人生のハーフタイム

一時的でも自分の時間を持てるようになったことで、今まで見えなかった「モノ」、「コト」について徒然なるままに書いていきます。

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8/9から8/16の今日まで、夏休みだった。

箱根日帰り旅行、長男の野球チームの合宿、
次男と私の野球チームの合宿、私の実家への盆帰り、
それなりの夏休みを過ごした。

今日は最後の夏休み。
ゆっくり過ごし、明日から再開する職業訓練に備える。

靖国神社参拝

今日は、職業訓練も休み、野球の練習も休みだったので、家族で、靖国神社に行った。

マスコミなどで、小泉首相の靖国参拝問題が騒がれており、靖国参拝は悪いことだと思っていた。
それを最近、竹村健一の「日本の常識世界の非常識」という本を読んだところ、
小泉首相の靖国参拝は悪いことではないと竹村氏は書いていた。
靖国参拝は、政治でも経済でも何でもなく、
日本特有の宗教観における慣習みたいなもので、やめる必要は無いと書いてあった。

マスコミが言っていることと竹村氏が言っていることは正反対であるが、
どちらが正しいのはわからない。
私は、靖国神社には行ったことがなかったので、
まずは、靖国神社がどのようなところか、自分の目で見たくなり行ってみた。

行ってみて、靖国神社は外国との戦争で亡くなられた人達を祀ったのが最初でなく、
日本国内の戊辰戦争で亡くなられている人達を祀ったのが最初ということを知った。
それも、戦争で亡くなられた人達がいることを忘れずに、
平和な国家を作っていこうという願いをこめて靖国神社は建てられたとのこと。
色々考え方はあるのだろうが、そういう建立された経緯を考えると、
靖国参拝は悪いことではないと思った。但し、戦争は良くないことだと、あらためて思った。

長男、次男も、靖国神社に行ってみて、自分なりに感じたことも多いと思う。
今後、小泉首相の靖国参拝問題をテレビなどで見た時、どのように思うのだろう。
どのように思うにしろ、長男、次男とも、マスコミのニュースを鵜呑みにするのではなく、
自分の目で見て、物事の良し悪しを判断できる人になって欲しい。

今日は、暑い最中、片道1時間かけて、二子玉川までサイクリングをした。

二子玉川までサイクリングした目的の一つは、
以前から気になっていた東急ゴルフパークたまがわという
ショートコースをチェックすることだ。
玉川に沿って走りながら、
芝生のつきかた、距離、1人でもラウンドできるか否か等、
チェックできた。

目的の二つ目は、運動不足・ストレス解消である。
私は、中学、高校時代は、サッカー部に所属しており、
暑い最中に、スポーツでたくさんの汗をかいた。
今でも、暑い最中に野球、ゴルフをしており、
暑いときに、スポーツすることは苦ではない。
当然、サイクリングで汗をかくのも苦ではない。
運動不足、ストレス解消はできた。

しかし、おまけがついた。
自転車に1時間も乗ると、お尻が痛くなる。特に、尾骶骨が痛くなる。
これは、耐えられない。
座り方が悪いのか、特異な体形なのかわからないが、痛くなる。
今も痛い。不思議だ。

しばらく、自転車に乗るのはやめよう。

人生は計画が大事

私は大学で、英米文学を学んだ後、コンピューターソフトウェアメーカーに就職した。
コンピューターのコの字も知らず、また、経済、経営、社会のことも知らなかったため、入社後は苦労した。プログラマー、システムエンジニア、販売促進、営業、管理職と、運良く、色々な職務を経験できたが、大学で勉強したものは役に立たず、毎日が勉強の連続だった。

その会社には17年間勤務したが、考え方や意見が上司と合わずに退職し、別の会社に入社した。
2社目は、1社目の勤務で得た経験と知識だけで働いていた。働いていて、やりがいも、自分が成長していくことも、あまり感じることもできず、1年8ヶ月で退職した。
その後、現在の失業生活となっているが、暗い失業生活ではない。
やりたいことは見つかっており、そのための勉強もしている。

2社目の退職は、退職日の半年前に退職願を提出し、
計画的だったことが良かったと思う。

しかし、1社目の退職時は暗かった。
何の準備もなしで退職してしまったため、退職後は、毎日、家でゴロゴロしていた。
これから何の仕事をして、どうやって生活していけばいいのかも考えられず焦りもあった。

そんなネガティブな気持ちの時、
退職前に取引があった会社の役員から誘いがあり、二つ返事でお世話になることを決めてしまった。

どちらも、行き当たりばったりで無計画だった。
今更ながら、計画は大事だと思う。

私は、大学受験時、第一、第二志望の大学に合格できなかった。
しかし、浪人はせず、滑り止めとして合格した大学に入学した。
両親は浪人しても良いと言ってくれたが、自分としては、頑張ったつもりもあり、
これ以上受験勉強はしたくないので、滑り止めでも入学すると言った。
しかし、本当の理由は、仲のよかった友達のほとんどが現役で大学入学することもあり、「みんなと同じ」大学生になり、遊びたいという気持ちがあったためだと思う。

就職時も同様であった。
中学校教員試験に不合格となったが、翌年に再度受験することをせず、適当に探した会社に入社した。
「みんなと同じ」社会人になりたかったのだ。

目標に到達するまで、努力を続けるわけでもなく、
ただ「みんなと同じ」に過ごすことだけを考えていた情けない話である。
しかし、あの頃の私に、「みんなと同じ」に過ごすという考えが無かったら、
もしかすると、私はニートになっていたかもしれない。

とりあえず大学に入って、とりあえず会社に入ったわけだが、
「面白い」と思える仕事も見つけられた。
たまたま、運が良かっただけのことかもしれない。

最後は運まかせになってしまうが、なりたい自分を見つけられない人は、
とりあえず「みんなと同じ」に過ごして見るのも悪いことでは無いと思う。
個性の時代と逆行するが、それもまた個性かも?

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