世界日本化計画

ブログタイトルを「silkroad_desert9291」から「世界日本化計画」に改名した。(2008.12.16)

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バーナード・ルイス「イスラム世界はなぜ没落したか?」臼杵陽 監訳、今松泰、福田義昭 訳、日本評論社、2003.7.15
原著: Bernard Lewis, "Whay Went Wrong? : Western Impact and Middle Eastern Redponse", Oxford University Press, U.S.A., 2002.

●イスラムは、何世紀も人類の文明の最先端にあり、境界の先には野蛮人と無信仰者しかいないと信じていた。キリスト教はイスラムの最後の啓示に取って代わられたと考えていた。ルネサンス以後、ヨーロッパが急速に前進したが、ムスリムは長い間それに気付かなかった。
●中世はイスラムの方が科学が発展していたが、中世末にイスラム科学の発達は終わってしまい、逆にヨーロッパで大きく前進。今日でもアジアの科学者は科学に貢献しているが、中東の貢献は乏しい。18世紀後半まで、翻訳された科学の本は梅毒の医学書1冊だけだった。
●学問の世界では時間や空間の精密な計算が行われたが、日常レベルでは単純初歩的なものしか用いられなかった。度量衡は時と場所で大きく変わり、距離は移動に要する時間で表わされた。機械時計はヨーロッパから輸入されたが、動かなくなるとそのまま捨てられた。中世の国家には近代的な意味の国境はなかった。オスマンとペルシアは1914年にようやく国境を画定した。

●西洋からイスラムへの旅行者は多くいるが、イスラムから西洋への旅行者はいなかった。ムスリムが非ムスリム国で生活することは良くないとされていた。西洋の言語の知識もなく、歴史や文化にも興味がなかった。中世のギリシア語からの翻訳も、学問だけで、文学は翻訳されなかった。文学で最初の翻訳は1812年の「ロビンソン・クルーソー」。それまで、ヨーロッパの文学は、アラビア語でも、ペルシア語でも、トルコ語でも、全く読めず。中東では、ルネサンスも宗教改革も知られていなかった。逆にヨーロッパの読者は、翻訳でアラビア、ペルシア、トルコの文学をかなり読むことができた。
●アラビア文字は神聖なので印刷が禁じられていた。オスマンの最初の印刷所は1729年に設立され17点の本を出したが、1742年に閉鎖、1784年に再開。
●演劇は、古代の中東では盛んだったが、イスラム後に消えてしまった。
●音楽では西洋の影響は皆無。西洋音楽は日本、中国、インドで演奏され作曲されているが、中東では異質な物であり続けている。

●インドのカースト制やヨーロッパの貴族制とは異なり、イスラムの教えは社会的差別をみとめない。実際には、奴隷、女性、不信仰者の3つは不平等が認められていたが、女性にも西洋よりずっと財産権が認められていた。奴隷にもヨーロッパより早く人権を認めていた。
●イスラムには教皇も聖職者位階もない。正統や異端もない。スンナ派とシーア派の争いも、政治的リーダーをめぐる紛争であり、教義の紛争ではない。
●ムスリムが法として受け入れるのは、イスラム法(シャリーア)だけである。世俗主義(政教分離)はキリスト教的である。キリスト教は、初期の迫害期に、「教会」という独自の組織を発達させた(モスクは組織ではなく単なる建物)。ムハンマドは、キリストと異なり、生きているうちに勝利し国家を作った→国家とは別の組織を作る必要がない。トルコは世俗主義を公式に採用→原理主義者の最大の敵。
●西洋では金を稼いで権力を得る⇔東洋では権力を握って金を得る…経済と政治に対する効果は全く違う。

●18世紀になると、イスラムが劣勢になっていることに気付き始め、ヨーロッパから学ぼうという動きもでてくる。西洋を知るにつれて、その富と力の源泉は何かという疑問が出てくる。新しいアイデンティティ…愛国主義とナショナリズム→多様な信仰と民族を調和させてきたオスマンの土台を崩す。
●19〜20世紀には西洋の優位は誰の目にも明らか。軍事、経済、政治の近代化を進めようとしたが、うまくいかず。当然だと思っていた指導的地位を失い、弱く貧しくなってしまったという不快感、屈辱。
●イスラム衰退の原因は、原理主義者にとっては、真のイスラムから離れ外来の考えを入れたから。改革派にとっては、古い考えの硬直性が原因。
●イスラエル建国を阻止できず→耐えがたい屈辱→反ユダヤ主義。悪魔化されたユダヤ人像。全ての悪をユダヤ人の陰謀にすることが、公共の言説に浸透。貧困や暴政を正当化するため、ユダヤ人やアメリカを非難し、怒りを外へ向けさせる。

●その他の言われているイスラム衰退の原因…ヨーロッパの新大陸発見、いとこ婚による近親交配、土地の砂漠化、古代にはありふれていた車輪の付いた乗り物が使われなくなってしまったこと。

●イスラム世界の復活のためには、不平や被害者意識をやめ、自己批判と創造的な努力が必要。

●1〜3章は1999年9月のウィーンの講演、他章は以前(1995、1992、1980、1998)の論文をもとにしたもの。


◎監訳者解題(臼杵陽)「バーナード・ルイス ― ネオコンの中東政策を支える歴史学者」
●ルイスは1916年ロンドンのユダヤ系の生まれ。アラビア語、トルコ語、ペルシア語、ヘブライ語を駆使し、博覧強記は追従を許さない。中東イスラム研究の第一人者とみなされているが、1980年代以降は歴史家としての活動は行わなくなり、時事的なものも含めた講演を本にしている。ネオコンのイデオローグに堕したとの評もある。本書は反面教師としての素材を提供する。

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監訳者による12ページある解題は、普通は巻末にあるものだが、本書では巻頭にある。翻訳には著者との契約交渉があったのだろうが、監訳者が「反面教師の素材」だなどと書いていることを、著者は承知しているのだろうか?

西欧と中東の関係は、日本と中国の関係と似ている。古代は中東や中国が先進地域で、文字や宗教などの文化もそこから西欧や日本に伝わったが、その後立場が逆転し侵略された。中東や中国は、自分が世界の中心だと思い込み、西欧や日本から学ぶ姿勢が欠けていた。優越感と劣等感が混じってコンプレックスや敵意が生まれ、社会不安からそれを利用する。

中東と中国の違いは、中東は乾燥地帯なので、人口や生産力があまり増大しなかったこと、石油が発見されてからは、それがパワーの源泉になったこと、政治的に統一されていないこと。

(2007.6読了)

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いやー一重に宗教熱心だったからじゃないですか?
今の時代宗教的思考って発展の足枷にしかならない。

2018/7/21(土) 午後 10:24 [ ああああ ]


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