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ローデンバック「死都ブリュージュ」(岩波文庫 赤578-1)窪田般彌 訳、岩波書店、1988.3.16 原著:Georges Rodenbach, "Bruges-la-Morte", 1892. * * * * * はしがき ●私(作者)は、この情熱研究の書で、主要人物のような1つの「都市」を呼び起こしたいと思った。その町の風景は、単なる背景ではなく、事件その物と結びつく。町の書割(挿絵)は、事件に力を貸す物だから、ページの間に挿入しなければならない。 * * * * * ●主人公ユーグ・ヴィアーヌは、妻が死んだ翌日からブルージュに住んで5年になる。結婚して10年、妻は30歳で病死。髪はピアノの上のガラス容器の中に取ってある。邸宅には家政婦のバルブがいる。妻の肖像画がたくさんある。 ●妻が死んで、死の都ブルージュに定住しなければならないと、本能的に感じた。ユーグは町で妻そっくりの女を見かけ、後をつけるが見失う。 ●1週間後、また妻に似た女を見かけて後をつけると、劇場に入って行った。客席で女を探したが見つからない。マイアベーアのオペラ「悪魔のロベール」が上演される。女がダンサーとして舞台に現れる。 ●ユーグは、女の名がジャーヌ・スコットで、週に2度、一座と共にブルージュで公演している事を調べた。ユーグは何度もジャーヌに会い、話をした。声も妻そっくりだった。 ●ユーグはジャーヌに家を借りて、芝居を辞めさせた。ジャーヌが髪を染めている事を知って狼狽する。2人の関係が町に知れ渡ると、町の笑い者になった。あらゆる町角にマリア像があるこの町では、結婚以外の恋愛は背徳だった。 ●数ヶ月が経った。妻の遺品は小さな物まで全て大事に取ってあったが、ユーグはジャーヌに妻のドレスを着せて見せようと思いついた。ジャーヌには妻の事は全く話していなかった。ジャーヌはドレスを見て古くさいと言ったが、着せてみた。ユーグは、至上の瞬間だと夢見ていた物が、汚れた物に思えてきた。妻が下品な女になってしまった印象を受け、不快感が広がった。 ●3月のある日曜日の朝、ユーグから夜まで出かけるから自由にしていいと言われたバルブは、ちょうど大祝祭日だったので、ベギーヌ会修道院に行った。ミサの後で、親戚の尼僧ロザリから、ユーグとジャーヌの噂話を聞かされ、勤め先を変えた方が良いと忠告される。ノートルダム教会の司祭にも話をすると、2人が家の外で会っている限り、バルブには関係ない事だが、家に連れてくるようなら、勤めを辞めるようにと言われる。 ●初めはおとなしく慎ましかったジャーヌは、少しずつ野放図になってきた。ユーグが訪ねても、ジャーヌは外出している事が多くなった。 ●ユーグはサン・ソヴール聖堂やサン・ジャン病院、聖女ウルスラの聖遺物匣などを訪ねる。ユーグは罪の意識や苦悶を感じるようになる。 ●ジャーヌと死んだ妻の違いを大きく感じるようになってきた。ジャーヌは贅沢な買い物をして、ユーグに代金を請求してくる。田舎町の習わしで、ユーグに匿名の密告の手紙がたくさん届く。ユーグはジャーヌと別れようとするが、ジャーヌが開き直って出て行こうとすると、自分がジャーヌの虜になっていた事に気付き、ジャーヌを引き留めてしまう。 ●ジャーヌは、ユーグが金持ちで、町に知人が誰もなく1人ぼっちで、自分に惚れている事から、財産を手に入れようと考えた。ジャーヌは、まだ行った事がないユーグの家に行ってどれだけ財産があるか見ようと思った。年に1度、5月に、聖遺物匣が外に出される聖血の行進が行われるが、それがユーグの家の窓下を通るので、家に見に行きたいと言った。 ●行進の日、バルブは朝から家の飾り付けに忙しく、信仰心を高ぶらせていた。ユーグは昼に人が来るから2人分の昼食を用意するように言った。