故郷の家に戻った
綾子一家。
戦後の日本の復興とともに
落ち着いた生活が始まった。
そして
戦後70余年がたった。
街の
コンビニ店・スーパーマーケットに
豊かな
食料品があふれている。
よい世の中に
なったものである。
満州で
あんなにひもじい思いをした
綾子一家。
驚くべき社会の変化である。
しかし
あのような苦しい時代があったことを
忘れてはならない。
それが
現代の日本人ににとって
魂を揺さぶられるのだ。
「朱夏」 宮尾登美子
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ようやく帰った故郷の家、
義母が
お風呂を沸かしてくれる。
1年半振りに
風呂に入る。
しかし
一向に暖かく
感じられない。
いつまでたっても
寒い。
何故?
著者の宮尾登美子さんが
言っていた。
1年以上も
風呂に入っていないので
垢で
お湯の暖かさが伝わらなかったのだ
そうだ。
すごい経験だ。
びっくりした。
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九州から
列車、船と乗り継いで
ようやく
故郷の高知に帰る。
破れた衣服、
乞食以下と
言われたほどの
みすぼらしさだった。
着いた
故郷の引き揚げ事務所には
夫の同級生がいた。
しかし
同級生は
友のあまりのみすぼらしさに
声もかけられなかった。
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中国から朝鮮と
列車を乗り継いで、
ようやく日本への引き揚げ船に乗る。
船も
満員で不衛生であった。
船の中で
亡くなる人もいた。
何とか生きながらえて
日本に着く。
九州の港であった。
それから
列車と船に乗って
四国の郷里に着く。
よくぞ
生きて戻れた。
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広大な
中国・満州に
大きな希望をもって
日本から行った開拓民。
しかし、
ソ連の参戦、
日本の敗戦によって
引き上げしなければならなくなる。
戦後の混乱の中、
これも大変なことであった。
引き上げの列車も
満員でなかなか乗れない。
途中の収容所で引き留められる。
病気になったり栄養失調になったりして
亡くなった人もいる。
果たして
日本に無事に帰れるのか。
綾子一家も必死であった。
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