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『元治二年沖島渡航記事』(1864)原千里 参照
★幕末福岡藩、沖ノ島在番撰定
「渡航記事」で原千里は、大島へ渡航後、一週間の潔斎と神語、つまり、島中では使用を禁じられた言葉に代わる忌語の習得を命じられている。
なお、千里は、藩内の十組中、最近三カ年のあいだに親族の忌がない組から三名を一組として選ばれ、その後、住吉宮・宮司・横田紀伊守による神籤によって千里の組に決まった。 |
世界遺産資料集
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ユネスコ世界遺産:普遍的財産の保護/プレゼンス・スイスより 中世の雰囲気を残すベルンの旧市街と近未来都市ブラジリア、ミュスタイアの小さな修道院と壮大なシャルトル大聖堂、葡萄がたわわに実るラヴォーの段々畑とテネレ砂漠、これらすべてに共通しているのは、ユネスコ世界遺産に登録されていることである。ユネスコは、突出した普遍的価値を持ち、人類の文化的業績や自然現象を反映する、全人類の保護下にあるべき文化、および、自然遺産を認定している。現在、世界の約890箇所が人類の宝とされている。 ユネスコと世界遺産条約の成果 ユネスコとは、国連教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization)のことである。1960年、ユネスコは、エジプトのアスワンダム建設によってナイル川に沈む危機にあったアブ・シンベル神殿を救済し、この活動が世界の文化−、自然遺産を保護するユネスコ条約の誕生を導いた。特定の傑出した自然文化財を保護する責任は、人類すべてに課せられており、その遺産を持つ国だけでなく、それらは世界全人類の財産である。次世代に残すべき世界遺産という考え方は、1972年に世界遺産条約として締結され、現在までに186カ国が調印している。 文化遺産、自然遺産のリスト エアーズ・ロック、グランドキャニオン、ベルサイユ宮殿、マチュピチュ…世界遺産のリストに登録されている世界各国の優れた遺産は、現在、890を数える。文化遺産(約689)には、建築物、都市や町、産業記念物などが登録されており、自然遺産(約176)には、貴重な生態系や生物の進化を示す証、保護地域などが含まれている。また、25個所が文化、および自然遺産の両方のカテゴリーに登録されている。すべての加盟国は、自国の自然文化財を世界遺産登録に申請することができる。 世界遺産に登録されれば名望が保証されることもあり、多くの案件がユネスコ世界遺産への登録を望んでいる。しかし、世界遺産へ一度登録されたからといってその資格が永久に続くわけではない。ユネスコは、すでに登録された世界遺産の不可侵性と信頼性を注意深く監視し、倒壊、大きな建築プロジェクト、戦争によって脅かされた世界遺産は、“危険にさらされている世界遺産リスト”に載せたり、登録抹消を行ったりしている。最近では、2009年にドレスデンのエルブ渓谷が高速自動車道路の橋の建設により、世界遺産への登録が抹消された。 ザンクトガレン修道院 (新しいウィンドウ) ザンクトガレンのバロック建築の大聖堂は、修道院と共に1983年にユネスコ世界遺産に登録された。 スイスの世界遺産 スイスは、1975年にユネスコ世界遺産条約が締結されて以来の加盟国である。その8年後には、3箇所がスイス初の世界遺産に登録された。その後、約20 年を経て、ようやく次の候補地を申請し、文化遺産の他に自然遺産もリストに加えられた。現在、小さな国スイスには、10箇所の世界遺産があり、2箇所が申請中である。
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〈21世紀のキーワード〉オーセンティシティ 朝日新聞 2009年11月16日11時32分 ■文化財の価値問う「真正性」 建築物や遺跡などの文化財が、世界文化遺産に登録されるには、ユネスコの世界遺産保護条約に従って、「顕著な普遍的価値」があると認められなければならない。 この「価値」を裏付ける考え方の一つが、オーセンティシティ(Authenticity)。「真正性」「真実性」などと訳される。文化財が、デザインや材料などで最初につくられた時の価値を維持しているかどうかを問う考え方だ。 78年に最初の登録が始まり、当初は西欧の「石の文化」の考えに基づくオーセンティシティが厳格に適用された。頑丈な石造の文化財は創建時のまま残ることが多い。だが、修理を繰り返してきた日本などの木造文化財や、アフリカなどの土の文化財は登録されにくかった。 このため、弾力化が話し合われた。94年に奈良で開かれた専門会議をはじめ、世界遺産委員会を経て、木や土の文化財の文化遺産登録を容易にするように評価基準が変更になった。 それでも、オーセンティシティを問われている文化財もある。例えば、国の名勝・錦帯橋(山口県岩国市)。1673年、原型の木造橋が架けられたが、すぐ洪水で流失。1950年にも台風で流され、2004年に全面的に架け替えられた。 市は錦帯橋と周囲の町割の世界遺産登録を目指す。だが、架け替えで、創建時の材料がほとんど残っていないなど、「材料のオーセンティシティの検証」が課題の一つになり、国内の候補地となる「暫定リスト」には入っていない。(大室一也)
