世界日本化計画

ブログタイトルを「silkroad_desert9291」から「世界日本化計画」に改名した。(2008.12.16)

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大駱駝艦「罪と罰」

大駱駝艦・天賦典式「罪と罰」
新国立劇場 開場20周年記念 舞踏の今 その2
2018/3/18(日)14:00〜15:30、新国立劇場 中劇場

振鋳・演出・美術: 麿赤兒

鋳態(出演): 麿赤兒、村松卓矢、田村一行、松田篤史、塩谷智司、湯山大一郎、若羽幸平、小田直哉、阿目虎南、金能弘、坂詰健太、荒井啓汰、我妻恵美子、高桑晶子、鉾久奈緒美、藤本梓、梁鐘譽、伊藤おらん、齋門由奈、谷口舞

上演時間 1時間30分(途中休憩なし)

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出演者は、男性12人、女性8人。顔を白塗りにして、目の周りを歌舞伎の隈取のようなメイクをしている。舞台の上には大きな振り子があり、最初から最後まで、ずっと揺れ続けている。

ショスタコーヴィチの交響曲第5番の第1楽章から始まる。舞台の奥で回り舞台が回っている。回り舞台は、普通は場面転換に使われる事が多いが、この作品ではグルグル回り続けている。回り舞台の上には、巨大な屛風のような折れ曲がった仕切りが2つ「ハ」の字型に置かれていて、回り舞台の上を、真ん中と両端の3つに区切っている。1つの端には病院のベッド(?)に病人(?)が寝ていて、隣の椅子に家族(?)が座っている。巨大な屛風の1つには、白い布をまとった男3人女3人が壁に向かって1列に並んで、体を動かしている。もう1つの巨大な屛風にも、黒い布をまとった男3人女3人が並んで体を動かしている。他に、スーツ姿の男やワンピースを着た女が、回り舞台の上を歩き回っている。

音楽がムソルグスキーの「禿山の一夜」に変わると、屛風に向かって1列に並んでいた男女が、回り舞台の外に出て、客席の方に進んでくる。白布の男女の列と、黒布の男女の列が、それぞれ横1列になって並ぶ。恐怖なのか、怒りなのか、苦しみなのか、何とも言えない表情をしながら、しゃがみながら、じわじわと観客の方に、にじり寄ってくる。

音楽が変わり、布をまとった男女が退場すると、ワンピースの女達の踊りになる。舞台の中央には、白い砂が丸く敷かれた所があり、そこで2人の男が、手で砂をすくっては、指の隙間から少しずつサラサラ落とす事を繰り返す。舞台の上手前方の隅で、男が頭を抱えて座り込んだまま、長い間苦しんでいる。拳銃を持った男が、狙いを定めて撃とうとするが、撃てずに止めてしまう。

頭に風船を乗せて、後ろにも風船のついた長い布を引きずる男と、ソラマメ、魚の頭、カボチャ、豚の頭などを乗せた長い布を引きずる男が現れて、舞台の上を行ったり来たりして歩き回る。4人の男が、1人ずつ四角い台を持って現れる。舞台の前方に横1列に台を並べて、それぞれ台に乗ってポーズをとったりする。ワンピースの女4人が、それぞれ、ソラマメ、魚の頭、カボチャ、豚の頭を取って、頭にかぶる。4つの台をひっくり返して、うつ伏せに寝転んだ男の背中に乗せて、逆さまになった台の中にワンピースの女達が乗り、台の上で踊る。下敷きになった男達は苦しんでいる。

黒い衣装を着た麿赤兒が、舞台の中央に現れる。回り舞台の上にあったベッドが、病人が寝たまま、前に運び出されて、縦に吊り上げられる。両側で2人の男がベッドを支えている。病人は白い衣装を着た麿赤兒のような人形だ。白い麿赤兒の人形と、黒い麿赤兒は、首や手足どうしが、それぞれ赤い紐でつながれている。黒い麿赤兒が体を動かすと、後ろで空中に持ち上げられている白い麿赤兒の体も紐で引っ張られて動く仕掛けだ。黒い麿赤兒は、何かに苦しめられて、もがいているようだ。

