・・「トラブル」がつきものなのですね。



そのトラブルの元凶のひとつに「愛」を計算して考えていることです。

つまり・・・「私はこんなにも愛しているのに、なぜ貴方(貴女)は愛してくれないの・・・」

といった「見返り」を求めてしまうことなのですね。

ここに愛の誤算が生じるのです。

本物の愛とは・・・お互いに愛するという行動のもと見返りを求めない・・・ということなのですね。




したがって、愛は義務でもなければ、命令され、要求されるものでもありません。

愛に義務的な要求が加わりますと、たちまち愛はその姿を変えてしまいます。

「憎しみ」「嫉妬」「怒り」・・・となって、男女の間の距離を遠ざけていくのです。




一方的に愛を要求するのは、それはそのお方に愛が欠けているからでしょう。

一度や二度ぐらいのお付き合いで愛をささやかれ、性関係を要求する異性に「愛されている」と錯覚して

はいけません。その類の行動は、本物の愛情からでている行為ではないからです。

ましてや、生涯を貫きとおせる強い意志などあろうはずもありません。

ここをしっかりと肝に銘じておくべきでしょう。



結局のところ、男女の愛し、愛される関係においては大切なことは、お二人でしっかりとした考えを持ち

お二人で語り合うところから始めることが賢明なことであると思うのです。

それが、軽々しい誘惑を振り払い、本物の愛をはぐくみ、愛される人になる秘訣であると思うのです。

転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

ある ある・・・





          

 
            久子の晩年の心境が語られた詩です

     心の中に渦巻いていた”るつぼ”のような苦しみから解放されて

    秋の空の高みへと突き抜けていくような澄みきった輝きに満ちています  











              過ぎし世に いかなる罪を犯せしや

                拝む手のなき 我は悲しき





拝む両手を持っていながら、拝むことを知らないでいる世界の人と、拝む両手が失われているのにも関

わらず・・・全身で拝む世界を発見した人、中村久子。

日常の中でどんな事にも通ずる身を持ちながらも、心一つで通じなくさせている「不通の世界」と、不自

由な身でありながらも“あまねく通ずる”「普通の世界」との大きな違い・・・。

日頃、私達は「普通の生活」に不満をいだいているものです・・・。

何か別におもしろい事はないかと思うその心根が、「不通の世界」にしているのではないかと思うので

す。


   




              ―  不可能を    

                    可能に  ―






                          

