世界日本化計画

ブログタイトルを「silkroad_desert9291」から「世界日本化計画」に改名した。(2008.12.16)

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「日本文明圏の覚醒」

古田博司「日本文明圏の覚醒」筑摩書房、2010.3.30

凡例:中華民国・中華人民共和国の共時的存在を「シナ」、韓国・北朝鮮の共時的存在を「朝鮮」と称することとする。

1. 日本のレアリズム

●蔵出し中華文明論
○著者は横浜下町の芸者町で育った。家は質屋だった。世間から後ろ指を指される存在で、家には儒教道徳など全くなかった。慶応付属中学に入ると、回りには名家の子弟が大勢いたが、違いが大きすぎて失望も嫉妬もできなかった。
○「論語」のうち日本で使われているのは、499個のうち158個(31.7%)だけで、1つの文章から一部を切り出したり、意味を変えて、元の「論語」とは違う日本的な一般道徳を新たに創造した。論語は日本人がパスした所が面白い。「自分たちの祖霊以外を祀ってはならない」、「妻は夫の弟が死んでも喪に服さない。悲しむと不義を疑われるからである」。「義を見て為さざるは勇無きなり」は本来この後に続いていたのに、切り離してしまった。

●国風のある風景
○「万世一系の国体」にこだわる者は、実はシナの歴史観(紀伝体の正史)に囚われている。彼らは儒教や歴史書など硬質な部分だけに関心があり、文学・芸能など軟質な部分を知らない。東アジアの専門家は、初めから日本が中華文明圏の内にある事を前提にしている。しかしシナの亜流は日本ではなく朝鮮であり、日本はシナ文化を作り変えて自分に合わせ、自らの主体を崩していない。シナから日本へは、書物だけが入り、遂に現実は入ってこなかった。日本では喪礼は仏教が担い、儒教は宗教性を欠いた知識と道徳になった。国風の時代になると、シナ学は茶化しの対象になった。源氏物語や枕草子にも儒者を茶化す場面がある。

●日本文明圏における男女の深淵
○武士の時代になって女文字から男文字の文化に代わる。それが現代まで続き、小島毅のように源氏物語を嫌う者もいる。

2. 日本文明圏の現在

●廃墟を疾駆する狩猟民
○著者は大学院修士課程に3年いたが、博士課程に入れてもらえず、私立高校の世界史の教諭になった。高校を辞めて、ソウル延世大学の日本語教師になった。1986年に日本に帰り、2年間貧乏長屋で過ごした後、下関市立大学の韓国語教師となる。1993年に筑波大地域研究科へ。著者は文学部出身で、政治学など知らなかったのに、政治学の東洋政治思想の授業を任された。儒教が専門で漢文は得意だが、趣味でやっていた北朝鮮の政治思想研究の方が評価されたらしい。独りで政治学の勉強を始め、朝鮮政策史で博士号を取るまで7年かかった。著者の行く所、どこも廃墟のようだった。狩猟民のように獲物を狩りつつ駆け抜けるしか生きるすべを知らなかった。素人臭く、欠落が多いので、伝統的な通時的学業には向かない。
○満州族は狩猟民族、明のシナ人は農耕民族、元のモンゴル人は遊牧民族なので、3代で違いが際立っている。勇猛が大事な価値観で、臆病で惰弱なら王の身内でも罰せられる。世襲は不要。
○儒教体制とは、老人が労せず得をする傾向を固定化する体制だ。日本で政治家の世襲批判、役人の天下り批判が起こっているのは、世間の価値観が儒教や農民的な物から狩猟民的な物に変わってきたからか? 若い狩人型リーダーが農民的価値観の老人をリードしていくしかない。