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麿赤兒(まろあかじ)や大駱駝艦(だいらくだかん)の名前は聞いた事があったが、見るのは初めてで、予備知識なしに見た。「振鋳」(振付)、「鋳態」(出演)など、独特の用語や理論があるらしい。

会場で観客に配られた公演パンフレットには、

「ヒトの覚醒の度合いは、恐怖と怯えの度合いに比例する化物(モノ)であるらしい。その覚醒の深度が深ければ深いほど、距離が長ければ長いほど、狂気に陥った病人か、或いは犯罪者に見えることになる。特に現代に於いては。

おお! 覚醒の化物(モノ)はヒトによって断罪されると言う皮肉!

さて、未だ覚醒せざる我々凡庸なヒトの中にある、名状しがたい恐怖と怯えの渦巻きは一体何モノか、何故か。「罪」「罰」になる以前、或いは未来の何時の日か、「罪」「罰」は存在するのか、しないのか。我が大駱駝艦の舞踏体は、怯えつつも果敢に彼岸にダイブする!」

とある。

また、公演パンフレットには、「場面表題 Scene titles」として、

1、ある日の風景 A Landscape
2、しのびよるモノ Spirits Creeping Up
3、生産の悲哀 Sorrows of Production
4、非在への挑戦 Challenging the Non-Being
5、漂い Drifting
6、彼方から From Far Away
7、真実の審判 True Judgment
8、もうひとつの風景 Another Landscape
9、虚ろな裁き Blank Judgment
10、フィナーレ Finale

と記されている。ほぼ、1つの場面が音楽1曲に対応しているようだ。音楽は全てクラシック音楽で、ロシアの曲が中心だが、モーツァルトの「魔笛」の「夜の女王のアリア」などもあった。

新国立劇場の公式サイトの公演情報(http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/33_009656.html)に、麿赤兒と大駱駝艦のプロフィールが出ていた。

麿赤兒は、1943年生まれなので75歳である。1965年に唐十郎の劇団「状況劇場」に参加、1966年に「舞踏」の創始者である土方巽に師事、1972年に「大駱駝艦」を創設した。海外でも公演し、大きな話題となっている。また「一人一派(いちにんいっぱ)」の考え方を実践し、山海塾の天児牛大(あまがつうしお)、室伏鴻(むろぶしこう)など舞踏集団、舞踏手を多数輩出している。今回の公演の表題にも付いている「天賦典式(てんぷてんしき)」とは「この世に生まれ入ったことこそ大いなる才能とす」という意味らしい。

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公演終演後、しばらく休憩した後、舞台上で約30分間の「ポストパフォーマンス・トーク」が行われた。まず、演劇ライターの鈴木理映子が、麿赤兒と大駱駝艦の紹介をしていると、麿赤兒も登場して、2人の対談が始まった。麿赤兒は、次のような事を語っていた。

アングラから始まって、とうとう国立の劇場を乗っ取る所まで来た。もう年なので、いつまでやれるか分からないが、ここであと2〜3回はやりたい。今回の作品は、ドフトエフスキーの「罪と罰」を読んで、そこからどんどんイメージを膨らませていってできた作品。喋ってしまうとつまらなくなってしまうが、ソラマメ、魚の頭、カボチャ、豚の頭が人間を踏みつけている所は、「お前は俺達を食ったな。どうしてくれるんだ。」というような、生きていくために他の生き物を食べるという事の「罪と罰」を表している。練習の時には、この作品のストーリーや意味について、出演者と詳しく話をしている。

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今回は、予備知識なしに見たが、様々な印象的なシーンが次々と現れて、面白く見られた。また機会があれば、他の作品も見てみたい。

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