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(つづき) 瞻園(せんえん)は、夫子廟の西の方にある古典庭園で、太平天国歴史博物館が併設されている( http://tptg.longhoo.net )。もとは、明の建国に功績のあった将軍、徐達(1332〜1385)の邸宅だった。清の乾隆帝(1711〜1799)が南巡の際に立ち寄り、「瞻園」に改名された。太平天国の時代には東王、楊秀清(1821〜1856)の王府となった。 入場料は40元、チケットには「肆拾元」と書いてあった。見慣れない字だったので調べてみると、「大字」というものだった。Yahoo!辞書によると、 ( http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98&dtype=0&dname=0ss ) >だいじ【大字】「一・二・三」などの代わりに用いる「壱・弐・参・肆・伍・陸・漆・捌・玖・拾・佰・阡」などの字。金銭証書などに用いる。[大辞林 提供:三省堂] ということである。 入口を入ると、ガイドだという人物がついてきた。最初はガイドは要らないと言ったが、ガイドも入場料に含まれていると言って、しつこいので、ガイドをしてもらうことにした。 ガイドの説明を聞きながら、庭園を一周した。最後に、庭園の脇の壁に「一筆虎碑」という石碑があった。「虎」という字を一筆で書いたもので、字の形がまた虎の姿になっているという。ガイドによると「天下第一虎」と呼ばれているそうだ。 ネットにこの「虎」の石碑がでてないか検索していると、こんな「虎字」の石碑が見つかった( http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/hirin/Hirin/page/shitu/5/507.htm 、 http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/hirin/Hirin/page/shitu/5/511.htm )。これは西安碑林の石碑だが、同じような感じの字だった。同じものなのかどうか分からないし、瞻園の石碑と西安碑林の石碑が関係あるのかどうかも分からないが…。 この後、ガイドは、みやげ物売場に連れて行った。そこで、さっきの「虎」の字を掛軸にしたものを売っていて、それを勧めてきた。結局、これを買わせるためにガイドをしていたようだ。買わずにいると、次に、中国の古典楽器の演奏があると言ってきたが、もういいと言って断った。 ここでガイドと別れて、自分達でもう一度、庭園を見て回った。庭園は南北に長い形で、北と南の両方に池があり、細い水路でつながっている。 南側の池。掃除中で水がないが、本来は、下の飛び石すれすれまで、池の水があるらしい。後ろの岩山を造っている白い石は、蘇州の西にある太湖という湖でとれる、太湖石という石である。太湖石は、穴がたくさんあいていて、デコボコした複雑な形をしている。中国では珍重されていて、古典庭園でよく使われている。 南北の池の間にある中央の庭。堂が建っている。西側は、少し高くなっていて、樹木や草花が植えられ、その間に小径があり、小さな亭が建っている。この写真は、そこから撮ったものである。 北側の池。こちらも太湖石で築山が造られている。 同じく北側の池。 ここには、太平天国博物館が併設されているはずなのだが、ガイドは、太平天国博物館は案内しなかったので、どこにあるのか良く分からず、見ないまま出てきてしまった。 (つづく)
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