世界日本化計画

ブログタイトルを「silkroad_desert9291」から「世界日本化計画」に改名した。(2008.12.16)

読書メモ

[ リスト ]

「現代の英雄」

レールモントフ「現代の英雄」(岩波文庫 赤607-1)中村融 訳、岩波書店、1981.4.16
М. Ю. Лермонтов, «Герой нашего времени», 1840

●まえがき(文庫本で3ページ分)

我が国の大衆は寓話の終わりに教訓を見つけないとその寓話が理解できない程、幼稚で素朴なのだ。本書は最近一部の読者や雑誌から字句の意義を文字通り取ると言う不幸な信じ方をされてしまった。こんな不道徳な人間を手本として示されたと怒られた。これは現世代にはびこる欠陥から作り出された肖像画である。

◎第1部

●ベーラ(同68ページ分)

筆者は、コイシャウール山の麓でマクシム・マクシームイチと偶然出会い、ペチョーリンの話を聞いた。マクシム・マクシームイチとペチョーリンは、テレーク河の向こうの要塞で1年ほど一緒にいた。近くのチェルケス人の領主の娘の結婚式に呼ばれ、妹娘の16〜17歳のベーラに会った。14〜15歳の弟アザマートは、商人兼山賊のカズビーチが持っている名馬カラギョーズを欲しがっていた。ペチョーリンはアザマートをそそのかし、ベーラを連れてくればカラギョーズをやると言う。

カズビーチが羊を売りに来た時に、アザマートにカラギョーズを盗ませ、ペチョーリンはベーラを手に入れた。ベーラは最初は怯えて口もきかなかったが、そのうちペチョーリンと親しくなった。アザマートはカラギョーズに乗って逃げたまま行方不明。カズビーチはアザマートの父もグルだと思って、父を殺した。

4ヶ月ほどたって、ペチョーリンとマクシム・マクシームイチが猪狩りから戻ってくると、カズビーチがベーラをさらって行くところだった。ペチョーリンがカズビーチを銃で撃つと、カズビーチはベーラを短剣で刺してその場に捨てて逃げていった。ベーラはそれから2日後に死んだ。3か月後にペチョーリンは転属になり、それ以後マクシム・マクシームイチはペチョーリンと会っていないと言う。

●マクシム・マクシームイチ(同19ページ分)

筆者とマクシム・マクシームイチが泊まっていた宿に、後から偶然ペチョーリンがやって来た。マクシム・マクシームイチは、数年ぶりに再会できたことを喜ぶが、ペチョーリンはそっけない態度で、またすぐ出発してしまった。マクシム・マクシームイチは以前にペチョーリンから日誌10冊を渡されていたが、もういらないと言うので、筆者がもらい受けた。

⦿ペチョーリンの日誌

●まえがき(同2ページ分)

最近ペチョーリンがペルシャからの帰りに死んだ事を知った。そこで彼の日誌を出版する事にした。固有名詞は全て変えて、カフカース滞在に関する物だけを掲載した。こんなに容赦なく自分の弱点や欠陥を暴露した人物の真心を確信し、世のためになればと願って出版する。

●タマーニ(同21ページ分)

タマーニは海に臨む田舎町である。他に宿がなく、海のそばの小屋に泊まることになった。小屋には、14歳くらいの盲目のみなしごの少年がいた。夜中に少年が海岸に行くので後をつけていくと、若い女がやって来て、海からボートがやって来た。ボートに乗っていたヤンコという男が、ボートから荷物を降ろし、3人でどこかに運んで行った。翌日、小屋に婆さんと若い女がやって来た。夜中の事を少年に問い詰めるが、しらを切る。水の精(若い女)は18歳くらいで、屋根の上で歌を歌い、しょっちゅう飛び跳ねいた。夕方、娘がキスをしてきて夜中に海岸に来るよう言った。

夜中に海岸に行くと、娘はボートに誘い、海に出た。密告を恐れた娘に海に突き落とされそうになったが、逆に娘を海に突き落とした。岸に戻って見張っていると、娘とヤンコと袋を背負った少年が現れた。ヤンコは「危なくなったから他の土地に行く」と言い、袋をボートに積み、娘と2人でボートに乗ってどこかへ行ってしまった。小屋に戻ると金目の物が全てなくなっていた。さっきの袋に入っていたのだ。翌朝タマーニを後にした。少年と婆さんがどうなったかは知らない。

◎第2部

●公爵令嬢メリー(同141ページ分)

5/11、前日ピャチゴールスク着。足に受けた銃創の治療のため先に鉱泉に来ていた21歳位のグルシニツキイ士官候補生と再会。表面的には親しいが互いに余り好きではない。リゴーフスカヤ公爵夫人と娘メリーに会う。

5/13、ヴェルネル医師から、公爵夫人は45歳でリュウマチの治療に来ているという話を聞く。

5/16、グルシニツキイがメリーに近づく。ペチョーリンは昔の恋人ヴェーラに会う。ヴェーラは老人と再婚した事を告げる。夫がリゴーフスカヤ夫人の遠縁なので、ヴェーラは夫人の家によく行く。

5/22、舞踏会でメリーと踊る。

5/23、リゴーフスカヤ家に行きヴェーラと会う。

5/29、グルシニツキイはメリーに飽きられ始めた。

6/3、グルシニツキイが士官に昇進。ペチョーリンはメリーと親しくなる。

6/4、ヴェーラに、2日後にキスロヴォードスクに引っ越すので1週間後に来てほしいと言われる。

6/5、舞踏会でグルシニツキイとの仲が悪くなる。

6/7、ペチョーリンがメリーと結婚するという噂が立つ。

6/10、キスロヴォードスクに引っ越して3日目。毎日ヴェーラに会う。

6/11、リゴーフスカヤ家もキスロヴォードスクに引っ越して来た。

6/12、ポドクーモク河の「環の岩」へ大勢で馬に乗って出かける。メリーも一緒。夕方、村の家でグルシニツキイがペチョーリンを懲らしめようと仲間達と相談しているのを偶然見つける。

