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ここで使ったデータは、「経済統計で見る世界経済2000年史」( http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/32443177.html )の著者であるアンガス・マディソン(Angus Maddison、1926〜2010) 氏のサイト( http://www.ggdc.net/maddison/ )の「Statistics on World Population, GDP and Per Capita GDP, 1-2006 AD (Horizontal file, copyright Angus Maddison) 」( http://www.ggdc.net/maddison/Historical_Statistics/horizontal-file_02-2010.xls )というファイルからとったものである。このファイルは、マディソン氏が、著書に掲載したデータに、数値を追加、修正したものである。マディソン氏は、2010年4月24日に亡くなったので、これが最後の更新となった。 単位は、人口は1000人、GDPは100万国際ゲアリー=ケイミスドル、1人当りGDPは国際ゲアリー=ケイミスドルである。「国際ゲアリー=ケイミス(Geary-Khamis)ドル」とは、各国通貨を購買力平価で換算したもので、1990年基準の実質値である。なお、このデータは、それぞれの時代の領土ではなく、現在の領土が基準になっている。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 中東では、チュニジア、エジプトに続き、リビアでも独裁政権が倒されれたが、同じく問題のシリアについて、上記データから人口やGDPの歴史的推移をみてみた。 シリアの人口のデータは、1820年から1950年までは飛び飛びで、1950年から2009年までは毎年のデータがある。ただし、2009年の人口は前年に比べ10%も増えているが、データの誤りではないかと考え、2009年のデータは除いた。そのため、グラフは、1950年以後を10年おきにして、1820年から2008年までを見たグラフと、1950年から2008年までの毎年のデータを使ったグラフの、2種類を作ってみた。 このデータによると、シリアの人口は、1820年には134万人だった。1913年には199万人となり、1820年からの93年間の年平均増加率は0.43%だった。 第一次世界大戦では、映画「アラビアのロレンス」で有名なアラブの反乱が起こり、ファイサル1世を国王として一旦は独立を宣言するが、フランス軍に占領され、シリアはフランスの委任統治領となった。第二次世界大戦後に共和国として独立した。 1958年にはエジプトと連合しアラブ連合共和国となったが、1961年に分離した。1963年にバース党が政権につき、現在まで続いている。ハフェズ・アサドは1970年に権力を握ってから、2000年の死去まで政権を維持した。その後はハフェズ・アサドの息子のバッシャール・アル・アサドが後を継いで大統領となり、現在に至っている。イスラム教の少数派のアラウィー派が権力を握っており、多数派スンニー派と対立している。
シリアの人口は、1950年には350万人となり、人口増加率も上昇している。人口増加率は、1960年代から1980年代まで3%台になったが、1990年代になって2%台に低下している。シリアの人口は1984年に1000万人を超え、2008年には1975万人となっている。 |
世界経済史
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