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ここで使ったデータは、「経済統計で見る世界経済2000年史」( http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/32443177.html )の著者であるアンガス・マディソン(Angus Maddison) 氏のサイト( http://www.ggdc.net/maddison/ )の「Statistics on World Population, GDP and Per Capita GDP, 1-2006 AD (Horizontal file, copyright Angus Maddison) 」( http://www.ggdc.net/maddison/Historical_Statistics/horizontal-file_03-2009.xls )というファイルからとったものである。このファイルは、マディソン氏が、著書に掲載したデータに、数値を追加、修正したものである。 単位は、人口は1000人、GDPは100万国際ゲアリー=ケイミスドル、1人当りGDPは国際ゲアリー=ケイミスドルである。「国際ゲアリー=ケイミス(Geary-Khamis)ドル」とは、各国通貨を購買力平価で換算したもので、1990年基準の実質値である。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 先月(2010年2月)に大地震があったチリについて、上記データから人口の歴史的推移をみてみた。 チリの人口のデータは、1820〜2008年の毎年のデータがある。グラフは、1820〜2008年の毎年のデータを使ったグラフだけを作ってみた。 このデータによると、チリの人口は、1820年に72万人だったが、その後ずっと増加し続け、1832年に100万人台に乗せ、1974年に1000万人を超え、2008年には1645万人になっている。人口増加率は、1820年代は2.3%程度だったが、低下し続け、1910年前後には1.1%程度になった。その後、人口増加率は上昇に転じ、1960年前後には2.5%程度まで上昇したが、その後はまた低下し、2006年以後は1%を割っている。 チリは、1818年にスペインから独立した。1879〜1883年には、硝石の産地をめぐり、ボリビア、ペルー両国と太平洋戦争が起こり、チリが勝利した。 1970年に、民主的選挙により社会主義のアジェンデ政権が誕生。1973年、ピノチェトのクーデター。 1988年にピノチェト信認投票で不支持となり、1989年に大統領選挙が行われ、1990年に17年ぶりに民主的な文民政権に移管した。
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世界経済史
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