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書庫去羅夢

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今日本と朝鮮半島で起こっている国民の齟齬がどこから起こるのかを歴史的背景を確認しながら検証してゆこうと思います。
困った顔

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日本は役人の国に成り果てた。
バブルの崩壊から20年を経て、経済の牽引役であった先端工業製品の製造メーカーのリーダーには既に創業者が居なくなり、受け継いだ資産を維持管理する能力のあるトップによって継承されてきたのである。
 
創業者としてただ一人 残っている というのが稲盛和夫である。
彼はつぶれかけたJALを再生して見せた。
何を始めたかと言えば、最初Top人事であったし、
社内の就業理念を作り上げ、徹底してその理念を共通の価値観としてあらゆる行動の骨組みとするよう浸透させた。京セラフィロソフィーである。
 
日本経済は落ちるところまで落ちた。
あとは 登るのみである。
そのボトムが昨年の3.11なのではなかっただろうか。
国民の心の根本にあるものが目覚めさせられた一瞬ではなかっただろうか。

伊予の碑文

 
法興6年10月 我が法王大王が慧慈法師及び葛城臣とともに、伊予の村に遊んで、温泉を見て、その妙験に感嘆して碑文を作った。

思うに、日月は上にあって、すべてのものを平等に照らして私事をしない。
神の温泉は下から出でて、誰にも公平に恩恵を与える。
全ての政事(まつりごと)は、このように自然に適応して行われ、すべての人民は、その自然に従って、ひそかに動いているのである。
 かの太陽が、すべてのものを平等に照らして、偏ったところがないのは、天寿国が蓮の台に従って、開いたり閉じたりするようなものである。
神の温泉に湯浴みして、病をいやすのは、ちょうど極楽浄土の蓮の花の池に落ちて、弱い人間を仏に化するようなものである。
険しくそそりたった山岳を望み見て、振り返って自分もまた、五山に登って姿をくらましたかの張子平のように、登っていきたいと思う。
椿の木はおおいかさなって、丸い大空のような形をしている。ちょうど『法華経』にある5百の羅漢が、5百の衣傘をさしているように思われる。
朝に、鳥がしきりに戯れ鳴いているが、その声は、ただ耳にかまびすしく、一つ一つの声を聞き分けることはできない。
赤い椿の花は、葉をまいて太陽の光に美しく照り映え、玉のような椿の実は、花びらをおおって、温泉の中にたれさがっている。
この椿の下を通って、ゆったりと遊びたい。
どうして天の川の天の庭の心を知ることができようか。
私の詩才はとぼしくて、魏の曹植のように、7歩歩く間に詩をつくることができないのを恥としている。後に出た学識人よ、どうかあざわらわないでほしい」

(『聖徳太子』梅原猛・著。集英社)

聖徳太子が摂政について3年が過ぎ、太子23歳の時(596年)

高句麗から来た高僧 恵慈と 葛城の臣を連れ立って 伊予を訪れた時に歌われた詩だと言われている。


ふとこの詩を此処へ再び掲載しようと思ったのは

わが村のラドン温泉 すずむし荘が開業20周年を迎えた事があったからである。

かつてこの村の村長が竹下総理時代ふるさと創生資金として各自治体に1億円を支給したことがあった。

この資金を使ってわが村は温泉を掘削することに決めたのだった。

しかし 1億円を使い切ってしまって、温泉はまだ出なかったのである。

ここからはわが村の首長は必死の賭けに出たのだろうと思う。その心労が大きかったのだろうか、

今その首長はもう鬼籍に入った人であるが・・・・・・。


20年前のその決断のおかげで

今もわが村民は 下から出でる神の温泉の、誰にも公平に与えらる恩恵 を受けている。

では今の政治はどうだろうか

降り注ぐ太陽のように誰にでも分け隔てなく恩恵を分かち合えるような体制になっているのだろうか

税金は徴収さえしてしまえば

それをいかに美名のもと使い切るか

いかに権力の代償として 使う事を隠しきるか

という作為が出来る。

今の国民の重税感は

失われた20年のデフレと 金利負担の重さや 重税感が国民にも重くのしかかっている。

公務員は民間の20〜30%多くの給与と福祉を得て かつ 人数比率も高い。

日本はいったいどこへ行こうとしているのだろう。

やらない理由

物事の始まりはわくわくするような夢を見ることから始まるのですが

行動に起こそうとした時、そう簡単には事が運ばないことが多々あります。

行く手をふさぐ多くの問題や 最初から賛同者が少なかったり 

行動の途中から味方が遠ざかって行ったり

あるいは障害が立ちはだかる事もあるわけです。

夢を見るのは簡単ですが いざ行動に起こして その夢を成就するためには

動機が信念やあるいは 行動には執念が必要になってくるわけです。


この歳になって(還暦越えて^^;)感じるのは


   事の成就には時の熟成が必要だという事です。


やみくもに突っ走れば走る程 障壁に衝突する反動は大きく

情熱の塊は大きな傷を負う事があります。

時間というモノを念頭において、事の進行に合わせて押したり引いたりしながら

全体を前に推し進めてゆくことが

何より継続して目標に近づくためには必要な手段となる事でしょう。


誰でも やらない理由を持っています。

それを保守主義といって退けるだけでは 賛同者は増えないかもしれません。

やらない人の理由は確かにその人の視界の中では「できない」と判断できる理由があるからです。


もちろん行動をする主人公にだって 「できる」か「できない」か分からないのですが

夢ではこうなったらいいなーというビジョンが出来ているわけですから

進む道程のなかの障害物を一つ一つ除去して ほかの人が通ることが出来るようにしてゆく必要があります。

そうすることによって賛同者がひとり ふたり と増えてゆくのではないかと期待します。

情熱は熱くたぎる事もありますが、心の奥深くに青々と燃える秘めたる種火の時もあります。

もしその秘めたる青い炎を 垣間見る事が出来るひとが 現れた時には

大いなる賛同者となる事だろうと思います。


持続こそが 成功への 最後の手段であると 思います。

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