●ニヒルなポストモダン社会の誕生
○科学の進歩→普遍的価値観、啓蒙思想、精神の弁証法、理性的人間、主体の解放、などの19世紀的メタ物語を破壊。メタ物語崩壊によるニヒリズムを食い止めようとするフランスのポストモダン哲学は、日本ではニヒリズムのかけらもないニューアカデミズムとなった(日本的な「切り取り・変形・埋め込み」)。
○朝鮮古代史は、メタ物語なしに実証研究しようとしても、史料が少ないので暇そうだ。小此木政夫「朝鮮戦争」(1986)は、米国国立公文書館の資料を豊富に用いた実証研究だったが、ソ連崩壊後にスターリンと金日成が南進の決定をした資料が出てきてしまい、哀しい事例となった。
○盧武鉉前大統領が自殺した後、李明博政権は野党から死に追いやったと批判され、親族の収賄の捜査を打ち切り国民葬とした。国民葬で朴弘・西江大元総長は「韓国人は、どんなに批判しても、その人が死ねば、共に悲しみ、許し、冥福を祈る」と述べた。韓国人が論理的・合理的な人々なら、自分達の変節に気付き、靖国神社批判を止め日本に非礼を詫びるはずだ。韓国人は、民主的でも儒礼を重んずる事もない、非論理的・非合理的な自己中心的な人々だ。筆者は、朝鮮研究はもう終わりにして、引退したいのが本音だ。
○ソ連崩壊、アメリカが世界に民主主義を推進しようとしても上手く行かない国・地域が多い→進歩主義が幻想に過ぎなかった事が露わになる。インターネットの普及→既存メディアの没落。マニアックな情報は増えるが真偽不明で、全体の知的レベルは低下。

●中枢から端末へ
○2000年代に入って、学生がレジュメを書けなくなった。ゼミの輪読で読む本がなくなり、2007年に止めてしまった。著者の息子も、大学を休学して部屋に閉じこもりネットやファミコンをし、ある日突然、切れて家中ぶち壊した。3日後、アルバイトを見つけてきて働き出したが、知性を使わず生命力だけで生きている。大学のゼミも、知のセンターであろうとはせず、便利な端末の1つになる事にした。専門書の購読は止めて、文章の書き方を教えて添削する事にした。デパートが減ってコンビニが増えている。本屋もネットになった。

3. 日本文明の再発見

●モダンな時代概念が覆い隠していたもの
○日本文明圏に接続する利便性の高い端末…写実性、浄化性、有用性。母系制時代の女文学の文化の端末は、母系制と父系制の断裂により、アクセスが困難となっている。戦国時代もアクセス困難。武将の物語(中枢)は人気がある民衆がない。農民も半狩猟民的に近隣の村を襲ったりしていた。
○モダンな時代は、直観を排除し、対象に内在する非合理性・非論理性を隠して、表層的な合理的・論理的解釈を下す事が、正しい「人文科学」「社会科学」とされていた⇔直観の学者…本居宣長、川原寿市、永尾龍造、村山智順。彼らは昔の情景の映像がリアルに見えていた⇔中世を近代のように合理的に記述する学者は映像が見えていない。井上靖の小説でも、シナ古代も中世モンゴルも中央アジアも、全部近現代の日本の映像だ。近代の「普遍」「理想」は、それに合わない物を弾き出し、モダンな思考に合う物だけで描いた虚構に過ぎない。

●モダンな時代の疑似科学
○イギリスでは学問はアーツ(学芸)とサイエンス(科学)に2分される⇔日本では「社会科学」が学問の王道を歩いてきた。マルクスが入っていれば社会科学だという逆転まで生じた。日本やドイツでは因果律が好まれるが、イギリスでは事実列挙。大塚史学はマルクス主義講座派の支持を得て大流行したが、角山栄により誤りだと分かった。理論先行の研究は思考枠が変わると無意味になってしまう⇔事実列挙式の学問の方が耐久性がある。旧「社会科学」の優位は、それが疑似科学だった事を全ての人に知らしめて、2000年代に終わった。

●甦るティーゼーション文化
○江戸時代の日本にティーゼーション(著者が「tease(からかう)」にかけて作った造語だが、はやらなかった)文化があったため、李朝で民衆文化を窒息させた朱子学が未然に矯められた。日本のモダン時代は堅苦しく、ティーゼーション文化には受難の時代だった。右も左も日本人の伝統の笑いを排除しようとした。モダンな時代は終わり、もう「普遍・理想・典型」のウソに振り回される事もない。すでにネットには、グーグル地図に北朝鮮の工場や発電所の位置を正確に記入してくれる「t-toshi」氏や、「日韓併合前後朝鮮半島写真館」を開く「jijisama」氏など、素晴らしいブロガーやティーゼーター達がいる。