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松浦晃一郎 著 「 世界遺産 」 第六章 今後の課題(1) 種々の脅威から、どう保護するか 1.自然の劣化 2.自然災害 3.戦争や内戦による破壊 4.人為的な破壊 5.経済開発優先による脅威 世界遺産に対する脅威としては経済開発も見過ごせない。(中略 P221)
かつてはダムや空港、道路、港湾建設などのインフラプロジェクト推進が国民の生活水準の向 上に必須とされ、文化遺産や自然遺産の保全よりも経済開発が優先されていた.幸いなことに その後、経済偏重政策への見直しが行われた。 |
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《世界遺産第四条》 「それは、世界遺産に認定されたもので自国領内に存在するものを保護、保存、整備し、また 次世代に伝えることの確約を、大一義的に締約国の義務としている」 (松浦晃一郎ユネスコ事務局長・P80) 《世界遺産第一期 1971〜1991年》 年平均30の遺産登録 登録が文化遺産に偏り、自然遺産が少ない 1991年現在、358遺産中、文化遺産260件 自然遺産 80件 緩衝値遺体(バッファゾーン)について、当初、作業指針に全く言及がなく、1978年から 1979年の登録に関しては緩衝地帯という概念が全く適用されなかった。(P143) ちなみに、1991年までに登録された260件の文化遺産では西欧的な考え方が先行してい たため、モニュメントおよび建造物群が圧倒的な数を占めた。 これは72年の世界遺産条約には「遺跡」も対象として加わっていたにもかかわらず、当初 64年のベネッイア憲章の基本的コンセプトを色濃く踏襲していたためだ。 同憲章は西欧の専門家ベースで採択されたため、モニュメントと建造物群を対象としていたの である。(中略) 第一期体制においては先史時代の遺跡が少なく、モニュメントと建造物群が中心で、20世紀 のものは少なかった。さらにキリスト教関連の建造物群が圧倒的に多く、他の宗教や宗教と関係 ないモニュメントはごく僅かだった。地域的に見れば、ヨーロッパなかんずく西ヨーロッパに集 中していたのが特徴だ。 その上、形にできない生きた文化が対象にされていないという懸念があった。(P146) 《世界遺産第二期 1992〜2006年》 ◎「文化的景観」という新概念が採択 1992年アメリカのサンタフェで開かれた第16回世界遺産委員会で「文化的景観」という新 しい概念が採択された。(中略) 文化的景観とは、人間自然との共生から生まれたいわば「共同作品」を意味しており、文化遺産 のひとつの形態として新たに認定されたものである。条約上はモニュメント、建造物群.遺跡の三 つの形態しかなかったが、拡大解釈をして四つ目の形態として加わった、と考えてよいと思う。 更に、具体的な案件が顕著な普遍的価値を持つか否かについての判断には、モニュメント、建造物 群.遺跡と同様1〜6の評価基準が適用される。さらに文化的景観は、基本的には次の三項目に該 当する世界遺産を対象としている。 (1)庭園、公園など、人間によって意図的に設計され創造たと明らかに定義できる景観。 (2)棚田などの農林水産業などの産業に関連した、有機的に進化する景観(具体的には残存また は継続する景観、及び化石の景観)。 (3)聖山などの自然的要素の強い宗教、芸術、文化などの事業と関連する文化的景観。 1987年以来懸案となっていたニュージーランドのトンガリロ国立公園は文化的景観が適用され た。(文化的景観項目3適用) 現在、文化的景観適用による世界遺産は世界で60件に上る。 同基準における他の世界文化遺産は ・フリッピン フリッピン コルディリエーラの棚田群 ・ポルトガル シントラの文化的景観 ・フランス 葡萄産地 サンテ.ミリオン地域 ・日本 紀伊山地の霊場と参詣道 ・ 石見銀山 ◎ 真正性の基準の弾力化(P151) 「建造した状態がそのまま保存されたいること」と定義する真正性は、当初、石文化である西欧の考 え方に基づいていたために、(中略) それでは木や土でつくられた文化遺産が世界遺産なる道が塞がれてしまいかねない。 1994年11月、日本が音頭をとった専門会議で「奈良宣言」採択 ・真正性 第一基準 単に人間の創造的才能をあらわす傑作だけではなく、審美的に美しいものでなければならなかっ たが、「審美的に美しいもの」という箇所を削除 ・真正性 第二基準 西欧の文化を中核において捉える表現が多かったために「ある文化圏内での価値の交流」という 表現に修正 ◎ 非ヨーロッパ圏での登録の促進 ◎ モニタリング体制の整備 締約国政府が定期的なモニタリングと、その方向を行うという制度の導入を決定 ◎ 初の登録削除 オマーン アラビア オリックス保護区 《世界遺産第三期 2007年〜》
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