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大学卒業後、コンピューターソフトウェアメーカーに入社した。
入社後は、集合研修が2ヶ月程度あり、集合研修終了後は、皆、各課に配属された。
各課に配属されると、新入社員1人に対し、研修指導員1人がついて、OJTがはじまる。
私の研修指導員は、5歳年上のYさんだった。
配属され、2ヶ月程度経過した夏頃、
Yさんが引越しをするということで、手伝いにくるよう指示があった。
研修指導員の引越しであり、いやおう無く従う必要があるのだが、
その時、プログラム製作をしており、納期が厳しい状況であった。
私は、同期入社約100人の中でも、プログラム製作のできが悪い方で、
土日出社しても、プログラム製作を完了できないかもしれないという恐れがあった。
Yさんに、状況を説明し、引越しのお手伝いできない旨、陳謝した。
Yさんには、了承頂いたが、夜だけでも、飲みに来るよう言われた。
Yさんの引越しの日は土曜日であったが、
予定通り、私は会社に出勤して、プログラム製作をしていた。
単体試験のフェーズまできていたが、どうも思うように動作しない。
納期は迫っており、あせりながらデバックを繰り返し、20時を過ぎていた。
その時、Yさんから会社に電話があり、今から飲みに来いとの指示であった。
状況を説明したところ、プログラムソースリストを持って、飲みにくるよう指示があった。
デバッグも行き詰っており、ソースリストを持って、Yさんの新居にうかがうことにした。
Yさんの新居に着いたのは、22時頃であり、10人程度の先輩方が飲んでいた。
遅ればせながら、私も飲み始め、少し酔った。
24時頃には、皆、解散し、それから、Yさんに、ソースリストを見て頂いた。
仕事開始である。Yさんに見て頂いたおかげで、思うように動作しない原因はわかった。
そろそろ、寝ようというところで、
私が「私はプログラム製作は向かない感じですね」という弱気なことを言った。
それを聞いたYさんは、
「プロ野球選手は、野球をやって金をもらっているから、プロ野球選手なんだ。
お前も、プログラムを作って金をもらっているんだから、プロなんだよ!
プロだったら、弱音吐いてねーで、努力しろ!」と叱咤された。
この言葉は、心に響いた。
それからは、この「プロ」という言葉をいつも意識しながら働いた。
約19年前のことだが、今でも鮮明に覚えている。
その後、私も、何人もの後輩の指導員をし、何人もの部下を指導した。
後輩、部下が行き詰った時には、Yさんから教わった「プロ意識の話」をした。
何人かが、この話を聞いて、生き返ってくれたと思う。
私が充電後、また働き始めても、Yさんに教わった「プロ意識」は忘れない。
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