4. 日本文明圏の国際政治学

●ポストモダン時代の東アジア
○ロバート・クーパー「国家の崩壊」(原著 2003、邦訳 2009)は、ソ連崩壊後、世界に再編が起こり、ポストモダン、モダン、プレモダンの3つの国家群に分けられるようになったとする。アメリカはモダンに入れられている。クーパーは「日本にとって不幸なのは、ポストモダンでありながら、どの国も似たような歴史と収入水準を持つヨーロッパとは違い、周囲が古い時間軸に固定された国ばかりだという点だ」と述べている。
○アジア主義者は、日本流儒学を虚構の東アジア共通精神と考えたが、現実の中国・朝鮮とは無関係。西洋や近代化への反発から連帯を模索し、近代化に遅れた者達に対し、身を低くしても共通性を獲得したいという卑屈へ転じた。結局、アジア主義(戦前の右のアジア主義も、戦後の左のアジア主義も)に有用性はなかった。東アジアとは、サラッと付き合えば良い。ネット等で現状が知られ、幻想や理想を防いでくれる。

●日本の反対側からみた中華文化圏
○ジュシェン人(満州族)は、森に住み、馬や羊を走らせる事はできなかった。モンゴル人のような遊牧民ではなく、進んだ狩猟民だった。ジュシェン人は、シナをニカンと呼ぶ。ニカンは馬鹿で野蛮な存在とされ、「ニカンチラク」は「シナ的でない、野蛮でない」、「ニカンチランビ」は「シナ人風に振る舞う、馬鹿な真似をする」という意味。朝鮮はソルホ、日本はオズと言う。「満文老檔」というゲンギエン・ハン(ヌルハチ)とスレ・ハン(ホンタイジ)の年代記(1905年に内藤湖南が奉天の宮殿図書館で発見)によると、サルフの戦いで朝鮮兵は紙の綿甲を着ていた。シナ全土を征服してから、それまで王だけに許されていた龍の衣を、官位の高下なく皆に着せ、中華の礼を踏み躙って見せた。
○著者は1980年代に韓国滞在中にテレビの日本語講座に4年間出演していた。
○中華思想(sinocentric culturalism)は、周辺の民族・国家を侮蔑していた事が、東アジアの紛争の種となってきた。朝鮮の小中華思想(small sinocentric culturalism)は、虚栄心と見栄が歴史的個性となった。シナの「虎の威を借る狐」。1627 第1次朝鮮侵攻、1636 第2次朝鮮侵攻、小中華思想のプライドにより、韓国では「胡乱」と呼んでいる。ニカンとソルホは世界史において特異な前近代を共に歩んできた「特定アジア」と言える。周辺の民族・国家を侮蔑するための共闘であり、朝鮮にとってはシナを頼る事によってのみ全うされるプライドと見栄の共闘だった。朝鮮には誇るべき物は何もない。鄭東愈「晝永編」に「針なし、羊なし、車なし」とある。

●別亜としての日本文明圏
○元は滅んでおらず、明と元との南北朝となり、清は北元を継承した(岡田英弘「清朝とは何か」)。これからの東アジア史研究は、シナ中心の「虚東洋史」を、事実に沿った物に編み直すべきだ。
○2004年に読売・吉野作造賞を取った本を出してくれた出版社は、2009年に潰れてしまった。
○中華文化圏のリアリズムは、日本と違って、頭の中の風景を現実化するのが目的だった。水墨画の風景は頭の中の風水図を現実化した物。シナ人にとって、頭の中の風水図の方が現実よりリアルなのだ。「思うモノは実在だ」という事になるが、これは日本文明圏では全て「ウソ」になる。「長征」は、敵に追われて逃げていただけだし、南京の30万人の大虐殺が実在とされる。このような精神からは近代化は生まれない。日本のリアリズムは直観的写実性だったので近代化に適合した。