 両手両足ともに無くて二人の子を育て、炊事、洗濯、縫い物等、一家の主婦として家事一切をやっての

ける、と聞いただけでは誰しも信用する方はいらっしゃらないでしょう。中村久子を知る方々は、そ

の実演を現実に見せられて、一同にただただ感嘆の声を呑みます。動作のきくところとしては、手首の無

い腕と口だけです。先ずその腕に口で包帯を結び、その包帯が五指以上の働きをする・・・。

小さい鋏を口にくわえて切り紙細工の細かい仕事がスラスラと運ばれていくのです。

麻糸の両端を口に入れると、一寸舌を動かしているうちに見事に結ばれてくる・・・。まさに、神業と

いうか、見ている側からすれば手品の様に見えるようです。針を逆さに口にくわえて両腕で糸を挟んで針

穴に通す鮮やかさ、そしてゴツゴツした久留米織が綺麗に縫われていくのですね。「コテを使う時はわき

の下に挟みます、手が無いのでコテで手を焼くことはありません」など軽いしゃれまで出るほど明朗なお

方です。口に筆をくわえてはサラサラと色紙に歌を書いていく・・・。何枚も書く時は口だけでは疲れる

ので、と・・・頬と腕に筆を挟んで「なせばなる、なさねばならぬ何事も ならぬは人のなさぬなりけ

り」の古歌が達筆に記されます。まさに、この古歌の通りに・・・。

「四つの年から手足が無いのですから、途中から不具になられた傷痍軍人さん方の事を思えばもっともっ

と出来ねばならぬのですが・・・・・・」

と飽くまでも謙虚に、しかもこの肉体的不自由と、それにも増して言葉に絶する長い間の数奇な運命を経

ながら、一点の僻みもなく、気品と女らしさを失わぬこの人の逞しい精神力には、その妙技に対する以上

に尊いものを感じさせられました。



      そして・・・久子ができなかったことは、帯を結ぶことと髪を結うことだけでした。







中村久子プロフィール


1897年(明治30年)11月25日、岐阜県大野郡高山町(現高山市)に畳職人の釜鳴栄太郎・あやの長女とし

て出生。2歳の時左足の甲に凍傷をおこし、それがもとで特発性脱疽(だっそ)になり、3歳の時両手両

足を切断、闘病生活が始まります。7歳の時父を亡くし、また10歳の時弟と生別、母の再婚等苦労の生

活が続きましたが、祖母丸野ゆきのやさしい指導と、母あやの厳しいしつけの中で努力と独学を重ねてき

ました。結果、無手足の身で文字を書き、縫い物、編み物をこなすことを独特の方法で修得します。



■1897年(1才) 父釜鳴栄太郎、母あやの長女として出生。

■1899年(3才) 特発性脱疽にかかり、今の日赤病院で両手両足を切断。

■1903年(7才) 父死亡。母とともに実家丸野家に帰る。

■1904年(8才) 身体障害のため入学不能。母は久子をつれて藤田家へ再婚。

■1907年(11才) このころより独学と母の厳しいしつけが始まる。



―久子は短い腕と手を使って、縫い物や編物など、日常生活に必要なほとんどの作業をこなしました―




1916年(大正5年)11月16日、女史20歳の時高山を離れ、独り立ちの生活を始め、無手足の身に裁

縫・編み物・刺繍・口での糸結び・短冊書きを芸として、"だるま娘"の看板で興行界に入ります。その

後、弟や母との死別、また結婚と出産、夫との死別、再婚、仕事の苦労と幾多の苦難の中を生きぬきま

す。その間、書道家の沖六鳳氏に会い書の指導を受け、また座古愛子さんに出遇って生きる方向を見つけ

て努力精進しました。1934年(昭和9年)哲学者の伊藤証信・朝子夫婦に見い出され、興行界から身を引

く動機をつかみます。



■1916年(20才) 生活の自立を求め興業界に入る。芸名だるま娘。書道家沖氏に書道の指導をうける。

以降日本全国、台湾、朝鮮へ巡業。


■1920年(24才) 弟と母を亡くす。婦人雑誌「婦人界」に懸賞実話一等当選。

中谷雄三と結婚。


■1923年(27才) 関東大震災のさなか祖母と夫と死別。

進士由太と結婚。(2年後死別)


■1933年(37才) 中村敏雄と結婚。


 
 

1937年(昭和12年)4月17日、女史41歳の時東京日比谷公会堂でヘレンケラー女史と出遇います。その

時久子は、口で作った日本人形を贈りました。そして、ヘレンケラー女史は、その時“私より不幸な、そ

して偉大な人”と久子に言葉をおくったのです。翌42歳の時、福永鷲邦氏に出遇い、「歎異抄」に

ふれます。歎異抄が縁となり念仏者として生きる方向を確立します。1942年(昭和17年)46歳の時、興

行界より完全に身を引き求道生活を深めます。50歳頃より、執筆活動・講演活動・各施設慰問活動を始

め、全国の健常者・身障者に大きな生きる力と光を与えてきました。1950年(昭和25年)54歳の時、高

山身障者福祉会が発足、初代会長に就任、65歳の時厚生大臣賞を受賞します。69歳の時は母を顕彰

し、また障害者の生きる力の糧として、国分寺境内に悲母観音像を建立しました。1968年(昭和43年)3

月19日、高山市天満町の自宅において逝去。享年72歳。



■1937年(41才) 芸人生活を止め上京。ヘレン・ケラー女史と会見。(計三度会見)

■1938年(42才) 書道家福永氏を知り、「歎異抄」を教えられる。

■1946年(50才) このころより講演活動、施設訪問活動を開始。書籍「宿命に勝つ」「生きる力を求め

て」「私の越えて来た道」「座古愛子女史の一生」「こころの手足」発行、諸雑誌で活躍。静岡県身体障

害者福祉大会で表彰、厚生大臣賞受賞、高山身体障害者協会初代会長。

■1965年(69才) 母を顕彰し、悲母観世音菩薩像建立。

■1968年(72才) 3月19日脳溢血で死亡。





尚、ここまで彼女を強くしたのは、たとえ手足をなくしても健常者と同じように・・・いいえ、むしろ健

常者よりも厳しく甘やかすことなく育て上げた、母の深い愛情があった事を、最期になりましたがここに

記しておきたいと思います。






日本のヘレン・ケラーと呼ばれた人・・・

中村久子
 

転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

愛の器を広げる方法


愛に関しては、基本的には理解できたか否かが、とても大切な事であると思います

「理解した」ということは「愛した」ことと、ほぼ同義語のように感じるからです





「愛せないのは、理解できないから・・・」ではないでしょうか

「どうして、私は人を愛せないのだろう・・・」と思われているお方が数多くいらっしゃいます

それは、人を理解できていないからに過ぎなかったりするのですね

理解できれば、愛せるのです





ご夫婦の場合でも、お相手を愛せない時は、理解できない時ではないでしょうか

お互いに言い分を言い合っているのですが、お相手の言い分が納得できないで

ご自分のお気持ちも許されないために、喧嘩になってしまうのですね

多分にそのようなところがあります





また、ご自分を受け入れてくださる方とお話しするのは容易ですが

そうでないお方とお話しする場合はいかがでしょう

相当頑張らないと難しいでしょう

しかしながら・・・確かに「縁なき衆生(しゅじょう)」というお言葉があるように

いくらお話をしても駄目な人はいるように思います





愛の器を広げるために必要な事は・・・まず、「人を理解する力」でしょう

これは「努力」をすれば身につきます

たとえば「経験」、たとえば「知識」を増やしていく・・・





理解できたお相手の事は愛する事ができるでしょう

また、「自分は理解された」と感じられた人は「「自分は愛された」と思うものなのです





そして「お相手を理解するためには、その方のお話をよく聴いて差し上げる事」も大切なことです

ご家庭においても、他に何もしなくても・・・ただお話をよく聴いて差し上げるだけで

解決する問題はたくさんあるように思います





したがって、「よく理解するためには、聴く能力を高めること」といえるでしょう

「相手の話をよく聴いてあげよう・・・」と思うのは、「愛の心」であると思うのです





「どれだけの人を理解できるか・・・」

「世の中には、多くの種類の人達が存在していると言う事を、どれだけ知っているだろうか・・・」

ということも大切です





人にも様々なタイプがあって、それぞれのタイプによって、悩む事や悩み方は異なっていますね

たとえば、励まされるとすぐに立ち直り、元気になるようなお方もいらっしゃいますが

逆に、励まされると「とてもついていけない・・・」と思う人もいるわけですね

これに関して、お相手の方がどのようなタイプであるのかが分かる様になるためには

経験知を重ねていくしかないかもしれません





そのためにも、愛の器を広げる為には「人を理解する努力がとても大切なこと」であるように思います

転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事