日本の出来事

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記憶は嘘をつく



 先週の日曜日、私は何十年振りの中学校の同窓会に出席しました。

 私は田舎町にある中学校を卒業しましたが、子供の多い時代だったので、当時は一学年に260余名の生徒がいました。

 今回の同窓会に出席していたのは43名でしたが、一目で誰だったか分かる懐かしい顔もありましたが、誰だったか思い出せない顔もありました。

 思い出せない顔というよりも、中学校を卒業して長い歳月の間に顔つきが変わってしまっていたり、中には、中学生時代に交友がなかった為に顔はいつか見たことがあったような気がする淡い記憶だけの人もいました。

 簡単な近況紹介のあと懐かしい昔話の花が咲きましたが、話題は面白かったことや楽しかったことがほとんどで、辛かったことや悲しかったことも山ほどあった筈なのに、意外と、それらの思い出は話題にあがりませんでした。

 昔を振り返って私が思い出すのも、たいていは楽しかったことや面白かったことです。

 私にも、何年も思い悩んだ辛い出来事があって、当時は、再起不能に陥るかも知れないと考えていたほどの出来事でしたが、時薬のお陰で、今では懐かしい思い出として記憶にあります。

 このように、人の記憶とは曖昧なものです。記憶は、その人に取って都合の良いことはクローズアップされて、思い出したくないことや都合の悪い記憶は小さくなって影を潜めるようです。




 最近、国会答弁で、〜と記憶しております記憶にありませんと答えて誤魔化して逃げようとしていた閣僚が、証拠を見せられて慌てふためき、後日、答弁を修正して、国民からも顰蹙を買って、信用できない人物だとレッテルを貼られてしまう悲劇がありましたが、このように、記憶は嘘をつくこともあります。



 昨日は久々に、テレビの国会中継で籠池氏の証人喚問を見ていましたが、真実を述べる宣誓をして、堂々として、自然体で発言しているような籠池氏に比べて、与党議員たちの質問は、政権の焦りを印象づけたような証人喚問でした。


 国民資産である国有地が、信じがたい低価格で民間へ払い下げられたことに端を発した問題で、誰の記憶が嘘をついているのかを明らかにしないと、国民は納得しないでしょう。



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