5. 近代日本の終焉とその超克

●モダンの清算
○2005年あたりから日本文明圏でもポストモダンが本格化。世界の普遍性を目指していた理想のベクトルが逆転し、世界の露顕性へ向かうニヒリズムのベクトルに変わる。それに耐えきれず、理想への回帰も生じた。安倍自民党の「美しい国・日本」と鳩山民主党の「友愛社会」だ。
○不可視領域の活性化…バーチャル・リアリティ。統一された自我の理想像の不在…もはや自分探しや自己修養は不要。因果律の呪縛から抜け出そう。勿論あらゆる因果律を否定するのではない。一撃必殺の一因で結果がもたらされるのではなく、複数の出来事の継起の果てに今のようになったという事だ。これからの主流は「どうしてこうなったか?」ではなく「これからどんな対処の可能性があるか?」だろう。明治以来、日本のかなりの深層にまで達してしまったドイツのイデオロギーの端末は、もはや不要になり、非現実的メタ物語は、清算しておかなくてはならない。

●ポストモダン時代の創造的破壊
○日本文明圏で形成された端末にどんな物があるか
▲プラスの物…有用性重視、レアリズム、浄化性、和のモラル、狩猟民的野生、ティーゼーション。
▲マイナスの物…アジア主義、単線型因果律重視、旧ドイツ流論理展開。
○三島由紀夫は、女々しいなよなよした文学と、戦国武士道の、両方の端末に同時にアクセスする文武両道が、日本文化だとしていた(「文化防衛論」1968発表、2006刊版)。天皇は3度の変態を遂げた…プレモダンでは権威の付与者、モダンに入って国家の中枢、終戦後のモダン後期では国民の象徴とされた。しかし天皇はタブーであるから、有意義な端末にはならない。ポストモダンでは、京都御所で女官に囲まれ、なよなよとした雅な姿がふさわしいのではないか。負担を軽くしてアクセス可能な高貴な端末になって頂いた方が良い。

●神々の夜明け
○中国・朝鮮には大した神はいない。本当の神は自分の男系血族の祖先だけで、民間信仰は迷信の域を脱する事ができない。だから靖国神社が分からず、位牌があると思い込んだり、鬼神信仰の淫祠だと誤解する。分からないので侮辱し否定しようとする。
○三島由紀夫は、モダン時代の考えで、日本文明の女性性と男性性を統一しようとしたが、ポストモダン時代では、統一された自我は不要であり、その時々に別々の側面にアクセスすれば良いだけだ。

あとがき
○最初は「東アジア・イデオロギーを超えて」(2003)のような専門書の形式で書こうとしたが、うまく進まずエッセーに改めた。近年、フランスの哲学書でもエッセー形式が増えている。文章で自己表出するにはエッセーの方が良い。
○2009年に民主党政権が生まれたが、モダンの残滓を抱え込んでいる。蓄財名家から首相になり、アンチ・アメリカニズム、植民地の独立運動家のよう。国会議員を多数連れて中国に「朝貢」するなどアナクロニズム全開。国家理性欠如。反米と東アジア・アナクロニズムは、第2次大戦時と同じ。

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同じ著者の他の著書
「朝鮮民族を読み解く 北と南に共通するもの」(1995、文庫版 2005、[http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/54738990.html)
「東アジア『反日』トライアングル」(2005、https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/55043911.html
「新しい神の国」(2007、https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_desert9291/58276220.html

「ティーゼーション」や「別亜」という著者の造語は、前著の「新しい神の国」に出ていた。また「新しい神の国」には、「中華文明圏の芸術は一貫して頭の中の風景を現実化するのが目的だった」という、第4章の「別亜としての日本文明圏」と同じ内容の記述があった。

前の3冊と比べて本書では、著者の専門の朝鮮に関する事は少なくなり、著者個人や家族のプライベートな話、ポストモダン、モダン、プレモダン、メタ物語崩壊によるニヒリズム、中枢から端末へ、などの話題が多くなっている。もう朝鮮自体については、書く事がなくなってしまったのか?

巻末の著者略歴によると、著者は、1953年生まれ。慶応大修士(東洋史)。延世大、漢陽大などで日本語教師。滞韓6年の後、帰国。下関市立大を経て筑波大、となっている。

第4章の「別亜としての日本文明圏」にあるように、著者は、2004年に「東アジア・イデオロギーを超えて」(新書館、2003)で、読売・吉野作造賞を受賞している。しかし、新書館が出していて著者も寄稿していた雑誌「大航海」は2009年に終刊となったが、新書館という出版社自体は潰れておらず、現在も存在している。

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