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南北が反時計回りに11.5度傾いている事で東西も反時計回りに11.5度傾くことになる。
東西の最も主だった線は当然仁品神明宮と大洞山の麓の一の洞を結んだ線である。
それと平行に走っている一つ気になる線がある。
それは観勝院跡地と高瀬川を渡って正科まで(赤線)(12°右上がり)となり
その後は2又に別れ北は神明宮へ南は薬師へと通じている。
観勝院は「室町時代永正(1504〜1520)年間に、大町市大沢寺(だいたくじ)五世の功岩玄策禅師を開山とし、
この地の豪族大和田盛氏によって建立された。」とあることから仁科の家臣 大和田盛氏の時代に
馬によって渡河したことによって出来た道である可能性が高い。
しかし不思議なことにこの道も仁科神明宮と大洞山の一の洞(初代仁品王廟)を結ぶ直線と平行な
反時計回りに約12°右上がりに傾いているのである。
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