6/15、夜、皆が手品師のショーを見にレストランに行っている間に、ヴェーラの家に行く。夜中の2時頃、帰り際に、グルシニツキイと大尉に見つかる。メリーの家に夜這いに入るところだと誤解され、捕まりそうになるが、殴って逃げる。

6/16、前夜の事が、チェルケス人が夜襲したという噂になる。グルシニツキイが、男はペチョーリンだと言い、決闘する事になる。ペチョーリンはヴェルネルを介添人にする。決闘は翌朝4時半に山の谷間で行う事になる。

N要塞に来て1月半たった。決闘の日から中断したままになっていた日誌の続きを書く事にする。決闘でグルシニツキイはペチョーリンに撃たれ谷底に落ちた。ペチョーリンは夕方まで1人で山をさすらった。家に帰るとヴェーラからの手紙が来ていた。「夫は決闘の話を聞いて、私とペチョーリンの関係を察し、私を連れて旅立つ事にした。あなたが帰ってくるのを3時間待っていたが、出発の時間になった。もう2度と会う事はないでしょう。」ペチョーリンは馬に乗り全速力でヴェーラの後を追ったが、馬が途中で力尽きて倒れてしまい、仕方なく明け方までかかって歩いて家に戻った。その日の夕方まで眠り続けた。翌朝、N要塞に転勤になった。リゴーフスカヤ家に行き、別れを告げた。

●運命論者(同18ページ分)

人の運命が天上に記されているかどうか議論していると、セルビア人のヴーリッチ中尉が「人が自分の命を自由にできるかどうか自分で試して見ればいい」と言って、ロシアン・ルーレットをしようとした。彼の顔に死相が現れていたので「君は今日死ぬ」と言った。弾は外れた。その夜、ヴーリッチは帰宅する途中で、酔って剣を振り回していたコザックに殺されてしまった。ヴーリッチは死に際に「彼は正しい」と言った。翌朝、空き家に立てこもる犯人を見て、自分も運命を試してやろうという気になり、窓から空き家に飛び込み犯人を捕まえた。要塞に戻ってマクシム・マクシームイチに起こった事を話した。

●解説(中村融)(同13ページ分)

レールモントフは、1814 モスクワ生まれ。1832 教授と口論してモスクワ大学を去り近衛士官学校入学。1837 プーシキンの死に際し書いた「詩人の死」が高官を誹謗したとしてカフカースへ流される。1838 ペテルブルグへ帰る。1940 決闘により再びカフカースへ追放。1841 ピャチゴールスクで出会った旧友と決闘する事になり、マシューク山の麓で決闘し死亡。

「現代の英雄」は、当時2分冊として出版されたため、2部に分かれている。5つの物語のうち、最初の2つは主人公を外部から観察し、後の3つは主人公自身に自己を語らせている。当時のロシアは、1925年のデカブリストの反乱失敗で、反動的独裁強化、検閲、弾圧が行われた。当時の世評は、偽善的道徳を打破する批判精神の具現者とする擁護派と、不道徳性を非難する保守派に分かれた。主人公は一切を冷笑するが、自分の衝動を満足させる対象が得られず、自分がどこへ行くべきか知らない。

表題の「英雄」とは、犠牲者の別名。作者は、主人公に対し全く批判的で、英雄ではなく時代の犠牲者として描いている。警察国家の中で自由も目的もなく窒息させられ苦しむ知識人の痛ましい姿。

ロシア文学史上最初の心理小説である。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

先日見た、ボリショイ・バレエ in シネマ「現代の英雄」(https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/57875390.html)の原作の小説である。バレエでは、「ベーラ」、「公爵令嬢メリー」、「運命論者」が使われていたが、うまく要点だけ取り出してバレエ化していたように思える。

この小説の中で、「ベーラ」、「マクシム・マクシームイチ」、ペチョーリンの日誌の「まえがき」は、作者自身が書いた物で、「タマーニ」、「公爵令嬢メリー」、「運命論者」は、ペチョーリンの日誌の中身だと言う事になっている。時間的に言えば、ペチョーリンの日誌が先で、作者自身が書いた物が後になる。「公爵令嬢メリー」の部分だけ、途中まで日記のように日付が入っている。この部分が全体の約半分を占めており、心情の独白の様な部分が多い。

この小説の舞台になった地名がどこにあるのかGoogle マップで調べてみた。ロシア南部の、黒海とカスピ海にはさまれたコーカサス(カフカース)地方が、この小説の舞台である。2014年冬季オリンピックが開かれたソチもこの地域にある。

イメージ 1
Google マップ(一部加工)、「現代の英雄」の舞台、広域図

上のGoogle マップで赤枠で示した部分を拡大したのが、下のGoogle マップである。

イメージ 2
Google マップ(一部加工)、「現代の英雄」の舞台、拡大図

○本書中のテレーク河(Терек)は、ウィキペディアやGoogle マップではではテレク川と表記されている。
○タマーニ(Тамань)は、ウィキペディアではタマン、Google マップではタマニと表記されている。
○ピャチゴールスク(Пятигорск)は、ウィキペディアやGoogle マップではピャチゴルスクと表記されている。
○キスロヴォードスク(Кисловодск)は、ウィキペディアではキスロヴォツク、Google マップではキスロボーツクと表記されている。

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事