世界日本化計画

ブログタイトルを「silkroad_desert9291」から「世界日本化計画」に改名した。(2008.12.16)

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山本博文 監修「こんなに変わった歴史教科書」東京書籍、2008.12.15

●1972年と2006年の中学歴史教科書(東京書籍)を基本にして、他の年度のものも参考にして、記述が変わったところを検討。

●(1972年版)人類がいつ現れたかよく分からない→1974 「ルーシー」発見→(2006年版)猿人は約400万年前アフリカに現れた。2002 「トゥーマイ」チャドで発見、700万年前。
●1992 三内丸山遺跡発見、5500〜4000年前。
●稲作の伝播は、朝鮮半島南部経由が有力だったが、炭化米の細胞組織(プラント・オパール)から熱帯ジャポニカ種が見つかり、中国南部から直接、または沖縄経由など、複数のルートが考えられている。
●古墳時代、大和朝廷→大和政権、大和王権。さらに、ヤマト政権、ヤマト王権になりつつある。1978 埼玉県稲荷山古墳鉄剣の銘文発見、5世紀後半には関東から九州までヤマト中心に政治連合。
●仁徳天皇陵→大仙古墳。
●聖徳太子の肖像(1万円札)に疑問、1982 絹地に川原寺の文字発見。聖徳太子の名は懐風藻(751)で現れる。日本書紀では厩戸皇子。
●日本初の貨幣、和同開珎→富本銭(1998に工房発見)。
●9世紀に東北地方の蝦夷が、反乱→まだ支配していなかった東北地方を支配しようとして抵抗を受けた。中華思想の影響で、8世紀に、東北地方の日本海側を「狄」、太平洋側を「夷」と異なる表記。

●鎌倉幕府成立時期に諸説、1180、1183、1184、1185、1190、1192。
●源頼朝像→1995 足利直義説。
●元寇→モンゴル襲来、モンゴル戦争。1回目の文永の役の暴風雨は疑問。
●足利尊氏像、戦前から疑問が持たれ、戦後、高師直とされた→さらに近年、師詮説。
●前期倭寇は日本人、後期倭寇は中国人中心とされてきた→1980年代から、前期も高麗・朝鮮人主力説。

●武田信玄像→畠山氏説。
●長篠の戦い、「鉄砲三段撃ち」も「武田騎馬隊」も後世の創作。
●江戸時代「士農工商」は虚像、明治以降に概念が普及。
●慶安のお触書(1649)は、1830に初めて現れる。元は甲府藩の「百姓身持之覚書」だった。
●島原の乱→島原・天草一揆。
●鎖国→記述が消える。
●「踏絵」は踏む絵のこと、行為は「絵踏」。
●田沼意次の再評価。家臣団が寄せ集めで、統制が不十分で、不正につながる。。
●百姓一揆の見直し。一揆には規律ある作法が形作られた。目的は領主の打倒ではなく具体的な要求。直訴自体は違法ではなく、一揆の処罰も最小限にとどめられた。
●南総里見八犬伝。従来は積極的な評価が与えられていなかった→出版の隆盛を明治以降の近代化の胎動として再評価。

●セポイの反乱→インド大反乱。シパーヒー(セポイ、東インド会社のインド人傭兵)だけでなく、地方王侯、地主、農民など広範囲の人々が加わっていた。
●日米和親条約。目的は中国進出のための石炭供給と太平洋の捕鯨船の保護だと考えられるようになった。
●「四民平等」の用語が消える。
●徴兵令(1873)、免除規定や徴兵反対の一揆など、解説が詳しくなった。
●北海道開拓。アイヌの状況など、記述が詳しくなった。
●西南の役→西南戦争。
●東学党の乱→甲午農民戦争。
●日露戦争。歴史的意義の記述が加わる…アジア諸国に刺激を与え、近代化や民族独立の動きが高まる。一方、日本では大国意識が生まれ、アジア諸国に対する優越感が高まった。

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執筆者は、鈴木織恵(古代)、伊藤瑠美(中世、近世)、堀智博(近世)、清水有子(近世、近代)、上田誠二(近代)。

大部分は、既にどこかで聞いたことがある内容だったので、あまり驚くところはなかった。

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