バルブは、今まで客が来た事などなかったのにと驚き、あの女が来るなら自分は出て行かなければならないと言った。ユーグは仕方なくバルブに暇を与えた。バルブは5年間暮らした邸を出て行った。 ●ジャーヌが家に来た。行進が家の前を次々と通って行く。ジャーヌが妻の肖像画を手に取ると、ユーグは、妻の神聖さを侵しているという苦痛を感じ、肖像を奪い取った。ジャーヌは妻の遺髪も取り出したが、ユーグが取り返そうとすると、拒否して逃げ回る。ユーグは狂乱状態になり、ジャーヌが自分の首に巻いていた髪を引っ張り、ジャーヌは死んでしまう。 * * * * * 解説(訳者) ●ブリュージュは、14〜15世紀に北西ヨーロッパを代表する商業都市となり繁栄、芸術家も集まる。教会や聖堂も多く造られる。ブルゴーニュ公国、ハプスブルク家オーストリア、スペイン、オランダ、ナポレオン、オランダ、ベルギー独立と支配が変わる。16世紀にはズウィン湾の土砂堆積で港が使えず、商業の中心はアントワープに移る。19世紀末に新運河が開かれ、再び賑わい始める。 ●ローデンバック(1855〜98)は、フランドルの小都市トゥルネで生まれ、ガンで幼少期〜青年期を過ごす。1878 1年間パリ遊学。ガンに戻り弁護士となる。1883 ブリュッセルに移住。1886 法曹界を去り、創作一筋の生活を始める。1887〜 パリに定住。1892 「死都ブリュージュ」を「フィガロ」に発表。 ●「都市」を呼び起こすのに不可欠な、挿入された三十数葉の写真。河岸、人気のない通り、古い家屋、掘割、ベギーヌ会修道院、教会、聖堂、礼拝用の金銀細工、鐘楼。 ●世紀末の詩人アンリ・ド・レニエ(1864〜1936)の小説「生きている過去」(1905)、散文詩「ヴェネチア風物誌」(1906)。永井荷風「几辺の記」「海洋の旅」。過去への執着。 ●ローデンバックのブリュージュは「永遠の半喪期から脱し得ない灰色の神秘」に包まれた沈黙と憂愁の都市。健全なブリュージュ市民、観光都市ブリュージュは「死都」という名が気に入らず、イメージを壊すとして評判が悪い。 ●ローデンバックは、以後、戯曲「ヴェール」(1894)、長編「カリヨン奏者」(1897)を残し、1898年43歳の若さで死亡。 ●本訳書は1976年に冥草社から刊行。岩波文庫収録に当たり全面的に加筆訂正。テキストはFlammarian版14刷。他の邦訳には、江間俊雄 訳(春陽堂 1933)、黒田憲治・多田道太郎 訳(思索社 1949)、田辺保 訳(国書刊行会 1984)がある。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 挿絵は35ページあり、全て風景のみで人物は入っていない。 この小説は、2014年に新国立劇場で見たオペラ「死の都」 (https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/56183126.html)の原作である。オペラでは、登場人物の名前が変えられ(ユーグ→パウル、亡き妻→マリー、ジャーヌ→マリエッタ、バルブ→ブリギッタ)、原作にはない主人公の友人フランクが付け加えられている。ラストで主人公が女を殺す場面は、主人公の幻想となり、主人公は過去への囚われを捨て、新しい人生に歩み出す、という大きな変更がある。 ローデンバック自身も、この小説を基に戯曲「幻影」を書いていたようだ(http://www.nntt.jac.go.jp/opera/dietotestadt/blog/49/、中村伸子「ローデンバックの小説『死都ブルージュ』」、2013年10月16日、新国立劇場、コルンゴルト連載コラム第3回)。
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