神学大生、世界を行く

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他愛ない雑談にしばし時間をお貸しくだされば幸いに思います。


人間は五つの感覚を持っていると教えられた記憶がある。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。

視覚は、光を媒介として色を区別したり、近いものと遠いものを見分けて3次元の現実世界を認識する感覚。
聴覚は、空気を媒介として伝わってくる振動を音の高低及び強弱として認識する感覚。
味覚は、舌の上にある味覚受容体で、口に入れたものの化学的特性を認識する感覚。
嗅覚は、同じく鼻の中にある嗅覚受容体で、吸ったものの化学的特性を認識する感覚。
触覚は、体表つまり皮膚に働くさまざまな種類の外的要因を認識する感覚。

と簡単にまとめてみたが。やはり物事はそう簡単にはいかないらしい。


一昔前、古典物理学を創り上げた秀逸な学者達が、その存在の影すら見出すことも出来なかった、
量子力学というものが、現代の科学の常識となっているように、

この五感と説明されていた感覚についての事実も、やはり現代という強力な時の流れから、
真実というか弱き塔を守っておくには、あまりに弱い地盤に建っていたようだ。

まず、現代科学においては、触覚という単語はもはや本来の意味では使えないという。
生理学的には体性感覚と呼ばれるらしいが、その分類として表在感覚・深部覚・皮膚性感覚として分かれており、
またさらに下位概念として8+種類に分かれているらしい。

味覚も現代の科学においては、ただ味覚だけで食べ物の化学的特性を認識しているのではないという。
つまり味と感じるものには、視覚(見た目)、嗅覚やら記憶やらが大幅に影響するという。

それ以外にも感覚には内臓感覚、平衡感覚などが存在する、と何かに書いてあった。
人は五感を持つなどと言うのは、説話の域にとどまる。


そんなこんなだが、実際のところ、世界を知ろうと躍起になって考え続けた星の数ほどの優秀な科学者達が、
未だに世界の真実を見つけ出せずに、ああではないか、こうではないかと、
仮説ばかりを量産し続けているのだから、上であげたものなど、些細な内容なのだろう。


そう、事実(科学の常識)なんて、時代によって変わり続ける。


そこで、ふと、考えた。
・人間なんて、世界について知ってることよりも知らないことのほうが断然多い。
・人間自体についてだって、知らないことのほうが多い。
この二つを大前提として、先ほど批判したかもしれない仮説と言うものを一つ創り上げてみると、こうなる。


‘人間が気付いていない感覚世界が実在するのではないか’

人間の体には器官があって、その器官を使ってさまざまなものに対する認識を行う。
逆に言えば、人間が器官を持っていなければ、それについての認識は行えないのである。

例えば、人は耳があるから、音というものがどういうものかを理解し、それを聞き取る。
しかし、耳が聞こえない人は、音というものがなんなのかを理解することさえ難しいだろう。

さらに言えば、人間が器官を持っていなくて感じられないからと言って、他の認識世界がないとは言えないのだ。

北極圏に生息するデザトという動物はナタという器官とそれによって認識できるココ覚というものを持っていて、
耳で音を聞き取るように、ナタでココというものを吸い取れるという。
彼らはそれによってココ波動というものを感知し、その場所にどれだけココが溢れているかを知ることが出来る。

なんて事実があったとしても、誰も否定することは出来ないだろう。

冗談はそろそろ終わりにして、さらに仮説遊びを続けてみると、こんなことも言えるかも知れない。


‘人間が気付いていない感覚世界が実在し、
 人間は自分でも気付いていないけど、その感覚世界を認識できる器官を、実はどこかに持っているのではないか’

話の流れを変えるつもりはないが、
ここで天国(想像しにくい方は死んだ後の世界と考えてください)の話を出す。

天国の存在が前提となってしまって申し訳ないが、天国で、人間はどのように存在するのか? 
天国で人間が住むとして、今の体のままで天国にいると想像するのは無理があるような気がする。
しかし、どこにいようとも感覚世界を認識できる器官が必要であろう。
つまりは、いくら天国にいるとしても、周りを見る必要があるし、聞いたり嗅いだり触ったり味わったりする必要があるだろう。
たとえ、今我々が体にある器官を使って行っている方法とは違うにしろだ。むしろ違っていて当たり前だが。

天国に行ってから、見たり聞いたり、その他もろもろをできないならば、そういった器官がないならば、どんな具体的な幸福がありえよう。
かといって、天国に行った瞬間にそのような今持っているものとは別の感覚器官を手に入れられると考えるのも無理がある。

こう考えると、我々の体からはっきりとした証拠を見つけるのは困難だろうが(天国で使うのなら体についていないだろうから)、
やはり我々は今持っている感覚器官とは違うものを、現在も自分という存在のどこかに持っている可能性があるのではないか。

人は音波を耳で認識する。決して目では見えなくとも、その実在を疑う人はいない。
同じように、目には見えない感覚世界とそれを認識する感覚があろうと、誰がその可能性を否めようか。
今の科学では、それがどこにあるのかは分からなくても、
もしかしたら500年後の世界では、人間は十感を有している、なんて事実が生まれているかもしれない。

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高校の物理の先生と言い争ったことがあります。“真空”について。先生は「何もない状態だ」と言い張った。私は「何もないことなんて有り得ない」と噛み付いた。「何もない」ということが存在してるじゃないかと。昔から屁理屈ばかりいう私でした。“見えないこと=存在しない”のではなく、見ようとしていない人の単なる理屈だけに思えます。十感もあったら人生楽しそうですね(^^)。天国へ行っても、なお楽し(^^)。

2006/4/1(土) 午前 0:14 [ men*hi*ung*000 ]

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コメントありがとうございます。最後まで読んでもらうだけでも感激なのに、ずばり言いたかったことに共感してもらって、もう嬉しさの極致です^^ これからもよろしくおねがいします!

2006/4/9(日) 午後 10:02 K.S

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